Departure ~自由と信念⑯
Chapter16
大型客船『Venus』内にある大聖堂。
この聖なる場所で銃弾の音が木霊した。
ジャンヌ達レジスタンス軍18名と生一達。乱り乱れの大混乱に発展していた会場内。
しかし1発の銃声で会場中の動きが止まり、シーンと静まり返った。
観客も含め…皆が目をやったその先…
ミレイナがウエディングドレスを真っ赤に染めながら倒れこんだ姿だ。
勇一をかばい、撃たれたのだ。
「ミ…レ…イナ。」
「このドラ息子やろう!」
生一達がその様子を見て激高する。
発砲してすぐに近くにいた八薙は駆け寄り、渾身の力でユーリイを殴り飛ばした。
ぶっ倒されたユーリイはそのまま気絶した。
「ひいいいぃぃ!」その様子を見て悲鳴を上げた母のオルテンシアは腰を抜かした。
手から離れた拳銃は八薙が取り上げる。
尚もカメラは回っている。
その一部始終を確認した後、トニーは愕然と肩を落とす。
生放送ではあるものの…公衆の面前で…自分の妻を我が息子か銃で撃ったシーンが国中に伝わった事になる。
衝撃的なシーンだ。
観客からは悲鳴が上がる。
勇一の腕からミレイナが力なく崩れ落ちていく。
「ミレイ…ナ。そんな、嘘だろ。」
「ミレイナ!」
ジャンヌが叫び駆け寄る。
そして勇一と一緒に抱きかかえた。
ミレイナの母や侍女も観客席から駆けつける。
「ね…え…さん…」
「ミレイナ!」
「お嬢様!」
「バカ何やってんの!」
口々に叫ぶ。
「いいの…」
「たった一人の大切な妹…勝手な大人達に翻弄された挙句にこんな…こんなのいいワケないじゃない!」
涙を溜めながら絞り上げるように話すジャンヌ。
微笑みながらミレイユは語り掛ける。
「いい…の。運命よ……生まれた…時から。」
「ミレイナ!しっかりして。」
「ミレイナ…」
「そんな顔をしないで…勇一さん。私、少しだけでも自由…になれて幸せだった。」
「ミレイナ分かった。もうしゃべるな。傷は浅いさ。そうだ。この際怪我が治ったらのんびりしよう。日本にも行くだろ。」
「そう…ね。お父さんと…お母さんと4人で…」
「お父さん?……そうだな!お父さんも含めて4人で行けるさ。絶対に行くんだ。日本は良い所だぞ。」
「日本…かぁ…行ってみたいな。」
「行くんだよ。家族4人で。な。楽しみだろう。」
「自由に…」
「そうだ!もうミレイナは自由だ。もう誰にも縛られることは無いんだ。もうこれからは絶対に寂しい思いなんかさせない。」
「自由…」
「しっかりしろミレイナ!これからはずっと一緒だ。家族も一緒だ。日本に着いたら…いっぱい…いっぱい美味しいもの食べような。」
「ん…」
「ミレイナ…」
「ジャンヌ。姉さん…あり…」
「何?ミレイナ!何?」
その言葉を最後にミレイナが喋ることは無かった。
彼女の体から力が抜けたように感じる。
ジャンヌの頬から涙が一滴落ちる。
「ミレイナ……何?何って言ってんのよ。何よ!」
「くっ…何でだよ…こんな翻弄された人生…一筋の自由も与えられないこんな人生あるかよ!人間は自由なのに。なんで彼女がこんな仕打ちを受けないといけないんだよ。」
悔しさと辛さでやりきれない勇一。
ジャンヌはミレイナを抱きかかえ、ただただ泣いた。
母オリーヴィアさんも侍女ジークリットもただただ涙を流した。
その様子…状況を理解したのか、静まり返った場は少しづつザワザワしはじめる。
上空を舞っていたヘリコプターが、生中継からの一部始終を理解したようで、船の甲板エリアに次々と降りてくるのが聞こえる。
トニーは自分達のしでかしたことを理解し凍り付く。
このままでは自分達の組織や地位が失墜してしまう。
カメラを止めろといくら怒鳴りつけても中継は止まらない。
バーンシュタイン公は足止めをしてくれていない。
トニーは気絶しているユーリイや呆然としているオルテンシアを置いて、その場で意を決したのか会場から逃げだそうとした。
入り口の扉に手をかけ、無理やり開けようとする。
「!?」
しかし、その扉が反対側から勢いよく開いたかと思うと、このタイミングで国家警官 (Polizia di Stato)が乗り込んできた。
仁科さんが既に根回しをしていたため事情はバレている。
話は早かった。
武器の密輸を始め人身売買の調べもついており、トニー財閥の関係者達はその場で逮捕となった。
「ばかな…私の築いてきた財団が…」
放心状態のトニー。
そこへ真也もやってきた。
「彼はもうお縄だ。あんたも観念しろ。」
トニーに対して静かに通告する。
やがて手錠をかけられた上でさらに縄で手首を縛り付けられ、連行される。
トニーは去り際、真也を睨みつける。
「東洋人風情が…」
その後、魂を抜かれた様に呆然とした表情のユーリイ、母のオルテンシアを筆頭にお抱えの警備員も次々と捕縛されていった。
立派に責務を果たしたと言えば、葉月だ。
ミレイナの様子に涙を流しながらも懸命に現場の状況を最後まで撮影しきった。
そのうえで番組最後の〆…“仕上げ”も大事だ。
カメラの前にみすぼらしい布切れをまとった面々が並ぶ。
この映像を目にする人達からしたら衝撃的な光景だろう。
人身売買でバーンシュタインサイドに無理やり連れてこられた女性達だ。
そんな彼女達の姿をしっかりと映し、ビータンさんに振る。
「彼らは地下格闘賭博の他にこのような人身売買まで行っていたのです。今回の華やかな式典を絶好の隠れ蓑にしながら大胆な興行を行えたのも、トニー財閥との癒着ゆえでしょう。…現場は一先ずこれで失礼します。」
ビータンさんの急ごしらえのナレーションも交えながらイタリア国民に衝撃の事実を告げる番組として“船上の結婚披露宴特番”は閉められた。
…
その後も国家警察 (Polizia di Stato) の対応が粛々と進んでいく。
日が暮れるにつれ事後処理が進んでいく。
船上に逃げ場は無い。
武器商人の中枢は根こそぎ逮捕された。
…全ては上手くいくと信じていた。
しかし傷痕が大きすぎる。
意識不明の重体となったミレイナだが、あの後担架が担ぎ込まれ、緊急処置をした上でヘリにて緊急搬送された。
恐らく近くの病院へ搬送されるのだろう。
ただ、彼女の意識は既に無かったのだ。
* * * * *
様々な事後処理の中、暮れていく夕暮れ。
夕暮れに消えていくヘリをずっと見ながら勇一は悲しんだ。
ミレイナとの思い出が蘇る。
乗船してから2度目に見た時の彼女の寂しそうな顔…
ひょんな事から部屋に招かれ、日本について語り合った事…
手を取られて逃げようとした事…
船棟でダンスをしたあの夜…
逆に自分が手を取って逃げようとした事…
彼女を自由にしたいという想いと恐怖感…2つの感情と戦った夜。
もう一度彼女の手を取った時の手の感触…
自分をかばって最後に見せた表情…
「何でだよ!何で…」
夕日に照らされながら悲しみに暮れる勇一。
自由にさせてあげられなかった無念さに心が激しく痛む。
あの時自分はどうすればよかったのか…考えても考えても分からない。
2人の運命を断ち切ったあの銃声…
体を震わせて一人壁にもたれかかった。
「勇一…」
その様子を心配して見に来てくれた人がいた。
「胸を貸すよ。ちょっと背丈は低いけどさ…いいよ。我慢しなくても。」
「う…うう…」
何も言わず頭を屈め、彼女にしがみつき…声を殺して泣いた。
「うん…よしよし。」
肩で抱き留めてやさしく慰める。自分に出来る事はこれくらいだと感じたからなのかは分からない。ただ、彼の背中を後押ししたのは自分だ。
どんな結果になろうとも受け止める気持ちでいた。
しかし…こんな結果になってしまった。
この現実を勇一が受け止めるにはあまりにも酷だと感じた。
自分も本当はもっとミレイナさんと話がしたかった…国籍こそ違えど同じ髪の色をした人間同士、仲良くなりたかった。
そう思うと自分も涙を流しているのに気づく。
「ミレイナさん…もっと話がしたかったな…」
一方、ジャンヌもミレイナを乗せたヘリが飛び去った後も発狂するように泣きわめいていた。
レジスタンスのメンバーが心配そうに見つめる中、無念の思いを吐き出すように叫ぶ。
「なんで…なんであんな優しい子がこんな目にあわないといけないのよ。
皆大っ嫌い!そんなにお金が欲しいならくれてやるわよ!
権力とか威厳とか…そんなの盾に…皆してミレイナを振り回して…
何がしたいのよ!
自分勝手な大人ばっかり…死んで!死んで!死んでよ!もう大っ嫌い!
あの子が何をしたって言うのよ!
あの子に何されたって言うのよ!
散々振り回しておいて…あの子を返してよ!
もうあの子は誰にも触れさせない!もう嫌!嫌!嫌!嫌!もう誰も来ないで!消えて!」
今までのレジスタンスの仲間達の無念さなども重なり、ここまで必死に我慢していた気持ちを溢れるように爆発させるジャンヌ。
仲間が殺されようが妹の幸せな結末を願い、ここまで耐えてきた。
…なのに最後こんな結末になるのはやりきれないだろう。
海に向かって叫び続けた。
ジャンヌが甲板で泣いている…その様子に気づき、遠くから兼元と小谷野が近づいてきた。
「お姫様…私で良ければ胸を貸しましょうか?…いいですよ。我慢しなくても。」
「早く消えて!」
怒鳴り声だったうえ、風の音で声がかき消されたため、よく聞き取れなかった2人。
もう一度聞き返そうと思ったのだが、葉月に呼び止められる。
「はい2人共。今言った内容は知らない方が良い。状況考えなさい!向こうへ行っておこう兼元、小谷野。(あなた達も頑張った…それは私がちゃんと認めるから…)」
レジスタンス達にペコリと会釈して、2人の襟を掴み客室にひっこめる。
「あの子が…何をしたというのよ…あんなに優しいあの子が…」
尚も涙が止まらないジャンヌ。
泣き疲れた頃、リーダーのラッツィオを始めメンバーが肩をさすり、慰め、やがて客室棟へ引き上げていった。
泣きつかれたジャンヌの肩を抱き、メンバーは静かに船内へ歩いていく。
これからレジスタンスの面々と国際警察合同で緊急の記者会見が行われるらしい。
そのサテライト会見はイタリアで大ニュースになっていた。
船内のテレビでも放送されていた。
ただ勇一達には悲しみがだけが残った。
やりきれない悲しみが…
日が暮れ、空が暗くなっていく。
皆が去ってひっそりと静まる楼甲板から展望台のある遊歩甲板エリア。
夜風を受けながら、明け方のチビタベッキア港到着に向け、大型客船『Venus』は、ティレニア海を静かに航海していった。
…やや乱暴な風を四方から受けながら…
第2回目のMOVIEエピソードはこれにて終了になります。ここから後のエピソードは『Season3』へ続きます。
『Season3』ではイタリア&ドイツを舞台としたエピソードを描いていきます。
次回からは『Season2』の【B面】をお送りしていきます。
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