26-1 どんな仕事したい?
【26話/B面】Aパート
今は1995年。
舞台は高知県にある市内のとある高校であるーーー。
放課後になると、校舎2階の東側の部屋…部室にやってくる決まった面々がいる。
誰かが部室にやってきて、それが複数名になったあたりから『日本文化交流研究部』の活動は始まる。
そのうちの一人、部活の看板娘である『静那』が部室へ入ってきた。
「静那」という名前は、日本での仮の名前であり、本名は『シーナ』国籍はベラルーシである。
今回は一番乗りのようだ。
窓を開けて部室の空気の換気をした後は、カバンから日記を取り出し毎日の記録を記す。
部室に来てからの彼女のルーティンである。
日本で学んだ事を彼女なりの言葉で書き記している。
「お、お疲れ。静那、今日は一人だけか?」
この部活動の部長である勇一が入ってきた。
日本の事をまだよく知らない静那の為にこの『日本文化交流研究部』の活動を立ち上げてくれた恩人でもあり部長だ。
「静ちゃんお疲れ。換気してくれたんだ。ありがとうね。」
「しーちゃん。お疲れ様。」
暫くして女性陣がやってきた。
静那にとっては先輩にあたる3人の女性部員。
気が強いけど筋は通すカッコいいシティガール、仁科さん。
なぜ怒っているのか分からない時はあるが、いつも静那の事を守ってくれる。
帰国子女ではあるが学校でも1,2を争う秀才の椎原さん。
日本文化に詳しく静那にとっては先生よりも頼りになる人だ。
まだあまり話さない物静かな子だが、自分のやりたいことを模索するきっかけとしてこの部活に顔を出すようになった葉月こと天摘 葉月さん。
この大好きな先輩達に囲まれて日本に関してをキーワードに色んな話をするのが静那にとって何よりもの楽しみだ。
先輩と言えば奇抜な人間もいる。
まぁ静那からしたら“皆違って皆良い。いろんなタイプの人間が居た方が色んな考え方に出会える”という事なのだが…。
暫くしてバタバタという足音が聞こえてきた。
「静那ちゃ~ん!」×2
学校でも突出した変態2人で、ここの部活員である「小谷野」と「兼元」の関西コンビ。
「あ。」
「静那ちゃんと、あとその他もろもろ。」
「もろもろ言うな!」
「お疲れ様。」
「うん。俺疲れたわ~。なんか肩とか凝ってるから揉んでほしいねん。」
「じゃあ。」
「じゃあじゃないよしーちゃん。揉まなくていいからね。コイツら甘えてるだけだから。先輩の癖に。」
「側室は余計な事言うな!」
「誰が側室になった!誰が!」
「(おぉ、今のキレのあるツッコミだな。葉月の奴、仁科さんのツッコミからそれなりに学んでるな。)」と感じる勇一。
「ま、いいわ。後の2人はどうしたの?」
見渡して椎原さんは来ていないメンバーを確認する。
1年生の八薙と2年の生一がまだのようだ。
「お、言ってたら。」
八薙がやってきた。
「すいません。進路指導の話をしてたんで。」
「いいよいいよ。部活はこれからだから。でも八薙はまだ1年だろ。進路指導なんて早いな。」
「いや、就職とかじゃなくてですね。職業体験をさせてくれる話があったんで。俺は働くってまだどういうものか分かんないから、機会あればやってみたいって担任に話してたんです。」
「八薙君は将来についてちゃんと考えてるね~。」
感心の眼差しを向ける静那。
「1年にしては出来過ぎだな。」
「いえいえ。俺、大学進学は考えてないんで。」
「家族にも心配かけたくないんだよね。」
「武藤さん…まぁそうだけど。」
「おい!何2人で世界構築しようとしてんねん。」
兼元が割って入る。
いちいち絡まないでという表情の仁科さん。勇一も同調する。
「別にいいだろ、それくらいの会話なら。旦那として許容量ないなぁ。」
「うっせえよ。旦那だからこそやろがい。」
「そもそも旦那ですらないでしょうが。」
「側室が。まだ言うか!」
「だから誰が側室だってんのよ。あんたの側室なんかになるか!」
「ええと…話戻そうか。」
仕切り直そうと葉月が提案してきた。さっきの八薙が話していた進路と仕事に関して引っかかる部分があったのだろう。
遠慮しないで少しづつ話の輪に入ってきてほしいと感じる仁科さん。
「進路指導の話で思ったんだけど、みんな将来どんな仕事をやりたいって思ってんのかな…って思ってさ。」
「葉月。」
「先輩。」
「私、本当に最近まではずっと下校してから道場っていう生活の流れだったから、このまま道場継ぐのが既定路線だと思ってた。
でもそうじゃなくて自分の進路は自分で決めたいなって考えたら…急にみんなは将来に向けてどう考えてるんだろって思うようになって…
あの…恥ずかしながら、まだそういうの考え始めたばかりで…」
「そうだよね。急に進路を選ぶとなっても基準が分からないよね。」
「だからって相手がどうだからっていうのはナシで、あくまで参考に聞きたいだけで。」
「うん。進路なんて初めは分からないし、不安になるの分かる。急に自分で決めていいと思ったら途端に選択肢に立ち尽くす感じになるよね。」
「じゃあ一人ずつ意見言っていくのでいいか?」
ここで勇一が部長として仕切る。
「うん。いいなら。」
「じゃあ生一が居ないけど、それ以外で言える人頼む。」
「生一おらんの?」
「そうだな。補習だろ。もしくは職員室への呼び出しとか。」
「そういえばボスは何になりたいと思ってるんでしょうね。」
「アイツ旅人とかとちゃう。根っから自由を愛してるし。」
「まぁ決めつけるのはよくないんじゃない。気になるなら後で本人に聞いてみればいいよ。」
「そうですね。」
改めて8名が机を囲む。
「じゃあ…私が言い出したから話すね。」
葉月がまず自分の思いを話し始めた。将来やりたい事、やっていきたい事だ。
「分からないなりに最近色々考えてる。
私は道場以外の世界を知らないから社会人のイメージがおぼろげなんだけど、道場では下の子たちの指導やお世話をしている時が一番合ってるような気がした。
…だから、頑張ってる人のサポートをする仕事がしたいな…って感じてる。また考えがもっと固まってきたら話してみたいけど……今はまだそんな感じ。」
「いいんじゃないか?天摘さんあまり話さないタイプだと思ってたけど、八薙みたいな道場の後輩に話す時はしっかり先輩感出して凛とした対応してたしな。指導者やサポーターなんかがいいかもね。」
「も~勇一部長は適当に言わないでね。葉月真剣に考えてるんだから。」
「適当だった?」
「葉月はあまり話さないタイプじゃないよ。話したくても今まで感情を押さえつけられてただけ。つぼみの段階なんだからタイプ云々って型にはめるのは良くないと思うよ。」
「そうなんだな。」
「まぁいいよ。部長の勇一はどうなの?」
「俺?実はあんまり将来やってみたい仕事は真剣に考えてない。ごめん。まず大学に行ってから考えようかってくらいの感覚だった。」
「まぁまだ高2だもん。そういう人の方がまだ多いかな。でも“まず”大学にってのはあまりよろしくないんじゃない?それだと大学いけなかったらどうするのよってなるよ。」
「う~ん。そう思うけど。今は本当に何も無いんだよな。」
「小春もそうなの?」
「私もまだ…かな。仕事って言っても選択肢がまだどれくらいあるかってまだ見えてこないし。
…そりゃ芸能人とかミュージシャン、テレビ局みたいな華やかな世界は、生のライブ会場やテレビで知ってるから興味も沸いてくるよ。仕事で関われるなら関わってみたいって感じるけどさ。
それって自分の本心なのかなって高校に入ってから感じるようになった。」
「都会から離れて田舎に来たからか?」
「いや、違うと思う。きっと考えなしにただ華やかな世界に憧れてるだけだって気づいたって感じ。…そう思うと私よりも葉月の方がよっぽど真剣に考えてるなって思ったよ。」
「まだ社会人のイメージってできないもんなのかな。高校生だと。」
「俺もイメージができないから職業体験してみたいって感じましたし。とりあえずは大人が構えてくれた選択肢を選ぶってのだけはしたくないなって…。
ある程度は自分で考えて選択したいなって思ってます。あ、俺は一応建築とかの物作りがしたいなって思ってますよ。でも具体的な仕事となると……まだですね。」
「椎原さんは?確か学校の先生だったっけ。」
「うん。今のところはね。でもまだ分からない。外国で教師やるのも良いかもって思ってるし。」
「一回海外で暮らしたらスケールが違うな。」
「そういうワケじゃないよ。でも外側から日本を見てみないと分からない事ってあるよ。日本に興味を持ってもらって、日本に来てもらえるきっかけになるならその橋渡し役なんかも良いと思って。…そうなったら旅行会社や国際スクールの経営とかも有りだね。」
「すごい…具体的!」
「“もうけ”ありきじゃないのが良いよね。」
「お金を一番に絡ませたら自分の考えている事が曇って見えなくなるよ。日本人は目的と手段が反対になってしまうケースが特に多い人種みたいだし。」
「そうなのか。お金は二の次…と。」
「お金は大事だよ。でも将来やりたい事を考える時は、まず始めのうちはお金って条件を取っ払った状態で考えた方がいいね。これ、お母さんの受け売りなんだけどね。」
「ふむふむ。」
「しーちゃんは?椎原さんの話にえらく感心してるみたいだけど。」
「うん。私もまだはっきりしたものは無いな~。私が育ったのが孤児院の施設だからそんな施設で切り盛りしたいっていうイメージはあるけど、そのためにどうすればいいかとかまだ全然考えてないし。
資格なんかもいるんでしょ?…でもはっきり感じるのは、日本で働けるなら働きたいなってこと。それで美味しい魚をみんなに振舞う。このイメージは明確に言える。」
「じゃあこれからその骨組みに肉付けしていく作業だな。」
「そうだね。昔職場のおばさんからスカウトされたから料亭で働くのもいいな。今はそんなイメージ膨らませてる。」
「“美しすぎる料亭の外国人女将”とか良いかも。静那割烹着とか着てさ。」
「着物は着こなしたらカッコいいかもね。静ちゃん。」
「着物…私に似合うかな……あの、兼元先輩と小谷野先輩は?」
両サイドに陣取る2人にも聞いてみる静那。
「俺?俺は…その……洗濯屋なんていいかなと。」
「俺も同じこと考えてた…かな。」
「洗濯屋?2人とも?」
「そう洗濯屋。」
「洗濯のお仕事?」
「そう洗濯の…お仕事。」
「洗濯、好きなの?」
「まぁまぁかな。」
「へぇ~じゃあ私達の服や布団もお願いしたら洗濯やってくれる感じなの?」
「勿論。」「パンツは無料でやるで。」
「でもなんで洗濯屋やりたいと思ったの?」
「うん…その…あれだ。…不満を抱いている人を救いたいから。」
「不満?」
「まぁその…日々の不安かな。服と一緒に洗い流してあげましょう…という感じの。」
「う~ん。その話のイメージだと、洗濯をしつつ不満や不安がある人の相談にのってあげるような“お掃除兼カウンセラー”みたいなお仕事なのかな。」
「まぁそんな感じかな。なぁ兼元。」
「まぁそうだな小谷野。」
「なんでかしこまってお互い名前で呼び合うのよ。変なの。」
「でも人の役に立つ仕事なら素敵だよ。もう将来の仕事具体的に決めてるなんてすごいな。洗濯屋かぁ。」
尊敬のまなざしで2人を見つめる静那に対して小谷野も兼元も微妙な表情を浮かべた。引っ込みがつかなくなっている。
「(今更訂正できない…)」と気まずそうな顔をする2人に静那はさらに畳みかける。
「洗濯屋さんになった後はどんなことしてみたいの?」
「う…(まずい。なんかカッコいい事言わないと。なんかカッコいい事カッコいい事。)そ…だな。
世界を今一度洗濯いたし申候~。…なんて。」
「それって、新しい世界を再建したいってことですよね。夢がすごく壮大じゃないですか。すごい!」
静那の2人を見る眼差しが尊敬から憧れの眼差しになってきた。
もう言った言葉を今更ひっこめるなどできないと感じた2人。
「ああ、世界はおれが洗濯したるから。安心しな。」
「うん。世界の洗濯屋さん、楽しみにしてる。」
「ああ…世界の洗濯ってのを傍らで見てな。俺に…ついてきな。(あかん!何言うてんの俺のアホー!)」
「うんっ!」
“絶対そんな壮大な夢考えてないだろ!”と心の中で突っ込みを入れる5人。
静那の前でついつい見栄をはってしまったせいで、とんでもなくスケールの大きい将来の仕事が決まってしまった2人だった。
* * * * *
場所は変わって進路相談の職員室。
補習を終えた生一がそのまま進路指導室に呼ばれていた。
「藤宮君。進路希望の第1志望、第2志望が『旅人』と『洗濯屋』って何ですか?あなた真面目に考えてるの?」
「はい。“もうけ”ありきじゃないのならやってみたいです。だって人生一回きりじゃないですか。」
『B面』では、勇一達が立ち上げた部活「日本文化交流研究部」での日常トークを描いています。時々課外活動にも行きます。各話完結ですので、お気軽にお楽しみください。
尚、本編のストーリーとB面の話数は所々リンクしています。こちらを読んでから本編を読み進めていくとより楽しめます。
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ブックマーク、評価は大いに勇気になります。
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頑張って執筆致します。よろしくお願いします。