30-1 麦刈ん祭
【30話】Aパート
「あんたたち!この600TRって何に使ったのよ。ちょっと使い過ぎじゃないの?」
「おい!何勝手に人の明細見てんだよ。俺がバイトで稼いだ金なんだから良いだろ!何に使おうが。」
「交通費はこの国、意外と安いんだけど…この不自然な使い方は変ね。」
「こんなお金の使い方してたら溜まらないよ。」
「いいだろ。男には男の事情ってのがあるんだから。」
あれから1カ月が経つ。
捜索は思いのほか有効な情報が集まらなかった。
一番の手がかりである“静那と真也が昔滞在していた病院”は取り壊されていて今は無かったのだ。
これで捜索は完全に振り出しに戻ってしまった。
仕切り直しといきたいが、捜索に行くにもお金が必要になる。
住居のリフォームも殆ど終わり、農業も収穫季を迎えるのみという段階に来ていたので、畑と道路の草むしりくらいしかやることが無くなっていた。
さらにいずれは日本に戻る為の渡航費も貯めていかないといけない。
お金のかからない自給自足に近い暮らしを思い描いていたが、結局「お金」という現実的な問題が立ちふさがる。
やがて戻ってから1カ月。アルバイトしていた面々にも初任給が入ってきた。
稼ぎ頭は真也だが、真也が稼いだお金は『緊急時と渡航費』に充てるという事でプールすることになった。
他の面々はその稼いだお金で何をしようとしたかというと……娯楽である。
せっかく異国に来たのだ。
息抜きでどこかに遊びに行きたかったのだろう。
そこはお互いの想いを尊重した。
一番大きな都市“イスタンブール”はかなり遠かったので首都の“アンカラ”で短期間のバカンスを取ることにした。
しかしそれだけで稼いだお金が殆ど尽きてしまった。
“アンカラ”からの帰路…なかなかアルバイトで稼いだお金だけでのやりくりは難しいと感じる面々。
「お金…やっぱり要るよなぁ。」
自然の中でスローライフを続けるのは思ったよりも難しいものだと痛感する勇一だった。
18年間で培った資本主義の弊害か…常にお金の問題が頭をちらつかせる。
「おかえり。パン焼けてるよ。」
留守番は引き続きまだ体調が万全でない静那と生一。
「お土産買ってきたよ。これも文化の嗜みかな?ほら、トルコ定番のお土産、“ターキッシュディライト”っていうの。冷蔵庫入れなくても大丈夫なやつ。でも今は夏だからまずいかな…」
「これってカラフルですね。このまま食べられるんですか?」
「もちろん。甘いよ~。甘いって言ったらチョコレートもあるからね。」
「じゃ、私ハーブティー用意してきます。」
「あぁ、いいって。しーちゃん車いすでしょ。あいつにやらせよう。」
「“あいつ”言うなバカ!でもこういうのは自分でせんで頼ってええんやで、静公。」
生一は既にお湯を沸かしてくれていた。帰ってきた面々にお茶を振舞う。
「なんだか皆をおもてなししてるボスって…違和感。」
「なんでやねん。俺が皆をおもてなしして何がおかしいよ。」
「いや…普段からボスって進んでそんな事しないから。」
「俺は何やと思うてんだよ。もうええからお前も飲め。」
ハーブティーを渡す生一。
「そういえば静ちゃんには食べ物以外に特別なお土産があるんだ。皆で貯めたお金出しあってさ。」
「そうなんですか?嬉しいです!」
顔を輝かせながらプレゼントが何かと詮索する。
そこへ勇一が化粧室づたいで部屋に入ってくる。
「向こうの化粧室の棚に、静那専用のお土産を置いておいたから。行って確認してきなよ。後で俺達にも見せてほしいな。」
「本当!分かった。ありがとうみんな。今から確認しに行く!」
静那はハーブティーを飲み終える前に化粧台へと急いで向かった。
どんなプレゼントが用意してあるのか楽しみという感じである。
「…買ってよかったよな。陶器セットとかのほうでもいいかなと思ったけど。」
「勇一ずっと選んでたよね。あれこれ比べてさ。」
「“トルコ石”見た時に静那のつけてたイヤリング思い出したんだよ。…あの時の事故で無くなってしまったからさ。」
「だから玉のような形のイヤリングを探してたんだよね。商品の大体がネックレス用だったから。」
「ああ。イヤリング用あるなら似合うと思って。」
「小谷野と兼元はなんか嫁に買ってあげたりせんかったんか?」
生一が聞く。
「あいつらは繁華街で遊んで全部使い切ってたよ。皆から静那のお土産代徴収しようとした時、あいつら帰りのバス代しか残ってなかったからな。」
「えらい薄情な旦那やな~。嫁一人残して遊びに行っときながら。」
「まぁ良いんじゃないですか?それで先輩方、久しぶりに気分がすっきりしたみたいなんだし。」
そう言いながら八薙も部屋に入ってきた。
「でもそのうちまた溜まってくるやろ…何週間もせんうちに。」
「そこら辺人間って難しいっていうか不便ですね。時には発散したりしないといけないし。」
「まぁな。寝溜めとか食い溜めできんのも含めて不便やな。」
「それ、人間の良さっていう見方もできない?」
「ケースによるよ。」
外で荷物をまとめる作業をした後、小谷野と兼元が部屋に入ってきた。これで全員だ。
程なくして化粧室から静那が戻ってくる。
髪は短いけれど両耳にはトルコ石のイヤリングをしている。
一番初めに目が合った兼元に見せつける静那。
車いすなので上目遣いになる。
「どうかな、コレ?似合ってる?」
「嫁……激マブやん。死ぬほど可愛いで!」
「“激マブ”とか言い方、古っ!」
「ええやんか!めっちゃ可愛いんやから。」
「本当?そうなの?いや~照れるな~。あのね。」
兼元と傍にいた小谷野の腕を引っ張って自分と同じ目線まで屈んでもらう。
そのうえで2人の目をしっかり見て感謝を伝える静那。
「旦那さんや先輩達みんなのお金で買ってくれたって聞いた。このイヤリング。
…ありがとう。素敵なの選んでくれて。大事にするから。」
万弁の笑み。
それを見て思わず目線、というか顔全体を静那から逸らす兼元。
小谷野もなぜか顔を逸らしている。
「え?何か変な事言った?私。」
「いやいや何も嫁は悪くないよ。ただ可愛すぎて…その…目を合わせられなくって…」
「え~ちゃんと見てよ~可愛いんだったらさ。なんで目を逸らすのよ。」
不思議そうな静那。
しどろもどろになっている小谷野と兼元。
「あいつら罪の意識に苛まれとるな~」
「だろうな。まぁ今回のはアイツの弱みという事で握っとくか。」
「お前口やと負けるからな。たいがい。」
「うるさいな。全部を“受け止める”のって難しいんだよ。」
「どうかな?勇一。」
車いすでこっちにやって来た静那。イヤリングを見せつける。
「うん、すごく似合ってる。旦那さん方が一生懸命選んでくれたからなー。良かったな、静那。」
「ありがと…。」
イヤリングを何度も触りながらかなり嬉しそうな表情を見せる静那。
その表情が2人には痛い。
お金に関しては仕切り直しだけど、一応みんなの気分もすっきりしたようなので(生一以外)これからは次の捜索に備えてしっかり働くことになった。
オーナーさんからの情報だが…
この地域では昨年末に植えたという麦の収穫時期が近くなってきたそうだ。
収穫作業だけでなく、そこに至るまでの鳥よけ対策や道の整備など春から夏に入るこれからの時期は必要で、これから数週間どこも人手がいる。
オーナーさんの紹介もあり、この辺の農村地帯に勇一達がそれぞれ日雇い派遣されるような形で働きに出る事になった。
これから収穫時期までは村全体の畑仕事が中心だ。小麦の材料となる麦の収穫時期に入る。
暑くなってきたが、収穫のかき入れバイトに勤しむことになる面々。
…何かをするためにはお金が要る。
貨幣社会が存在している限りそこは変えられない事実であり、ある程度はそこに迎合していかないといけない。
* * * * *
「戻ったで!」
「こっちも帰った。今日も日差しキツイな~。ハーブティー無い?」
「私の所も終わった~。暑かったね~。」
夕方。各面々が収穫のアルバイトから戻ってきた。
静那がお茶やチョコレートを用意して待ってくれていた。
生一もあまり腰を酷使する作業は難しいが、収穫作業に精を出す。
トルコの北部では少し早めの夏が麦の収穫時期だ。
山が多く気温差があるため国内でも農業形態が多様である。
黒海の向こう側…ウクライナからトルコにかけては小麦や大麦の生産が盛んな地域であり、農家さん達はこの時期にありったけ麦を収穫して輸出用の小麦を仕込む。
世界有数の農業生産国ということで、世界で占める輸出量も高い。
要するに夏から秋にかけては、かきいれ時である。
一時はお金が無くて動こうにも動けず困っていたが、田舎の農場は基本人手が足りない。
結果、勇一達若者は非常に重宝された。
朝早く、オーナーのKırmızı fasulyeさんが車で各農場と農家さんの元へ勇一達を送迎する。
そして夕方ごろにまた迎えに来てくれる感じだ。
これで移動費は困らない。
渡航費と捜索費用を集めるためにとにかく農地に出向いて働きまくる男性陣。
ここでもはじめ、小谷野と兼元はあまり乗り気ではなかった。
今までの開拓ゲームみたいな作業とは違う完全なアルバイトだからだ。
しかし仕事を終え、帰ってきてからは静那が入念にマッサージをしてくれたのでそれをモチベーションに頑張りだした。
職場ではお礼のお裾分けという事で小麦粉や加工したパンを分けてくれた。
これで食料は困らない。
大幅に経費が節約できた。
夜はトルコ産の小麦粉を使って“お好み焼き”にチャレンジしてみたり…
小麦粉にミルクと卵を加えたクレープにもチャレンジした。
静那にとっては念願のクレープ作り初体験だ。
女性達で盛り上がりながらいろんなトッピングを加えて作ってみる。そしてかたっぱしから皆に食べてもらう。
作るのも楽しかったし食べてもらえるのも嬉しかった。
こういうのは外出ができない静那にとっては結構な気分転換になった。
収穫がひと段落する頃には2回目の捜索活動へ行く目途もついた。
同時に自分達の帰国ルートもそろそろ調べていく。
今週中にはほとんどの畑で収穫作業が終わるということで、捜索は週明けに決行することになった。
お金の工面も出来たし、予定が決まればなんだかホッとする。
今後の目途が一応立ったその日の晩、オーナーが皆の部屋にお礼を言いに来てくれた。
「今日もお疲れ様。皆いるかな?
今年は皆が助けてくれたおかげで収穫作業が本当にスムーズにいったって村の皆が喜んでいたよ。大いに感謝してた。
まずはそのお礼を伝えたくてね。
あと、今週末にはどの農家さんも殆ど作業が終わるから、週末の日の夜は村で収穫祭が行われることになってる。
今回大活躍してくれた皆を是非招待したいんだけど、来れるかい?」
「収穫祭…ってことはパーティみたいなもんか?!ええやん!タダなん?」
「おい、行儀悪い質問するなよ。」
「勿論です。お心遣いありがとうございます。Kırmızı fasulyeさん。」
「ちなみにお祭りはオカズ一品持ち寄りなんだけど、皆は何か作れるかな?お祭り会場にも野外キッチンスペースがあるから。何でもいいから考えておいてね。」
オーナーが自宅に戻った後、持ち寄りする料理に関して物議が始まる。
「オカズなんにする。もう仁科でええん違うか?」
小谷野の顎に凄い蹴りが飛んできた。
「ここはせっかくだからちょっと日本のソウルフードをお披露目したいよな。もらった小麦粉沢山あるんだし。例えば…アレ。」
「醤油とか無いけどどうする?」
「アンチョビ(カタクチイワシの塩漬け)結構あるだろ。あれをダシにするんだよ。アンチョビ自体は衣付けて揚げるんだ。そしたら…」
「成程。そのビジュアルならアリだな。」
「絶対に美味しいと思うよ。」
「でも祭りだぞ。皆が食べれる分量はどうするよ。」
「あのお風呂用に使ってたドラム缶使おう。うちにあるやつ車で現地まで運んでもらうんだよ。」
「仕込みの道具とかお椀はどうする?」
「竹あるだろ。あれでいけるよ。」
「“お箸”も作ろうか?竹で。」
「いいね~。お箸も含めて日本食を初体験してもらうの。」
「じゃあ明日から仕込みの準備するよ。竹はどうする?」
「仕事終わってもまだ明るいからサッと取ってこれるよ。真也と俺で行けば大丈夫。加工は部屋の中でやればいいし。」
「じゃ、箸づくりは静那頼むな。」
「うん。100膳くらい作っとくよ。」
「100膳?…そういや収穫祭の参加人数聞いておくの忘れてたな。」
「明日聞こうぜ。まずはアレ。ちゃんと作り上げて村人に味わってもらわないとな。」
「アレね。こんなに小麦分けてもらってもちょっと使い道分からなかったからな~丁度良かったよ。」
「そうだよね。お好み焼きとかに使っても全然減らないしね。小麦って意外とお米より万能かもね。」
「そりゃ西洋の主食なんだからさ。」
「とりあえず皆どんな反応するんだろうな…アレ。」
物語は2期・SEASON2へ入ります。
時系列は、劇場版Ⅰから後になります。
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