32-1 見えてきた片鱗
【32話】Aパート
「待ってくれていた皆には本当に申し訳なかった。連絡もせず心配かけてごめん!」
「まったくよ。心配かけて。勇一、反省してる?」
葉月も実はかなり怒っていた。
「うん。それに関しては4人、深く反省してます。」
「だったら宜しい。もう落ち込まなくていいから進めていって。切り替えましょう。
こっちも有効な情報得られたんだから、お互いの情報を整理しよう。」
海の家を改良した勇一達の住居『gökyüzü(空)』
ここの1階。キッチンのある広間で、今回得た情報の分かち合いが始まった。
まずは、真也と共に仁科さん、葉月の3人。
最大の都市・イスタンブールに行っていたのだ。
バカンスではなくあくまで交通情報や治安の調査。
まず簡単に周辺の情勢を説明すると、今トルコから西部のコソボやセルビア方面が緊張状態になっているらしい。
今後紛争が起こる可能性が高いので、西側を通るよりも地中海から船で進み、イタリア入りしてから北上するのが今のところ一番無難なルートという事だ。
イタリアから北上していけばドイツ(Germany)に入る。
そこの日本大使館に駆け込めば、パスポートを紛失していても日本への帰国の手配はなんとかなりそうとの事。
それにドイツ周辺は治安も良いので、少しバイトをすれば日本へ戻る費用は工面できる。
ドイツ語が使われている国は多く、日本人の滞在者も探せばそれなりにいる。
ここからはまだあまり気が乗らないが、ドイツから日本への直行便が運航しているという事実。
便数自体も多いのでここから帰国するのはどうだろうか?…という段階で結論までは出せていない。
別ルートとしてはシベリア鉄道周りがあるが…こちらは遠すぎる。
そしてもう一つ、勇一達にとって嬉しい知らせもあった。
イスタンブールからの国際電話が日本に通じたのだ。
仁科さんや葉月の家は留守でつながらなかったが、あの武藤諭士さんと国際電話で会話することができた。
あまり詳しい話は出来なかったけど、今居る場所、何より皆が無事で生きているということ。
おそらくドイツ経由で日本に帰る事になるだろうという事を伝えられた。
また帰国日の目途がついたら連絡を入れるけど、皆が無事だというのを仁科さんや葉月の家族側にも伝えてもらえないかとお願いして電話を切った。
諭士さんづたいではあるが、家族に自分達の無事を伝えてもらえる。
この事に一番安堵していたのは葉月だったようだ。
どれだけ家族が心配していたか…父親が悲しんでいたかが容易に想像できたからだろう。
自分の無事を伝えてもらえる…そう感じてからは心の中のつっかえが取れたようにすっきりした表情になった。“あとはミッションをクリアして無事日本に戻るだけ”という表情だ。
それにしても大都市だったと語る仁科さん。
トルコでは“イスタンブル”と発音するらしいというエピソードから始まり、田舎とは比べ物にならないくらい大都会で、まさにアジア経済や文化の中心地と感じられた部分を話してくれた。
以前、国境伝いでイランからトルコ入りした時は、農地が延々と続く殺風景な山岳地帯という印象が強かったのだが、西の都市圏は全然違う。
人口も1,000万を超えるそうだ。
今回行けなかった面々もいずれは大都市“イスタンブル”を見に行ってみたいというイメージを膨らませ、一応仁科さんたちの報告は終わりとなった。
そこからは勇一達の報告だ。
知り合いも伝手も誰も居ない状態から山岳地帯の病院に聞き込みをしていたが、とある病院で遭難事件に出くわし捜索を手伝う流れになった事。
捜索途中、谷底に落ちてしまい連絡が滞っていた件。
だが助けた女の子の父親が日本語も話せて国際的な顔も広い人物らしいといういきさつを伝えた。
話の最後の方で、リーンからお父さんにどことなく似ていると言われて変な感じがしたという話をした時、静那と真也の中で何かひっかかるような感じがしたのか、反応した。
どんな人だったのか。
勇一はもう一度記憶を掘り起こす。
姿や風貌は似顔絵と全然似てなかったし、何より名前が違う。確か“Gelashviliさん”だったか。
でも似顔絵を見た印象と、勇一のしぐさがどことなく父親に似ていたと言ってくれたという点だ。
真也は、他の3人にも印象を聞いてみる。
「うん。ガタイとか顔のデカさは全然違うかったけど、なんとなく勇一と雰囲気は似てたな。雰囲気だけやけど。」
そう言ったのは兼元。適当な返答ではないようだ。
「そうか?」
「そうすね。俺もちょっとしか見てなかったけど、なんとなく……」
「俺もちょっとだけ。傍から見て何となくってだけやけどな。」
「でもリーンがちゃんと“お父さん”って言ってただろ。もし誰かと再婚とかしてたとしても無理があるだろ。」
「なんで?」
「だってリーンは14歳だろ、確か?」
兼元が年齢を聞いていたのを思い出した。意外と役に立つ情報だった。
「14ってことは、再婚して子どもさん授かったとしても今せいぜい6歳くらいのはずだろ。…そう考えたら無理があるよ。」
「子持ちの母親と再婚って事も考えられない事ないよ。うちの道場にもそんな子の親が居たし。」
「それはまぁ…そうだけど。あの人がか?…第一名前も違うのに。」
改めて似顔絵を見てみる。
似顔絵の表情よりもだいぶやつれていた印象がある。似てると言えば輪郭と髭のあたりだけだ。
それに生きているなら日本に向けて連絡をくれるはずだ。
「もしかしたらもしかするかもしれないから会いに行ってみようか?」
真也が静那の顔を見た後、皆に提案する。
「まぁ、皆が先週までしっかり働いてくれたから予算はある。どうする?」
“どうする”と聞いても答えは出てこない。
勇一は最近の自分の度重なる判断ミスで、やや決断に思惑うようになっていた。
静那にもかなり心配かけていた事もあり、何とも言えない。
その時、背中をパンと軽くたたく仁科さん。
「ホラ、静ちゃんが心配そうに見てるじゃない。しっかりしてよね。」
ハッと気づいて静那を見る。彼女の表情が冴えない。
彼女もどうしたらいいのか分からないのだろう。
そんな沈黙の中、生一が口を開いた。
「どっちにしても静公はまだちゃんと歩けんねん。
でも気になるのは事実で、万が一その人がお父さんやったらすぐにでも会いたいと。
それやったら今までみたいにまた2手に分かれて行動したらええやん。」
「2手に?分かれて行動?」
「まぁ順を追って説明するで。
まずリーンいう子の父親に会いに行くチーム。静公が行けんのやからリーダーは真也になるよな。
そんで父親と判明したらすぐに追いかけて合流するチーム。ここのリーダーが静公。分かる?」
「成程。動ける人間が先に確認しに行くって事だよな。」
「そう言う事や。何も難しい事あらへんやろ。」
「そうだよな。静那はいつでも出発できるようにここで待機しておけば良いんだし。」
「いいじゃない。それで。久ぶりに仕事したじゃん生一。」
「人を何やと思ってんだよ。俺もお留守番ばっかりやったからそれなりに頭使うわ!」
「じゃあそれで決定。分かれてから明日のうちにでも出発しよう。」
「もしもの事があるかもしれないよね。」
「ああ。だから一度行ってて勝手を知ってるけど今回八薙には後発隊になってもらう。」
「いいですよ。いつでも出立できるようにしとけばいいんですよね。」
「ああ。じゃあ……」
少しでも手がかりがあるならすぐに確認しておきたい。
先発隊として真也。あとは前回行ってきたので勝手を知っている勇一と小谷野、兼元。
4人ともまだ会話がおぼつかないので、通訳として仁科さんにも同行してもらうことになった。
後発隊には静那。それと八薙と葉月と生一の4人。
家に戻ったばかりだが、急遽決まったこのメンバーでまたグルジア北部、国境付近まで赴く事になった。
でも次はリーンやご縁の出来た病院の方々など力になってくれる知り合いがいる。
到着したらまずリーンやお母さんが得意料理を振舞ってくれるのだろうか?
そう思えばそこまで不安な気持ちは感じなかった。
小谷野と兼元も意外と早いリーンとの再会に胸を躍らせせていた。
…しかし病院へ到着した頃から起きていた異変に気付くことになる。
* * * * *
面会を申し出るも既に退院していたリーンの母親。
退院の予定日よりも早い。
変だなと感じた勇一だが、ならばと教えてもらっていた住所に向かう。
しかし、リーンの自宅周辺ではちょっとした騒ぎが起きていた。
「母と子で帰宅してきたと思ったら、その日の夜のうちに急にいなくなった。」という近所の人からの証言より、村人が何名かリーンの家に集まっていた。
誰もいないもぬけの殻になっていたからだ。
静まり返った住居。
その後、誰も行方が分からないそうだ。
その時の様子を聞き込みしていた勇一達。
真也は静まり返ったような家をじっと見ている。
証言によると、玄関は空いていたそうだ。
これではまるで何かを察知して逃げたような感じだ。
たった2日…
こんなに短期間で退院もままならないうちに居なくなることが不自然だ。
勇一はもう一度、リーンの母親が入院していた病院に戻る。
仁科さんの通訳の助言を受けながら、病院内でのリーンの母親の症状を聞いてみた。
退院まではまだ1週間くらいはかかるとの事だったにも関わらず、主治医からの退院許可証が出る前に退出して出ていったとの事だ。
ますます不自然だ。
誰かにリーン達家族の居場所を勘づかれた。だから急いでこの家を出たようにも見てとれる。
あくまで推測ではあるが。
一旦病院に隣接している食堂で休憩を取っている中、兼元がぽつりと呟く。
「ここまで来たとはいえ、ちょっとこの先の方向が見えへんよな。
一旦今までの事を整理してみんか?
でないと勝手に過激な方向に考えが向かうやろ?
“失踪”とかまだ決まったわけと違うのに。今すごい悪いイメージ浮かんでるやろ。」
確かにその通りだ。
やや過激な…サスペンス的な推理は少し落ち着かせて、ここまでの経緯を振り返る事にした。
真也と仁科さん以外はこの村一帯の事は分かる。
今分かっている事とそうでない事。
憶測で考えている事と確かな情報の区分けをする。
人は時々憶測で物事を考えていると、それが現実とふいに混ざる事があり、真実ではないかと錯覚することがある。
それを避けるため、今分かっている事とそうでない事を紙に書きだし、全員で共有してみた。
そこで“分かっていないからこそ憶測で考えていた事”が判明する。
リーン一家の“この町での生い立ち”だ。
病院内の方々にかけよる。
リーンの捜索を協力したおかげで知り合いになれていたのは大きかった。
そこでリーン一家がこの町でどのような立ち位置だったかを伺った。
村人が知っている情報…
それは、リーン一家は元々この村に暮らしていたという事。だが理由は不明だがある時父親が亡くなったらしく、今の旦那さんと再婚をしたと本人から直接聞いた。
相手は以前ソビエト連邦があったころ北部で暮らしていた軍人さんだという事。
紛争が落ち着いた後は、復興を中心とした救援活動をしながら地域を転々としているらしい。
北部…。その北部とはどの辺りかと尋ねたが、それは不明だそうだ。ただ、以前はチェチェン共和国付近で暮らしていたらしい。その地域の治安維持も兼ねて。
リーンのお母さんは元々病弱で、その軍人さんはグルジアの地に立ち寄る度に出会った母を看病していたそうだ。
その中でリーンにもだんだんなつかれるようになり、再婚したらしい。
ただ、多忙で殆ど家に帰っていないそうだ。
でもお互い連絡は取っているらしい。
だから今回は急な印象こそあるが、きっと旦那さんの所へ思い切って引っ越したのだろうという見方をしている方が多かった。
急に居なくなったとはいえ、そういう見方をしているのも理由があった。
この地域一帯はもともと資源も乏しく、紛争に巻き込まれて戦場になったことはない。
やや錆びれた村だが戦争とは無縁のエリアだからだ。元軍人さんが通りかかる事はあっても攻めてこられたりする道理はない。
2年前の紛争でも連れてこられたけが人を病院で治療するくらいしかこの村での役割は無かった。
ただ話の中、真也の表情が強張った。もしかしてという路線が強くなったからだろう。
“チェチェン”というワードにも過敏に反応した。
あの時の記憶が蘇り、背中から汗が滲み出る。
しかし、同時にある気持ちが芽生えた。
多少山を越えていかないといけないものの、この場所からあのトラウマになった“あの地”までは200kmも無い。
「あ…の…、行きませんか?このまま北へ!」
真也を見る面々。
「国境を越えるってこと?」
「はい…その、はっきり覚えてませんがミシェルさんのアジトがあった場所が近いんです。
あの…さっきの話からしたらこれって勇一さんの言ってた“憶測の域”ってのから出てないんですけど、もしリーンさんの父親が本当に静那の…だったら、リーンさんとその母親がアジト内に避難してるって可能性もあります。
あの居なくなり方はやっぱり不自然ですよ。
僕は…そう思ったんですけど、いや…そう感じました。
それにアジトに行けば間違いなくお父さんの軌跡があるはずです。」
「大丈夫なん?ロシア入ってまうけど。」
「そこは大丈夫よ。ここから国境超えるための手続きは比較的簡単にできる。でもここからは誰も喋れないよね…ロシア語。」
「そうだよな。連絡の取り様がないよな。」
「でも大事なのは後悔しない事よ。言葉は話せないけど今の私たち、そこまで行く事はできる。真也君はどうしたい?」
しっかり真也の目を見る仁科さん。真也も目を逸らさずにじっと目をみて答える。
「僕…どうしても確かめてみたい場所があるんです。紛争も昨年終わってるし今はもう…さすがに安全になってると思うから。」
「だったら行くしかないでしょう。」
力強く返す仁科さん。
「言葉は…どうする。唯一話せる静那に来てもらうまで待つか?」
「いや…安全って言ったけど、万が一の事があるから。だから僕たちだけで行こう!」
真也の手が少し震えているように感じた。
真也がここまで自分の意見を主張したのは珍しかった。だからこそ尊重したい。
少し間が出来たが勇一が決断する。
「分かった行こう。仁科、急いで手配頼む。小谷野と兼元も一緒に行って。
帰りの手配の仕方を覚えておいてほしい。
俺はこれから国際電話してくる。静那達に事情を説明して、あとここにはまだ来るなって。
必ず帰るからそっちで待ってろって。
真也も一緒に来てくれ。」
そう言って勇一は真也を連れて病院へ再度向かった。病院内で国際電話が使えるからだ。
決めたらあとは動くだけだ。
* * * * *
「本当に大丈夫?」
「ああ。もう7年も経つんだろ。チェチェンでの紛争は昨年にすっかり収まってるって話だ。信じてくれないか?」
「必ず戻ってね。私、皆が無事ならそれでいいから。」
静那からの思いを痛いほど受け止める。
真也にも電話で話をしてもらう。
「リーンって子のお父さん、チェチェンで暮らしてるって聞いた。
静那のお父さんじゃなかったとしてもお父さんの事知ってる人かもしれない。日本語使えるみたいだし。
会えるかどうか分からないけど…行ってくるよ。
だから静那…信じて待っててほしい。」
電話で話をしている時の真也の表情が気になる勇一。
まるで何かに怯えているかのような表情。そしてそれを今から克服しに行くかのような感じに見える。
7年前…そのアジトと呼ばれる場所で真也にどんなことがあったのかはよく分からない。
ただ“チェチェン”というワードを聞いた時から只ならぬ表情をしていたところから、相当なトラウマになっているというのは確かなようだ。
受話器と反対側の手の震えが止まらない。
顔が強張っているのが分かる。
よっぽどの事があったのだろうと感じる勇一。
「あの…」
真也から受話器を渡された。
ふと我に返った勇一は受話器を受け取る。
「静那からです。まだ何かあるみたいで。」
「俺にか?」
一通り報告はしたが他に何があるのだろうかと感じながら受話器を受け取る。
静那がまだ電話ごしにいる。
聴こえてくる声色は……悲痛な声ではない。これは真剣な声だ。
「勇一…真也の事を見ててあげてほしい。暴走しないように。お願い。
あ、何も返答しなくていいよ。
真也にはこれ言ったの内緒で。」
「ああ。」
そう短く返答して真也の方を見る。
顔が強張っていて手が震えていた。
「もし我を忘れるような事があったら皆に迷惑がかかるから…その時はちゃんと叱ってあげて。
じゃあ切るね。」
短く、そして丁寧に発言した後電話は切られた。
「じゃあ真也。行こうか。」
「静那、何て言ってましたか?」
「仁科もいるだろ。もしもの時は仁科さんの事ちゃんと守れって。」
とっさに嘘をつく勇一。
「分かりました。絶対に守ります。」
“仁科さんを守る”という意識が入ってきたおかげで、少し真也の中の感情が中和されたのか、表情に落ち着きを取り戻した。
我ながら上手くウソが言えたもんだと感じた勇一だった。
物語は2期・SEASON2へ入ります。
時系列は、MovieⅠから後になります。
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