アンハッピーワールド
注意:これは再投稿です
「かつての娯楽とは何だっただろう?」
漫画やアニメ、小説、テーマパークやサーカス。もっと昔だと古代ローマのコロッセオで行われていた見せ物とかもそうだっただろう。
しかしこれら全ての娯楽は衰退してしまった。何故ならどんなものでも飽きられてしまうからである。
人は短いようで長い一生を退屈を潰すように生きている。その退屈な時間を楽しく過ごす方法こそが人にとっての娯楽であると私は思う。
なら、飽きられることのない「究極の娯楽」とは何なのだろう? 楽しい、素晴らしいと言った快感をもつ何か、人々はいつの時代もそれを求めた。
そして見つけたのだ───
ぼーっとしていただけで幸せな気持ちが溢れて来る。とても楽しい。とても楽しい。
人々が見つけた究極の娯楽とは、脳波である。
人間の幸福ホルモンと同じ作用をする脳波を送ることですぐに幸せで楽しくなれる。昔にあった薬物やタバコと違って有害性も依存性もなく、飽きるという感覚に陥らない工夫がなされた全く退屈しない完璧な娯楽である。
「昔の人は可哀想だな。今じゃこんなに素晴らしい娯楽があるのに」
現代は毎日この脳波を楽しみにして人は生きている。脳内にあるチップでいつでも使えるので何かを持ち運びする必要もない。
それに昔は勉強を自力で行なっていたみたいだが、今ではチップのおかげでどんな知識でもすぐに手に入るしわかるし計算とかも誰でも出来る。そして仕事をする必要は無く、AIロボットに仕事をさせてその記録を管理して学習させることでお金を得られる。今はまさしく人の求めた理想郷だ。
この世界は平等で、平和で、楽しい。これが私たちの世界───
◇◇◆◆◇◇
人は日々学習し、努力し、研鑽を続けてきた。それは人々が足りないものをつくるために考えて考えてつくられたものだ。
先人達は弛まぬ努力と研究、そしてその経験から来る閃きによって進化し続けた。
そして今日では人類の技術力は完璧なものとなり、完璧な社会が作られた。
しかし、それは本当なのだろうか? それは幻想に過ぎないのではないか?
人は勉学を辞め、自分で働くことをやめ、娯楽を自ら見出すこともやめた。これは進歩というのだろうか? これではまるで退化ではないか?
人類は怠惰な愚者となり、実体のない娯楽を享受してただのうのうと生きているだけなのではないか?
なら元凶であるチップを壊せば、人類は正常に戻るのではないか───
私は日本で生まれた。最初はこの世界に疑問も持たず楽しく暮らしていた。
しかし、七歳の頃に私は幸運にも雷に打たれた。
その時頭の中にあるチップが壊れたのだ。今思えば、私はそれによって正気に戻ることが出来たのだ。
落雷により脳に影響が出てチップを再び脳内に入れることが出来なくなり、初めの方は勉強や計算をチップで計算できるみんなに勝てず馬鹿にされることはあった。
加えて、唯一の娯楽であった脳波が無くなり退屈で死にそうになっていた。しかし、この世界にはより大きな熱を持つ娯楽がたくさんあることも知れたのだ。
私はこうゆう感情は私だけが得られるものだと思うと、悪い気分もあまりしなくなっていった。
努力し、何かを得る時の達成感は努力しなくても満ち足りていた私には、それはとても輝かしいものに思えた。
みんなはこんな私を笑ったが、私からするとみんなの方が馬鹿だ。怠惰で努力もしない人間、私にはそう見えた。だからたくさん勉強し、努力した。
そして、いつしか私は部分的にだがチップの知識を上回ったのだ。
それから段々とこう思うようになった。
「チップがない方が幸せなのではないか?」
みんなはチップに頼ってばかりで自分で考えようとしない。それではダメだ。いつか人類はダメになる。
人類は自らつくったもので滅びの道を辿るのだ。
そして現在、私は世界中のチップを停止させることにした───
三百以上あった国々はチップ制度の導入と、それによる文化の消失により一つの国となった。
私は世界中からチップを脳内に入れられない人々を集めて組織を結成した。そしめ今日、私たちはチップ制度破壊計画を実行するのだ。
チップの大元となる設計データを全て削除した後、私の作ったチップの機能停止信号を世界中に発信する。その為に、この世界最大の電波塔を使う。
しかし、ここへの侵入は容易では無く、警備ロボットが常に徘徊している。なぜならこの電波塔こそがチップ制度の心臓部であるからだ。
この電波塔では定期的に全世界に向けて"電波チップ"を送っているのだ。この電波チップというのは脳に埋め込むようなものでは無く、この塔から送られる電波で脳内にチップの機能を持たせるというものだ。
この技術は謎が多く、私でも理解するのに長い年月が必要だった。
電波チップの開発メンバーが数年前に全員死去した今、設計図さえ無くなれば誰もチップを生み出すことはできない。電波塔で私の作った機能停止信号を送れば人類はチップから脱却し正常に戻る。
人類救済のために私たちは電波塔内に侵入した──
私たちは全員警備ロボットのスキャンを完全に遮断する装備を着ているので気づかれることは無く、思いの外スムーズに侵入は進んでいた。
しかし、私が想定していたことを遥かに上回る事態が起きた。何故なら、私たちの目の前には生身の人間がいたのだ。
ありえないことだ。人は自ら仕事をしない。ロボットの記録を見て管理するだけだ。なぜ?
「......ここに侵入するなんて、馬鹿ですね。情報がありましたよ。異端者どもがが団結してチップ制度を撤回しようとしていると......愚かですね」
「愚かなのはどっちだ、考えることをやめ、自ら進歩を止めた人類の方が遥かに愚者であろう!」
男はそれを鼻で笑った。
「我々はね、完璧な社会が作りたかったんだよ。平等で、平和で、毎日が楽しい世界をね。我々がチップを作る前を知っているか? 人々は苦しい努力をして、嫌な挫折をして、楽しくい時間なんて一瞬で、後は老いるのを待つだけ......君でもわかるだろ? チップの恩恵がどれほど人々を幸福にしているのか!」
「............確かに、学ぶことは辛かったし、投げ出したい時もあった。挫折して立ち直れなくなりそうになったこともある。でも、そういう嫌な経験から人は学ぶ。それに嫌なことからも無い人生はつまらないって思ったんだ。私は、みんなにもそれを思い出させる!」
男は少し黙り、再び口を開いた。
「愚か者が! お前はどうせ昔の世界を知らないからそんなことが言えるのだよ。毎日息つく暇もないようなあの世界を!」
「それでも、私は自分の行いを正しいと思っている! だから貫き通す。それが私の正義であり、信念なのだから!」
男はため息をし、彼の指を鳴らすと電波塔の中にいたロボットが集まってきた。
「くそ、まずいぞ!」仲間の一人がそう叫ぶ。
人型のロボットは銃を持っており、それを侵入者に向けて発射する。
閃光が飛び交い、すぐさま場は混乱した。しかしその混乱に乗じて私は一人電波塔をハッキングする為にコントロールルームへ向かった。
コントロールルームはチップでしか開かないが、チップを摸した物を使えば容易く侵入できた。
そして私はハッキングを始めた。仲間たちが奴を足止めしてくれているうちに急がなければ。
不安と焦りに襲われつつ、私は慎重に作業を行なった。そしてもう少しでハッキングが完了するという時、背後から銃声が聞こえたと同時に頭部に痛みが走った。
「危ないな、全く、手間を取らせるなよ......」
私の背後にいたのはあの男だった。
私は頭部を撃たれたようだ。しかし、考え続けた人々の技術力というのは凄まじい。
自衛の術を持たなくなったこの世界だったからこそ、頭を撃てば殺せるという旧時代の常識が通用する。
私は頭に防弾コーティングをしたカツラをつけていたのだ。しかも血のり付き、実行していたハッキングは完了され、あとは最後にボタンを押せば実行される。
しかし、その為には腕につけたデバイスを起動させる必要があるが、その隙がない。一体どうすれば......
その時、こちらに走ってくる仲間の声がした。
「うおおおお!」
男はその方向を振り向き、私はその隙にボタンを押し"起動した"───
全世界に向けてチップ消失電波が発信された。あの男は電波が発信された途端に力なく倒れた。
どうやらあの男はチップ開発者のクローンにその記憶入りのチップを埋め込んでいたようだ。
世界中の人は突然チップの恩恵を失い混乱するだろうが、我々は既に対策を打っている。
ともかく、一つ言えることは私たちの"正義"が勝ったのだ───
後にこの結末によって彼女が人類を救った英雄となるのか、それとも世紀の大犯罪者となるのかはわからない。ただ一つ言えるのは、それは彼女の後の行動次第だということである。