52-2 衆力功あり
【52話】Bパート
静那が爆睡中で席を外しているが、4日ぶりに意識を取り戻した勇一を囲み8人は核心に迫る話をしていた。
勇一を殺害しようとした相手の目的も正体も見えてこない。
“知らない”という事は自分の中の恐怖心を際限なく増大させてしまいかねない。
それでも今分かっている事を整理し、どう動くかを決めて進まないと解決へ向かう手立ては見えてこない。
いかに手持ちの確信できる情報を増やし、強い心を持って臨めるかがカギになる。
* * * * *
「じゃあ俺たちが使っている暗号までは解読されてなかった…って事だよな。」
「そらそうやろ。」
「そうなるよね。流石にそれは無理があると思ったよ。
真也君が私たちに託してくれた暗号は解読されてなかったわけだし。」
「じゃあここからは暗号でやりとりしよう。電話は危なっかしくて使えないしな。
日本大使館に行くのもやめておこう。」
「そうね。この部分が色んな行動にブレーキをかけてたし、気付けてよかったかな。
分からないままだったらもう私たち怖くて一歩もここから出られなくなってたと思うし。」
「そうだよな。生一…よくこんな発想できたよな。」
「さっきも言うたけど、心理学少し嗜んどったねん。やっぱり勉強は大事やで。何歳になってもな。」
「生一の口から“勉強は大事”なんて言葉出てくるとは思わなかった。
でもスッキリしたのは事実だし良かったんじゃない。ね、真也。」
表情が安堵に包まれた真也。
「はい!あの、生一さん!勇一さんもありがとうございます。
僕…今回一人で思い悩むんじゃなくて皆と話すことの大事さを痛い程感じました。
スイスに3人で逃げようとかあれこれ考えてみたけど結局決断できずじまいで…
本当に皆と話が出来て視界が晴れました。」
学生の頃から常に一匹狼に近かった真也は自分の足りない部分をしっかり自覚し、皆と協力する事の大切さを痛感する。
それだけでもよかったんじゃないかと思う面々。
「まったく…強いんかどうか知らんけど先輩を舐めんな。これからも俺らに頼りまくれ。」
「はいっ!そうします!」
真也の表情が明るくなった。ここまで決断に自信が持てず本当に苦しかったのが分かる。
力だけではどうにもならない事があるというのを知れたのは良かった。
ただ、課題はまだまだ山積している。
人間の習性の一つである帰巣本能を活かしておびき出したとも考えられる頭脳的トラップ…
事実相手の方が何枚も上手だった。
対峙すれば恐らく知識も経験も太刀打ちできないだろう。
それでもこっちだって皆の知恵がある。
日本では「衆力功をなす」という言葉がある。一人の力では難しいことでも、多くの人間の知恵と力を合わせればどんな相手だって打開へと導けるはずだ。
* * * * *
「そういやすっかり忘れてたよ。」
ここで勇一が切り出す。
「なんでみんなこの地下施設に来れてるんだ?危険だから自分達のような軍事訓練を受けてもいないような、未成年は入れないはずなのに。」
「まぁその通りやで。
でも俺らも色々あってな…進んでいく先で活動に交わってもうてん。」
「交わる?」
「まぁ俺らも色々あったわけよ。なぁ八薙。」
「そうですね。首謀者の手下も匿う先が無かったですし。」
「首謀者の…手下?」
「ぶっちゃけそいつは別の部屋におる。見つかったらどのみち殺されるしここにかくまうしかないやろ。」
「なんだか言ってる内容が全然見えてこないんだけど。」
「私も初め聞いた時は全然意味分かんなかった。勇一と同じ。
でも生一達があそこへ戻ってきた時に思った…
ヤバイことに首つっこんだんだなって…」
「え?え?あそこへ?」
「まぁ全然知らんのがおるんやしイチから話すで。復習も兼ねて。」
「ああ、頼むよ。」
「正直ようここまで生きて戻ってこれたな思うてる。でもまだ相手のツラが見れたからそっちよりはマシかな…と思いたいとこやな。」
「何だよ…さっきからもったいぶった言い方するなぁ。」
「それだけ忙せんかった言う事やねんって。」
「まぁそろそろ話そうや。こっちの方もなかなか長なりそうやし。な、八薙。」
「そうですね。じゃあ…」
そう言って今度は八薙が勇一のベット横に座った。
* * * * *
町へ男4人で繰り出し、ふと昼食に寄った居酒屋で異国の人間に対して不信感を持ったグループに絡まれてしまったところから話始める八薙。
“総長”と呼ばれる人間との出会いが過酷な扉を開くトリガーになったのは事実だ。
「でも俺はあんなリーダー憧れます。向こう見ずな所はありましたけど仲間思いの最高の総長でした。」
「“でした”って…総長は今…」
「はい。自爆しました。…結果俺達を逃がすために。」
「そうだったのか…ていうかエライ目にあったんだな。」
「グループの中にスパイが2匹おったねん。まぁ調略されてもうてた奴っていう言い方が打倒やと思うけど。」
「いくら調略されていたとしても総長の背中を見てたら思いとどまると思ってましたよ。」
「それくらい町の事を考えながら先頭を駆け抜けるような人だったんだな…」
「ええ…」
説明をしてくれるのは主に八薙なのだが、口調がやや重い。
この短期間で尊敬の念まで抱くようになった総長との別れは堪えたようだ。
「俺、総長と色々やってみたかったですね…もっと話をしてみたかった。
多分気が合ったと思います。」
「そうか…」
「感傷もええけど、総長が俺らを逃がしてくれた後の話に移ろうや。」
「ああ、そうでした。」
総長は命がけで4人を窮地から逃がしてくれた。でも逃げた理由…それは…
「囮?!」
「そうです。俺達は実は囮で、留守の間地元にある総長のアジトを壊滅させようとしてたんです。相手側もなかなか頭が切れるなって。」
「でも無事逃げた後、アジトへ急行したんだろ?それでどうなってたんだ?アジト…」
「壊滅…やな…」
「ああ…みんな殺された思うたで…」
「街中にあるスラム街の一角に対してやる事えげつなかったな。」
「その上で総長のような有志ある残党がまだ残ってないかあぶり出したかったんでしょう…
総長の娘さん、ハインさんって子がいるんですけど…さらわれてました。
関わった抵抗勢力をおびき出し根絶やしにするために。
街中での派手な銃撃戦は目立つので出来ませんが、指定の場所へおびき出せば銃も使えますし。」
「ハインさんがさらわれたのは何で分かったんだ?」
「わずかに残ったメンバーがいたんで…まぁ全員重傷でした。
ハインさんが囚われている場所は分かったって事で、もう今すぐにでも乗り込もうとしました。」
「行ったのか?」
「行くっていっても俺達4人ですよ。場所が分かっていても無謀としか思えませんでした。」
「こいつら2人はハインさん連れ戻す言うて激高してたんやけどな、まずは状況確認と重傷者の救護が先や言うて説得しててん。そしたら救急車来たな。
あれ今思うたらタイミングよかったわ。仁科と葉月が呼んだんやろ?」
「ええ。マーケットから帰りに町の一角が騒がしかったから…少し怖かったけど寄ってみた。
そしたらただ事じゃないと思った。
地元の方が何かで殴られて酷く出血していたから…夢中で救急車を呼んだのよ。」
「今考えても重傷者を搬送する事が第一優先でした。素早い判断助かりましたよ。」
「救急車を呼んだと思ったらすぐ後で八薙君達4人だけで見知らぬバイクであそこ(アジト前)に戻ってきたでしょ。あの時に何となく理解した。
ヤバい事に首つっこんできたなって。」
「ヤバい事って…まぁそうやけど。」
「まぁ結果的に良かったですよ。まずけが人をスムーズに運べた。
だから後は“これからどうするか”に考えを集中出来ました。
なにせハインさんの安否が分からないんです。一刻も早く助けに行かないといけない。
…総長と約束したし。」
「総長って人のたった一人の妹さんだったんだな…」
「めっちゃ可愛いで。」
「まったく…どうせまた“嫁6号”とか言いだしてんじゃないの?」
「何で分かったん?」
「サイッテー。」
「まぁまぁ、総長の娘さんなんだろ。人間味溢れた素敵な人だったってことだろ。」
「いてるでココ。」
「え!えええええ?」
「何驚いてんの?なら今から呼ぼか?八薙、取り調べまだやんな。」
「確かそうですね。今なら。」
「ええええ~!居るの~!?」
「勇一、病み上がりなのに大語で出して~。リアクション大きすぎよ。」
「だってさらわれたんだろ、巨大悪党達に!それをそんなすんなり助け出せるもんなのかよ。」
「あんなぁ、“すんなり”なわけないやろ!ボケ。」
「そりゃあそうだよな。だって乗り込んだのお前ら4人だけ…ってことだろ?
いや、そうか!分かった!
この段階でここの『MFドイツ支部』へ応援を要請したとか?」
「そんなんで『MF』の人は動いてくれへんよ。訓練は受けてても根っからの戦闘要員と違うねん。ここの人たちは。」
「そうですよ。事前に紛争の芽を摘み取るのがここの組織のポリシーです。」
「じゃあどうやって…」
確かに組織の場所が分かっても“シュタイン”の組織はもう壊滅している。
この状況でどうやってハインさんを助け出せばいいか見当もつかない。
それでも売られたケンカを買うために…そして総長の仇を取る為にも八薙らたった4人で出撃することでその日の夜、話はまとまったのだ。
駆け付けて救急車を呼んでくれたりと、状況をすぐに理解してサポートしてくれた仁科さんと葉月は、万が一を見越して次の日から警察側に保護してもらうことにした。
一旦自分達のアパートに戻る。
まだ帰ってきていない勇一が心配だったが、荷物を持ってアパートからベルリンにある大きな警察署まで移動する。
2人にはまず自分達の身の安全を優先してもらうことにした。
敵のアジトに向かう前、仁科さんと葉月を駅のホームまで見送りに行く4名。
「俺らに何かあっても絶対に動くな。緊急の場合は勇一が言うてたみたいに駅にある掲示板使おうや。」
一応そこは生一が仕切った。
「市街地の駅にはほぼ掲示板がある。何書いても自由やし丸1日は消されんらしい。」
「分かった。止めたりしないけど気をつけてね。
大切な人が囚われてるんでしょ?
あなたたちが動く理由…ちゃんと分かってる。迷う理由なんてない事も。」
「ああ。俺らはそんなにヤワやない。」
そんな会話を交えた後、2人は電車でベルリン市街まで移動していった。
少しだけ彼らに対し大人になった感じを受ける仁科さんと葉月。
短い間だったが“総長”という大人としての見習うべきロールモデルに出会えたからなのだろうか。
その後、到着したベルリン駅の掲示板で真也が記してあった暗号に気づくことになる。
「本当にびっくりしたのよ。
まだ3日目なのにあんなこと書いてたの…
真也の字で暗号で…“勇一危ない・助けて・連絡はスイスの本部経由で”って書いてあって、それで真也の方もただ事じゃないんだって感じたし、急いでスイスの本部に連絡したんだから。」
「本当にあの時はすいません。でも1日目でメッセージが通るとは思ってませんでした。」
「そうね。運が良かったのもあるかもね。私らが偶然ベルリンまで来てたから。」
「今振り返ればお互い色々あったんやな~」
「本当ですね。」
苦笑いの真也。今は落ち着いているが当時は相当焦っていたのを思い出す。
「そっちはそれで良かったねんけど、こっちはこの後エライ事やったんやで~」
「そうそう。4人だけでの突入劇、どうだったんだよ。」
「まぁまずお姫様が囚われてるいうシュチュエーションやろ?燃えるやん。」
「お前ゲームじゃないんだぞ。」
「まぁまぁそれは分かってる。攻め込むためにちょっと先代の知恵を拝借させてもろうたわけよ。」
「先代の知恵?まーたなんかもったいつけてからに。」
「まぁ話すから聞けって。知識総動員させて頭フル回転したんやから。
博打要素も正直…あったしな。」
そう言って今度は生一が話始めた。
たった4人で乗り込んだヴァイマルの巣食うビル。
ハインさんを奪回するまでに至った4人の前日譚が今明かされる。
物語はドイツ編後半。勇一の復活と共に 攻勢編へ進みます。
ドイツでの現地取材を経てリライトをする予定です。
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