29-2 半農半Ⅹ談議
【29話/B面】Bパート
「静那さんはこの特集記事ってる?最近うちの生徒会の中でも話題になってるんだけど。」
生徒会から時々部室に顔を出してくれる西山。
勇一のクラスメイトでもある。
静那達に色んな情報を持ってきてくれるのだが…
『仕事は続け、農業にも挑戦“半農半Ⅹ”という生き方』という記事を持ち出した。
「はんのうはん…。何て読むんですか?」
「エックスだよ。」
「何だ。そのままか…ってエックスって何の意味です?」
「エックスに意味は無くて、生き方や働き方に悩む現代人に問いかけくれる新しい生活スタイル。
まぁ提案を込めた言葉かな。
生きていくための基本になる農業を半分やる“半農”。
あと半分のⅩはそれ以外のことをする生き方だよ。
あと半分っていうのは自分の個性や特技を活かして社会に貢献することを意味するんだけど…まぁここでは仕事に当たるかな。
この生き方の提案が近未来型の生き方だって今年から都会中心に話題になってるんだけど。」
その会話を聞きながら勇一と小谷野、兼元がボソボソ会話する。
「(あいつ横で椎原さんが見てるからって静那に対してえらい饒舌やな。)」
「(ボクは皆と違って新しい時代を先取りしてるんだぞ~いうアピール感満開やな。)」
「(確かに、優等生ぶっててクラスに居る時の雰囲気とは違うな…)」
そこでツッコミを入れる事にした。
なにせこちらには小谷野と兼元という都会(大阪の街)を知っている人間がいる。
八薙は今の所乗り気でないにしても、4人がかりなら妙に心強かった。
“これから流行るだろうからこの考えは知っておいた方がいいよ~”とばかりに静那に話を仕掛けている西山に近づいて横槍を入れる。
「西山さぁ。未来の生き方の新しいスタイルっていうけどさ、その“半農半Ⅹ”実際にやっていくのは無理があるんじゃないか?
俺は多分流行らないと思うよ。
今、会社は採用枠を大幅に減らしてる大変な時代だし…
農業をしながらっていうのはそもそも畑がないと出来ないだろ。」
「田んぼや畑仕事して、その後で勉強とか仕事っていうんはそんなに簡単に割り切れるとは思えへんで。」
「せやで。自然豊かな田舎での生活に憧れる都会人の戯言やで。自分で食べる分は自分で育てながら仕事もするとかいうんやろ。それ農家さんに相談したら“農業を舐めるな”いわれるんがオチや。
農業と並行して別の仕事もするいうんが、そもそも農業を軽く見てんねん。」
「そうか?僕は生徒会しながら学業もこなしてるけど。」
「皆が皆おまえみたいにきっちり時間管理出来て動けるわけ違うよ。それに体動かしたら疲れるやん。考えろって。働いたら疲れるべや。そっからまったく違う仕事とかに気持ち切り替えていくんはキツイぞ。夏場とかは特にバテて体が動かんって。」
「でも生活費が抑えられるぞ。特に食費。」
「それも机上の空論やねん。その記事に書いてる。仕事って分割できるような簡単なもんやないで。」
「俺もちょっといいですか?」
八薙が参戦してくれた。
「仕事って今だいたい朝8時くらいから出社して18時くらいに終わるところが殆どだそうです。今度俺が職業訓練受ける会社もそうなんですよ。
公務員でもそんな時間形態です。
だから半分農業をするって言っても、会社側がそんな都合良い働き方させてくれませんよ。フルタイムで出勤できないとそもそも正社員としては採用してくれないですし…」
「そうやで。どっちかに比重置かな中途半端になるで。それで考えたら生活の基盤になるんは多分会社の方やろ。
お前優等生かもしれんけど実際まだ働いてないやん。
生徒会と両立させてるだけでそれが社会人の生活スタイルに結び付くくらい甘くないんよ。」
「まぁあれや。二兎を追うものは…とかいうやつや。
“欲張ってると何も得られない、結局どちらも失敗する”いう。まぁまだ社会人経験してないのに理想言うてもあかんわな。」
「会社側としては働くならフルタイムで働いてほしいですよ。そうでないなら収入はかなり下がるか、パートやアルバイトみたいなものしか無いかもしれませんよ。
畑だって天候によっては結構イレギュラーあります。種蒔けば収穫まで何もしなくていいなんて事無いですよね。でも仕事を途中で放り出して畑に駆け付ける事はできないでしょ。」
八薙の意見が一番説得力があって非常に頼もしい。
「それによ。定休日みたいなんがあいまいになるやん。メリハリ無くて絶えず働いてるみたいになるんちゃう?」
「確かに休みがあいまいになるな。」
「俺やったらたまに町へ遊びに行きたくなるよ。ずっと農業と仕事ばっかりやったら抑圧された感覚にならへんか?」
「せや。たまの休みは町に繰り出す…そうやって息抜きせんと続かんぞ。西山かて日曜日には毎週とは言わんけど遊びにも行きたいやろ?」
「都会の人間が田舎に憧れて田舎で暮らす手段として提案したのがこの半農半Ⅹってやつかもしれんけど…考えが甘いねん。
本当にやれるんか深い所で考えてみたんか?実際に田舎に暮らしてみ…絶対に町が恋しくなるって。
高知は田舎で娯楽少ないやろ。俺、そこには慣れる自信ないな~。やっぱりたまには都会に繰り出してアーケード街とかを練り歩きたくなるで。若者は特に刺激ある体験とか非日常が好きやねん。
生き方提案する前に、その生き方の中に娯楽いう大事な部分が抜けてんねん。」
「俺も小谷野は意地悪で言ってる感じじゃないと思うぞ。生き方の提案として“半農半Ⅹ”ってのが街で話題になってるのは事実みたいだけどさ。
都会暮らしの人がいきなり田舎暮らしになったら、おそらく数カ月くらいで都会が恋しくなるんじゃないかな。
だって長年その便利な生活と環境が体にしみついてるんだし。
あと国民が目を惹くようなビックイベントはたいてい首都圏だろ。
実際、生一なんかイベントの為に東京までわざわざ行ってるしな。」
ちなみに生一は今日欠席だ。
本日、東京の日本武道館で開催されるプロレス興行を見に行くため、前日の夜行バスで東京へ出ている。
熱心なことだ。
「じゃあ半農半Ⅹってスタイルは日本では厳しいか…」
「おう。海外の仕事のスタイルがどうかは知らんけど、日本の働き方に組み込むんやったら難易度高いで。」
「やろうと思えばできると思うよ。でもフルタイムで働くよりも収入は落ちる。そのうち“俺こんなことせんでも都会の会社でもっと稼げたんと違うかな”とか感じるようになるよ。」
「つまり働けるうちにまっとうに働いて稼いでおいた方がいいと…」
「今、なんかアレやろ。山一(山一証券)が潰れてからどんどん不況になっていってんやろ?世間では。
大卒でも就職厳しそうやん。そんな中で“半分仕事して半分農業したいです”とか言うてたら絶対に会社から採用されんのと違うか。
今、会社が全体的に大変やのに全身全霊で働かん奴はいらん言うて。
だから“半農半Ⅹに興味あります”なんて面接で話しでもしたら印象悪うなって不採用になる確率高まるん違うか?」
「まぁそうやな。今のご時世働き口が無いのにそんな余裕ある事は言えんやろ。」
「う~ん。まだ社会経験が無いから何とも言えないな。」
「西山も実際にやったら分かるよ。その道のプロとかは仕事に全振りしてるからな。そうでないと生活に直結する。
プロ野球選手が半分野球やってあと半分は農業やってるとかいうの聞いたことないし。」
「どのみち会社からの印象は良くないって所か。」
「そらそうよ。」
「仕事はそんな甘くないって事だけは職場体験でよく言われます。」
少し間が出来る。
そして静那に対して西山が口を開く。
「静那さん、ちょっとこの生き方の提案、僕もクエスチョンな所が出てきたから…今、世間でこういう意見が提唱されてるってことくらいに留めておいてくれていいよ。」
「はい。今後流行るかどうかはまだ分からないですもんね。」
そう言って記事をひっこめ、一旦西山は生徒会室へ戻っていった。
* * * * *
「よっしゃ俺らの勝ちやな。あいつ自分の言葉できちんと提案しきれてへんのに本の力に頼って流暢に話してもそりゃあボロ出るっちゅうねん。」
「いくら世間で提案されてる働き方いうても、実際仕事するだけでも大変なんやのに、そんなん気軽にできるか。
実際にやれてるオールラウンダーみたいなやついたら呼んで来いつっうの。」
「俺もあんまりイメージできなかったですね。このライフスタイル。」
しかしこの一連のやりとりに関して、静那は珍しく不機嫌だった。
「先輩!言い負かすことが目的じゃないでしょ。“俺らの勝ち”って言ってたけど、勝つとかじゃなくてさ…例えば“半農半Ⅹの中で、良い部分は採用しながら他のスタイルを一緒に模索してみる”とか、話の持って行き方があったと思うよ。
駄目な部分ばかり言ってなかった?八薙君も。
西山先輩の方は勇一達の意見をまずは一旦受け止めようとしてくれてたのに。
あれだったら西山先輩が私に変な話をもちかけたみたいな感じになってしまうよ。先輩、悪気があって話してくれたわけじゃないんだし。」
“成程”と感じた勇一だが遅い。
西山はもう教室に居ない。
「“話をする”っていうのは、こういう事じゃないかな。相手の意見や提案をただ否定するだけじゃなくてさ。お互いの良い部分や良い意見を見つけてすり合わせて…別の新しいアイディアを探してみるの。
…どう?」
「あの…静那。その、ごめん。」
「静那ちゃん。俺も…言い過ぎたわ。」
「俺もなんか論破しようとしてた。」
「俺も…実際の仕事は甘くないなんて先輩に対して…つい。」
「何も謝らなくたって。私じゃないんだから。」
ちょっと反省の色を見せる4人。
「なんかさ。俺の知らない話題を先取りしてる感じで静那に話してたからさ…あんな言い方してしまった。俺の完全な嫉妬だよな。」
「うん…でも否定だけしても話は続いていかないよね。
皆で話を広げていきたいなって思うから…あんな終わり方はしたくないな。
人はね、何を言われたかは忘れるかもしれない。でも、それで“どんな気分にさせられたか”は忘れないもんだよ。」
静那がはっきりと自分の意見を言った。それだけ皆との建設的な“会話”をしたかったのだろう。
部活動のトークテーマを“半農半Ⅹ”に決めていなかったから一方的な意見になってしまったのもあるが、会話の中に自分達の感情が入っていたのは事実だ。
「西山先輩、生徒会の合間に時間作って顔出してくれてるんでしょ。もう来てくれなくなるかもしれないよ。どうすればいいと思う?」
「西山にちゃんとさっきの事を話しに行く。」
「うん。じゃあ行きますか。」
「あ…椎原さんも一緒にどうかな。」
「いいけど、なんで私もなの?」
『B面』では、勇一達が立ち上げた部活「日本文化交流研究部」での日常トークを描いています。時々学校外の課外活動にも出向きます。
各話完結型ですので、お気軽にお楽しみください。
尚、本編のストーリーとB面の話数は所々リンクしています。こちらを読んでから本編を読み進めていくとより楽しめます。
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