37-1 ≪幕間≫ 兵器のカタチ
【37話】Aパート
これは北欧方面…東方支族、東スラブ人の村で起きた出来事である。
ある小雨の降る中。
威嚇の銃声と共に多くの軍人が村になだれ込んできた。
護衛の兵士が留守の間を狙ったのだろう。
軍人は各民家に無理やり土足で乗り込み、子どもがいないかどうか物色していく。
殆どの民家は老人もしくは誰も居ない…様に見えるが、よく見れば生活の跡がうかがえる。
どうやら子どもと一緒にどこかに身を隠している。
軍人の一人が床に敷いてあるカーペットがやや雑になっている部分に目をやり、勢いよくはぎ取った。
そして裸になった床に目をやる。
「いやがった。」
底板を乱暴にはぎ取るとヒジャブを被った母親らしき人がその下で震えていた。
見つけたと言わんばかりにその母親を引きずり出す。一緒に5~6歳くらいの小さな女の子も出てきた。
お母さんは泣きながら子どもにしがみ付く。
しかし軍人は母親に暴行を加えただけでなく、女の子を捕まえて無理やり連れて行ってしまった。
その場で泣き崩れる母親。
その泣き声は村中に響いた。
…やがて軍人が引き上げていく。
暫くすると村の老人達が母親の家に様子を見に来る。
「可哀そうに。見つかってしもうたか。」
「これで今月に入って3人目。子どもを兵隊に仕立て上げて戦争の流れ弾にするなんて世も末じゃ。」
「早く戦争が終わってくれんと、こんな悲劇がいつまでも続く。むごいことをする。」
「もうこの村も限界じゃ。子どもももう殆どおらん。引っ越すしかなかろう。」
「引っ越しの最中を襲撃されたいう知らせもあった。うかつに動けんじゃろう。」
各々絶望的な言葉を発する。
20世紀末。
こんな時代でも誰にも知られない局地的なエリアで、子どもを兵士にするための人さらいが横行していた。
子どもは恐怖感などを抱かない無垢な存在だ。そのため洗脳しやすく扱いやすい。
だからこそ戦場の一番危ない所にも平気で出向く。
人を殺す事への抵抗を失くせばいくらでもコントロールできる。
そんな子ども兵のスカウトと言う名の人さらいの手が、この村にも伸びてきたのだ。
子を奪われた母親は絞り出すような声で叫ぶ。
「私たちが…一体何をしたというの!あの子が何をしたというの!好き勝手に戦争をして勝手に人の命を奪って!…子ども達は消耗品…じゃ…無い!私たちの平和を返して!あの子を返して!!」
小雨の降る空に空しく叫び声が響く。
この村が廃村になったのはそれから程なくしての事だった。
* * * * *
兵士に誘拐された少女はまだ6~7歳くらいの幼い子だった。
連れていかれたものの、決して乱暴に扱われるわけではなかった為、恐怖感はあったものの泣きわめくことは無かった。
その後無理やり僻地にある軍需基地に搬送される。
その後は廃墟のような建物に入り、子ども達が大勢待機している部屋へ押し込まれた。
「お母さん…お母さんはどこ…」
施設に入り、ようやく現実を受け止めた途端に悲しさで涙が溢れてくる。
「お母さん、お母さん、怖いよ…お母さん。…お母さんは?」
次第に泣きわめくようになる。
「お母さん!助けてよ。お母さん。お母さん。」
…しかし泣きわめいているのはその女の子だけだ。
他に施設にいる子ども達。
その女の子よりやや年上の子ども達だろうか。
やっと我に返り、周りを見渡す。
そこには同じ年頃くらいの少年とあと少しの少女が監禁されていた。
40人近くはいる。
皆同じように家族から無理やり引き離されてここに連れてこられたようだ。
そして来るはずもない助けに絶望したかのように黙っている。
誰も泣いている女の子に関心を向けていない。冷ややかな目で見ているだけだ。
これからここにいる子ども達と、こんな狭くて寒い部屋で暮らしていかないといけないのか…お母さんは一体どこに行ってしまったのか…
殆ど帰ってこないお父さんはどうしているのか…
自分はいつまでここにいないといけないのだろうか。
ひもじい思いと寂しさでその日の夜は眠れなかった。
監禁用の施設という事で壇などは無い。
タオルケット1枚だけ…ただただ寒さが堪えた。
* * * * *
この軍需基地内では絶えず“訓練”というものがあり、まだ幼い子ども達はそこで延々と苦痛を与えられる。
ここに連れてこられた少年少女は、かつてこんな体験をさせられたことがあるのだろうか?
毎日甘くもないチョコレートバーのような食事が支給される他、就寝前に検査を受け、その後注射を打たれた。
注射なんて子ども達からしたら怖くて仕方ない。
それでも大人達に無理矢理体を押さえつけられ、毎晩打たれる。
それが日課の一つ。
他にも考えられないような苦痛は続く。
ある時は子ども達がいきなり広場に放り出されたと思ったら、その広場に銃弾が飛び交いはじめた。
大人の兵士たちが射撃の練習台と題して撃っているのだろう。
泣き叫びながら必死で広場の中を逃げ惑う子ども達。
しかしいくら逃げようが、ここは収容施設内。そのうち全員射殺され、そのまま放置される。
……しかし不思議な事に撃たれた箇所が徐々に回復していくのだ。
注射で何かを体に投与されたのが原因だろう。
そのうち銃弾を体に受けても問題なくなった。とは言っても被弾した瞬間はのたうち回るくらいの激痛で頭がおかしくなる。
傷も残る。
出血と痛みで気絶する子どももいた。
しかし数時間経てばそんな子もなぜか意識を取り戻し、完全に意識が戻った子どもから順に元居た収容施設に戻っていく…
そこしか戻る場所を知らない。
そしてそこに戻ればとりあえず固形の食料と水があるから…
そんな異様な訓練が繰り返された。
ある時は全員別室に連れていかれた。
何があるのかと不安感を巡らせていると…後ろから部屋が閉めきられ、勢いよく有毒のガスが噴き出し部屋を充満しだす。
ガスは勿論有毒性のあるものだ。
次第に息苦しくなり、どんどん子ども達は倒れていく。
体が痺れて立っていられなくなる。
頭がおかしくなり幻覚が見えだす。
毒ガスだから当然だ。
肺がやられて血を吐きだしたり嘔吐する子もいる。
そして1時間もしないうちに全ての子ども達が気絶し、倒れ込む。
死んだようにピクリとも動かない。…というか傍から見たら完全に死んだように見える。
…
……
しかしそれから2~3時間もすると子ども達の意識がなぜか回復し、起き上がれるようになる。
訓練が終わったという事を理解した子ども達は体力が回復した順に元居た収容施設に戻っていく。
こんな狂ったような拷問を超えた訓練を受け続けているうちに、いくら子どもでも気づく事がある。
まず拷問に関する内容。
人間どんなに体力が回復しようが首を切り落とされたら生きてはいけない。
だからだろう。
首から上の部位への拷問は殆ど無かった。
そこから考えられることとして、どうやら自分達を本気で殺すための拷問ではなく“いびつな形の訓練”というのが分かる。
そしてもう一つ。
クスリの投与が原因だというのは子どもでもうすうす感じるのだが…
子どもたちは多少の拷問は時間が経てば回復してしまう変な体質になっていることに気づくようになる。
痛みに慣れていくごとにどんどん苦痛のレベルも上がっていく。
それでも激しい拷問に対して体が次第に慣れていく。
体に耐性がついていくかのように感じた。
毎晩注射の他に傷痕のチェックもされる。
密室で放たれるガスの濃度もはじめとは比べ物にならないくらい毒性の強いものになった。
普通の人間なら吸い込んだら即死するレベルの猛毒ガスだ。
“これはさすがに死んだ”…と思ったものの、暫くすると意識を取り戻している自分に気づく。
銃撃や毒の他に重機のようなもので頭以外の体を捻りつぶされ圧殺されることもあった。
体中の骨がバラバラになり、痛みで何度も気を失う。
しかし数日もすれば、意識を取り戻し、砕けた骨が回復して歩けるようになっている。
自分達の体の変化に次第に恐怖するようになる子ども達。
体は耐性がつきどんどん強くなっているようだが、所詮は子どもだ。
毎日の薬物投与と異常な拷問に、精神の方がボロボロにならない方がおかしい。
何も悪い事をした訳でもないのに毎日酷いことをされる。
銃口を向けられたというトラウマが消えない。
心臓を撃ち抜かれ、大量に出血し、死んだと思っても半日も経てば意識を取り戻しているこの体。
やがて子どもたちは自分達の“未来の姿”に恐れるようになる。
自分達の体は一体どうなってしまうのだろうか…と。
怖くて想像したくもない。
軍需基地、子ども達の部屋の上段には小さな窓がある。
やや高い所にあるが、周辺の道具などを使い、無理やり窓までよじ登った子がいる。
監禁施設があるのは5階だ。
ここから落ちればさすがに……死ねる。
そう感じたとある子どもは、窓から飛び降り自殺を敢行した。
頭から落ちた。
窓の外から鈍い音が聞こえた。
首の骨が折れたのか…子どもはピクリとも動かない。
そしてそのまま回収されることなく放置されていた。
…
……
しかし…3日後に飛び降りたその子は意識を取り戻す。
そして何事も無かったように起き上がり……行くあてもないので結局監禁部屋に戻ってきた。
折れたハズの首も…何ともない。
…もう死のうにも死ねない体になっている事に怖くなる。
子ども達には決して明かされないプロジェクト…
この収容所ではただ子どもの兵士を育成している訳ではなかった。
たとえ瀕死になっても体が抗体を作り、どんどん人間離れした耐久力と自己再生力を身につけていく。
死の淵を経験すればするほど……強くなる。
そんな“恐るべき人兵器”を育成していたのだ。
最終的には核でも撃ち込まないと死なないような体。
そんな不死身に近い人間が出来上がれば…
そんな人間に相手国の本部まで侵入を成功させてしてしまえば…
もう相手国としては打つ手が無いだろう。
圧倒的な軍事力を持つ覇権国家に本気で対抗するにはもう“核”では通用しないのが分かる。
だから、たった一人で戦局を変える事が出来るような人間。
そんな人間が誕生すれば軍需革命になる。
そんな意思を持った新たな兵器を、とある軍需基地では“実験”を重ねながら模索していたのである。
1年も経つ頃には東スラブ人の村から一番最後に連れてこられた女の子も、人間離れした耐久力を身に付けつつあるだけでなく心身ともに何も感じられないような無表情な人間になりつつあった。
そしてそんな訓練の成果がやっと現れ始める時が訪れる。
* * * * *
監禁されている子ども達は、想像を絶するストレスから髪が抜け落ちていたり、ブロンドではなく白髪になっていたりと見た目に顕著に表れていた。
とても10歳にも満たない子どもとは思えない風貌である。
親の庇護も無く、ストレスと痛みで精神的におかしくなりそうな日々。
いや、もうとっくにおかしくなっている。
毎日願う事は“一刻も早く死んでしまいたい!”という事だけになっていった。
東スラブ人の村から連れてこられた女の子はかろうじて精神を保っていた。一番最後にここへ連れてこられたから日が浅かったというのもある。
彼女は必死に“死にたい”と叫ぶ仲間を鼓舞する。
“もう死にたい”と呟く仲間がいれば“きっと助けは来る。だから頑張って生きてみよう”と必死で呼びかける。
子ども達全体から発せられる“もう生きていても辛い。楽になりたい。”という叫びに対して、“きっと楽しい事はある。死んじゃ駄目だよ。”そう呼びかけ続けた。
そうでもしないと自分も“そちら側”に引きずり込まれて二度と戻ってこれなくなるような気がしたからだ。
彼女のそういった行動の根っこには、優しかった母と滅多に顔を見せない父の存在があった。
「(死ぬ前にもう一度だけお母さんに会いたい。いや、会うんだ。お父さんの顔も忘れかけてるからきちんと顔を覚えてから死にたい。お父さん…お母さん…もう一回会えるだけでいいから…それまでは…元気で生きていてほしい。)」
この思いだけで拷問に耐え続けてきた。
拷問の後も、夜の寒さ、そして軍需基地を覆う霧の不気味さと戦っていた。
しかし黙って耐え続けてきた子ども達も“成長期”に入り、不安定な感情を吐き出すようになってくる。
「殺してくれ!」と叫び暴れる子どもが出てくる。
収容された子ども達の中には女の子も若干居た。
少女はその子と少し仲良くなった。
お互い右手にほくろがあった。そんな些細な事から心を通わせてみる。
拷問と薬物投与という辛い生活が続く中、彼女との会話が唯一の支えになりつつあった。
絶対に生きて…
生きていればきっと両親にも会えるチャンスがある…
夜の寒さに凍えながらもそればかり考えていた。
何か希望を見出せないと、とてもじゃないけど生きていられない。
優しかった母親の顔、おぼろげながら覚えている父親の手を何度も思い浮かべる。
もう一度会えるはず…いや、会う。
ギリギリの精神状態で希望にすがっていた。
そんな中、一人の男の子に変な力が宿りはじめた。
あの注射からのクスリ投与から出てきた影響なのかどうかは分からない。
ある時突然だ。
白髪で真っ白になったとある少年は、ある時感情的になり、無造作に置かれた机に自分の手刀を叩きつけた。
おそらくやり場のないストレス発散の為だったのだろう。
腕を振り下ろしたその時、少年の手がフッと光り、その瞬間机を真っ二つに裁断したのだ。
“裁断”という言い方が正しいだろう。
人の手で切ったとは思えないほど綺麗に真っ二つになったのだ。
その様子を見ていた少女は驚く。
手刀というより明らかに何か突然覚醒したような力だ。
手先から真空のような原理で問答無用でモノを切断する力…
恐らくこの能力なら金剛石でも切断できるのではないかと感じるほど凄まじい切れ味……
この覚醒した力が生まれたという事実を知った大人達(軍需基地の管理者達)はおそらく喜ぶだろう。
実験の中で生まれた待望の“人兵器の誕生だ”と。
しかしこの瞬間から子ども達を監禁している部屋で悪夢の光景が広がっていく。
監禁された子ども達が白髪の少年の“力”に対して目を輝かせたと思うと口々にお願いをし始めたのだ。
その様は“渇望”といった方がいい。
「今すぐ僕の…私の…“首”を切断して!」と。
この回のエピソードは『幕間』という扱いになります。
物語はこの後、劇場版Ⅱへ続きます。
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