38-1 いのちの向き合い方
【38話】Aパート
『僕たちは当たり前のことを忘れてしまったのかもしれない…
全ての命はお母さんが命を懸けて産み落としてくれたという事実を。
この“生”をどう使いますか?
何のためにこの命を使いますか?』
ーー部屋を隔てて、まさに新しい命が産まれんとしている最中、男達は特にやれる事もなく…家の外で並んでたたずむ。
無事の出産を願う事しか出来ない無力感を感じる。
そんな中、自分をこの世に産んでもらったかすかな昔の記憶を思い返していた。
* * * * *
ここはイタリア、ローマからやや北部に位置する小さな村。
イタリア全土を巻き込んでしまう程のアクシデント続きだったトルコからの大航海。
無事イタリアまで到着したものの、その後の事後処理やマスコミへの対応が大変だった。
お母さんのオリーヴィア(Olivia)さんは女中さんと共に、故郷のドイツにて療養してもらうこととなった。
もともと体調がすぐれなかった上でのショッキングな出来事だ。
しばらく時間を要するだろう。そこは女中のジークリット(Siegrid)さんに任せていれば大丈夫とのことだ。
イタリアにたどり着いて様々な取材を受け終えた後、やっとの思いで勇一達がたどり着いたのがこのローマからやや北部に位置する小さな村である。
ジャンヌは父であるフンベルト(Humbert)さんの貿易会社の残務をこなし、最終的なゴールとしてこの事業を畳むことになった。
その為の事務作業に追われる間、勇一達は会社内の寮にやっかいになることとなったのである。
まだ人身売買の被害者やレジスタンスのメンバーもいる。
結構な大所帯である。
会社の残務処理…やれることは何でも手伝わせてほしいと勇一は嘆願した。
八薙も将来の事を考え、会社経営の仕組みを知りたいという事で会社の終活作業を進んで手伝う。
慣れない手つきではあるが“パソコン”という機械に向き合う2人。
レジスタンスのメンバーではあるがミレイナさんの姉でもあるジャンヌが今は指揮を執っている。もうすぐ事業を畳むとはいえ、今では彼女が代表取締役みたいなものだ。
レジスタンス隊長のラッツィオ(Làzio)は補助に回ってくれている。
会社を畳んだ後は孤児院施設にするらしい。なにせ家族をーーー
「おい、なんか現状の説明セリフを延々流すのはよろしくないんと違うんか?」
生一が何やら意味不明な事を言いだした。
「誰に向かって言ってるんだよ。そんな事よりも何どっか行くみたいなよそ行きの準備してるんだよ?」
「あん?これか。」
そう言って生一はチケットを4枚ヒラヒラ見せつける。
どうやらスポーツ興行のチケットらしい。
「セリエAっていうサッカーの試合チケット。ええやろ~。隊長さんにもろたんやで。ジャンヌさんと行ってこい言うて。」
「何でそんな事をラッツィオさんが。」
「まぁジャンヌさんさ、毎日根詰めて仕事やってたからな。息抜きが必要思うてきっかけ作ろうと気を利かせたんと違うか?」
「そ。俺らこれからデートやねん。2名邪魔やけど。」
「何が邪魔やねん!お前こそ邪魔やねん。ホンマは2人きりで行きたいのに…」
兼元と小谷野も割って入ってきた。
「だからガキの面倒はお前見といてくれよ。今、葉月しかおらんのやし。八薙はパソコンと格闘中やし。」
「なんだよ無責任だな。」
「んな事無いやろ。ジャンヌさんの気分転換につき合うねんぞ。俺ら無責任というよりもちゃんと役に立ってるんやで。」
確かにジャンヌはこの施設に戻って来てからは、父親の後始末をしっかりすることがせめてもの家族に対しての償いであるかのように仕事に没頭していた。
寝る間も惜しんで帳簿やパソコンに向かっていたのだ。
貿易会社だ。
処理する作業は多い。
しかし働き過ぎというくらいの状態だった。
レジスタンス時代から一番彼女を傍らで見ていた隊長だからこそ、そんな彼女に休息が必要だと感じたのだろう。…そしておあつらえ向きな3人がいた…という所なのだろうか。
会社の施設内では、勇一やレジスタンスのメンバー以外に、社員さんが殺されてしまい路頭に迷ってしまったお母さん方とその子ども達をかくまう場にもなっていた。
両親のどちらも失った子もいれば、出産を間近に控えた妊婦さんまでもいる。
いつ生まれるかわからない状況の方が一名いるのだ。
そういう状況なので、会社を畳んだ流れで建物をそのまま孤児院施設にするというのは理にかなっていた。
「じゃあな~。俺らこれからジャンヌさん誘って行かなあかんし。」
そう言って3人は勇一の居る部屋を出た。
しかしそのドアの向こう側では子ども達が何人かスタンバイしていたのである。
「キイチどこ行くの?遊んでや~。」
「あん?お前らの相手してる場合ちゃうねん。俺ら今忙しいんやぞ。」
「試合時間はまだ先でしょ。まだ全然時間あるやろ~」
こっちの予定は把握済みだという顔をしているガキ共。
「何やねん。お前らの大好きな葉月と遊んでもらえよ。」
「“はずきん”は、ごはん作りに行った~。今は無理って~」
子ども達にとってお姉さん的な存在である葉月は大人気だった。
でも大所帯故、子ども達とずっと居てあげられるほど暇ではない。
料理などの生活基盤は葉月と静那、そしてお母さん方が担当している。
「静公は今お母さん方と買い出しか…しゃあないな。クソ、葉月がおらんようになったから代役で俺らってか?」
仕方ないという感じで“かくれんぼ”をすることになった。
* * * * *
かくれんぼはイタリア語でNascondinoと言って、子ども達にとっては一番人気の遊びだ。
しかし鬼に見つかっても急に都合の良いルールに変えるのが子どもというもの。
見つけたと思っても「鬼ごっこ」のように捕まえないと駄目というルールに変更となってしまった。
しかし子ども達は意外とすばしっこい。
生一達3人は当然これまで鍛えてきたこともあり、体力には自信がある。…あるはずなのだが、生一だけがどうしてもスタミナが持たずにすぐにバテてしまう。
兼元と小谷野は「まぁこの後のデートの為にも体力温存しながら追いかけてんやな~」くらいに考えていたので、生一の動きにはあまり気にならなかったのだが生一本人は明らかに動きが本調子という感じではなかった。
船上でもすぐにノックアウトされたし、以前“ハイキック野郎”から受けた蹴りでアバラがずっと痛い…激しい動きをしたらズキズキしてくる…
古傷になっているようだ。
やや脂汗をかきながらも子ども達を必死で追いかける生一だが、子どもというものは残酷で、追いつけないと分かれば罵声を浴びせてくる。
「キイチもうオッサンだから無理無理~」「オッサーン!」
「なんやと!お前ら~いくつやねん。」
「フン!7歳ですけどー!」
「な~にが7歳や!8年前は精子やった分際で。こうなったら見せてやるよ!」
「何を見せてくれんの~」
少しニヤリとする生一。
「フッ…この私は靴下を脱ぐことで遥かにスピードが増す。そしてその靴下を今履いていると…この意味がお分かりかな。」
「靴下脱いだら早くなるの~じゃあ早く脱いでよ~」
「この野郎。人がせっかく有名なセリフ喋ってんのに…イタリアじゃまだ分らんかな~まぁええ!ちょっと待っとけクソガキ共!」
そう言って生一は隅っこの方に移動し、いそいそと靴下を脱いで裸足になった。
「お待たせしました。では第2回戦といきましょうか。」
「捕まえられるもんなら捕まえてみなよ~バ~カ」
「こいつら…もっと絶望しやがれよ。張り合いがないわ…ったく。
おい!お前ら~。
気をつけろよ~こうなってしまえばさっきまでのように優しくはないぞ。
さぁどいつから捕まえてやろうかな………決めた!」
そう言って生一はものすごいスピードで子ども達に飛び掛かっていった。
その様子を見て小谷野と兼元は「デートを控えてるんだからそんなにマジになって捕まえんでもええやん」と感じるものの、一応生一の鬼気迫る動きを静観。
端に追い詰められた1人の子ども。
しかし小回りを利かせて素早く方向転換する。
「見えているぞッ!」
と言いながら素早く生一も方向転換をさせる。
「!?」
その時、生一の背中に激痛が走った。
古傷のアバラから背骨にかけて痛みで力が入らなくなったのだ。
両足でふらつきながらも体に踏ん張りがきかず、力なく後ろ向きに不自然に倒れかかる生一。
その体を横から駆け寄りガッシリ掴んだ人間がいた。
「ボス!大丈夫ですか?」
「静公?帰ってきたん?」
「ええ。ついさっき。それよりも…」
「大丈夫やて。遊びの最中に足滑らせただけや。」
「それにしては表情が苦しそうでしたよ。明らかに違うでしょ。」
生一の苦悶の表情を見逃さなかった静那。タイミングよく倒れる前に受け止められたその体制のまま、一旦生一を部屋の中に連れていった。
肩を貸しながら静那は生一の体に力が入っていないことに気づく。
「く……悪ィ。」
「悪い事なんてないですよ~。痛みます?一旦ここ、座れます?」
「まぁ…な…。ええ加減どっかでちゃんとした病院行かなな…」
「そうですね。外傷は無くても治ってないですよね。」
こういう時も子どもは残酷なのかもしれない。
「このノロマ!」
そう言って子どもの一人が去り際の生一の足を蹴った。
「このクソガキがぁ。こいつ!」
しかしその子は一目散に逃げていく。今の状態では追いつけそうにない。
「(くそ…あいつ…明日の分のウンコがひねり出るくらいまで後でケツしばいたるからな~)」
子どもからしたら遊び相手から肩透かしを喰らった感じなのかもしれないが、生意気なものである。
そしてそんな奴にはもう用は無いという感じで子ども達の関心は一斉に買い物帰りの静那に向けられた。
この施設内の子ども達からの人気No,2である。
「シズナーおかえりー」「シズナー。」
「うん、だだいま。」
「シズナー僕がお願いしてた土笛買ってきてくれた?」
買い物から帰ってきた静那に一番に聞いてきたとある子ども。
どうやら静那にお使いを頼んでいたようだ。
「あっ。ごめーん。買ってなかった~。トンボゥ君、ごめんね。」
「え~シズナー買ってくるって言ったのに~言ったのに~」
途端に涙目になってわめきだすトンボゥ君という名前の少年。尚も静那に詰め寄る。
「わ~ん。シズナーの嘘つき~買ってくる言った~言った~言った~」
やや遠目で「うちの嫁を何困らせてんねん!ガキだろうがクゥラッスゾ!」という表情の兼元と小谷野。
尚もトンボゥ君は泣きじゃくり、地面にしゃがみこんだ。
「シズナー買ってくる言ったのに~わああああん。わああああん。」
「ごめんね~お姉ちゃん買い忘れちゃった。ごめんね~」
「いや~シズナー何で買ってきてくれなかったの~買ってくる言った~」
「ホントごめんごめん。」
「いや~買ってくる言った~」
らちが明かないと思ったのでトンボゥ君に注意をしようと一歩前に出ようとした小谷野だが…その様子を見て、静那が目くばせをしてきた。“ちょっと待って。大丈夫だから”という感じだ。
そしてポケットから何かを取り出す。
尚も俯いて泣きじゃくるトンボゥ君。そこへ静那が笑顔で呼びかける。
「泣かないで~トンボゥ君。ホラ~これ何かしら~。この手にあるの何だろうね~」
そう言って静那が手を広げるとそこには新品の土笛があった。
「ほらほらトンボゥ君。これ何かな~?お姉さんの手にあるもの。」
「もう~シズナーの意地悪~」
そう言って身長差はあるものの、静那に泣きながら駆け寄り抱きつくトンボゥ君。
「(あっ!アイツうまいこと抱きつきやがって!)」と思う小谷野と兼元を尻目に静那は笑っていた。
「ほら~皆見てるよ~泣いてるトンボゥ君。見られてる。もう泣かないでね~」
実に子どものあやし方が上手い…と感じる2人。ちょっと意地悪だけどそれがなんだか手のひらで遊んでいるような感じがする。
そんなトンボゥ君の両親は居ない…という事を静那は知っていた。
「あのお兄さんはちょっと体が痛いみたいだから、ごはんまではお姉さんと遊ぼうか?」
「うん!シズナーと遊ぶ~!!」「やった~」
他の子ども達も表情をキラキラさせて静那の周りに鈴生りになる。
静那も実は火傷から完全に回復したわけではない。まだ7~8割方という所で、今も薬などで療養している。
上着の下、体中には常に火傷用の湿布をしているのだ。
そんな状態でも元気な子ども達のお相手をかって出てくれた。
しかし…それにしても子どもというものは素直なのか失礼なのか…
「シズナーなんか臭う~何だかツーンってする~」
物語はSEASON3、舞台はイタリアへ入ります。
現地取材を経てからリライトをかける予定です。
【読者の皆様へお願いがございます】
ブックマーク、評価は執筆の勇気になります。
ページ下部↓の【☆☆☆☆☆】から評価して頂ければ非常に嬉しいです。
頑張って執筆を続けていきますので、よろしくお願いします。