41-1 父の意志
【41話】Aパート
『局地戦』というのは“高地や森林などの一定のエリアに限って行われる戦闘”なのだが、相手の狙いが何か分かる頃には終わっている事が多い。
スイスの特殊部隊はどこかで戦闘が起こると、普段から役割や連携が決められているかのようにすぐに防衛システムへと切り替わる。
山に囲まれた要塞のような場所なので、すぐに訓練された援軍を呼び込める。
結果、すぐに本部へ駆けつけてくれた援軍によって、特殊部隊は難なく退けることができた。
ものの数十分というところで戦闘は終わった。
本部へ銃弾が撃ち込まれる事も無く、相手部隊は退却を余儀なくされた…ように見える。
しかし通信手段である電波塔を破壊されてしまった。
これでは暫くは現場のイタリアとのやり取りが出来ない。
勇一達が心配するまでもないくらいスイス本部での戦闘はあっけなく終わったものの、後から考えると“彼ら”の狙いはこれ(電波塔)だったのではないかと感じる。
* * * * *
敵方の反応も無くなったので、寒い中ではあるが電波塔をはじめ被害を受けた建物の復旧作業を手伝う事になった勇一。
男手が必要だし、じっとしていても不安だ。
考え事をするにしても体を動かしながらやることにした。
勇一の担当する作業は単純なものだ。
破壊された瓦礫を荷車に積んで処理場まで運ぶ運搬作業。
そう難しい仕事ではない。
荷車を押したり引いたりしていくうちにあっという間に時間は経つ。
やや厚着の防寒具が熱く感じるほど火照ってきたのでクールダウンする。
そんな中、勇一は破損した電波塔を気にしていた。
「(さっきのは偶然なのだろうか…日本へメールを送った翌日、狙われたかのようにここの電波塔が壊された。)」
電波塔が狙いだったのか…それも断定はできない。
…考え過ぎなのかもしれない。
でもこんな守りの硬い場所に攻め入ってくるには相手軍の数が少なすぎる。
敵方もここの情報を何も知らずに攻め込んでくる程命知らずじゃないだろう。
戦闘機だって1機も飛んでなかったし…
まるで電波塔を壊したら“ミッションコンプリート”とでも言わんかのようにすぐに退却していった………かのように見えた。
これはあくまで勇一の主観だ。
「(う~ん。ラッツィオさんにはこの戦況はどう見えたんだろう…今すぐにでも相談したい…でも彼はイタリアに行ってしまっている…)」
勇一はまた自分の頭の中であてのない迷宮に迷い込んでいる感覚がした。
「何思い悩んでんの?モロ顔に出てるよ。」
煮え切らない勇一の表情に気づいた仁科さんが声をかける。
仁科さんは運搬作業中のメンバーそれぞれに温かい紅茶を振舞っていた。
とりあえず付近のエリア全員分の紅茶を渡し終えた後、仁科さんは歩み寄ってきてもう一度聞いてくる。
「で、何考えてたのよ?」
表情でお見通しという感じだ。
勇一はここで今いる仁科さんに、まず一人で抱いていた思いを告白してみた。
ちなみに生一と静那は、動けないほどではないが一応病人扱い。治療室にいる。
「そうね…電波塔を壊された今、色々思い悩んでも仕方ないから、ちょっと静ちゃん連れ出せるなら行ってみる?」
「行ってみるってどこへだよ。まさかイタリア?」
「違う違う。静ちゃんのお父さんがいた拠点。『MF』だったっけ?
お父さんにゆかりあるメンバーがいるかもだし、今話した内容に関しても何か分かるんじゃないかな?」
「そうか!…そうだよな。」
「勇一、そこまで頭が回らなくなってたのね。
1つの事を深く思い悩んでたら周りが見えなくなるっていうの、自覚出来たんじゃない?」
「本当だな~。スイス国内に『MFの拠点』あるってすっかり忘れてたよ。なんでソレ気づかなかったんだって今分かった。ありがとう仁科さん。」
「もう…こうならないように皆にもっと相談すればよかったのに。」
その返答には顔をしかめる勇一。
「でも相手がよく分からないんだぞ。
いたずらに想像を膨らませたら疑心暗鬼にならないかなって俺なりに考えたんだよ。
疑いだしたらそれこそドツボにハマるんじゃないかって。」
「そこは分かるけどさ。そういう勇一が感じている心情も含めて話せばよかったんじゃない?
静ちゃんあんたの表情がどこか冴えないの、心配してたのよ。イタリアに居る頃から。
全然見てなかったでしょ。」
「静那が?あいつ子ども達と楽しそうにしてたのに…」
「やっぱり気づいてなかったのね~。勇一部長もまだまだってことねぇ。」
「もう部長じゃないだろ。でも静那…気にしてたんだな。」
「あんな顔されるくらいなら思ってる事まるまる話せばよかったのに。諭士さんの事疑う気持ちが静ちゃんに対して失礼だとか感じてたんでしょ。」
「う……うう…。」
「はい。反省はここまで。
終わったならシグムントさんに許可もらいに行こ。それとも運搬作業ってまだ続くの?」
「あ、ああ。お昼までには終わる予定。じゃあ今日は生一も含めて4人で『MF』の拠点へ行ってみよう。」
「それでいいよ。私お茶汲みしてるから。時間変更になりそうなら声かけてね。」
そう言って仁科さんは寒そうにしている作業員の元に向かっていった。
仁科さんも随分大人になったというか……この前の出産現場に立ち合ってからは自分の人生とかを真剣に考え始めたのだろうか…そんな思いが巡る勇一。
「(俺もしっかりしないとな…未だに静那に心配かけてるなんてまだヒヨッコだわ…)」
* * * * *
シグムントさんは本日中に2人が施設に戻ってこられるならという条件で、静那と生一の外出を許可してくれた。
『MF』の拠点もここからさらに西の山奥とはいえ、車で2時間という何とも近いエリアにある事が判明。お抱えの運転手とタクシーも用意してくれた。
もう一つお使いを命じられた。
行くなら『MF』の方に電波を貸してもらえるようにお願いしてきてほしいと書状を認められた。“ルーター(Router)”というものを借りてきてほしいという事だ。初めて聞く名前の装置である。
程なくしてメディカルルームから生一と静那が顔を出す。
「どうだ?順調か?」
「おう。コルセット巻いてるから今の所大丈夫やで。でもなんか老人になった気分やな。じじいってこんな感覚なんやろうか…」
「まぁ骨なんでしょ。激しい動きは控えないとね。」
「小春、大丈夫だよ。何かあった時には私がしっかりボスに付いてるから。ちゃんと診てますから!」
「普通は逆だぞ。ソレ。」
少し笑い声も交えながら山道を西に進む4人。
やがて『MF』の拠点に到着した。
…しかしそこは広い盆地になっており、その真ん中に小さい民家が4~5軒見えるだけ。
「着いたみたいだな。意外と近かったな。」
「ええ。なんだか懐かしいようなヘンな感じね。」
先に勇一と仁科さんが車を降りる。
「え?着いたって?小さい民家が5軒あるだけのただっぴろい盆地やぞ。」
「うん。本当にここが拠点なの、勇一?」
対して静那と生一はなぜここが拠点なのかまったく理解できない。
「まぁついてきなって。」
タクシーの運転手には待ってもらうようにして、4人は盆地の真ん中にある民家に歩いていく。
「おじゃましま~す。」
そのまま民家の中に何の許可なく入っていった。
“勝手に入っていいのか?”と、やや戸惑いながら静那と生一もついていく。
家の中には誰も居ない。
留守のようだ。
しかし勇一は仁科さんに確認する。
「多分ここだよな。」
「ええ。この家の構造からだと。
先に連絡してくれてるみたいだからいきなり入っても怪しまれないでしょう。」
そう言って仁科さんがキッチンらしき部屋のカーペットをめくりあげる。
するとそこには取っ手がついた不自然な板が見えた。地下へ繋がる隠し通路だ。
「なんで知ってんの?」
「すごーい小春。」
生一が目を丸くして驚く。
「あの時の基地と構造がほぼ同じだったからかな。『MF』はどうやら地下に拠点を構えるらしい。」
そのまま地下へ繋がる階段をつたい降りていく。
途端に明るい広間へ出た。
やはり地下が拠点になっていた。
地上の民家はカムフラージュだったのだ。そしてここが『MF』の拠点で間違いない。
『MF』拠点で迎え入れてくれたのはヴィーラント(Wieland)という方だった。
勇一達の素性はあまり知らなかったようだが、ラッツィオから紹介を受けていたので話が早かった。
ただ、他のスタッフが殆ど見当たらないのが気になっていた。
ヴィーラントさん以外だと何やら隅っこの方でただ一人パソコンと格闘している方がいたがその人以外は見当たらない。
他のメンバーは今は出払っている時間なのだろうか…静那のお父さんと所縁のある人は留守なのだろうか…
周りを見渡すほど聞きたい事がいくつも出てくる。
今日中に自分達の拠点に戻らないといけないということもあり、早速ヴィーラントさんを交えて会議室で情報交換をすることになった。
『MF』の現状について聞いてみたかったが、まずは勇一の相談を3人は優先してくれた。
電波のハッキングについてだ。
『MF』のメンバーということもあり、ヴィーラントさんはその手の情報にはある程度精通しているようで、驚くべき事実をいくつも知っていた。
まず日本という国はアメリカから事実として電波の実権を握られているという事。
そのため国内の電波はほぼ盗聴されているらしい。そのため国交に関して不利な情報が送られてきた場合、意図的に通信が出来ないようにすることは可能だという事。
でもイチ日本人である勇一と、同じくイチ日本人の友人がメールでやりとりするだけの事が、日本とアメリカにとってそんな不利な情報になるだなんて流石に考えられない。
そしてそんな事を考えるほど自分も自意識過剰にはなれない。
しかしメールを送信した途端、狙ったかのように発信に使われた電波塔が破壊された現実…とても偶然とは思えないのだ。
とりあえず、米国にとって不利な情報だと認識されたら遮断される可能性があるという事は分かった。
だからと言って解決の手がかりになるかどうかは分からないのだが、勇一は一旦通信に関して思い悩むのを中断することにした。
今はそれよりも大変な問題が起こっているのだから。
最後に『MF』の現状について聞いてみる。
静那の父親は残念な事になってしまったが、彼と所縁ある人間がこの中にいるのなら帰国前に一度彼女に会わせてやってほしいと静那以外のメンバーは感じていたのだ。
しかし現在『MF』メンバーはその殆どがドイツ支部へ行っている為、留守にしているということだった。
「ドイツ?…一体今ドイツで何が起こってるんですか?そんなにメンバー総出で行かないといけないような事が?」
「ドイツって…産業国家で今は平和な国でしょ?なのに何故。」
「そうだね。まだこれは極秘情報だが、あの“ベルリンの壁”を再興しようとしているメンバーが北部で暗躍している。再び壁が隔てられ、分断が進めば大きな紛争に発展するかもしれないんだ。」
物語はSEASON3、イタリア~ドイツ編へ入ります。
現地取材を経てリライトをする予定です。
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