32-1 セッティング
【32話/B面】Aパート
放課後になるとこの部屋…部室にやってくる決まった面々がいる。
誰かが部室にやってきて、それが複数名になったあたりから『日本文化交流研究部』の部活動は始まる…
「ふうぅ今日は特に暑いな。風も無いし。」
6月に入り急に暑くなってきた。
部活動が行われる部屋はエアコンなど勿論無い。
換気で風通しを良くするのだが、その風が来ないとなると暑さが和らいでいかない。
暑さでややバテ気味の皆を見て勇一がお願いする。
「静那、ちょっと人数分ジュース頼めるか?」
「ええっ!私ですか?」
途端に怯えるような表情を浮かべる静那。…普段から想像も出来ないような表情をするのは謎だ。
「あ、はい。でも…」
「人数分持ちきれないと思うから俺も一緒に行くよ。」
「う…ん。ううう…。」
俯き加減の静那に向かって小谷野と兼元が問いかける。
「静那ちゃんどうしたん?」
「あの…私ジュース買うのあまり得意じゃないんです。それで…皆を待たせてしまうんじゃないかと。」
「そうなん!?それやったら俺が行くやんか~!そんなん俺に全部任せたらええで。たよりまくれ。実はオレな、ジュース買いに行くんめっちゃ得意やねん。めっちゃ。」
「ホントですか?やっぱり先輩は違うなぁ。」
「オィ!お前何ポイント上げようとしてんねん!静那ちゃん。俺も行くさかい。」
「行ってくれるんですか?」
「当たり前やん。先輩後輩関係ないない。俺が買うてくる。俺な、こう見えてジュース買いに行くん関西一得意やねんぞ。
もう瞬きするかの如くジュース買いに行って戻ってくるくらいの使い手やで。
大阪では“光速の使いっぱしり”言われとったで!」
「(その言われ方は凄い事なのか?)」
「とにかく俺がウットリするくらいの手順でジュース買うてきたるさかい、静那ちゃんはここでくつろいどってや。」
「勇一…いいかな、じゃあ2人に頼んでも。」
「うん。本人が買いに行きたいなら行かせてやって良いんじゃないか?」
「言うとくけでどお前の為に行くんちゃうからな。困ってる静那ちゃんの為やからな!」
「はいはい。」
「“はい”は一回!」×2
「…はい。(ハモりやがった。なんでこいつ等はこんなにエラそうなんだよ。)」
意気揚々と部室からジュースを買いに行く2人。
何やら言い合いをしながら教室から消えていった。
「ふぅぅ…暑いからよけい熱苦しいな、あいつら…。」
彼らが居なくなったのを確認した後、先日疑問に思っていたことを静那にぶつけてみる。
先日の部活内でのトーク。
静那が小谷野と兼元にとんでもないお願いをした件である。
「静那、この前あいつらに要望した理由って今聞いていい?」
「この前?」
「うん、いきなり“私を夜の街に案内してほしい”なんて言ってただろ。なんであんなお願いしたのかなって。びっくりしたよ。それに夜の繁華街に行くなんて寮母さんに相談して何も言われなかったのかなって。」
「あ、静ちゃん、私も気になるその話。」
女性陣3人もやはり気になっていた。
彼女が夜の街に目覚めてしまったなどとは思っていないのだが、どうしても気になるその理由を。
「あぁ、あれですか。実は…映画のチケットを寮母さんからもらいまして。上映期間があとわずかなんですよ。期間内になんとか観に行きたいって思ってたんです。
夜の街というか“映画館に行ってみたい”っていうのが一番の目的なんですけどね。」
「何だ、映画か~。」
「はい、でも学校の後1人で映画館っていうのは行きづらいし…映画が終わって外に出る頃にはかなり暗くなってるし…」
「それで夜か…確かに夜の街に1人ってのは危ないな。静那は他の学生と髪も顔立ちも違うから目立つだろうし。」
勇一は以前長身の男に絡まれていた静那を思い出した。
「ですので、ここは夜の街を経験した先輩達に送迎をエスコートしてもらえないかな~って考えてて。それに頂いたチケットは3枚あるんです。丁度良いでしょ?」
そう話しながら静那は映画のチケットを取り出した。
『招待券/フォレスト・ガンプ 一期一会』と書かれたプレゼントチケットだ。
「へえ~良いじゃない。素敵。私もこの作品観に行きたいな。私は自分でお金出すから一緒に行ってもいい?」
「勿論良いですよ。でもあの2人は同行に納得するかな。」
「あいつらに気を使う事無いよ。静那は勿論皆と行きたい…よな?」
「うん…でも今回は私からの申し出だからやっぱり2人と一緒に行きたい…かな。」
「!?」
「マジでか!?」
「え?何で?どういう風のふきまわし?」
「そ…それ本当に静那の意志?」
「そうだよしーちゃん。あの2人に何か弱みでも握られてるの?」
「嫁だから…とかは流石にないか。」
「静ちゃん。誘ってしまった後に断りでもしたら、ぬか喜びさせた分傷つけてしまうんじゃないかとか考えなくても良いんだよ。静ちゃんのしたいようにすれば。」
「うん。ありがとう。でも本当におかしなことないよ。」
「…そうなんだ。」
「複雑だな…」
「律儀ね。」
「律儀とかいうのじゃあないよ。この前の2人の話を聞いて感じた事。」
「2人の話?」
「覚えてる?先輩達、初めて寮を抜け出して夜の大阪の街に出てみたけど、今の自分のふがいなさで涙が出そうになったって話。してくれてたでしょ。
私…ちょっとだけだけど、その気持ち…分かる。で、場所は違うけど“今”もう一度街中に出てみてもあの時と同じように感じるのかどうかを聞いてみたくてさ。」
「静ちゃん…」
「多分だけど…大阪に居た時は、自分が思っていた以上に世間は知らない事ばかりで、自由に動けようにも動けなくて、自信も持てなくて、これからの人生を想像していくうちに不安で押しつぶされそうになったんだと思う。
でも、きっとあの頃とはもう違うと思う。2人だけじゃない。みんなもいるし。
あれからの心の中の変化を、夜の街っていう同じような場所で感じてもらえたら、もっと小谷野さんも兼元さんも自分の可能性を信じられて視界が開けていくんじゃないかなって。」
「静那…そこまで考えて。」
「元々2人にはブレないって強さがあるんだから、あとは本当の自信がつけばもっと魅力的になるよ。…って私の男を見る目はどうですか?」
「いやいや凄いわ。どうしようもなくバカで助平なのに良い所はちゃんと見てたり、彼らの飛躍のきっかけになるなら自分が一役買おうとしたりしてさ…あの変態にはもったいないくらいの後輩だわ。」
「そこまでは言わなくても。」
「でもあいつらどっか自分の心の内で自信が持ててないっていうのは見抜いてたんだな。」
「見抜くなんていう程じゃないよ。…自信が無くてどうしていいか分からなかった昔の…あの時の私に、こういう事してあげたら良かったんじゃないかって思ったことをしてるだけ。」
「うん。良いんじゃないかな。俺は静那の気持ち、尊重するよ。」
「…じゃあ私たちは今回は別行動にしようか。映画の感想は感想で後日分かち合いたいし。」
「うん。映画の感想会、出来ればしたいね!」
「映画は映画で楽しみだな。」
「俺も映画館行って見るの久しぶりだな…」
「一緒じゃないにしても、皆で同じ映画を見るのって今回が初めてじゃない?」
そんな話をしているうちにジュースを持って話の渦中である2人が部室に戻ってきた。
「静ちゃん!とおまけの者共、ジュース買うてきてやったで。」
「誰がおまけだよ!」
「普通に言えないのかな…。」
「こういうところがね…。」
「何やねんさっきから。飲み物をこの俺様がこうして買ってきてやってんのに。頭が高いのー。」
「やっぱりコイツはムカつくな…。」
「何で上から目線なのよ。」
「ほい。まず静那ちゃん。」
「ほい。ありがとう。」
「そう言えばデートの話やけど…」
「デートじゃないでしょうが!映画見に行って送り迎えするだけでしょ!何勘違いしてんのだか!」
「うっせえなぁ。後でお前“わっちも映画連れてってぇ~ン”言うても呼んでやらんからな。どうしても言うんやったら自腹で来い。カバン持ちくらいさせたる。」
「っのバカ。(しかも声色気持ち悪い…)」
「くっ……(静ちゃんの手前…ガマンガマン)」
「アイツ…完全に上から目線になってやがる。」
「デートの後、“お城”行く事になってもお前には入れてやらんからな~。まぁ側室扱いでもええ言うんなら上納ー」
「黙って聞いてたらくぉの野郎!やっぱりブチ転がす!!」
「わぁあああ!目が怖いって!小春!」
* * * * *
「白都君、いる?」
「あ、三枝先生。」
部活動の顧問をしてくれている三枝先生が部室に顔を出してくれた。暑中見舞いという意味合いなのだろうか?
「あら、みんな暑そうね。急に暑くなってきたから水分補給は忘れずにね。」
「三枝先生、お疲れ様です。」
「うん、皆ちゃんと静那さんと会話出来てる?小谷野君も兼元君も?ベタベタするだけが交流じゃないからね。今日は良い情報があるから。」
「この前の予算の話ですか?」
「ええ。っていうか真っ先にそのことを聞いてくるとは…白都君は意外とお金にがめついね~。でもこの前提案してくれた市内の博物館“高知県立埋蔵文化財センター”見学に関しては大丈夫だった。
学ぶ姿勢があれば学校は前向きに検討してくれるから。そこはありがたく学生の特権使いなさいね。」
「ありがとうございます!」
「先生ありがとうございます。」
「あともう一つ。」
「他にも予算出してくれそうな所あるんですか?」
「ここならね。前に少し話してた場所だけど。」
「うおっ!ここ長崎県じゃんか。こんな遠方に旅行行けるんか?」
「藤宮君!旅行じゃないからね。課外授業。それに旅費だって交通費は出せても全員ホテルっていうのは無理だから工夫しないといけないし。」
「じゃあ人数を分けた方が…」
「そこは皆で行けるように知恵を使いなさい。部費あるんだし、ここまで学校側が譲歩したんだから。」
「そうですね。」
「じゃあそっちは行くなら行くで予算書類まとめて提出しなさい。夏季休みまでまだ先だけど6月中にはね。」
そう言ってすぐに職員室へ引き返していった三枝先生。
部活効果も相まって思わぬところで予算が使えそうだ。
椎原さん以外、勇一も…生一も…実は他の面々も夏はそう大掛かりな計画はしていなかったりする。
八薙は建設業での夏季短期バイト。仁科さんも葉月と一緒に短期バイトをするくらいしか計画していなかった中での研修旅行の許可。
予算をかけずに行けるなら行きたい。
「で、どんな場所なんだよ。」
兼元が三枝先生から手渡された資料に目をやる。
場所はどこか?…長崎にある資料館のようだ。
なぜ長崎県なのか…そこは知らされていない。
「えと……“岡まさはる記念長崎平和資料館”って所だな。初めて聞くな。」
「ああ、初めてのワケだよ。まだ開館する前の施設だってさ。今年の秋に開館予定なんだけど教師とかが下調べで見学に入るのはOKって事らしい。
学校から許可を得ていれば学生も下見に行っていい…か。」
「コレってこれから先の修学旅行の現地調査させられてるんじゃねえのか?モニターとしてどんな施設か調べに行ってくれるなら、学校側が予算を譲歩してもいいって感じの。」
「確かにそれもあるね。高知県からの修学旅行先ってだいたい九州方面か中部のスキー研修かのどちらかだし。」
「何かそう感じたら俺達体よく使われてるみたいじゃんか。」
「そうでもないだろ。交通費出してくれるんだからさ。それに静那にはココ是非勧めたいって話してたんだぞ。三枝先生。」
「三枝先生が…。」
「じゃあある程度先生は展示内容を知ってるって事か。」
「それなら興味あるな…どんな所か。」
「名前からして平和資料館だろ。長崎にあるくらいなんだから多分太平洋戦争で受けた被害の記録とかを展示してるんじゃないのか?」
「太平洋戦争って…確か日本も参戦した第二次世界大戦の事ですよね。」
「あぁ。俺も内容は中学校の時勉強したけど、特に広島と長崎の被害は悲惨だったって教わったな。敗戦を受けて日本が平和に舵をきったきっかけになった戦争とも言われてる。
おそらく戦争で日本人が多大に受けた被害の数々が展示されてるんだろ。」
「…そういう部分を先生がきちんと静ちゃんにも目を逸らさずに見てきてほしいって思ったんでしょうね。」
「ああ…多分な。日本人が受けた傷痕を。」
少し知識として学んでいだ“戦争と先祖”に対して思いをはせ、無言になる勇一達。
しかしその現状を空気を読まずにブチ壊す人間もいる。
「おい、ここって長崎駅から歩いてスグじゃねえか。しかも長崎の中華街エリアから射程圏内やん。」
「長崎の中華言うたら日本三大中華街のひとつじゃね?ええやん。食べ歩きツアー組み込もう。」
「俺は中華料理もええけど、どうせならチャイナドレス姿のお姉さんを食べー「おい!」
「何だよ。人がせっかくええ妄想に足を踏み入れようとしてんのに。」
「食べ歩きツアーの為に予算が出たんじゃないからな。」
「出たよ~。部長サマかどうか知らんけど良い人ヅラが。」
「誰が良い人ヅラだよ。食べ物は予算に計上できないしそこは自腹だからな。」
「ロマンない事言うなよな~人生には遊びも必要やねんぞ。
どうせなら出来て間がない施設っていう共通点で、『福岡ドーム』見に行こうぜ!九州にも初めてドーム球場が出来た言うて何か昨年からえらい盛り上がってたし~。」
「それは研修の途中で行きたい人間がいるなら行くでいいんじゃない。」
「まぁ夏に行ってみてのお楽しみだな。静那は行ってみたいか?」
「うん。是非に及ばず。」
「じゃあ決定で。」
「なんか今年はええ夏になりそうやな~」
「う~ん。純粋にはしゃいでいいのだろうかって思うけど。」
「方向性を間違えなければね…多分三枝先生は知る事って楽しい事ばかりじゃないって事を伝えたいんだと思う。
それも含めて“学ぶ”ならどこを見に行ってもいいんじゃないかって思うよ。」
「ま、夏に向けてセッティング出来てよかったよ。(まだノープランだったし。)」
* * * * *
「岡まさはる記念長崎平和資料館」は1995年10月1日に設立され、現在は「長崎人権平和資料館」に名称を変更している。
学校の教科書からの情報だけでなく、一風変わった視点で日本“が”加担した戦争について語られているあまり知られていない資料館なのだが、その変わった内容を勇一達が知るのはもう少し後…夏の話である。
『B面』では、勇一達が立ち上げた部活「日本文化交流研究部」での日常トークを描いています。時々学校外の課外活動にも出向きます。
各話完結ですので、お気軽にお楽しみください。
尚、本編のストーリーとB面の話数は所々リンクしています。こちらを読んでから本編を読み進めていくとより楽しめます。
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