Departure ~自由と信念⑫
Chapter12
航海も4日に入り、船はようやくイタリア本土に近づいてくる。
それもそのはずで、港へ到着するのは明日朝の予定だ。
エーゲ海を抜け“ティレニア海”と言われる海域に入る。
結婚式はこの日の14時から夕刻にかけて盛大に行われる予定だ。
ただ準備は昨日から始まっていた。
朝から船内の大聖堂前のホールでは音響設備やTV機材が入り、ドレスアップされた大聖堂では、装飾の準備が進んでいく。
その中にはひと際目を惹く大きな絵画が運び込まれた。
トニー社長らしき男が黄金色に輝くイタリアの大地を高台から見つめている絵だ。
これからのトニー財閥の発展と繁栄を願って描かれたようだ。
大層な大きさと光沢感のある絵画は大聖堂の壁側に慎重に掲示される。
それと対を成すように向かいサイドにはTV機材や生演奏の楽器が順々に搬入口から持ち込まれていく。
船上で執り行われるというシチュエーションだけでなく、式典の規模がどれも桁違いである。
いつの間にかヘリコプターも船の上空を舞っていた。
上空からもこの結婚式を発信せんとメディアが構えているらしい。
* * * * *
一方、こちらは薄暗い牢獄。
生一達4人が収容されている。
ジャンヌさんは明朝どこかへ連れ出されていった。
牢屋の中はひんやりしていて寝心地も悪く、その上ボロボロの体だ。
極力体力を削らないように仰向けになりボソボソと喋る。
「バットモーニン。」
「おう…イテテ、頭がまだ痛いわ。」
「休めた気がせんな。俺も頭がズキズキする。あの女に投げられた…」
「俺も頭が…でもなんかやられ際、とても幸せやったような気がする…この舟に乗りし人生、わが心、夜空に輝く月に一点の雲なしって感じで…」
「お前、その名言寝そべりながらこんなとこで言うなよ。怒られるわ。」
「何されたん?リーダー。」
「…それ、俺の口から言わすんか。」
「何かその言い方。気になるやん。どんなんか立って実演して見せてくれよ。」
「…もう立ってる。」
「は?」
「いや、何でもない。」
「とにかく…こんなに負けて穏やかな気持ちになってイケたのは初めてやった。」
「お前なに一人だけええ思いしてんのよ。やられ際にガッツリ触れたとかいうやつか?」
「そんな甘いもんじゃねぇよ。これだからお子様は…」
「なに上から目線かましてんだよ。俺なんかバストのサイズ確認するんで精いっぱいやったんやぞ。」
「やっぱりお前完全に色香に惑わされてたんやんか!」
「うるせえよ。お前も思ったやろ。揉めるんなら揉みたいって。なぁ…揉みたいやん。」
「“ボケたいやん”みたいに言うな。これで死んだらお前マジで恨むぞ。3人で連携組んでたらまだ分らんかったのに。皆の勝利よりも個人のエロを優先した結果がこれや!“One for all”でいかんと。」
「“One for all”と意味違うんでないか。」
「うるせぇよ。なら“木を見て森を見ず”目先のエロよりも先を見据えて動けってことよ!倒してしまえばあとはボーナスステージ待ってるってなんで分らんかな~。」
「んな事言っても、目の前に光があれば手を伸ばそうとするやろ、人間ってもんは。」
「どこぞのアーティストが書いた歌詞みたいにカッコつけて言うなよ。あと“人間ってもん”言うてひとくくりにすなボケェ!」
「あ…の…。生一さん達…比較的元気で良かったです。」
横で聞いていた八薙が反応する。声は弱弱しいが意識が戻ったようだ。
「八薙は…」
「呼吸器官やられました。息が出来なくて本当に死ぬかと思いましたよ。」
「なんかまだ別の刺客がおるみたいやな…どんなんやった?」
「体は大きくないけど…上取られてそれからあとは防戦一方って感じで。」
「ミスマッチ突かれたんか…」
「そんなんじゃないですよ…。まぁほぼ何もさせてくれなかった。外見だけで人を判断するなといういい見本です。」
八薙は悔しさと言うよりも感心したような表情を見せる。
県内では無類の強さを誇っていた八薙だが、改めて完敗を受け止めて呟く。
「世の中には強い奴がいるもんですね。当たり前だけど世界は広いっていうか…」
「まぁカッコつける前にまずは脱出せななあ。」
「カッコはつけてませんよッ。とりあえず真也はあいつらとやるしかないんでしょうね。戦局はそれ次第です。」
「レジスタンスの奴とか応援来てくれんかな。」
「いや、牢屋のカギが無いんで…恐らくあの金髪ボスが持ってるんじゃないかと…」
「あいつか…俺の髪の毛剃りやがったバカ。」
「ミレイナさんだけでなくジャンヌさんもあっちに連れていかれたみたいだし、こっちで対処できることは今の所ないです…かね。黙って助けを待つしか…」
八薙は牢屋の向こう側にいる男、“アイアン”を見やる。
半眠りで退屈そうにしているがここで監視する命令を受けている。あくまで大会と式典が終わるまでの間だが。
* * * * *
地下格闘家たちが集う武術会2日目。
この日も結婚式典を“隠れ蓑”に、世界的に違法とされている地下格闘家たちが集う闇賭博が開催される。
殺伐とした戦いの天井で莫大なお金が動くのだ。
スポンサーの富裕層たちにとっては最高のアトラクションである。ドル箱イベントだ。
そしてこの日は、主催者のバーンシュタインが特別試合を申し出た。
「昨日勝ち上がったメンバー3人に割って入る新たなチャレンジャーが駆け付けております。
皆さまの“bet”により試合は進みます。
宜しくお願いします。」
富豪達観衆を前に音頭を取るバーンシュタイン。
これからの試合形式は、どちらが勝利するかの賭けになる。
歓声と共に昨日の覇者チームの豪快なKOシーンの映像がセンタービジョンに次々と流されていく。
その後、今回新たに追加エントリーされた1名の東洋人がコールされた。
真也だ。
映し出される真也の映像を見たVIPの富豪達は口々に失笑の声を上げる。
「あの選手って…まだ子どもじゃない!よく首突っ込めたね~」
「東洋人って言ってたっけ?あれじゃまるで生贄じゃないの。」
「可哀そうに。あれでは体格が違い過ぎる。」
「どんなインチキを使うのかな。」
「あんな少年の悲鳴が聞けるなんてゾクゾクするわね~」
「可哀そうに。殺されてもここでは合法なのにね~」
「こんな小さな東洋人に何ができるのかねぇ。」
「殺せえ。骨が折れる所を見せてくれ。」
「殺せ!殺せ!殺せェ!」
聞こえてくる残酷な声援を背に真也が闘技場のリング中央へ歩を進める。
その富豪達のその上、見据えているのはバーンシュタインとかいう男だ。
黒いカーテン越しから“Fist of Stone”と“ブリッツ”が告げる。
「あいつだ!あいつにやられたんです。」
そう言って真也を睨みつける。
「分かった。アイツをやればいいんだな。」
その横にいた“Beast”はニヤリとする。
カーテン越しからなので真也からは見えないが、視線は真也を捉えていた。
真也もどこからかは分からないものの“殺意を含んだ視線”には気づいていた。
バーンシュタインが音頭を取り“ズッファ”がコールする。
「えーこれより行われる対戦形式は、バトルロイヤルになります。こちらの東洋人、またこれから入場する選手の誰に賭けるかをお選び下さい。」
コールを受けた後、“Ice Emperor”“Tyrant”“Beast”の順に入場してきた。
そしてオクタゴン(八角形)のリングへと入る。
このリング内でバトルロイヤル形式で戦うようだ。
しかし3人は明らかに真也の方を見据えている。
試合開始と同時に3人がかりで真也を潰しにくるつもりなのだろうか。
観衆の富豪たちは楽な勝負だと感じたのか次々に実績のある3人に莫大なお金を“bet”していく。
昨日賭けに敗れ、財産を殆ど失ったスポンサー達もここで幾分か取り返そうと札束攻勢に出た。
電光掲示板に表示された3つの数字が跳ね上がっていく。
彼らの興味はもう“3人のうちの誰がこの東洋人を血祭りにあげるか”でしかない。
真也の安否など微塵も考えず、お金の推移だけを見据えている。
お金が飛び交うごとに入金の鐘を鳴らすスタッフ達。
金網越しで大量のお金が飛び交うのを見ながら“狂った世界だ”と感じる真也。
思った以上に大量のお金が動いたようだ。
鐘が絶えず鳴らされ相場は盛り上がりを見せる。
そうしてやや会場内が落ち着いてきた。
ビデオ越しにこの会場の戦況を見ている富豪もいるようで、モニターが何台も見える。
そんな狂った世界のど真ん中でも真也が見据えるものは2人の女性のみ。
次に試合が始まる前の“余興”が始まったが、真也はそんな催しなど気にせずスタスタと金網越しまで移動し、壇上にいる男・バーンシュタインに問う。
真也にとってはこんな仕組まれた試合などどうでも良かった。
「ミレイナさん、そしてジャンヌさん。彼女達を解放してもらいに来た。」
バーンシュタインを睨みつける。
観客の真ん中。2階席。
ミレイナは大切そうにバーンシュタインの座席の横に座らされていた。
そこから少し離れた所…1階席では対照的に無造作に縄で縛り付けられているジャンヌがいる。
ジャンヌさんは縛り付けられている分、警護が薄い。
どちらかというとミレイナさんの周辺はガチガチに人で固められていた。
その中には真也がぶちのめした“Fist of Stone”と“ブリッツ”がいる。
こちらを睨みつけている。先ほど感じた殺気は彼らからだろう。
「まずは…」
真也はもう一度だけ周りを確認したうえで呟く。
ジャンヌさんは金網を超えた所から近い場所だが、ミレイナさんを奪回するにはさすがにあの人だかりをかき分けないと難しい。
しかも2階席だ。
すぐ真横にはバーンシュタインがいる。…正攻法では無理と判断する。
「(ならば……)助けるのはジャンヌさんからか。」とジャンヌさんの方を見据えた。
ジャンヌは不安そうな表情で真也を見ていた。
彼がこれからどうなってしまうのか…そう思うと不安で押しつぶされそうだった。
そんな真也と1番やりあうのを渇望していた怪物のような身なりの“Beast”が真也に近づいてきた。
「オイオイ…お前の相手は俺だろう?逃げんなよ。遊ぼうぜ。」
「悪いけど、あなたと遊んでいる余裕はない。」
そう短く“Beast”に告げると彼にいきなり真也の方から飛び掛かっていった。
試合開始のゴングも鳴っていないのにいきなり飛びかかってきた少年に、“Beast”は両手を構え組み合う姿勢を取った。
だが真也は組み手に応じる事はしない。
その両手を“踏み台”にして真也は彼の上!金網上段まであっという間に到達する。
そして素早くよじ登ったかと思うと1階席・観客の方に飛び移り、なだれ込んだ。
賭け事の対象である選手が突然金網を飛び越えて客席まで入ってきたので、予想外の事に観客から悲鳴が上がる。
少し会場が混乱した。
真也は観客などお構いなしに人をかきわけ、ジャンヌさんが縛り付けられている座席を目指す。
ジャンヌの近くで待ち構えていたガードマンらしき人間が、捕縛の為飛び掛かってきた。
真也を捕まえにかかったが、素早くかわして肩関節を外して対処する。
悲鳴を上げるガードマンを尻目にジャンヌのロープを急いで解いていく真也。
「助けに来ました。レジスタンスの皆さんは牢屋の方です!行って下さい!」
ルールを無視し、いきなりの暴挙に出た真也に対し、バーンシュタインサイドは周りにまず指示を告げる
「ミレイナを死守しろ!もう役目は終わった。式場へ連れていけ!」
途端にミレイナの周りを男達が取り囲んだ。
“彼女は何としても渡さない”というところだろう。さらに警備員らしい人間が20名追加で集まってきた。
彼らはミレイナをもう一回り囲むような陣形で集まり、ここを突破してミレイナに近づくなら銃も使うぞという威嚇の姿勢を見せる。
ミレイナを中心に“人の壁”が出来た。
さすがにこの中を強行突破は厳しい。
まずはジャンヌのロープが解けた!
すぐさま真也の腕を掴んで誘導しようとする。
「まずはここから逃げましょう。」
観客席の上に出口が見える。
「いえ、僕はミレイナさんを助けます。ジャンヌさんは早く外へ!」
「でも…あなた一人じゃ…」
「迷ってる時間は無いです。逃げて!」
ひとまずジャンヌさんを逃がすため、人をかき分け観客席を飛び越えながら闘技場出口へ向かう。
「姉さん!」
ここから一旦出ようとする姉に向かって叫ぶミレイナ。
ミレイナは大勢の警備員、そして“Fist of Stone”と“ブリッツ”の誘導の下、そのまま2階席の出口から連れ出されようとしていた。
「必ず助けるから!」
ミレイナに向かって大声で叫ぶジャンヌ。
ひとまずはここから脱出することが先決だ。
そしてその流れで牢屋の方に居る八薙達をまず助けに行く…。
だが出口へと向かう2人の前に、上着を脱ぎ捨てたバーンシュタインが待ち構えた。
怒りの形相でこちらに近づいてくる。
「牢屋へ行くつもりだろう。だが行かさん!」
バーンシュタインが目の前に立ちはだかる。
それと同時に会場中のドアが全て閉められた。
外側からだろうか?
ただ、富豪達も出られずにこの空間に締めこまれてしまう。
「貴様。私の興行をめちゃくちゃにしおって。覚悟はできておるんだろうな。」
「あなたとはなるべく戦いたくないのだけど…ってドイツ語だ。分かるか?」
「交渉事は私を退けてからにしてもらいたい。だが…その前に…ん?そうだな……。」
バーンシュタインは“何か”に気づいたようで、一旦怒りの気持ちを抑え、ファイティングポーズを解いた。
一方、真也の方は“ジャンヌさんを守りながらはこんな狭い場所での戦闘は厳しいと感じ、他の逃げ道を模索せんと周りを見ていた……その時!
突然真也は何者かに足を掴まれた。
“Beast”が金網を破壊してこちらまでやってきていたのだ。
観客席を突っ切って真也を追いかけ、捕まえ、足を掴んだのだ。
「何逃げてんだ!観客にショーが見せられないだろうがぁ!」
そのまま怒りに任せて“Beast”は真也を闘技場の方向へブン投げた。
「真也さん!」
ジャンヌが叫んだ。
すごい腕力だ。
比較的軽量の真也はそのまま闘技場へ放り落とされた。
金網の一部にとっさに手をかけたおかげで、観客席から下の階にある闘技場マットへ頭から落ちるという危機は避けられたのだが、5mくらいの高さから背中をモロに打ち付けてしまった真也。
「がはッッ!」
かなり高い場所から落とされるのは避けようがなかった。体がバウンドする程だ。
落下の衝撃で少し吐血した。
無理もない。相当高いところから投げ落とされたのだ。
同時に背中から体全体にかけて激痛が走る。
そのままリング内で胸を押さえてうずくまる真也。
息が詰まるような感覚。
胸骨を押さえて苦しそうだ。
「真也さん!真也さん!!」
ジャンヌが悲鳴を上げる。
「大丈夫だ!君は逃げろ!」
弱弱しくもすぐに返事した真也。意識はある。
ジャンヌの方は途端に1人になり追い詰めらた形になっていた。
ニヤつくバーンシュタイン。そして警備員が20名、2階席の本部側から追いかけてきた。
状況を察知して、再び観客席の中を逃げ惑うジャンヌ。
真也も痛む背中にむち打ち、すぐにジャンヌさんの救出に向かおうと立ち上がった。
もう一度金網をよじ登って助けに行かないと…
…しかし立ち上がりかけの視界の前をさえぎる男達が居る。
「どこ行くンだィ?ボク。」
“Beast” “Ice Emperor” “Tyrant”の3人に取り囲まれてしまった。
しかもここは闘技場リングの上。
ジャンヌさんを早く助け出したいなどと考える状況ではなくなった。
バーンシュタインが叫ぶ。
「構わん、そのまま3人がかりで潰せ!ガキだろうが公開処刑にしてしまえ!!」
絶体絶命の状況が待ち受けていた。
豪華客船『Venus』の中で繰り広げられる激闘をChapterに分けて描いています。
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