35-1 携帯電話がやってきた
【35話/B面】Aパート
放課後になるとこの部屋…部室にやってくる決まった面々がいる。
誰かが部室にやってきて、それが複数名になったあたりから自由に話が始まるのだが、時には話のテーマを急に決めて深堀したりする。
そして当たり前の様に流行の話もしたりするのだが…
「静ちゃんってポケベル持ってたっけ?」
「いえ、持ってないですけど。」
「そうだったかー。でも意外とポケベルのブームは終わりが近そうだから大丈夫。
これからは携帯電話が流行るから。」
「携帯電話って、あの小さい電話ですよね。どこでも持ち運びできる。」
「そう。今までだったら家の電話じゃないと通話出来なかったからね~。長話でもしてたら親に睨まれてホント嫌だったし。」
そう興奮気味に話すのは葉月だ。
携帯電話を買ってもらったのだ。
高校2年生にして“携帯デビュー”というやつだ。
“自分で選んだ部活動は好きに参加しても良いが、部活がある日や帰る時間はきちんと報告しなさい。”という母親からの条件のうえ使わせてもらう事になったようだ。
道場に来ないで勝手な行動をしたことで、父親とは仲が改善しておらず、あれからほぼ会話を交わしていないのだが、これは母伝いで父親からの無言のメッセージも含まれているのだろう。
なんだかんだ言って娘が心配なのだ。
そうでもなければ携帯電話なんか持たせてもらえない。
これまで学校と道場を行き来するだけだった葉月が意外にもこの部活内では一番早く携帯デビューすることになった。
「これが携帯電話…かぁ。見てもいい?」
「いいよ。ここ2回押したら通話になるから気をつけてね。」
そう言って葉月はソニー製の携帯電話を見せてくれた。
「おぉぉおお~小さいなぁ!」
「すごく便利なんだよ。ここのさ、でっぱりのジョグ部分をクルクルッと回すと、動作に連動して電話帳を読み込んでくれるんだよ。
それで回していってかけたい電話番号まで合わせたら2回押すの。これだけで電話できるんだよ。
親指でクルクルピッピすれはすぐ電話できるの。」
「へぇ。電話番号を登録しておけば、いちいち番号を入力しなくても電話ができるんだね。
便利~。
それに思ってたよりも小さくて玩具みたい。」
「そうでしょ。電話帳の文字は番号を何度も押していくとさ…あ、い、う、え、おって表示されるでしょ。しかもひらがなカタカナ以外にアルファベットや漢字変換機能もあるんだよ。」
携帯電話は他の人が使っているのを見た事がある。
勇一もその存在を知ってはいたのだが、やはり自分で直接触ってみると新鮮な感じがするものだ。
まずはその小ささに驚く。
“…小さい。”これが手にした時の感想だった。
「便利だな~。電話線につながずともどこでも通話できるんだもんな。俺、流行とかは疎いけど近い将来殆どの人が携帯電話持ってる景色は想像できるな。
公衆電話なんか近いうち無くなってしまうんだろうな~」
「基本料金は高いけど便利さには抗えないからね。」
「そのうちドンドン安くなるんちゃうか?ユーザーが増えるにつれて。」
「まぁそうなるでしょうね。月の通話料はかかる分、機器や契約金は0円とかにして。」
「でもさ葉月。帰りが遅くなったりでもしたらすぐに電話がかかってくるんじゃない?
あの師範代から。」
「もう…確かにかかってくるかもしれないよ。
だからその辺りの報告はしっかりするって約束してる。そのために持たせてくれてるんだし」
「あ~いいな~。私も携帯欲しいな。」
「小春は携帯持ってる方が“らしい”っていうか。」
「私はもうシティガールじゃありませんって!」
「でも持つのはまぁ時間の問題かな。」
「静ちゃんは?」
「私は携帯持てるほどお金ないし…それに洋服買ったり今週末は映画に行ったりで、意外と出費がかさんでまして…。」
少し申し訳なさそうな顔をする静那。
しかしその出費は先輩達に“合わせる”ための出費でもあるので、何も言えない。
スイーツを一緒に買いに行った時も、静那は自分の財布からきちんと支払っている。
「じゃあ必要な時は私の携帯使っていいから。いつでも言ってよ。」
「でも通話料が高いんじゃ…」
静那は必要な時にはお金は使うし決してケチなわけではないのだが、一人でお金のやりくりをしていればどうしても出費にシビアになる。そして気軽に出してもらう事に対しても躊躇が入る。
「…そうね。1分の通話がだいたい100円くらいだったと思う。
でもねしーちゃん!」
「はいっ。」
「大事な事に関しては使ってもいいのよ。しーちゃんも私たちとの付き合いだったら躊躇せずにお金使ってたの知ってたし。」
「そうよ。静ちゃん、お金は大事だけど必要な時は使ってもいいのよ。
寮母さんに帰りが遅くなる時とかは遠慮なく言ってよ。」
「は…はい。ホント悪いですけど。」
「悪くなんかないから。ね。」
「せやで静那ちゃん。こんな便利な機械。いずれは普及率100%に限りなく近くなると思うねん。」
「今のうちに使いこなせるようになっておいてもええと思うで。」
「そうだよ。いずれは持ってるのが普通になると思うよ。
だっておそらくここのディスプレイの所…今はモノクロだけどカラーになるだろ。
そしてこっからは俺の予想だけどさ…多分携帯電話も色んな種類が出回ると思うんだ。
その時にお得感を出すために色んな機能が添えつけられるように感じる。
一番につけられる機能はやっぱりカメラ…かな。」
「確かに。携帯にカメラつけられたら便利やんな。」
「インスタントカメラとかいらんようになるんと違うか?」
「私も機能として今後つくとしたらカメラかなって思ってた。
じゃあもっともっと機械が進化していったら…」
「…うん。おそらくビデオとかも撮れるんじゃないかな、携帯電話で。」
「携帯電話でビデオ撮影~?それはちょっと高性能すぎんか?」
「でも今でさえこんなに小さい携帯電話作れてるんだぞ。何年後かにはビデオカメラとかの機能入れられるんじゃないかな。そうしたら夢のテレビ電話とかも…」
「なんだか昔見たことある特撮の世界みたいだな。
ウルトラ警備隊みたいな?」
「じゃあテレビとかもいずれは…」
「あり得るんじゃないか?このモノクロの画面がカラーになって、画面も大きくなったらテレビだって見れるようになるかもしれないよな。」
「そりゃすごいな。携帯電話でテレビ見られるような時代が訪れるとかは流石にまだ考えられんけどな。」
「そりゃあまだ今はモノクロディスプレイだもん。何年後になるか分かんないけどさ。」
「なんだかそんな事想像してたら携帯電話の市場って今後伸びしろしかないな。
その辺はどう感じる?椎原さん。」
「私に振る~?でも聞いた話だけどね、今のところ携帯電話やPHSの普及率は10%なんだって。予想としては、来年の1996年は24%くらいまで増加するって予想されてる。」
「すげえな。倍以上じゃん。」
「だってビジネスとかで使えるじゃない。いかに会社内で素早く情報を共有させるかっていう点でいうと需要と供給はすごくマッチしてるよ、携帯電話の存在って。」
「来年倍以上だと21世紀に入るまでにはどれくらいの普及率になってるんだろうな。」
「日経新聞の予想だと、2000年頃の携帯保有人口は半分に達するみたいよ。
そしてその頃にはもうモノクロじゃないカラーの携帯が普通になってるみたい。だからその頃には携帯電話で写真撮ったり撮った写真を携帯電話から送ったりするのは普通にできてるかもしれないね。」
「2000年ってそんないう程先のコトじゃないよな。凄い速さで変わっていくんだな…携帯電話業界。」
「さっきも言ったけどあらゆるビジネスで使える…需要と供給っていう面だと群を抜いているジャンルだからね。」
「昔はトランシーバー使ってたけどね。」
「うん。でももう性能面で全然違うよね。これからはトランシーバーにとって代わるでしょうね。」
「そうなったらいつでもどこでも意中の人と会話できるようになるのか…ええなぁ。」
「常に繋がりたい人同士やったら最高やん。」
「あら、良い事ばっかり思い描くのは軽率じゃない?」
ここは椎原さんなりの視点があるようだ。
「何でやねん。お互い携帯電話持ってたらいつでも静那ちゃんと話しようと思えば話せるんやで。最高やん。」
「仕事って面で置き換えてみたらどう?」
「む…」
「ちょっと釘をさすような言い方でテンション落ちるかもしれないけど…」
そう言って、椎原さんの描く携帯電話の展望…陰の部分もシェアしてくれた。
「これは私の私見だけど、携帯電話の普及率が広がる要因ってまず仕事用途だと思ってる。
主婦や学生よりもまずビジネスマンの多くが持つ…いや持たされることになるでしょうね。
場所を問わずいつでも連絡や報告が出来るからね。
でも携帯電話でずっと縛り付けられるような感じになるかもしれないっていう懸念もある。」
「便利な分、いつでも会社からの電話に応対しないといけなくなったりするイメージかぁ…それは嫌だよね。」
「恋人といつでも繋がれるっていうイメージは容易に想像できるでしょ。
でも……会社からいつでも監視されてるイメージはどう?どっちも同じことなんだけどね。」
「う~ん。それは盲点というか考えられんかったな。」
「携帯電話でのトラブルやストレスも増えると思う。私たちは便利になったらつい良い事ばかりイメージしてしまうんだけど、良い事を逆手に取ったやり方もある。
そうなれば予期しないトラブルも起こるでしょう。」
「確かに…言われたらっていうのはあるな。」
「決めつけは良くないけど、四六時中携帯電話に監視されてるように感じたらかえって大変なストレスになるよ。
藤宮君なんかはこの中だと一番携帯電話から距離を置きそう。
便利だから一応は持っておくにしても。」
「せやな…返信が遅いとかいうくらいで怒ってくる気の短い奴なら俺やと早々と縁切るかもな。」
「そうやって必要以上に監視されたくない人もいる。
…皆それぞれパーソナルスペースってものがあるのよ。それを侵されそうになったら人って思ってる以上にストレスを感じるみたい。そしてそれは体調に出てくる。
ここまで先回りして考えておかないと、いざという時ストレスに対処できなくなるからね。」
「それでも携帯電話がらみの事件とかはありえるんじゃないかな?携帯電話が人命救助に役立つこともあるだろ。でもその逆…人を追い詰めるような事例も出てくるかもな。」
「どっちにしてもさ。人類って今までの進化の歴史上こんな機械は使った事無いじゃない。急に出てくるトラブルなんかに逐一対応できるくらい人は賢くないよ。
きっと問題を起こしつつもうまく生活にプラスに組み込めるように少しづつ努力して対応していくんじゃない?
人と電話機との落としどころを模索しながら。」
「落とし所…ですか~。」
「さっき言ってたカメラの機能もいずれはつくんじゃないかって話してたけど、こんな小型の携帯電話にカメラ機能がついたら当然“盗撮”とかの事件も出てくるよね~。」
すると女性陣が一斉に兼元の方を見やる。
「オイ!何でそこで俺を見る!失礼な。俺は“匂い”の方専門や。」
「いらん事カミングアウトせんでもええ!」
「便利になったらすべてがプラスの方向に向かうとは限らないってこと。機能が多くなると当然使いこなせない人も出てくるんだし、悪用する人も出てくるんだし。」
「そうだな。見ただけだと滅茶苦茶便利な未来の先取りアイテムとしか見えないんだけど、それが引き寄せる問題もあるって“目”を持っておく必要があるって事だな。」
「そうね。今後ますます機能的で便利になってくるのは間違いないけどね。」
「21世紀になったらほぼ全員携帯電話持ってる世界になるかもしれんな。」
「どうだろうね。もしかしたら携帯電話にとって代わるようなアイテムが発明されているかもよ。」
「え~そりゃあ流石にないだろ。こんな小さくて便利な携帯電話よりも高性能なものが出回るなんてちょっと考えにくいな。」
「確かにこの後カラー版になって、カメラやビデオ、テレビなどが実装されるのをイメージしたらさ…さすがにこの牙城を崩すアイテムが台頭してくるなんて想像できないよ。」
「私もさすがに携帯がこのまま進化していくイメージしか想像できないわ~。砂緒里は先見の目があるし賢いけどさすがにこれ以上のものはね…。」
…しかし時代の流れとは分からないもので、2008年に“iPhone”の3Gが日本でも発売されると、あっという間にこの時代の携帯電話は“ガラケー(ガラパゴス携帯)”という扱いになり市場から姿を消していく。
しかし今はまだそんな事など知る由もない面々。
ひとまず初めて間近で見る携帯電話に対し、モノクロ画面ながら、携帯電話の小ささや軽さ、精密さ、便利さにただただ感嘆している勇一達であった。
『B面』では、勇一達が立ち上げた部活「日本文化交流研究部」での日常トークを描いています。時々学校外の課外活動にも出向きます。
各話完結ですので、お気軽にお楽しみください。
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