25-1 日本のお城事情
【25話/B面】Aパート
「これはこれは…まさに殿様スポットってやつですか?」
「殿様スポットなんて…なんか変な言い方~。」
ここは学校の部室ではなく、町中にそびえたつ城…高知城の天守だ。
既に見晴らしが良い。
学校の帰りに文化活動としてみんなで見学に行く事になったのだ。
“たしなみ”という意味合いもあるが、課外授業扱いなので部費が使われている。
* * * * *
ハアハアいいながら兼元が石段を登ってきた。
「まったく…普段から運動不足だからこうなるのよ。」
仁科さんが吐き捨てるように言う。
「う…うるせえよ。今日も色気のない白パンツの癖に。」
「こ…こいつ!(しかも“今日も”って言いやがった。)」
兼元がなぜ遅れて1人下から登ってきたかの意図を知り、真っ赤になる仁科さん。
「ブレねぇのは感心やけど…アホやな。」
抜かりない奴だなと感じる生一と勇一。
「(うちのスカート丈、結構長めなのによく覗けるもんだな…)」と少し感心していたのは椎原さんだったりする。
「とりあえず全員揃ったみたいだし、お城入ってみよう。入場料は俺がまとめて払っておくから。」
そう言って勇一は皆を先導した。
「手伝いますよ。」
八薙も支払いに追随する。
ここから天守閣、正式名“現存天守十二城”に入るには料金がかかる。
そしてこの造り…本丸御殿が天守に接続している形式は全国的に珍しいようである。
お城マニアなら知る所だ。
天守からは高知市内が一望できるという事で、階段を上がりつつその展望スポットへと急いだ。
「お城の外からも見えてたけど色んな仕掛けがあるね。
石を落としたりする場所とか…鉄砲撃てる小窓とか…」
静那は初めて見る城内に興奮気味だ。自国では見た事もない造りのうえ、小さくて精巧な“からくり”が沢山ある。
「その小窓は“狭間”ね。静ちゃん。
あそこにあるのは“忍び返し”って言ってね、塀を飛び越えようとしてくる人に対して尖った刃物を取り付ける形で防衛する策なの。
ここから見えるのは土塀で“矢挟間塀”っていう名前があるのよ。」
静那にレクチャーをしてくれているのは椎原さんだ。
帰国子女なのに誰よりも詳しい説明に感心する面々。
「椎原さんすごく詳しいな。本当に帰国子女なの?」
「そうだけど。お城に関しては外国の方も高い関心を持ってるのよ。関心と言うかそのデザインが秀逸だから人気があったのかな。
お城の写真見ながら“これはなんという造りなの?”ってよく聞かれた事がある。…それで日本人としてきちんと答えらえるように勉強してたかな。」
「外国人って日本のお城に興味あるんだ。」
「そうだよ。これは恐らくアメリカやカナダだけじゃないと思う。だって日本のお城って世界じゃ類を見ないくらい独特の形してるんだもん。」
「そうなの?」
「静那。」
「うん。そうだよ。お城ってさ、私たちの常識だとこんな形の建物じゃないし、町ごと高くて長い城壁に取り囲まれているイメージだもん。
城と町が一体になってる感じで。
日本みたいにお城だけって感じのスタイルは珍しいよ。」
「そうなんだ。日本だけなんだな…このスタイル。」
「日本だけって…流石にそんな事無いでしょう。」
「いえ…おそらくそうだと思う。さっき静ちゃんが言ってくれたみたいなスタイルがお城のスタンダードな形。
まず監視塔も含めた高い塀で町全体を覆うのよ。
隣国からいつ攻めてこられても国民全体を守れるように。」
「初耳だな…でもそっちの方がイメージも聞こえもいいかも。」
「俺も世界中の城はこんなんやと思うてたで。こういう城ってスタンダードやないんやな。」
「うん。まず高い塀で囲むのがスタンダードみたい。外敵からの侵入を防ぐために。」
「じゃあなんで日本のお城はお城単体にしたんだろうな。戦国時代とかはまだ西洋の城造りの情報とか入ってきてなかったのかもしれないけど、民を守るために城壁作るのは悪くないアイディアなのにな。民の信頼を得られるって点では理にかなってる部分あるし。」
「お金が無かったとか…」
「いや…全武将が建てられなくても有名な大名クラスなら作る予算あったただろ。」
「高い塀を作れる人がいないとかいう理由でもなさそうだよね。」
「椎原さんどうなの?」
「もう…なんで砂緒里に聞くのよ~。静ちゃんが聞くならまだしも本来なら私たちが文化をレクチャーしないといけないのに。」
「まぁそうなんだけどさ。椎原さんなら何か知ってるかもって思って。」
「歩く広辞苑みたいな言い方やな。」
「う~ん。私に意見仰いでくれるのはいいんだけど、間違えてるかもしれないよ。必ずしも正解じゃないから後できちんと調べてみてよね。ここは絶対って事で。」
「うん。分かった。」
「まあそうだな。何でも聞いた事鵜呑みにしないようにするよ。」
「じゃあ話すけど…日本って昔から災害が多い国でしょ。地震雷火事ナントカっていう。群雄割拠な戦国時代にも大地震の記録が残ってる。
だから西洋みたいなお城だけじゃなくて町全体を囲えるくらいの長さの城壁は作りたくても作れなかったんじゃないかな。
地震が頻繁に起こってると高い城壁ほど崩れやすいでしょ。建築技術だって今ほど高くないし…」
「確かにな。」
「あと、日本は他の大陸のように陸続きじゃなく、山や川に囲まれていたりと天然の要塞になりやすい場所が沢山あったのも事実。
海外と比べてだけど、狭くてゴツゴツしていた所が多かったのよ。」
「でもそこに関しては必ずしも全部の城が天然の要塞みたいな場所に建てられたとは限らないんじゃないか?」
「確かにそうね。守りに適していた地形が多かったとはいえ全部がそうじゃなかったのも事実。
平地だとそうはいかないよね。
だから壁じゃなくて“堀”を作って対応したのが記録にも残ってるよ。
ちゃんと町全体を覆うように何重にもしてるし。」
「防衛機能として、西洋みたいに城壁が作れなくとも堀がその役割を担っていたわけか。」
「まぁそういう事じゃないかなと…でも例外もあると思うし日本にはお城がまだ沢山残ってるから調べてみてね。
ここだってホラ。天守から下の方見てよ。この高知城にもちゃんとお堀があるでしょ。」
「確かに大阪城は堀の囲いが攻めるのを難しくさせた記録があるしな。」
「城に到達するまでの城下町ひとつにしても、曲がり角を必要以上に作ったりして侵入しにくい造りにしていたみたい。真っすぐ突っ切って行けないように。」
「成程な。城への侵入を阻む仕掛けばかりに目が行ってたけど、そこに至るまでにも見えない工夫があるわけか。」
「城を中心とした守りの知恵を感じるよな。」
「そりゃあ城主はカンタンに攻め落とされたくないからね。いざという時のために必死に考えるでしょ。」
「近代兵器が出てくるまではこれが主流やったんやな。」
「攻め落としてやろうと思わせなないようにするための抑止力としても良かったんじゃないかな。」
「なるほど、そういう考え方も出来ますね。攻めようとしたらこっちにも犠牲が出ますし。」
「味方の軍勢をいたずらに失わない為にも、水攻めや兵糧攻めなど色んな攻め方が生まれたんだよな。」
「兵糧攻め?」
「食料を断つ攻め方だよ。腹が減っては戦ができないって言ってさ。お城の中で頑張ってくれている兵隊さんも食料が無くなったら力が出せなくて戦えないだろ。
そうなるようにこちらから無理に攻めずに周りを取り囲んで降参するまで待つやり方だ。」
「成程。それなら兵士を死なせずにすみますね。さっきの水攻めっていうのも、水で囲んで動けなくするやり方なの?もしかして。」
「うん。それに近いかな。力技でいかなくてもこういう攻め方もあるってことで本当に賢いよね。」
「攻め方やったら他にもあるで、静那。」
「何ですボス?でもあんまり怖いのは嫌だな。」
「まぁスマートに勝つためや。例えば…大人しく城を明け渡せば本領(自分達の住んでいる場所)は安堵してやるって伝える。
でも大人しく降伏しない相手には、勝った後女子どもは容赦なく残酷に処刑するとかいう噂を戦う前に大げさにして流しておくねん。そうしたら相手側はどう思うよ。」
「そりゃあ怖くなるよ。」
「そやろ。そしたら迎え撃つ兵隊の戦意が削がれるわけよ。本領が無事に済むのなら無理に戦いを挑まずに降伏したほうが良いんじゃないかってな。兵士達にも守るべき家族がおるわけやし。」
「おまえそういう心理的な方向から調略していこうとする考え方好きやな~。」
やっと天守まで上がってきた兼元と小谷野が後ろから話しかける。
「お互いの兵士に犠牲が出ないやり方が一番ええねん。その方が後々遺恨も残らんやろ。どうよ静那。」
「確かに。急に攻め込んできて無理やり侵略でもされたりしたら…相手に対して恨みが残るもんね。スマートに解決できるのが一番いいよ。」
「だから大きな大名になるほどこういうやり方は常に考えておかんとあかんねんな。後でその土地を統治する事まで見越して。」
「それでも力技でいかなあかん時はあったやろ。」
「まぁ…静那には聞きたくない話かもしれんけど、大きな勢力同士が争えば人もたくさん死ぬ。ここは仕方ないよな。
今やったら空からピンポイントを攻めるやり方とかあるけど、昔はどうにもならんかった部分はあったよな。」
「そうなればどうしても死んだりして遺恨ってのが残っちゃうよね。」
「まぁ戦国時代の日本で言うなら誰かが天下取るまではな…」
「じゃあ、今私たちが生きてる世界でも誰かがこの地球上で天下取るまでは“本当の”戦争って終わらないのかな。」
「どうやろうな…。自分達が一番にならんと気が済まんいう人間はおるからな。」
「どうしても1番にならないと駄目かな?」
「そうね…私たちに身近なものだとテストや部活とか?1位、優勝目指して頑張ってる。
1番になりたくて頑張るっていうのは、それがスポーツとか文化的なものなら良いんだけど…単純な国力とかになってきたら……ね…。」
「まぁ他人は変えられんからな。もし力技で来る奴がいてたらさっきみたいにスマートに解決する方法を模索するしかないんかもしれんな。」
「それ言うならさっきの話に戻るけど、お前が城を攻めるならどうするよ?スマートに。」
「俺やったらまずは精鋭を数名侵入させるな。」
「城やぞ。難攻不落の。」
「誰が城にそのまま攻める言うたよ。それよりも相手のアキレス腱を突くねん。城の近くのどこかにあるハズやん“武器庫”」
「武器庫?」
「そうやで。馬を構えるところである“馬出し”があるように武器をそろえておく場所・武器倉庫もあるやろ。
そこを一番に攻める…というか深夜に火をかける。火薬とかも一緒に管理してるんやったら効果は抜群や。」
「戦うための武器をまず破壊する訳か…」
「それしとけば戦力は大幅に下がるやろ。武器の製造は思ったより難しいんや。鉄砲(火縄銃)なんかはまず湿気の多い所に置かれへんし火薬の保管も難しい。一か所にまとめて保管するに限るわな。」
「成程。そこを突いて戦力と戦意を喪失させるのか。」
「腹が減っては戦が出来ぬとは言うけど、武器が無ければ同じく戦は出来ん。火薬庫共々武器を爆破させたら相手も焦るやろ。
まぁ人殺しの道具やで。一番に見つけて解体するに限る。
飛び道具とか俺からしたらズルやで。」
「さすがボス。勝負するならお互いの肉体で正々堂々と戦えという感じですか。」
「まあな。相手が滅茶苦茶強そうな男でもピストル使えば子どもでも倒せてしまうような世界って不条理やん。
今は“近代武器”のおかげで既にパワーバランスが崩壊してもうてんねん。だから手段を選ばん方向に行こうとしてるよな。」
「生一が以前言ってた“格闘技やプロレスみたいなルールのある戦い”じゃないと戦い自体が納得いかないと。」
「そやで。肉体を鍛えた格闘家が銃火器持ったような人間とリングで戦ってもおもろないし、勝敗がどうなったとしても誰も納得せん。不毛な戦いはいくら俺が格闘技好きいうても見てみたいと思えん。」
「確かにタイマンのケンカしてる最中、横からピストル持った奴が出張って来られたら冷めるよな。」
「そうですね。」
「まぁこういう城に住んどったお殿様たちもそういうのは常に考えとったんと違うか?根っから殺し合いが好きな奴なんておったとしても割合的には少ないんやし。」
「そうだよね。多くの人は平和を望んでいるんだし。」
「そんでも日本にも歴史上“戦”の歴史はある。
でもよ。ただただ戦ばかりしてたんじゃなくて、戦いの中で“戦の無い真の平和”というカタチを模索していた時代やったと思いたいな。」
「確かに!戦果を立てるよりもラブホを建てた方が良いっていうやつな。」
「ちょっと!せっかくいい話になってるな~って後ろで聞いてたのに急にエッチ的な話に持って行かないでよね。」
「そうよ。せっかく格闘技やプロレスに対しての印象が変わってき始めた所なのに。」
「何ですか?そのラブホって。何かの略語ですか?」
「静ちゃんっ!」
「ああ、静那ちゃん。まぁラブホっていうのはさ、このお城程は大きくないけど“お城みたいな建物”で寝泊まりが出来る所なんだけどね。」
静那は“ああ”と何かを思い出したような顔をする。
「こんなお城みたいな造りで寝泊まり出来る所だったら私、行ったことありますよ!」
「えええーーー!」全員静那の方を向き、叫ぶ。
少人数ではあるが、天守の周りにいた観光客たちがその声に驚く。
「え?静那ちゃんラブホ行ったことあるん!?本当?」
既に涙目の小谷野。
「うん。お城みたいな建物でしょ。あるよ。」
「そ…そそそすぉこって何の目的で行ったの?静那ちゃん。」
同じく涙目の兼元。信じていた貞操を裏切られたかのような悲痛な目だ。
「え?ええ…ええと、その…お泊りだけど…」
静那は何か悪い事をしたのかと感じ、やや声のトーンを落としながら答える。しかし声のトーンを落としたのが逆効果だったようだ。
「いやーーー」
「そんなぁ…」
その場に2人が崩れ落ちていった。
「静那ちゃん…俺ら、一緒にパンツ買いに行った仲や~ん。」
「ちょっとこんな所で泣きながら変な事言わないでよ!周り見てる。恥ずかしいでしょ。」
椎原さんが注意するが、他の男達も動揺を隠せない。
「武藤さんが…進んでるな。」
「ちょっと何考えてるの!」
必死に平静を装いながら勇一が話題を変えようとする。
「ま…まぁ静那もそういう場所を利用してもおかしくない年頃なんだし。」
「いやいやおかしいでしょ。何言ってるの部長。」
「まぁいいじゃん。な、なぁ。せっかくお城観光してんだし、話題…変えようぜ。」
しかし兼元と小谷野のショックは相当だった。
勇一の言葉など聞こえないかの如く質問は続く。
「そっそうだ。まだお泊りしたのが女同志ってケースも考えられる。そうだよ。そうに違いない。ねぇ静那ちゃん。だっ…誰とお泊りしたのかなぁ…」
「え、と…お友達の男の子とー」
「はうっ!」
「あぁもう希望は潰えた。」
そう力なく叫び小谷野と兼元は天守の中で倒れ込んだ。
そのまま大の字になって呆然としている。
「あぁんもう。他の観光客の邪魔になってるから起き上がりなさいよ2人とも。」
「そうだよ兼元君も小谷野君も!早く起き上がって!」
しかし超がつくほど不貞腐れてしまっている2人。
「うっせぇよ…もうほっといてくれ。ベージュとピンク。」
「なっ!」
どさくさに紛れてパンツを覗かれていた事実に流石に女性からとはいえストンピングが突き刺さった。
静那の発言により、急に2人が魂が抜けた様に元気が無くなったので、静那は心配して勇一に耳元で問いかける。
「ねぇ勇一。私がお城みたいなところでお泊りしたの、そんなにいけなかったのかな。小学生くらいの頃だからちゃんと保護者もいたんだけど…」
「うん?保護者?」
「うん…この前話した私の里親になってくれている武藤さんって人。東京で泊る所が無かったから急遽お城みたいな建物を利用したんだけど。」
「保護者も含めたお泊り…あ……そ、そ、そうなんだ。いや~そうかそうか。」
「どうしたの白都部長。なんだかとても安心したような顔なんだけど。」
「せやな。さっきまで顔引きつっとったけど何かを悟って安心したような顔しとるな、今。“きかんしゃトーマス”みたいな面なってんぞ。」
「いいじゃんかよ。そんな事!なぁ静那。さっきの件だけど静那は全然いけなくなんかないぞ。問題ないよ。」
「じゃあなんであの2人は寝ころんで泣いてるんだろ。」
「それは……あれだ。あいつらきっと静那とお泊り会したかったんだろ。」
「!!(オイ!勇一いらん事言うな!)」と感じる生一。
「じゃあお泊り会をしてあげた方がいいのかな。」
「ちょっと静ちゃん何言い出すのよ。いいっていいって。もうバカは放っていきましょう。」
「でもそういうわけには…」
「いいからいいから。ずっと不貞腐れていればいいのよこんなヤツ。」
「うるさいわべージュ!」
「ちょっと!名前で言ってよね。エッチ!」
「その言い方…そそるわぁ。」
「もう行こ砂緒里!変態がうつるよ。」
「もう…それもそうだね。」
不貞腐れて寝っ転がったままの2人を置いて、天守を降りていく面々。
2人が勇一が聞いた“お泊りの事実”を知るのはもう少し後の話である。
『B面』では、勇一達が立ち上げた部活「日本文化交流研究部」での日常トークを描いています。時々課外活動で外出もします。各話完結ですので、お気軽にお楽しみください。
尚、本編のストーリーとB面の話数は所々リンクしています。こちらを読んでから本編を読み進めていくとより楽しめます。
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