26-2 武士ことばでござる
【26話/B面】Bパート
ここは校舎の東側2階。
放課後になるとこの奥の部屋が部室となり、集う面々がいる。
誰かが部室にやってきて、それが複数名になったあたりから『日本文化交流研究部』の活動は始まるのだが、ここで部長からの注意点。
“あくまで部活動なので慣れ合いになってしまってはいけない。”
しかしあの変態2人が来るようになってから1カ月も経たないうちに風紀は乱れていった。
「静那ちゃん。耳~。」
「何言ってんだよ。」
「何って耳かきおねだりしてん。」
「ダメに決まってるだろ。ここはそういうことする場所じゃないんだぞ。」
「ええやん。俺癒されたいねん。」
「駄目だ。もうすぐ仁科さん達来るんだからシャキッとしろ。」
「何やねん。あいつら先生違うんやぞ。ええやん。」
「お前かて静那ちゃんに耳かきしてほしいとか思ってるんと違うんか?」
「うるさいな。もう一回いうけど、ここはそういう事する場所じゃないんだぞ。部活と私的なものと混同するなよな。静那も。」
「なんか完全に気を許した猫みたいになってんな。」
「わっちら癒しほしいねん。」
「変な方言使うなよ!静那だって癒されたいんだよ。先輩の癖にまず自分が癒される事ばかり考えるなよ。」
「じゃあ静那ちゃんの肩揉みでもしようか。」
「い、いいですって。」
「おまえ嫌われるぞ。無理なスキンシップは。」
「え!ああぁゴメン静那ちゃん、怒ってへん?甘えていたとはいえ面目ない。」
「うん…怒ってはないけど、その“面目ない”って何?聞いたことない日本語だけど。」
「ああ、“面目ない”は自分を責めるニュアンスを含めた謝罪だよ。昔使われていた言葉遣いかな。」
「昔の言葉かぁ。」
「まあ日本語ややこしいよな。昔の言い方は微妙にちゃうし。」
「でもちょっとカッコイイね。」
「ホンマ?やったらもっと使うたるよ。恐悦至極やん。それがし戦国の世に興味あるさかい。」
「その“それがし”って言うのも昔の言い方?」
「まぁ武士が使う言葉みたいなもんだな。」
「じゃあ昔の武士はこんな言葉使いしてたんだね。他にも確か語尾に“ござる”ってつけてなかったっけ?」
「そうでござる。」
「なるほどでござる。」
「ちょっと使い方がちゃうでござる。」
「じゃあこの場合何て言うのでござる?」
「“御意にございます。”みたいな感じかな。」
「かたじけない。」
「おお、その言葉は知っておったのだな。恐悦至極であるぞ。」
「まぁ言葉から入るのもありだけど、昔の人が使う言葉の中には相手への感謝と謙虚さを意識したものが多いんだよ。ちょっと難しい言い方をすれば“へりくだった言い方”が多いというか。」
「忠誠を誓う事が多かったからにござるか?」
「確かに誰かに仕る(つかまつる)事が多い世界だからな。」
「じゃあ今からしばらく武士言葉のみで会話しよう。もし現代言葉使ったらオシリをシバかれるルールにするとかして…」
「それだと静那あんまり知らないんだから不利だろ。」
「知らん言葉あればその都度覚えていったらええやろ。なんでもチャレンジやで。」
「御意にございます。」
「現代言葉使ってもうたら尻しばく方向で。」
「だからそれはヤメロ!」
勇一以外なんだかノリノリだ。
ということでこの武士トークに参加してみる事にした。
「(一体何をやっているんだ…俺たちわ…)」
暫くして部員の女性3人(椎原さん、仁科さん、葉月)が部室へ入ってきた。
「静ちゃんお疲れ。今日はホームルームが長引いてね~」
「うむ。大儀であった。」
「!?」
「どうしたの静ちゃん?急に昔の人の言葉遣いになって。」
「汝等に告げる。只今、抜き打ちで昔の武士が嗜む言葉を実践しておる。」
「うん…なんだか変な感じだけど、そういうルールならよきにはからえ。」
「御意にございます。」
「対応力あるだろ、静那。」
「部長。今一体何やってんのよ。」
「昔武士が使ってた話し方を実際に使ってみることで昔のスタイルを感じたいんじゃないのかな?」
「おい!空け(うつけ)。」
「ああそうだった。感じたいのではないかと思うに候。」
「じゃ、変な感じだけどこのペースで話を進めるから。いざ、尋常に。」
「うむ、苦しゅうない。積荷を置いて近う寄れ。
…してお主、早速ではあるが本日はどのようなる履きものを召しておるのかな?色、形状、素材など詳しく申せ。」
「………恐れながら申し上げます…って誰が言うかぁこの不届き者!」
「不届き者とは猪口才な(ちょこざいな)その情報こそが、わが軍勢の士気を高めるのにうってつけであるのに、何故。」
「黙れ大うつけ!」
「そこの不届き者は切り捨てごめんで良きではないか?」
「是非に及ばず。手討ちにされても自然の摂理としてまかり通ろう。」
「お主、そこまで拒むとは…余程自信のないものをお召しだという事で相違ないのだな。」
「勝手に人の履きものを詮索しないでいただけますかな。片腹痛いわ。」
「それがし、その召されておるものに興味がありまする。」
「だから、これ以上踏み込むなら手討ちにいたしまするぞ。」
「ではつまらないものをお召になっておるという見解で相違ござらんな。」
「こんの助平。もっと違う会話できんのか!」
「良いから申せ。」
「申さない!」
「ではそこの貧乳の者、おぬしはどうだ?どんなものを召しておる。」
「……うむ。手打ちに致すか?」
「是非に及ばず。」
立ち上がり怒りの形相を見せる仁科さんと葉月。
「ああ!ちょっと。この不埒者!」
「どっちが不埒者よ!この阿呆!」
「あっやめて!そんなご無体な!あ~れ~。」
「…」
「まだ何もしてないじゃない。」
「あいつ“あ~れ~”言いたかっただけちゃうか?でござる。」
「四六時中ロクな事考えてないわね。」
「そなた、もうそのあたりに致されては如何かと存ずるが。」
「左様、そろそろ話を閉じる刻かもしれぬな。」
「されば、せめて召し物の御返答を賜りたく候。」
「いい加減に致せ。」
「その…」
「静那殿。答え申さずとも構わぬゆえ。」
「他の話を致しては如何か。話に付き合う我らの心中も察してくださいませ。」
「私めはただただ、静那殿と話を致したいまでのこと。」
なんだか女性陣の方が言葉の使い方が上手かったりする。
「静那殿。そなたはどのような話を望まれるか。」
「拙者は武士とはいかなる者であったかを知りたく候。」
「されば、その話を致そうではないか。皆で知るところを出し合い、語り合わん。」
「されど、いきなり武士のことを問われても、何とも答えかねるな。」
「武士よりもブラについての話の方が…」
「うつけか!“ぶ”しか共通点がないでしょ!」
「まぁ……知る限りのことで構わぬゆえ。もし異国の者より尋ねられたなら、如何に応えるか考えればおのずと答えられよう。」
「成程。」
「では静那殿。そなたはどのような疑問をお持ちかな。」
「恐れながら申し上げます。あの頭の結い方は興味ありまする。」
「椎原殿。」
「これこれ!分からぬことがあればすぐに奥方様に振るでない。」
「申し訳ありません。知識が至らぬものでして。」
「まぁよい。しかしなるべく自分の言葉で伝えられるように今後は励め。」
「御意でございます。」
「静那殿。あの頭の結い方はのう、“ちょんまげ”というものじゃ。もとは風通しを良くするためのものにて候。しかしながら、次第に君主のために戦う武士の誇り高き象徴ともなったのじゃ。」
いつの間にか物知りの椎原さんの設定は大奥や御台所みたいな位置づけになっていた。
「ご返答かたじけない。」
「苦しゅうないぞ。続けよ。」
「うつけ!お前が申すでない。砂緒里御前の言葉であるぞ。控えよ。」
「承知いたしました。“白”の使い殿。」
「なっ!そなたいつの間に見たのじゃ!?」
「やはりであったか。今日も白にござったか。拙者、少しばかり謀り申したのだ。されど、いつも白ばかりでは些か趣に欠けるではないか。」
「そなた、無礼にも程があろうぞ。」
「あのっ!他にも問いたきことがござるのだが。」
静那が話を戻そうとする。
「左様であったな。かような不届き者の言を気に留めるには及ばぬ。続けられよ。」
「そうであるぞよ。あ奴は空気じゃと思えばよい。」
「では申し上げまする。武士が袴を着用するは、如何なる訳によるものかと。」
「うむ…武士が袴を着用しておった理由。礼を重んじる装束であったゆえ。であるな?」
「これ!そちはいつも砂緒里御前の顔を伺いながら話すでない。言葉に自信を持つのじゃ。」
「申し訳ありませぬ。勉強不足でござった。して、砂緒里殿。」
「うむ。間違うてはおらぬ。相手に足の動きを読み取られぬようにという意図もあるが、戦の無い世では余計なこと。」
「成程。深き学びを得ました。かたじけなく存じます。」
「袴は権威を示す象徴であり、忠義を示す証でもあったと言われている…おる。」
葉月も頑張って付け加えてくれた。そういえば葉月は道場では道着もしくは袴だったのを思い出した。
「もう一つよろしいでしょうか。」
「案ずる事は無い。気兼ねなく申せ。」
「ははっ。“刀は武士の魂”という慣用句を知りましたが、何故武士は刀を帯びているのでしょうか?」
「ふむ。刀を帯びしことは武士の名誉と誇りを示すものであります。でも刀をいうものは奥深き歴史ある物ですのでまだまだ謎が多いのもであるぞ。」
「砂緒里殿でも解き明かせぬ世界であらせられるか?」
「刀には刀を打った鍛冶師の名前が刻まれたりと武器としてではなく芸術品としての価値も高いのでのう。神話では神器の一つ、象徴や献上品としてなど政治的な意味合いも持っておる。刀はそれだけ奥が深いのじゃ。」
「御意にございます。我々でも学んでいく余地が大いにあるということでございまするな。」
「その通りじや。共に学ぼうぞ。」
「ははあっ。」
* * * * *
「……ふぅ、ちょっとこの話し方疲れるね。面白かったけど。」
「砂緒里が…いや砂緒里殿が一番様になってたよ。御台所みたいでさ。」
「確かに。途中からノリノリだったよな。」
「そりゃあ、ああいう感じでへりくだった言い方されたら、身分的に上から言わないと立ち位置的にも格好がつかないじゃない。」
「返答だけでなくとっさに身分的な口調まで考えて対応するのもすごいよ。」
「もう。白都君褒めても何も出ないよ。でもさ、さっき私が説明した事、所説は色々あるからね。あれが全て正解だって思わないで自分でも確認してみてね。
静ちゃんもそうだよ。刀って世界中にあるからその分歴史もとてつもなく広いの。」
「御意にございます。」
「静ちゃん昔言葉気に入ったみたいね。」
「なんか“相手への感謝と謙虚さ”を意識した言葉遣いが多いって聞いたから。そんな言葉遣いで話せたらさ、相手を不快にさせたり気まずい関係とか起こりにくいんじゃないかと思ってさ。」
「目の付け所がええやん。」
「そう思いますよね。だから一度話し方を実践してみたい…とか思って。」
「うん。私たちも知ってるだけで普段喋らないから面白かったよ。いつもより頭使いながらしゃべったから疲れたけど。」
「思ってたより盛り上がったよな。」
「そう思ってもらえたなら良かったよ。付き合ってくれてありがとう。」
* * * * *
「俺はなんか釈然とせんな…」
「お前まだそんなん言ってるんかよ。まったく。」
「もしかしたら穿いてないかもしれんやん。」
「そもそも昔の女性は着物の下に何も履かないって聞いた事あるで。」
「何ソレ?…俺はそんな世界線嫌や。」
「マニアには複雑なんやな。」
先ほど昔言葉トークに付き合ってくれたお礼を言いに、2人の元に駆け寄ってきた静那。
「先ほどはかたじけない。そして、ご安心召されよ。履き物は着用致しておりますゆえ。(安心してください。穿いてますよ。)」
『B面』では、勇一達が立ち上げた部活「日本文化交流研究部」での日常トークを描いています。時々課外活動にも行きます。各話完結ですので、お気軽にお楽しみください。
尚、本編のストーリーとB面の話数は所々リンクしています。こちらを読んでから本編を読み進めていくとより楽しめます。
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