31-1 やまのかみ
【31話】Aパート
…そこは崖の下だった!
アリ地獄のような坂にズルズルと落ちていった4人は谷底に閉じ込められてしまった。
グルジアの北部。
とある山の洞窟で4人は遭難してしまったのだ。
そしてどこから這い上がれば良いか分からない。
食料も各々がリュックに詰めた分しかなく、3日と持たないであろう。
谷底から崖の上に声を張り上げてみても、返事は……無い。
圧倒的な静寂が洞窟の中を支配する。
そんな静寂に耐えられなくなったのか、兼元が口を開く。
「まったくよぉ。勇一が足踏み外したからこんなんなったんやぞ。どないするねんコレー!」
猛烈に怒る兼元。
つい先ほど、確かに先を行くあまり足を踏み外してしまったのは勇一だ。
足を踏み入れた瞬間体制が大きく崩れた。
すぐさま手を伸ばす八薙。
とっさに手を掴んだものの、砂地で地面が緩い。
そのままズルズルと谷底に引きずり降ろされていくような感じで落ちて行く。
あわてて2人の手を必死に掴んだ小谷野と兼元だが、同じく地盤が緩く踏ん張りがきかない。
そのまま一緒にズルズル落ちて行った。
幸い落下地点で体を打ち付けたりするような怪我はなかったものの、ここから上まで這い上がるのは難しい。
かすかに光が刺す崖の上層部は見えているものの、洞窟の外壁の殆どが砂だ。
何かに掴んでよじ登るスペースが無い。
「どうするよ。」
「上がれそうにないぞコレ。」
「とりあえずここと反対側の奥に進んでみるしかないだろ。」
「偉そうに言うなよな!お前何かあったら生贄役やれよ!」
「何言ってんだよ。どこかに出口があるはずだからあきらめずに探すぞ!」
済んだことは仕方ない。気持ちを切り替えようと勇一の先導で歩き出す。
「お前コレ大きな貸しやで。とりあえず俺ん荷物持ちやれ!」
兼元が怒る気持ちも分るが、今は割り切って前に進んでほしい。
そう感じた勇一はしぶしぶ兼元のリュックを前側に背負いこんだ。
「とりあえず進めるだけ進もう。あいつに心配かけるワケにはいかないだろ、約束したんだから。」
3人ともその意味を理解はしてくれた。
僅かな光を頼りに、薄暗い谷底を歩いていく。
ランタンは一応持っていたが、今後の為にまだ温存しておきたかった。
夜になれば真っ暗になる。まだ使い時じゃない。
こんな暗い谷底にたどり着いてしまった事の発端は丸1日ほど前にさかのぼる。
* * * * *
ジョージア(この時は”グルジア”)北部の街へ到着した勇一達。
静那と真也が協力して描いてくれた静那のお父さん(ミシェルさん)の似顔絵を見せて聞き込みをしていく。
真也からはこの辺に来た覚えがかすかにあるという情報で、病院施設を中心に捜索してみる。
もしお父さんが生きていたなら、あの後の娘の容体が心配なはずだ。
かなり前の話になるとはいえ、心配になってこの辺の病院一帯も訪れたりしているはずだ。
“ここに傷だらけの女の子が運び込まれてこなかったか?”と。
まずはロシアへの国境沿いの北部エリアで病院をしらみつぶしにあたる。
しかし音沙汰は無い。なにせもう7年も前の話だ。流石に覚えている人はいないのか。
それにあれからこのエリアの情勢も大きく変わった。
1991年にはソビエト連邦が崩壊し、ロシアという連邦共和制国家に大きく様変わりした。
国が大きく様変わりしていく中、チェチェンをはじめ様々なエリアで紛争が起きた。
だが今は治安も落ち着いていると聞く。
日本人観光客も普通に訪れる事が出来る国となった。
なのに何故静那のお父さんは日本に向けて連絡の一つもよこしてくれないのか…
静那の里親になってくれた武藤さんという方とは何か連絡が取れない事情でもあるのだろうか…
行方不明……おそらくだが静那も、そして真也もうすうす感じているのではないだろうか。
もしかしたら父親はもうこの世にいないのかもしれない…
しかしそんな事を考えるのはバカげている。
死んだのをこの目で見たわけでもないのに。
静那の思いも汲み、やれることはすべてやろうと勇一達は動いてみる。
体調の回復具合にもよるが、次回こっちに捜索に出向く時は、静那も一緒に連れて行けるだろう。
それまでは自分達の方からは絶対にあきらめたくなかった。
静那には…絶対に幸せになって欲しいと感じたから。
その部分は4人とも同じ思いだった。
だから広いエリアと初めての土地ではあるものの弱音を吐かなかった。
あと、この辺一帯は冬季に入ると凍るらしい。
そうなったら春まで動こうにも動けなくなる。今がチャンスだ。
そんな中、北部の田舎町のとある病院を訪れた時の事だ。
お昼前頃、病院に到着し隣接している食堂で4人がマップを見ながら紅茶で一息ついていたのだが、なにやら食堂内が騒がしい。
勇一が事情を聞いてみた所、とある女性患者の娘さんが薬となる野草を探すため、北部にある山へ行ったまま行方不明になっているという事だった。
洞窟内は足場が悪く“帰らずの山”と恐れられているそうで、もしかしたらそこへ迷い込んでしまったのではないかという話だ。
古い逸話として“山の洞窟には山の神様が住んでいて、洞窟の風が通り抜けるところと繋がっている”と言われている。
病院の職員や患者さんは年配者が多かったので、なかなか危ない所まで出向けない。
救助隊を呼んでも到着までしばらくかかる。
この辺が田舎の融通が利かないところだ。
今の時代、洞窟に山の神が住んでいるなんていうのは迷信だと感じた勇一だったが、人探しの一環として洞窟とその付近への捜索協力を申し出た。
この異国から来た人間からの申し出に病院内の方々は驚く。
だが自分達もとある人物を探しているので、同じようなものだと快く引き受ける勇一。
もしこの件が上手くいけば、父親の件で何らかの手がかりがつかめるという程ではなくとも、手がかりとなる“つて”が広がるかもしれないという期待もあった。
娘さんの名前は“リーン”という名で、行方不明になってから3日が発つ。
もう体力的にも厳しいと思うので見つけたらとにかく保護してあげてほしいという事だった。
それならすぐにでも出発しようという事で、最後に娘さんの特徴を聞く。
“Waterfall Hair”日本で言いう三つ編みで花の髪飾りをつけているということだ。
とにかく行方不明になってから3日目という事で急がないといけない。
救援依頼がこの町に到着するまであと2日はかかるらしい。
リーンのお父さんも救護依頼班のメンバーということで今こちらに急いで向かっている。
出発時、兼元がなぜかリーンの年齢を聞いていた。
『確か14です。』という返答に“14歳かぁ…”という間抜け面。
あくまで捜索活動の中の一つで、気を抜いたら自分達も遭難して命取りになるぞと注意する勇一。
気を引き締めて指定されたエリアにある山間と周辺にある洞窟に入った……のだが、とにかく足場が悪く、一瞬の判断ミスでゆるやかに崖を滑り落ちて行ってしまったというわけである。
捜索を願い出たのは勇一。
一番に谷底に落ちたのも勇一。
今回皆を先導&指揮したのも勇一。
…なので勇一としては少々バツが悪かった。
しかしそのヘマを取り戻すように3人の先頭を歩き洞窟の奥底を歩いていく。
上の方からかすかに光は出ていたため、かろうじて足元は見える。
「暗くなったらランタンつけるよ。だから今はまだ我慢してくれよな。」
3人に呼びかけて奥へ奥へ進んでいく。
方角が分からないが、歩きはじめてから暫くたった。
ふと兼元が小さな声で叫ぶ。
「ちょっと止まれ。」
匂いに反応したようだ。
そのまま四つん這いになりクンクン地面を嗅ぎはじめる。
「女の子の匂いがする。こっちや。」
急に元気な声になって先頭をきって歩き出した。
「本当かよ…すごいな…。」
「リーダー大活躍やな。今回。」
「フン。誰かとは出来が違うんでな。」
「勇一さん…何も言えませんね。」
「うん…でもなんかムカつくなぁ。」
「何か言うたか?」
「いえ、何も。」
「聞くけど、今進めてるん誰のおかげやねん。」
「か……兼元のおかげです。」
「様をつけんか無礼者ォ!」
「ぐっ…か…兼元様。」
「もうちょっと敬えよ。このポンコツが。」
エラソーだが何も言い返せない勇一。
どうも今日は思いが空回りしているようだ。
「ちょっと待て。なんかこの感じ、ヤバいかもしれん。」
兼元が急にそんな事を言い出したので、3人は静まり返った。
「他にもなんかおる。」
別の匂いも混じっているようだ。
「あっちや!いくで。八薙。フォローいるから来い!」
勢いよく走っていく兼元。八薙もその後を急ぎ追走する。
足元が見えないくらい暗い洞窟なのによく道が分かるものだ。
もう嗅覚を頼りに進んでいるとしか思えない。
さっきあんな言い方をされたものの、その点は尊敬する。
「おい!勇一。広間出たらランタン入れろよ。」
兼元が指示を入れる。
「分かった!」
後ろのリュックをごそごそしながらランタンを確認しつつ、3人を追いかける勇一。
やがて本当に広い所に出た。
薄暗いが隅の方で誰かがうずくまっているのを感じる。
その近くで“ウウウウウウウ”と狼のような太く低い鳴き声がするのが分かった。
勇一は広間に出たと思った段階でランタンに火を灯す。
とたんに視界が広がった。
確かに隅っこの方に女の子がいた。
しかし衰弱しているのか倒れ込んでいた。
そこに野生の狼のようなイヌ科の動物が現れ、じりじりと距離を詰めていた。
まさに彼女を襲わんとしていた。
急いで駆け付け、彼女と狼の間に割って入る八薙。
弱っている彼女を守らんと立ちふさがる。
『グゥ…ワァンワン!』
狼は何を思ったのか、八薙にではなくなんと明かりを灯した勇一目掛けて襲い掛かってきた。
野生の動物だからまず明かりを消して視界を閉ざしてやろう…とまでは考えていないだろう。
ただ、数的不利を悟って逃げようとしたのか?もしくは勇一が一番弱そうに見えたからだろうか?…理由はわからないが明らかに勇一目掛けて襲い掛かってきた。
「危ねぇ!」
小谷野が飛び出るよりも早く、兼元が勇一の身代わりになって勇一の前に出る。
そのまま飛び掛かってきた狼の爪を正面から受け止めた。
致命傷ではなかったが、勇一の盾になった兼元の腕から出血が確認された。
「兼元ォ!」
「…リーダーッッ!」
兼元が必死で守ろとしたのは、勇一………が前側に背負っていたリュックの中に入っているネイシャさんのパンツ…。
「大丈夫か?か、リーダーッ!怪我は?くそっ暗くてよく見えないっ。」
「あぁ。大丈夫だ。守れて…良かったよ。」
脂汗を流しながらも無事を伝える兼元。
普段よりも兼元が何倍もカッコよく思えた勇一。
「かね…リーダー…お前…」
勇一はさっきの兼元に対しての非礼を猛烈に反省した。
身をていしてまで守ってくれた目の前の男に今は感謝しかない。
「このアニマルドッグがぁっ!」
小谷野が思いっきり野生の狼を後ろから捕まえ、上に乗っかる。そして拳を狼の腹部にねじ込むと狼は悲鳴を挙げてそのまま逃げていった。
狼といってもそこまで大型ではない。何より2人は小型とはいえ“熊”をクリアしている。
「そうだ!あの子は。ってルゥオ、早っ!」
勇一の手には持っているはずのランタンが無かった。
向こうを見る。
そこで勇一のランタンを手に紳士的な態度でうずくまっている女の子に話しかけている兼元。
こういう時は行動がバカみたいに早い。
『あの…あなたは?』
彼女の手を優しくにぎりながら微笑みかける兼元。
『言葉が通じて良かった。私は兼元と言います。あなたの運命の人です。どうかお見知りおきを。』
…たとえ遭難してもやっぱり彼は通常運転のようだ。
『お姫様?大丈夫ですか?』
小谷野も参戦してきた。
「邪魔すんな!俺が今話しとる!どけ。」と日本語で小谷野に言う兼元。
無視して構わず小谷野が話しかける。
『あなたはリーンさんですね。』
『はい。あの…どうして私の名前を?』
『それは私があなただけのナイトだからです。』
『ナイト?』
『忠実なるあなたの騎士という事です。私が来たからにはもう大丈夫。』
遅れて勇一と八薙も近づいてきて追加のランタンを照らす。
髪が解けかけているが三つ編みの子だ。話に聞いてた子“リーン”に間違いない。
アジア系の顔立ちでまだあどけなさが残るが可愛い子だ。
一人でこんな山奥に迷い込んでしまい、暗い中さぞ不安だっただろう。
一通りリーンという女の子を舐め回すように見た後、日本語でバカな事を言い出す兼元。
「この子はまだ青リンゴやねんけど…これからのポテンシャル考えたら育成枠で取っとくんも悪くないな。」
「何意味不明な事言い出すんだよ。育成枠ってプロ野球のドラフトみたいな言い方するなよな。何の枠だよ、何の?」
「そりゃあ…嫁3号の。」
「お前…最低だな。ネイシャさんはどうするんだよ。全く。」
さっきまでの男らしく頼りがいのあった兼元の評価は急転直下という感じだ。
とにかく彼女は今疲れている。
このままバカなやりとりをしていてはダメだと思い、勇一がリーンにカタコトではあるが話しかける。
まずは座って楽な姿勢になってもらう。
「リーンさんですね。
僕たちはあなたのお母さんに捜索を頼まれてここまでやってきました。
私たち4人はあなたを助けに来ました。
お父さんももうすぐ助けに来ます。
もう大丈夫ですよ。
君を村まで連れていくよ。」
たどたどしい話し方ではあるが、3カ月間必死に勉強した言語はなんとか通じたようだ。
“お母さん”という言葉を発するとリーンはとたんに表情が明るくなったように見えた。ランタンの明かりからでも分かるくらい。
しかしすぐに涙目になる。
泣きそうになったが必死でこらえながら言葉を発する。
勇一がしっかり会話を聞き取れるにはまだまだといったところだが、リーンの一生懸命の訴えは八薙が理解してくれた。
…母親の病気に効く野草を探そうとこの山周辺と洞窟に入り込んだのだが、勇一達と同じような感じで足を滑らせてこの洞窟奥に落ちてしまったそうだ。
明かりもなく一人ぼっちの世界。狼に見つかって襲われそうになった時にはもうだめかと思った。
この洞窟には古くから“山の神様”が住んでいてその祟りで出られないと言われている。どうしよう……という感じだ。
3日も何も食べていないから体が弱っているのが分かる。しゃがれた声で必死に話してくれた。
八薙はリュックからポットのハーブティーを取り出してリーンに渡す。とたんに湯気が立ち昇る。
「あっコラ!リーンちゃんに対して株上げるな。」
とっさに兼元がブーイングを入れる。あくまで日本語で。
「すいません。でも彼女、えらく声がしゃがれてたので。つい…」
「ついやあらへんよ。俺かてなぁ。おい!勇一!リュックかせ!」
兼元は自分のリュックの中から自作のクッキーを取り出す。
小麦粉とバター、あと砂糖とシナモンを混ぜて、形は雑だが初めて作ってみたものだ。
少し焦げ付いた丸い形状。…サーターアンダーギーに近い感じだ。
リーンは始めは暗いのもあり不安そうにクッキーの塊を見ていたが、口にすると笑顔になった。
「ほらな!やっぱり俺の愛の力や!」
「何が愛の力だよ。砂糖でごまかしてからに。これ甘すぎるんだよ。逆に喉乾くぞ。」
「あっお前!誰がお前も食うてええと言うた!」
「いいだろ。次の休憩時は俺が作ったのふるまうから。」
日本語でやりとりしているのだが、ケンカをしている感じではないなと感じたリーンは安心したかのようなはにかんだ表情を見せる。
やや幼い顔立ちだが、笑うとえくぼが出来てとても愛らしい表情になる。
それを見ていた小谷野と兼元は心の中で何かを確信した。
「(嫁3号認定!)」
あとはこの洞窟に入り込んだ“山の神の祟り”の言い伝え…ここをクリアしないと外に出られそうにない。
どうしたものか。
物語は2期・SEASON2へ入ります。
時系列は、MovieⅠから後になります。
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