45-1 ゴシック様式の経済大国
【45話】Aパート
「静那、退院おめでとう!」
完治したということで、ようやく退院の許可が出た静那。
前髪がいい感じに伸びてきたので、久々に髪も切ってもらった。
「しーちゃん…自分を大事にしてね。」
葉月が駆け寄り優しく抱きしめる。
「葉月、心配かけてごめんね。
…でも不思議な感じがする。葉月、なんだか大人になった?」
「あの日ちゃう?」
場をわきまえない発言をするのは小谷野。
「それ以外では何か変わりない?」
バカな発言に即ツッこむわけでなく普通に問いかけてきたのに驚いた小谷野は急に混乱しだす。
「え?ええ、そうやな…なんか…なんとなくどことなくそこはかとなく。」
「意味分かんねぇよ。」
「葉月、なんかキャラ変わってきてないか?」
「髪型とかじゃない新手のイメチェン?」
「せやで。成長したというか…何というか…あそこは成長してないけど…」
「何で毎度そういう言い方しかできないのかなぁ、うちのバカは。」
業を煮やしたという程でもないが仁科さんが怒る。
しかし葉月はどことなく落ち着いた顔をしている。
「葉月…何だか本当に変わったね。何かあったの?」
「いえ、別に。いつも通りだけど。
それよりもしーちゃんでしょ。完治して本当に良かった。」
「そ…そうよね。」
以前よりもより落ち着いた対応をする葉月に対してやや違和感を感じる面々だったが、静那の完治をまずは心から喜んだ。
「俺もおるんやけど…」
「生一は骨だったんだろ。そんなにすぐ完治は難しいよ。まぁ激しい動きをしなけりゃ問題ないんだろ。」
「日常生活に支障は無いんでしょ。」
「ああ…まぁそうなんやけど。」
「何残念そうな顔してるんだよ。これから戦争に行くわけでもないのに。」
「まったくや。これからは気持ち切り替えて静那ちゃんの方カタつくまでドイツの下町満喫しようや。
初ドイツやで。初!」
「おう。ドイツか…ジャーマンスープレックスの国やな。」
「んな国聞いたこと無いわ!」
「調べた所ドイツって日本と結構共通している部分が多いらしいよ。」
「そらそうやろ。第二次世界大戦ではパートナー国やったわけやし。」
「そうだったんだね。」
ドイツは産業で栄えてきた国でベルリンの壁崩壊後はいたって平和だ。
『MF』が話していた局地戦が起こっているらしきポイントを除けばであるが。
だから素人はそこへ無暗に立ち入らず、比較的人口の多い下町に居れば危険が及ぶ事は無い。
静那の役に立ちたいという想いはあったが、ドイツ北部に到着したら暫くは2手に分かれて滞在することで折り合いをつけた。
静那と真也の2人は『MF』本部より許可をもらい、特別にドイツ支部へ伺っても良い事になった。
大佐の娘だからなのだろうか。
10代の若者では本当に異例のケースらしい。
2人の気が済んだら頃合いを見て全員で合流。
その後はいよいよ日本へ帰国…というスケジュールになる。
ドイツの街はクリスマスが近づいてきていることもあり、寒さは深まるものの徐々に賑わいを見せているらしい。
日本と同等…いやGDPを見ればそれ以上の大国『Deutschland』。
意外にも“ドイツ”という呼び方をするほうが稀だったりする。当然現地で“ドイツ”と発音しても伝わらないそうだ。
英語では『Germany』と呼ばれている。
静那と生一が退院するまでの間、ドイツに関する知識を一通り詰め込んでいた面々。
何だかんだいってもドイツに行くのは全員人生初の事だ。
雑誌から町の風景を見ては期待感を膨らませる。
どの写真からもゴシック建築の建物が並んだ歴史を彩ったような街並みが確認できる。
中心には大聖堂…見るからに目立つ建築物。
ここには軽く観光にも繰り出してみたい。
なにせドイツ語がある程度話せるようになったのだ。
せっかくだから街行く人々と交流してみたいと感じるのも無理はないだろう。
* * * * *
出立を控えた前日。
イタリアでの子ども達の様子が写真付きで届いた。
お母さんたちの手伝いを欠かさず元気にしている子ども達。
写真越しにその様子を感じ取り、葉月だけでなく皆も安心する。
来年…また遊びに行きたいものだ。
そんなイタリアへ向けて手紙を認めた後、レジスタンスが構えるスイス本部から国境を越え、ついにドイツへと入った。
とはいえ12月に入るという事で寒さの厳しい山道。
しかしここは地理に慣れているジャンヌが道先案内をしてくれたので問題なく陸路で北上することが出来た。
ただ、いつまでも案内というわけにはいかない。
入国の手続きを終え、ドイツ北部の街が見えてきたところでジャンヌは本部に引き返すことになっている。よってドイツ国内で帰国時まで一緒に滞在し続けてもらう事はできないようだ。
彼女は彼女でやることがまだまだ沢山あるうえ、隊員の数も少ない。
多忙な中、せめてものお礼としてドイツ首都圏までエスコートしてくれると言ってくれたのだ。そこは“これ以上”を求めずに素直に感謝した勇一達。
小谷野と兼元は始めは意気消沈気味だった。
勿論しばらくは彼女に会えなくなるからだ。
でも今回お互いにしっかりした絆が出来た。一端日本に帰国してからではあるが、絶対にまた会いに行く事も考慮して、ドイツ行きを選択した。
そう決意させたのがジャンヌさんから皆への申し出だった。
「絶対にまた皆に会いたい。私は本部でいつでも待ってるから。
私、日本の皆と友達になれて本当に良かった。こんな私にも出来た仲間。
ずっと友達でいてほしいから。」
出会った当初と比べて彼女は本当に声が明るくなった。
当初は黒い服装に身を包み、常に寡黙だったが、今では様々な表情をしてくれるようになった。
まだ発言には躊躇も見られるが、勇一達の事を本当に信頼しているのが分かる。
目を逸らさずに“私の真の仲間”と言ってくれるジャンヌ。
彼女には今まで殺伐とした人生だった分、これからは差し引いてもおつりがくるくらい明るい人生を楽しんでもらいたい…そう感じる面々。
長い間雪山がそびえる山間部を抜ける道が続く。
日が暮れた頃に下り坂に入り、落ち着いた風情のある町まで下ってきた。
既に周りは暗くなってきていたが、中世の面影を残したクラシックな街なのが分かる。
お城や教会も見える。
この日の夜は“ローテンブルク”という地区のとあるホテルに入った。
ジャンヌとは明日お別れになる。
今日はホテルで最後の食事だ。
最後はみんなでテーブルを囲み盛大にお互いの今後とその無事を称えたいと感じていた。
* * * * *
ドイツの冬の山間部は寒い。
しかしホテルの中は絶えずペレットストーブが効いているようで平気だ。
この日はずっと移動続きだったので、皆疲れているだろう…そう感じた勇一だが彼にはやっておきたいことがあった。
男性部屋で各々のベットの位置を確認した後、勇一は一人部屋を出ようとする。
「どこ行くん?」
「そ、その。ジャンヌさんと話したいことがあってさ。」
「はぁ?ナンパかよ。お前しれっと抜け駆けしてからに。」
「そういうんじゃないよ。変な事考えるなよ。」
「どうせ明日お別れする前に“自分”という傷跡をジャンヌさんに刻み付けておこうとでも思うてんのやろ!いやらしい!!」
「なんでそうなるんだよ…言い方卑猥だし…でも、気になるんなら傍で見てても良いよ。」
「は?ええんか?」
「やましい事じゃないから。」
「なんやねんソレ…それならもうええわ。つまらん…。ヘタレめ。」
「何でつまらないんだよ。意味が分からん。それに何もしないよ!」
「ならさっさと話してくれば~」
「ファアアア~」
「(こいつら…気持ち切り替えやがった。もう関心ないってか!)」
妙に絡まれたものの、勇一は部屋を出て女性の部屋に向けてノックする。
「はーい。」
返事は静那だ。
「勇一です。」
「あ、勇一!どうしたの今開けるよ。」
「いやいいよ。入らなくて。ジャンヌさんいるかな。話ししときたい事があって。」
「うん、今呼ぶ。」
程なくしてジャンヌが部屋から出てきた。
「今いいかな?あっちの広間、温かいからそこ行こう。渡したいものがある。」
そう言ってジャンヌをホテルフロント上の広間に案内する。
「どうしたの?勇一さん。」
広間につくやいなや聞いてきたジャンヌ。
「君に渡したいものがあるんだ。」
すると勇一は、以前“本人”から直接手渡された『ティアラ』を取り出した。
このアイテムがきっかけで彼女との縁が出来たといっても過言ではないもの。
2人を引き寄せてくれた、紛れもなくミレイナの…妹の形見だ。
「これからは本部もイタリアの施設も両方とも切り盛りしていかないといかないし、何かと大変だろ。
精神的にも少しでも役立てたらって…
お守りとして…これ、返すよ。」
そう言って形見のティアラをジャンヌに手渡す。
「確かに…ミレイナの…」
「俺に託してくれたんだけど…自分が身に付けるわけにもいかないし…
これはやっぱり姉さんであるジャンヌさんが持ってたほうがいいと思う。
それでさ…ゆくゆくはジャンヌさんが……その時になったら身に付ければさ。」
「私がミレイナのを…」
「そしたらミレイナもきっと祝福してくれると思う。たった一人の妹なんだろ。想いは通じるよ。」
そのティアラを胸に抱きしめ、ジャンヌは呟く。
「私って酷い女ね。見た目は妹に似てるけど、心の中は未だにずっと誰かを憎しみ続けて醜くて…」
少し表情が曇ったジャンヌ。
しかし勇一は迷わず告げる。
「君の心のなかにはミレイナがいるはずだよ。」
「・・・・ミレイナ・・・・」
「これからはミレイナの分も幸せになるんだ。
今までは軍隊の中に身を置いていたからとか関係ない。
ジャンヌさんの人生は始まったばかりだ。そうだろ?俺達まだ若いんだ。こんな年齢で誰かを憎んだり恨んだりするよりも自分の幸せに向かって進んでいけばいいんだよ。
明日で俺達は一旦お別れになるけど、インターネットがあればいつでもどこでも繋がれる。
それに、人は生まれながらに自由なんだ。…ってコレ、ミレイナにも言った言葉なんだけどさ…」
「そう言ったらミレイナは何て?」
「私を日本に連れて行ってくれますか?ってさ。
…連れていきたかったよ。日本を…見せてあげたかったな…」
「勇一さん…」
「ああ。」
「私…日本に行ってみたい。妹が見れなかった景色を見てみたい。」
「勿論だ。日本に戻って落ち着いたら必ず皆で迎えに行く!小谷野や兼元は当然黙ってないだろうし。」
「小谷野さん…兼元さん……ええ。彼とも絶対にまた会いたい。絶対に。」
「…強く思えば、願いは叶う。思い続けていたら意外と早く再開できるかもな。」
「ふふ…そうね。」
「だから明日のお別れは一時のお別れだ。また会うまでの。」
「ええ。」
「じゃあ話は終わりだ。今日は長い間運転してくれてありがとう。ゆっくり休んで。」
「ありがとう。勇一さん。勇一さんもどうか元気で。」
「その挨拶は明日のお別れの時にしよう。」
「それもそうね。じゃあおやすみなさい。」
* * * * *
ジャンヌを無事に部屋まで案内し、その後自分の部屋に戻るや否や兼元が茶化してきた。
「お前さっきのはなかなか男らしかったで。まぁ80点くらいはやらんでもない。」
「でもミレイナさん関連のエピソードは鉄板やし無難とちゃう?」
「でもあそこ良かったですよ。“君の心のなかにはミレイナがいるはずだよ”ってセリフ。あれ素でとっさに言えませんよ。なぁ真也。」
「えと…うん、カッコ良かったです。」
「最後のおやすみの前のやつはちょっと蛇足やったけどな。」
「ぅおい!お前ら全員聞いてたのかよ!」
「そんなん…当然やろ。」
真っ赤になる勇一。
「どこあたりから聞いてたんだよ。どのあたりから!」
「君に渡したいものがあるんだ。」
「それって初めの所じゃんか!この出歯亀軍団!」
「いや、すいませんって。小谷野先輩がどうしても皆で様子見に行こうって…」
「お前何誘導してんだよ!」
「俺別に強制はしてないしー。見に行ったんは各々の自己責任やろ!」
「そうですけど…」
「そういうことや。」
「“そういうことや”じゃないよ!まったく…」
「まぁ勇一、こう言うやん。“人は生まれながらに自由なんだ”って。」
「それも俺のセリフだろ!」
「でもこのセリフまでの畳みかけは良かったで。」
「だから畳みかけるつもりで言ったんじゃないってば!」
夜もふけていく冬空だが、やたらと盛り上がるホテルのとある1室であった。
物語の舞台はドイツへ入ります。
ドイツでの現地取材を経てリライトをする予定です。
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