34-1 涙をふいて
【34話】Aパート
建物倒壊の後、煙の中から姿を現したのはミシェルさん…ではなく、さっきまでミシェルさんと壮絶な取っ組みあいの格闘を演じていた軍人だったのだ。
煙の中から姿を現し、その男はこちらに近づいてきた。
青ざめる面々。
ある程度まで近づいてきた後、勇一達にも分かるように“グルジア語”で話しかける。
『危なかったぜ!まったく驚かせやがって。組織の中では相当な使い手だったかもしれんが、結局は犬死にだったな!』
…父親は………犬死にだったのだ。
「あ……ああ…」
「そんな…」
「コレって、お義父さん死んでもうたって…ことなん…。」
「ミシェルさんが…まさか…。」
「お父さん……私のせいでお父さんが…あああぁぁ…」
リーンが涙を流しながら体を震わしている。
「リーンちゃんのせいやないよ。」
「そやで。何も悪い事無い。」
兼元と小谷野が急いでリーンの傍に行って肩を揺すり、なだめる。
でも目の前の絶望的な状況は変わらない。
男は歩を進めながら話始めた。
勇一達に分かるよう、ご丁寧にグルジア語で。
『お前ら、まだ若いのに申し訳ないがここで死んでもらう。色々と事情を知り過ぎてしまったみたいだしな。残念だったな。』
憐れむような目で話しながらこちらに近づいてきた。
「おい!こっち来たぞ!」
焦る小谷野。
「うろたえんな!リーンちゃん連れて逃げてやるよ。どこまでも。」
兼元は男を睨みつける。
相手は素人目でも分かるほどのプロの軍人であるあのミシェルさんを倒した人間だ。
まともに立ち向かっても勝てるワケが無いだろう。
もし逃げられたとしても、無傷で済むのだろうか。
そんな絶望感を感じる勇一や仁科さん。
まだ呼吸が整っていない仁科さんが覚悟したように伝える。
「真也…君……もし、私たちが…足手まといなら……リーンちゃんと…2人だけでも逃げて…」
「そういうワケにいきませんよ。絶対、皆で無事帰るんです!」
真也は何を言っているんだとばかりに返す。
「でもよ、俺ら足手まといにはなりとうないで…。」
その弱気な小谷野の言葉には勇一が叱咤する。
「まだ足手まといになってないだろ。しっかりしろ小谷野!
兼元だって…リーンの手料理食べたいって言ってただろ。まだ諦めんな!」
日本語でのやりとりなので、リーンには意味が分からない。でも勇一が必死で皆を鼓舞しているのは分かった。
そうこうしているうちに男と距離を詰められた。
男は“相手はガキたち5名と少女1名か…”という感じで余裕の表情を見せている。
ミシェルさんでもやられてしまったのに、どうやって応戦する…さっきはああ言ったが俺なんかいても足手まといになるだけだ…
そう勇一が感じたのと同時くらいに真也が後ろの皆に向かって叫ぶ。
「みんな…こいつは僕がやる。下がって!」
さっきから一番前に立っていたので真也の表情は分からない。
でも後姿だけではあるが、これだけ怒りのオーラを感じる真也は初めて見る。
自分達が入り込むスキがまるでない。
『…? お前一人で戦うのか?まだ子どもじゃないか。』
ニヤつきながら男は真也を見る。
真也は後ろからでは分からないが相手を睨みつけているようだ。
「真也君。気をつけて…」
仁科さんが呟く。
「はい。」
小さく返事をしてから目の前の男に対峙する真也。
…闘いが始まる。
彼に命運は託された。
真也と相手との距離は10m程だ。
そこから20m程離れて勇一達5人がいる。
銃弾が飛んでくるかもしれない。
だから勇一達はあくまで冷静に、闘いが始まったらそれを合図に近くの建物に隠れるつもりだった。
男は余裕の表情を見せて“来てみろよ”と真也を手招きする。
完全にまだ子どもだと思って舐めている。
でも勇一達は知っている。
真也はその辺の大人達よりも遥かに強いということを。
真也はゆっくりと男に近づく。
そして男の目の前まで来た。
身長なら真也の方は20cm近く低い。
男は見下ろし、そして真也の左肩を掴もうとした。
掴んだその瞬間。
真也は“触るな!”とばかりに右手を振って思いっきり払いのける。
その勢いで払いのけられた左腕がありえない方向に曲がった。
男は一瞬状況が理解できなかったが、左ひじの激痛で悲鳴を上げる。
その悲鳴を“五月蠅い!”とばかりに思いっきり拳を顔面…というか口元に叩き込んだ。
男はぶっ飛ばされる。
顔から鮮血が飛び、何本か折れた歯が四方に飛び散った。
やや遠くで見ていたものの、その衝撃の光景に驚く5名。
男は3mくらい吹っ飛ばされ、既に虫の息だった。
勝負はついた…と思ったのだが、真也は尚も男を起き上がらせ、胸ぐらを掴んで殴り掛かろうとした。
起き上がらせた時の男の表情が、やや離れた場所にいる勇一からも見えた。
鼻骨が陥没していて、歯は全部折れていた。とても人間の繰り出す拳とは思えないものすごい力だ。
怒りに任せたような表情で虫の息の男に拳を振り上げようとしたその時。
「もうやめて!」
誰かが真也の後ろから抱きついてきた。
…仁科さん…だった。
「もうやめて。こんなことをしてもお父さんは帰ってこないでしょ。
もう決着はついてるんだから。
…それに本当にこのまま殴ったら…真也君、この人と同じ人殺しになっちゃう。」
涙を流しながら後ろから抱きついて必死に男から引っぺがそうとする仁科さん。
彼女なりの精いっぱいの力だろう。
でも真也は腹の虫が収まらない。
「でも…こいつはおじさんを殺したんだ。
人の命を奪っておいて許せるわけないだろッ!
僕たちの…僕たちにとって大切な人の命を奪ったんだ…こんなの……こんなの。」
「でももうやめて!静ちゃんがもしここに居たら、…絶対にこんなの望んでなかったと思う!
誰かを恨んで傷つけて…こんな連鎖、静ちゃんは絶対に望んでなんかない!」
振り上げた拳が止まる。
「仁科…先輩…。」
自分が保てないくらい怒り狂う中、言葉が響いたのかどうかは分からない。
初めて仁科さんの方を見る真也。
涙を流しながら真也の目をじっと見ていた。
「あなたに……あなたに人を殺せるような人間になってほしくない!
人を殺すって事はその人の今までの人生を奪うって事になるのよ。
どんな人でも…相手の命を奪っていい権利なんか……ない!
その人の人生を奪っていいわけなんか……ない!
一回殺しちゃったら…もう取り返しがつかないような気が…するの。
だからお願い!戻ってきて!真也君ッ!殺しちゃ駄目!もう…やめて。」
涙声で訴える仁科さん。
4人も心配そうに駆け寄る。
「仁科さん……みんな…」
振り上げた拳は降ろされた。
そしてうつむいた真也。気持ちが暴走してしまったのを認めたようだ。
拳を降ろした途端、仁科さんが大声で泣きながら真也に抱きついてきた。
真也はそれを抱き留める。
真也の胸でずっと号泣する仁科さんをただただ静観していた。
勇一はまず状況の整理に入る。
リーンが心配そうに泣きじゃくる仁科さんの様子を見ていた。
泣いている背中をさすってあげていた。
まだ予断を許さない状況ではあるものの、少し安心したのかリーンは途端に涙ぐんだ。
久ぶりの再会がとんでもない事になったからだ。
しかし…
…そうだ、ここはまだ村の中心部からそう遠くない場所。
まだ銃弾を構えた特殊部隊がいるかもしれない。
ハッとする勇一。
ここは気が済むまで仁科さんに泣かせてあげたかったが、一旦民家に避難することを提案する。
力なく立ち上がる真也。そして仁科さん。
そして近くの民家に入った。
ーーその少し前。去り際。
勇一や小谷野、兼元は怨敵となった男に目をやる。
完全に気絶している。
死んで…はいないが顔の形が変形していて鼻や顎の骨が完全に折れている。
顔面なのに粉砕骨折というくらいのすさまじい力だ。
とても並の人間が繰り出す拳ではこうはならない。
それに右手で振り払っただけで肘関節を外すほどの力…相手がいくら油断していてもこんな芸当は出来ない。
真也がなぜここまでに異常とも思えるほど強いのか…いや、普段はやさしくて穏やかな青年が、何がきっかけでこんなに人間離れする程強くなったのか…その理由が少し気になった。
民家に入り、一旦気持ちを落ち着ける面々。
リーンも仁科さんも涙目だが、まずはここから離れる事が先決と感じた勇一は、息が整ったのを確認して話し出す。
「真也も…仁科さんも…思う所はあると思う。でも俯瞰して考えよう。まずはここから離れるのが先だ。その後、話をしよう。リーンもそれでいいよね。」
「…はい…。」
リーンは泣きそうになったが涙をこらえて頷く。
「じゃあすぐにでも離れよう。悪いけどもう少しの辛抱だ。リーンは俺が担ぐよ。ふもとの町までは油断せず行こう。」
ここで兼元と小谷野のツッコミは無かった。
彼らも第一優先するものは分かっている。
勇一の心もボロボロだ。しかし高校生の頃の勇一からしたら考えられないくらい、とっさに人を元気づける言葉をかけたり周りを鼓舞したり出来るようになっていた。
今の勇一が発した言葉は無意識に出てきたセリフだ。そんな自分の変わりように自分でも少し気づく。
まぁ今はそんな自己分析している状況ではないのだが。
真也が民家の外に出てもう一度周辺を見渡す。
…だれも居ない。
…追手も来ていない。
「よし!車道があるところまでは走ろう!今は逃げる事に集中して!」
勢いよく民家を飛び出し、走り出す5名。
肩口の怪我の事があるので、結局リーンは真也が担いでくれるようになった。
今は何かしていないと心が落ち着かないという感じだったので、リーンをお願いした。
このまま走り抜けて盆地を出る。
蛇行した山道を来た道に沿って延々歩く。
そこから鉱山のような山岳道路へ向かい、ヒッチハイクをする算段だ。
“まずは絶対に生きて帰るんだ!”という気持ちで走っていく。
仁科さんも必死でついてくる。
涙をふいて。
女性だからといって真也や皆の足手まといにはなりたくなかった。
* * * * *
緑の山を抜けると、自然というより鉱山資源に囲まれた黒っぽい山道に入る。
走り続けているから感じる。
なんだか鉱山独特の空気だという事に。
そんな鉱山道路を7~8時間も走っていくとやがてトラックが行きかう国道が見えてくる。
完全に安心はできないが、車も人も見えてくるエリアに入ると「(ここまでくれば大丈夫だ)」という気持ちが芽生えてきた。
人の集まる所はなんとなく安心だ。
そこからはサービスエリアのような休憩所を目指し歩いていく。
サービスエリアに入ると、ダメ元でもグルジア語を使ってヒッチハイクを敢行。
ヒッチハイクなんて勇一は初めでだったがそんな悠長な事を言ってられない。
やれるかどうかじゃない。やるのみだ。
国境近くなので言葉が少しでも通じるかもしれない…と思っていたのだが、日が暮れる前にはなんとか車に乗ることができた。
ふもとの町で一昨日お世話になったタクシーの運転手と再開する。
そこでやっと張り詰めていた糸が切れたように安心する面々。
ロシアに入り、会話が通じる一般人がこのドライバーさんしかいなかったからだ。
次の日、リーンのお母さんと合流した後、5名はトルコへ向けての帰路に入ることになる。
しかし、真也の表情は晴れていなかった。
こんな結末、やりきれないだろう。
真也だけではない。全員が同じ思いを共通して抱いていたと思う。
「ちくしょう……どんな顔をして静那に会えばいいんだよ。」
【読者の皆様へお願いがございます】
ブックマーク、評価は勇気になります。
現時点でも構いませんので、ページ下部↓の【☆☆☆☆☆】から評価して頂ければ非常に嬉しいです。
頑張って執筆致します。よろしくお願いします。