29-1 “半農半Ⅹ”ってどうよ?
【29話】Aパート
「葉月、見てここ。穴が開いてる。」
「ホント。棚の横にあるね。死角になるとでも思ったのかな。まったくあいつらったら。」
浴室と更衣室の壁をまずはチェック。
出来たばかりなのでほころびもあるが、明らかな覗き穴がある。
それを見つけては文句を言う仁科さん。
外側でお湯を焚いている真也には、実は丸聞こえだったりする。
「静ちゃんは立てる?」
車いすの静那を気遣う2人。
「うん。でもなんだか恥ずかしいよ…。お風呂入るの。」
「しーちゃん、何言ってるの。女の子同士なんだから気にしなくていいよ。もしかして女子同士でお風呂に入るのって初めて?」
「うん。…初めて。」
この消え入るような声で“初めて”という言い方が初々しく、2人の心の中の“オッサン”が芽生える。
「ええ~~そうなのね~静ちゃん。じゃあその初めてをお姉さんたちと体験しよう。」
やや抵抗する静那を2人がかりで脱がしていく。
しかし上着を脱ごうと勧めるときに少し嫌がる静那に気づく仁科さん。
そこでハッとして止まる。
少し静那の顔を申し訳なさそうに見ながら話しかける。
「あ……昔の癖なのかな…ごめんね静ちゃん。やっぱり嫌だったかな…私、静ちゃんの気持ちも知らずに自分の中のオッサ…じゃなくて思いが暴走しちゃって。
嫌ならお風呂、別々でいいよ。ごめんね。強引なことしちゃって…」
不安そうな顔を見せる静那。
「嫌じゃないんだけど…その…怖がられるかもって思って。」
「私がしーちゃんを?」
「何も怖い事なんか。……!」
静那は何かを覚悟したように自分で上着をゆっくりと脱いだ。
それで2人は理解する。
肩口から胸元の下にかけてえぐれたような大きな傷が見える。
背中にも同様の大きな傷があった。
体全体だと火傷の痕ももちろん目立つが、そこに目が行かないくらい目立っていた。
ランタンの明かりに照らされてその傷痕と陰がより怪しく照らされる。
仁科さんや葉月はあの日から静那のお世話を欠かさず献身的に行っていた。ただ、火傷の薬を塗ったり体全体を拭いたりされるのはかたくなに拒んでいた。
看護師としての知識があるネイシャさんが居た頃はネイシャさんに素直にお願いしていたが、2人には体の傷の事は言えずにいた。
2人も肩口のあたりに傷があるというのは上着などを着替える時などに少し見えたので知っていた。しかしこれほどまでに大きく長い傷痕があるとは思っていなかった。
少し間ができる。
紛争の時だろうか…
幼いころなのか。
誰かに正面から思いっきり切りつけられたのが想像できる。
そして真也がそのことを知っているのも容易に理解できた。
「私…この傷の事で小学生の時に皆から怖がられて…避けられて……虐められて。
それでなかなか言えなかった。2人を信頼していたのに…。ごめー」
言葉を遮るように2人は静那に抱きつく。
「そんなの全然気にしないよ。静ちゃんは静ちゃん。私の大切な人。なんで怖がる事があるのよ。」
「辛かったんだよね。痛かったのは傷だけじゃないよね。でもしーちゃんはどんな事があっても私の親友。怖くなんかないよ。」
そのうち静那も2人の背中に手を回す。
少しの間、3人でハグをしてお互いの気持ちを通わせた。
「言えなくて…ごめんなさ…。」
外で火の番をしている真也には会話が聞こえていた。だから真也は嬉しかった。
こんなに優しい先輩に守られている静那。
怒ったら怖いけど義理はきちんと通す仁科先輩。
大人しかったけど、どんどん芯の強い凛とした女性へと変わっていく天摘先輩。
真也にとって他校の先輩だった2人もかけがえのない存在になった瞬間であった。
「お風呂から出てから薬塗ろうか。今日からは背中は私が塗ってあげるから。」
「じゃあ私も。」
「うん。ありがとう。」
「まず体洗いましょう。女の子なのに3カ月もお風呂入ってないってちょっと怖いからね。」
「はは、言えてる。怖いよね。シャンプー無いけどその分、石鹸使い倒しましょう。」
「私が背中洗おうか?」
「まずしーちゃんでしょ。私と小春が前後から優しく洗うから。」
「そうそう。まず奇麗~にしなくちゃね。このお姫様を。」
「そうと決まったらハイ、身を任せて。」
傷痕の部分を中心に座らせて優しく洗っていく2人。前後同時に洗われる。
ややくすぐったいしぐさを見せる静那。
仁科さんは静那のそんな表情を堪能したかったようで、なんだか満足した様子だった。
* * * * *
2階の部屋では生一が舌打ちをして独り言を呟く。
「チッ!石鹸の“泡”の事言うとくの忘れとったわ!不覚。」
「ボス、抜け道っていうものはあるもんですぜ。あらゆる可能性を想定しておかないと…」
「泡という古典的な技法…やりおるな…」
「(先輩達、一体何を言ってるんだろう?)」
* * * * *
体を入念に洗った後は3カ月ぶりのお風呂に入る3人。
上を向くと確かに月が見える。
「建物の造りは…まぁ良いよね。」
「はい!浴槽の高さも丁度いいです。お月様の光が入ってくるし。」
「大本の設計って八薙君なんだって。建築関係の仕事、向いてるかもしれないね。」
「八薙君すごいね。」
「ただ現場でバイトしてただけじゃなかったってことね。体験した事ってどんな形で役立つか分からないね~。
私も日本に居た頃、ちょっとハーブについて調べてた時期があったけど、その知識が今まさに役立ってるし。」
「うん。日本茶と違うけどおいしいです。」
3人は月を見上げながらお湯を堪能する。
「ホンットお湯なんて久しぶりね。細胞が生き返る~。日本人で良かった~。」
「ちょっと小春!その言い方なんかオバさんっぽいよ~。」
「おばさんって、その言い方やめてよ。私まだ18よ。デビュー前の女子大生だっての!」
「18歳か…。恐らくだけど私たち、日本のどの18歳の女の子よりも濃い体験してるって思う。」
葉月が自分の肩口にお湯をあてながらしみじみと話す。
槍で突かれた肩口は少し傷痕として残っていた。
「葉月…その傷。」
「あの時、山賊に絡まれた時のやつよ。受けてすぐ治療できなかったから結局痕になっちゃった。」
「葉月……。」
「でもこの傷は皆を守った証。結局捕まっちゃったけど、皆を守るために受けた傷痕ってことで今なら誇れる。しーちゃんと比べたらどうってことないんだけどさ。
今出来る事をやろうってとっさに動けた自分を誇れるの。
この傷痕を見る度に。
だから今は痕になってるけどどうって事無いよ。」
「葉月…」
「しーちゃんもそんな悲しそうな目で見ないの!しーちゃんだって命がけて皆を守ってくれたじゃない。
だから女の子の体とはいえ、傷が出来てもそれは誰かを守った勲章だって思えばいい。
誇っていいと思う。」
「勲章かぁ。そんな風に考えられるの素敵だね。」
「でしょ。私、後悔してないから。もし傷の事聞かれたら自信もって答えられると思う。」
「も~葉月はすっかりイイ女になってから~」
「小春はなんだか酔って絡んでるオジさんみたいになってるよ。しーちゃんの体洗ってた時目が怪しかったし。」
「あれは違うの。あのバカ達の思考がうつったのよ。」
「ホントにぃ~?しーちゃの事お人形様のように扱ってない?ここまで気を許してくれたんだから、これからはしーちゃんに対して色んな服で着せ替えごっこしようとか考えてなかった?実は。」
「(ギクッ!)」
「ホラ、そんな顔してる。
でもね~私もちょっと考えてた。しーちゃんちょっと髪も伸びたしね。あと3か月もすればボーイッシュなファッションスタイルが似合うんじゃないかなって。
私も何だかんだ言ってお洒落好きかも。ずっと道着着てたからその分抑圧されてたのかもね。」
「ボーイッシュ?」
「男のコらしい女の子のファッションスタイルよ。カジュアルな感じ。」
「気軽な服装っていうことだよね。興味あるかも。」
「静ちゃんもお洒落に目覚め始めてる?嬉しいな!ヒジャブとのコンビネーションで似合う着こなしとか私考えてるから静ちゃんで試したいな。」
「“静ちゃんで試す”って、もう。しーちゃんお人形じゃないんだから。分かってる?」
「うーん。さっきの私、されるがままだったから、多分着せ替えタイムに入ったら同じようになるんだろうな~って思ってる。だから、覚悟は…できておりまする。」
「もう!しーちゃん変な事言わないでよ。私たちが辱めるみたいになってるじゃない。」
「でもされるがままの静ちゃん…そそられるかも。」
「小春。やっぱり大分あいつらの影響受けてるよね。もう2年も付き合いあるから仕方ないとはいえ。」
「でも先輩方にツッコミしてるタイミング、勉強になるよ。」
「静ちゃんが感心するところソコなの?え~」
「他にもあるんだけど、とにかく切り返しが上手くって。」
「アレは……でも静ちゃんも異論あるなら突っ込んでいいからね。今日みたいにあからさまに覗こうとした時とかは。」
「そうですね~。あれは駄目だな~。」
「もうっ、本当に駄目って思ってるのやら。」
「そう見えます?」
「目が怒ってないもの。本当はどう思ってるの?あの2人のこと。」
そこに関しては結構興味があるようだ。
「そうですね~。以前さ、国語の三枝先生に“他人がどうかというより自分がどうありたいかが大事”って言われたことがあって。
それで兼元先輩と小谷野先輩を見たら、本当にブレない芯がある人だなって。覗きとか確かに良くない事かもしれないけど自分の信念の上で堂々としているっている印象で。
それに比べて私は…この傷痕の事とか未だに気にしてて、どこか怖がって本当の自分をさらけ出すことが出来ずにいた。
だから“自分はこうある人間だ”って自分のスタイルを貫いている先輩がとても眩しく思えたな。そんな先輩に好きになってもらえたし。」
「静ちゃん…なんか過大評価し過ぎよ。」
「そうかなぁ。」
「そうね。しーちゃん人の良い所見るのが上手だと思うけど、悪い所は“めっ”ってきちんと言うのも大事だよ。じゃないと甘え倒してくるから。あの2人なら。」
「そう言えば…1年くらい前のとある放課後に部室行ってみたらさ、あいつら静ちゃんに膝枕してもらいながら寛いでたんだよ。アレ何様よって感じたし、信じられなかった!後輩にひたすら甘え倒して恥ずかしくないのかな~。」
「そこはそんなにダメとは思ってないよ。」
「でもさ、そう。思い出した!先日のあれ!ホテルで3人で寝ようとした時の態度は明らかに良くなかったよね。」
「そうよ。今だから聞くけど静ちゃんあの時の事正直に答えて。ここなら誰も聞いてないから。」
実はドラム缶でお湯の管理をしている真也には聞こえていたりする。
「あの時、あの2人変な事してこなかった?」
「その…揉まれたりとか。」
「うん……揉んでたね。」
「やっぱり!あの鬼畜外道コンビがァ!!あいつら静ちゃんがまだ体うまく動かせないのをいいことに…」
* * * * *
「へくしッ!!」×2
小谷野と兼元が2人とも同時にくしゃみをする。
「だれか俺の噂してるな。」「恐らく。」
「多分けなされてるんと違うか?」
* * * * *
「あいつやっぱり一回はボコボコにしとこうか?今後は共同生活入るんだから一回線引きしとかないと。葉月なら出来ると思う。」
「いやいやそれは勘弁してあげてよ。」
「なんでそんなにあいつらに優しいのよ。ますますつけあがっちゃうよ。」
「それでもちゃんと最低限の良識は持ってると思うんだ。兼元先輩も小谷野先輩ももとはすごく頭良いんだし。」
「静ちゃん…。」
「“俯瞰して見る”ってこと?ずっと前に小谷野先輩が話してくれた“グラビアアイドルの話”今でもよく覚えてるよ。男の人にも人前で安心して弱さをさらけ出せる余地を作ってあげないとって感じてる。
ここに来るまではネイシャさんが多分その役割を担ってくれたんだと思う。年上の先輩だろうがやっぱり“男の子”なんだから!」
「なんか…すごいねしーちゃん。大人ね~」
「そんな事ないですって。今回の事で本当に感じたもん。私…怖がりさんだなって。」
「いいよ。自分をさらけ出すのって初めは誰だって怖いもんだよ。」
「でも信頼しているはずの人に対してもなかなか…」
「それは今日打ち明けてくれたんだからいいじゃない。そう考えると裸の付き合いって大事よね。男女関係なく。」
「そうかもね。心をオープンにするのにいいかも。あとはお食事。」
「食事?」
「そうよ。しーちゃん。高知県の偉人である坂本龍馬さん。知ってる?」
「うん、勿論。」
「その龍馬さんがね、幾多の大事な交渉の場で取ってた戦法が面白いの。」
「その…お食事ってこと?」
「そうなの。まず軍鶏鍋を囲んで食事しながら話しかけていくって方法。
同じ釜の飯を食べる事で仲間意識を芽生えさせて、それから交渉事に進んだっていう逸話があるんだよ。
人って想いだけでなく何かを“共有する”っていう実感を得られたときに親近感がわくみたい。それならご飯が一番簡単だよね。これは万国共通かもしれない。」
「その情報意外と今後の捜索活動に使えるかも。いいね、葉月。」
「そうですよね。一緒に同じもの食べながら話出来たら…悪い風には感じないよね!私も小春に親近感感じたのって、一緒にクレープ食べた時だったと思う。」
「ええぇ、静ちゃんそこまでは私に対して警戒していたっていうの~?」
「そういうワケじゃないって!でも怒っている時の先輩って後輩から見たら怖いですよ~。」
「え…あら、まぁ。」
少し以前の自分のヒステリックさを反省する仁科さん。
「さすがに男衆もいるんだし、出る?」
「そうね、久しぶりのお風呂堪能できたし。」
「そこは彼らに素直に感謝…でしょ。」
「そうね。そこは異議なしです。しーちゃん。」
「じゃあ出よっか。後でお薬塗ってあげるからね。」
月明かりの下、久しぶりのお風呂に満足した女性陣だった。
物語は2期・SEASON2へ入ります。
時系列は、MovieⅠから後になります。
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