40-1 各々の選択
【40話】Aパート
「ラッツィオさん。今話しても大丈夫ですか?」
男部屋に勢いよく入ってきた勇一に視線を向けるラッツィオ隊長…と生一達3人。
なにやら生一達はラッツィオと込み入った話をしていたようだ。
4人で膝をつき合わせている。
「どないしたん?」
「ああ、勇一君か。ジャンヌは今は買い出し中だし、たまにはゆっくりしていなさい。
パソコン操作はだいぶ慣れたかい?
彼女の作業に振り落とされないよう必死についてきてくれてる君にもきちんとお礼がしたかったしね。」
「あ、ああはい。それはまぁ、俺がやりたくてやっている事ですし…
それよりも聞きたいことがあるんですけど、ちょっと構いませんか?」
傍に居た生一や兼元、小谷野も“何やろ”という感じでその会話の中に入ってくる。
勇一はメールで日本の仲間とコンタクトを取ろうとしたものの、どうも上手くいかない旨を伝えた。
インターネットをハッキングするという技術は実際に存在しているのか?
インターネットの世界をまだよく知らない自分の中では憶測でしか考えられない…という自身の思いも正直に伝えた。
ラッツィオ隊長とは命をかけて船上で協力しあった間柄だ。
メンバーからも全幅の信頼を得ている。世間から“テロリスト”だなんて言葉で呼ばれてもそんなのはどうでもいい。立場によって見方はどうとでも変わる良い見本だ。
最後に“どうすれば日本の仲間とコンタクトが取れるか”という質問で〆た勇一。
ラッツィオは少し難しそうな顔をしながらも返答してくれた。
21世紀を目前に控えた今、ネットの技術に精通した人間はまだ多くない。まだまだ一部の者しか使えないツールである。
そして個人や業者のパソコンなどは国を挟んでのやりとりならばハッキングをされる可能性もあるのが事実。
しかし国家機関や秘密裏の組織などから直接発信する方法なら、絶対とは言えないが送信が可能との事。
ハブの電波を経由することなくダイレクトに日本とコンタクトを取ることでハッキングを防げるという事だ。
それが出来るポイントの一つがレジスタンスの本部があるスイス。
ハックされる事なく国外同士コンタクトを取りたいなら我々の本部からメールを送ってみるのが良い。
また、個人メールよりも大学が設けているような専門のアドレスにメッセージを送り、その内容を大学から介して本人に伝えてもらうのがより安全かもと回答してくれた。
そのうえで個人間で使える“暗号”などがあるならばなおさらだ。
我々の本部はドイツへと北上する途中にあたるスイス東部地域にあるので、どうしてもコンタクトを取りたいならそこへ来ればいい。その時は案内すると言ってくれた。
解決方法の糸口を伺う事ができた勇一はようやく不安な気持ちから解放されたかのように落ち着き、周りを見れるようになった。
「ありがとうございます。ラッツィオさん。」
そして生一の方を見やる。
「そういや、俺がこの部屋に入ってくるまでは3人は隊長と何話してたんだ?問題ないなら聞かせてくれないか?」
生一達を気遣う。
生一も別に話しても困る事じゃないという事で教えてくれた。
主にレジスタンスの本部について伺っていたのだ。
本部は守りが強固な要塞のような造りで安全だという事。
そして施設内の医療設備は最新技術を駆使したものになっている事。
生一は外傷こそ無いが、あばら骨がきしんでずっと痛みを抑えていた。ここまでだましだましやってきたという感じだ。
でもこのままでは満足に走る事もキツイので、そこで治療を受けられないかという相談をしていたのだ。
「そうだったのか…気づかなくてごめんな。」
勇一も勇一で大変だったので、外傷の見当たらない生一を気遣う事が出来なかった。
しかし「自分の事なんだから自分で解決する。でもさすがに治療は受けたなってきたな…」という結論に落ち着いていた。
気合で乗り切れる怪我ではなかったようだ。
* * * * *
ジャンヌの会社は貿易会社故、国際電話も可能だ。
ここまでの報告と、ドイツまで行くのにもう少し時間がかかる旨を諭士さんに伝えるべく、この日は日本にいる彼にコンタクトを試みた。
電話をするのは真也。一応隣に静那…そして皆もいる。
諭士さんはすぐに電話に出てくれた。
開口一番皆の無事を確認し、心から喜んでくれているような声が受話器から漏れて聞こえてくる。
“イタリアでご縁があったので、ジャンヌさんという社長さんの運営する会社でやっかいになっています。目途がついたらドイツ北部まで行きます。ドイツに入り、いよいよ直行便で日本へ帰る目途がついたらまた連絡します。”
真也の報告はこんな感じだった。
受話器越しでは“ドイツの冬は寒いから無理せずに移動しなさい”というニュアンスの声が聞こえてくる。
聞き耳をたてている訳ではないのだが、皆“日本語”が恋しいのだ。
“日本語”が話せる知りあいがいない事のさみしさを感じる。
気づけば日本を離れてもう9か月だ。
真也と日本の諭士さんとの会話が終わろうとしたその時、勇一は諭士さんとの会話を試みたいと真也に目くばせをして電話を替わってもらった。
諭士さんと話をするのは、空港で別れて以来2回目だ。
とりあえずは生きている事に対して家族の反応を知りたかった勇一。
これは他の皆も同じだろう。
「自分の両親は自分の生存について何か言ってなかったですか?」の質問に答えてもらおうとする。
しかし飛行機事故はテロリストの犯行かもしれない。極秘の事で誰かを巻き込まない為にもまだ両親に全貌を伝えられないという事を言われる。
「じゃあいつになれば家族とコンタクトが取れますか?」
食い下がって質問する勇一。
自分は生きているという証拠を両親に伝えたいのだ。
だが「ドイツ北部まで到着したら飛行機の不安もあるだろうし、日本から私が直接そこまで迎えに行く。その時きちんと話をしよう」という返答のみ。
その後電話は切られた。
一応勇一もメールの件は隠した。しかし心の中では何かが晴れない。
電話を終えた後、皆の前で今のモヤモヤを打ち明けてみる勇一。
「静那と真也の里親さんを疑うワケじゃないんだけど…」という切り口で諭士さんにつかみどころのない不安感を抱いている事を話した。
でもこの話には決定打が無い。
電話越しの声色で、皆の無事を心から喜んでくれていた諭士さんを根拠もなく疑えない。
でも各両親に無事という事だけでも伝えているのなら何かしら反応はあるハズなのにその返答が無かった事。
そして、『テロリスト』という言葉にも引っかかりを感じた事。
一体“何に対してのテロリスト”なのか?
客船で襲ってきたレジスタンス達に対して、当初自分達が描いた偏見。
振り返ってみればテロリストなんて曖昧な言い方だ。
しかし…
「もう一度言うけどこの話はまだ憶測の話だ。
だから一旦この話の深堀はやめようと思う。
根拠のない事をいくら思い悩んでも前に進まないしな。
それよりも今後の事で提案があるんだ。
もちろん各々の考えを尊重するけどまずは聞いてほしい。」
このまま悶々とするのもらちが明かないと感じだ勇一は、この思いを一旦仕舞いスイスまで進む提案を話ししてみた。
ドイツへ向かう途中に位置するスイス東部まで足を進める提案だ。
ジャンヌと隊長は長い事留守にしていた事もあり、一端スイス本部に帰還するらしい。
そのタイミングで同行すれば安全に移動できる。
山間部の雪道は安全ではないらしいので自分達だけで移動するのはリスクが高い。第一誰も車の免許を持っていない。
スイスまで向かう1番の目的としては“治療”だと言う勇一。
聞けば本部の医療施設はかなり整っているらしい。静那の完治、生一の古傷の治療を考えたら願ってもない機会だ。
2番目の目的は陸路を使う事になれば中継地点になるという点だ。
皆には飛行機事故のトラウマがある。当然ドイツまでのルートは飛行機よりも陸路が良いだろう。
でもそう考えるとイタリアからドイツまでは遠すぎる。山道も含め1700km以上あるのだ。
そこでもう少し近くまで距離を詰めておきたいと考えていた所に絶好の中継地点があったという点。
そこからドイツ入りするのは気温次第になるがそこまで遠くはない。
スイス本部には軍事施設他、気象観測施設などの情報網も備わっているらしい。国の山岳部がそのまま要塞になっているような感覚だ。
安全面は段違いだ。
他にもスイス国内にはあの『MF』の本部がある。静那のお父さんのかつての同僚がそこにいるのなら会わせてあげたい。
我ながらうまくプレゼンができたと感じる勇一。
自分の本当の目的…日本と連絡を取ろうとしている件を伏せて説明できたからだ。
日本とコンタクトが取れない事が気になってないわけではない。
しかしこの事で皆にいたずらに不安感を増大させたくなかった。
遠くから誰かに監視されているかも…なんてその“誰か”を考え出したらキリがない。
初めてあえて皆には相談せず独断でコンタクトを取る方法を模索してみようと試みる勇一。
勇一からの今後の提案…
子ども達やお母さん方とも随分仲良くなったメンバー達ではあるものの、意外にも静那以外全員スイス行きに対して快く賛成してくれた。
当然この場所に愛着が湧いている。
しかし全員が“静那の完治”をまず1番優先に考えていたからこその決断だった。
少し困惑した表情を見せる静那に勇一が呼びかける。
「皆静那の事が大好きなんだ。だからワガママかもしれないけど皆に世話やかしてくれよ。」
* * * * *
イタリアでの暮らしに愛着を持ちつつまた訪れる事を約束して、9人は一旦ここを発つことにする。
ジャンヌ達のここでの仕事が一段落したのだ。
イタリアでの暮らしは1カ月ほどだったが最終日には追い出し会をしてくれた。
別れ際、一番皆からもみくちゃにされていたのは葉月。
子ども達にすっかり懐かれていた葉月は泣いていた。
また会えると分かっていても涙が込み上げてくる。
鳴きたいのを必死でこらえているまだ幼い男の子達の表情が印象的だった。
葉月くらいの年頃(お姉さん的存在)の人間がいなかったのもあり、子ども達にとっては憧れの存在に思えたのだろう。
子ども達の中には、まだ10歳にも満たない癖に“大きくなったら静那や葉月お姉さんと絶対結婚するんだ”と言いだす程好かれていた。
子ども達のお世話に明け暮れたイタリアでの毎日は大変だったけど、振り返ってみれば充実感しかない。
お別れの日となる3日前には“子ども達だけの生活体験”にチャレンジした。
薪割りからはじまり、真也達が用意してくれたドラム缶風呂でお湯を沸かし、お風呂を楽しんだり…
収穫した麦や野菜を使い、子ども達と一緒に“うどん”作りにチャレンジしたり…
葉月命名“イタリアン未来塾”。
もちろん企画者は葉月だ。
子ども達の生きる力を育む為の葉月なりに考えた生活体験プログラムだ。トルコに居た頃、皆で協力し自給自足を目指したあの体験を子ども向けにアレンジしたのだ。
あの時は結局、自給自足とまではいかなかったが、なるべくお金に依存せずに自分達の中で生きていく力が身についたのは事実だ。
去り際に葉月はどうしてもそこで得た経験を子ども達にも同じ体験を通して伝えたかったのだ。
子ども達だけでご飯を作る。
そして皆で作った夕食を囲む。
自分達で薪をくべ、火を起こし、お風呂を沸かしてみる。
その後は皆で布団を敷いて一つの部屋で寝る。
子ども達にはここでの体験をいつまでも覚えていてほしいと感じる葉月。
お別れ前の最高の経験と思い出が出来た。
* * * * *
スイス本部にはまず主要メンバーであるラッツィオ隊長とジャンヌの2名が戻ることになる。
道先案内をしてくれる形で勇一達もスイス東部に位置する本部を目指す。
レジスタンスの残りメンバーは、引き続き施設内で身寄りのない家族のお世話や武器商人たちの動向に目を光らせることになった。
---出発の朝。
小高い丘に私有の畑があるのだが、そこからさらに上の場所…
設立者フンベルトさん…そしてミレイナさんが眠る墓前の前で小さな声で呟く勇一。
「行ってきますミレイナ。来年…また行くよ。」
丘を下りながら勇一は何度も振り返った。
ほぼ毎日一人でこの墓石へ通っていた日課もひとまず終わりとなる。
ここは見晴らしもよく、風が気持ちいい。
この広く見渡せる場所から…どうか皆の事を見守っていてほしいと願った。
物語はSEASON3、イタリア~ドイツ編へ入ります。
現地取材を経てリライトをする予定です。
【読者の皆様へお願いがございます】
ブックマーク、評価は執筆の勇気になります。
ページ下部↓の【☆☆☆☆☆】から評価して頂ければ非常に嬉しいです。
頑張って執筆を続けていきますので、よろしくお願いします。