Departure ~自由と信念⑨
Chapter9
別行動中の勇一と静那。
船内の怪しい所を目立たないように歩いているのだが、ジャンヌさんらしき人間の気配はない。
船のどこかにいるはずなのだが、隠れている場所の見当が付かない。
船内がバカでかいからでもある。
しばらく歩いた後、勇一は提案する。
「もしかしたらミレイナさんの部屋に乗り込んでいるのかもしれない。言ってたよな。自分一人でも彼女を連れ出そうと…してるんだったら。」
「大丈夫かな、ミレイナさんの部屋に直接行っても。」
勇一も静那もあの乱暴な態度の男“ユーリイ”を思い出す。
吐き捨てるように言われた“これで最後だ”“次は無い”の言葉…。
しかし、ジャンヌさんだけでなくミレイナの動向も気になる。
「確かにな。でも迷ってる時間は無い。結婚式は明日なんだし。行ってみよう。」
ミレイナの客室は当然最上階にある。
海からの景色が奇麗なロイヤルルームだ。
最悪ユーリイが来ていたら逃げるしかない…そう思い、ルームのドアをノックした。
するとお母さんのオリーヴィアさんが対応してくれた。
どうもユーリイ側の親族は来ていないようだ。
「ミレイナさん。こんにちは。」
静那も挨拶をする。
部屋を訪れるとミレイナはいた…が顔を殴られてアザをつくっていた。
結婚式前日だというのになんて酷い旦那だと一瞬怒りが込み上げる勇一。
彼女の侍女・ジークリットさんが顔に傷薬を塗っていた。
部屋に入ってくる勇一、そして静那の存在に気づく。
ミレイナさんは勇一に気づくと、焦った顔をしてこう言ってきた。
「来ては…駄目です。夫から最後通告をされたでしょう。もしその通告も破るようなら彼は銃殺もいとわない人なのです。お願いです。帰ってください。夫に見つかったら勇一さんの身が危ない。」
「でもミレイナは本当は…」
「帰って!私があなたに出来る事はこれくらいしかないの。あなたの仲間にも嫌な思いをさせたくない…お願いだから分かって。勇一さん。」
嘆願という感じの言い方だ。
勇一達には絶対に迷惑をかけたくないのだろう。
夫となるユーリイではなく、トニー財閥は怒らせたら最後だ。
命の保証は出来ないという事をミレイナは父の死を以て重々承知している。
勇一や勇一の仲間達に迷惑がかかるのが耐えきれないのだろう
ここは彼女の気持ちを察するしかないのかと感じる勇一。
オリーヴィアさんは申し訳なさそうな顔をしていたが、そのまま部屋を追い出されてしまった。
勇一と静那はお互い顔を見つめ合い少し沈んだ顔をする。
何か彼女の力になりたいと感じるのだがどうしようもない。
勇一の心に無力感が襲う。
「思い悩んでも難しいから皆の所へ戻ろう。この辺り(上階)にいたらあの男の人と遭遇するかもしれないし。」
静那が肩をさすりながら進言してくれた。
「そうだな…戻るか。」
戻り際、ちょっと船内のカフェバーにでも寄ろうと提案してくれた静那。
納得いかない表情のままの勇一が気になったのだろう。
このままだときっとモヤモヤしたものが残るだろうと感じた静那は、ここで一旦心情を整理して落ち着いてもらおうと感じたのだ。
上質感のある紙コップに入ったカプチーノ。
静那が2つ持ってきてくれた。
こういうのは普通年上の勇一がやるものだろうが、今は気持ちがモヤモヤしていて気が回らなかったのだろう。
お互い飲み物を口に含み、少しした後静那が問う。
「勇一は…どうしたい?」
こんなカウンセラーみたいな感じの問答は以前にもやったような感覚があったなと感じる勇一。
とりあえず問われたことに対して素直な気持ちを吐き出してみる。
「俺は目の前で悲しんでいる人がいたら、何とか助けになりたい。辛そうな人がいたら原因を取り除いて笑ってもらえるようお手伝いがしたい。」
「なるほどね。その…目の前の人が悲しんでいる理由は?」
「望まぬ政略結婚をしないといけないのが辛いから。…はじめは憶測だったけど、昨日の事やさっきので確信が持てた。彼女はこんな結婚望んでいない。こんな結婚だれの幸せにもつながらない。旦那にとっての結婚式は、ミレイナさんの家系を取り込むための儀式だと考えてる。」
「うん。私もそんな印象だった。ミレイナさん本心閉ざしているよね。…じゃあ悲しんでいる“理由の大本”を断つためには…どうすればいいと思う。」
「そりゃあ結婚させないようにするのが一番いいと…思うけど。」
「それは出来る?」
「いや、メディアにも結婚を大々的に広報しているし、覆すのは無理なんじゃ。」
「メディアって覆せないものなの?」
「メディアはメディアだ。覆すとかいうものではないよな。」
「じゃあ結婚を取りやめにすることは出来るってこと?」
「それは…無理だろ、さすがに。」
「それは…思い込んでる事、憶測?それとも事実?」
「そりゃ出来ない事も無いけどさ…」
「じゃあやってみたら?」
「それは皆に迷惑がかかるよ。」
「“皆”っていうのは?」
「う………」
「私、迷惑じゃないかな。皆もきっと同じだと思う。ごめん。コレこそ憶測だよね。でも勇一は困っている人を助けようと思ってやろうとしてることでしょ。誰もそれを迷惑なんて感じないよ。」
「静那…」
「皆に勇一の思ってる事を話してみない?きっと迷惑なんかじゃ…ないと思うよ。力になってくれると思う。私は何があっても勇一の味方だし。これってデカくない?…自分で言ってて世話ないか~。」
自分達の想像を超えるほどの巨大な権力を見せつけられ、無意識に縮こまっていた自分がいた。
でも自分が恐れているものの正体は何なのか。
自分に彼女を救い出す可能性があるのなら賭けてみるのに何を躊躇することがあるのだろうか…
勇一は表情を持ち直し、静那の方を向く。
「いやそんな事ない!静那が味方で居てくれることって相当デカいよ。怖がって…ブレーキかけてたのは自分の心だ。俺、自分の気持ちを正直に言ってみる。明日の午後には結婚式だもんな。こんなトコでくすぶってる場合じゃなかったよな。」
静那は何も言わず嬉しそうな表情を浮かべていた。
「戻ろう。これから慌ただしくなるぞ。」
* * * * *
現在、大部屋にはレジスタンスのメンバー17名がかくまわれている。
部屋の収容人数を超えて大所帯になってしまったが、身を隠すには一般客室内が安全だ。
傷の手当などは葉月の指示のもと、真也が対応していた。
生一、兼元、小谷野、そして八薙には使いっぱしりをお願いしている。
生活用品が足らないからだ。
捕らわれていた女性達を中部屋で落ち着かせてからすぐ、こちらの大部屋に駆け付けてくれた仁科さん。
全員の体のケアを終えて落ち着いたところで、レジスタンスのリーダー・ラッツィオから改めてお礼を言われる。
しかしこれからは皆を巻き込むことになるかもしれないと心配していた。
考え方はジャンヌと同じなのだろう。
恩人を巻き込んでしまうくらいな自分達で解決したい…と。
しかし、こっちも色々と怖い目にあってきた。
「それでも私たちに出来る事は協力したい。間違っている事なら正したい。それが私たちの生き方だから。」
皆を代表して仁科さんがレジスタンス達にそう伝えた。笑顔で。
レジスタンス達が皆を見ながら不思議そうに問う。
「世界の中でこれほど冷徹で秩序を重んじる素晴らしい若者達に出会えるとは…失礼ですが、あなた方はどこの国の方ですか?」
葉月が答えた。
「私達は“日本”という東洋の国から来ました。」
「おお、ヤーパンのティーネージャーでしたか。素晴らしい若者たちだ。」
レジスタンスのメンバー達の出身や素性は明かされなかったが、日本国の認識は持っているようだ。
少し日本人の事を知ってくれていて嬉しくなった仁科さん達。
そこへ丁度、勇一と静那が戻ってきた。
大量の生活用品や毛布をフロントまで取りにいってくれていた八薙と生一、兼元、小谷野も一緒だ。
一応戻るとき、八薙が誰かにつけられていないか警護してくれていたようだ。
まず、生一からの報告。
闇の賭博大会の間はバーンシュタインは終始VIP席にいたとの事。
真也達の“鬼の居ぬ間の救出作戦”がうまくいったのを聞いてザマアと喜ぶ3人。
この部屋の場所は、一部の人間(トニー財閥)には割れている。
バーンシュタインと陰で連携を取っているなら、この後この部屋に乗り込んでくる可能性も考えられる。
いざとなったら全員、避難待機しておく場所を他にも押さえておかないといけない。
そして、勇一が皆に協力してほしい事があると提案してきた。
レジスタンスのメンバーもこれまでの真相を共有したいと言い出した。
捕らえられていた男性のビータンさんも何か力になりたいと申し出てきた。
自然とみんなが輪になっていき、明日の結婚式までに各々どう動いていくかの話し合いが始まった。
* * * * *
「ぐふぁあっ!」「ゲエッ!」
“Fist of Stone”は派手に吹っ飛ばされた。
バーンシュタインに殴り飛ばされる“アイアン”そして“Fist of Stone”と呼ばれる男。
「お前達は私の留守中何をやっていたのだ!
留守番役としてお前ら雇われ軍人を置いていたのになんという様だ。」
フラフラと立ち上がり“Fist of Stone”が許しを請う。
「…あいつ…が…あの東洋人が留守中に乗り込んできたんです!レジスタンスどもを解放して、女も根こそぎ持っていきやがった。」
10代のガキにあっという間に倒された“Fist of Stone”
立ち向かう事もできずにただ見ているだけだった“ブリッツ”
自分の放つパンチを軽くいなされ、戦意喪失して慄いていた“アイアン”
プロ用心棒とはいえ、10代のガキを前にした3人の不甲斐ない対応に、バーンシュタインは怒り心頭だ。
「“ズッファ”!あの3人にも準備させろ。部屋の場所はトニー陣営から調べはついているのだな!」
「はい、奪還の命ですね。」
「それしか無いだろう。レジスタンスはどのみち抹殺する予定だったから殺しても構わん。あの東洋人も消してしまえ。女は全てひっ捕らえてこちらへ連れ戻せ。………まったく、私の商品達を盗み出すとはいい度胸だ。初めてだよ。留守中とはいえ…私をここまでコケにしたお馬鹿さん達は。」
「承知いたしました。行方不明のレジスタンスは如何いたしましょう。」
「“ブリッツ”おまえにもう一度チャンスをやる。もう一人のレジスタンスは婚約者の姉だそうだ。生け捕りにしろ。私に恥をかかせないでくれ。それと“アイアン”。戦わずして引いたお前には正直失望している…だが最後のチャンスをやる。ブリッツについていってやれ。」
「わ…分かりました!」
“バン”と控室の扉が開かれる。
「失礼します。ズッファ、入ります。」
「あぁ何だぁ?今気が立ってるんだ。バーボンとタバコしかねぇこんなチンケな部屋に明日まで待機させられてよォ。女はどうしたんだよ、女はぁ!」
「バーンシュタイン様から奴隷奪回の命です。場所は割れておりますゆえ、ご案内いたします。準備のほどを。」
「ほぉおそうか。丁度良かったよ。今日の大会、骨のあるやつが居なさ過ぎてよぉ。暴れ足りなかったんだ。明日の景気づけにもう一暴れできるなら歓迎だ。」
バーンシュタイン直属の格闘家、“Beast” “Ice Emperor” “Tyrant”の3人が立ち上がった。
これから勇一達の部屋に全員で乗り込むつもりだ。
部屋の場所はトニー陣営からの情報で割れている。
「今夜、東洋人の客室へ殴り込みをかける。邪魔する奴がいたら殺せ。ガキだろうが舐めた態度を取った奴はどうなるか命で分からせてやる。絶対に許さんぞ!東洋人めがァ!!」
バーンシュタインを筆頭に屈強な男達が部屋を出発した。報復だ!
豪華客船『Venus』の中で繰り広げられるメンバーの激闘をChapterに分けて描いていきます。
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