眼の前はライトノベル 1
「さあグローセル戦闘文化祭も今日で最後! 最優秀選手に輝く学園生は誰だあっ!」
けたたましく響く闘技場。老若男女すべての年代が見守る最後の闘いがあった。明らかに現代的とは思えない光景が眼の前にある。
(おいおい……ここはどこなんだよ。ちょっと待てよ。ここ日本なのか……?)
俺はなぜか闘技場の観戦席らしきところに座っていて、どこからともなく聞こえる歓声を背にしている。記憶を遡ってみても疑問しか生まれない。大学受験のための勉強をしていて、ちょっと仮眠を取ろうとしていたはずだ。そう16歳、夏休み真っ只中ひとり自室で勉強に勤しんでいた。
そして目覚めるたらこの景色だ。あと自分の身体の感覚も違う。言い表しにくいが、今まで慣れ親しんだものとは思えなかった。
「ゲナウってば! なにボーっとしているのさ。せっかく決勝戦を見に来たのにさ」
思考をめぐらしていると横のデブから声をかけられた。もちろん知り合いじゃない。
「え、ゲナウ……?」
「はあ?! お前のことだっつてんだろゲナウ・ズグ」
……ああそうだ。これは悪い夢なんだ。勉強に疲れて、ちょっと変な夢を見ているに違いない。
「おおっとー! ここでルルルクが得意の聖剣を発動させたぞ! 勝負ありか?! いやしかし、カノンも負けずに神の矢を放つ!」
ルルルク、カノン……? なんだ。聞いたこと……いや見たことがある名前な気がする。
到底現実的とは思えない飛ぶ斬撃と、光り輝く弓がぶつかり砂埃が舞う。中央に見えるモニターに注目すると、俺が見たことあるラノベのキャラ達がいた。
「どういうことだよ……」
これは『勇者ルルルクの軌跡は語りきれず』というライトノベルだ。最強で紳士な主人公ルルルクが、悪役を倒し仲間と旅をしヒロイン達と恋するストーリー。ルルルクが強すぎることと、優しい完全無欠な主人公でそこまで人気がなかったことは覚えている。小学生の頃、活字が苦手だったが最後まで読んだ作品だった。
砂埃と傷跡のせいか凝視しないと分からなかったが、黒髪で優しそうな二重とキリッとしている眉……確かにモニターに映るそれは挿絵で見た勇者ルルルク。次にモニターに映ったのはヒロインのカノン。金髪で切れ長の目が特徴の、最近ではあまり人気のないツンデレヒロイン。
「あっと! カノン倒れる! くぅ……1年生最強はルルルクに決まったぁーっ!!」
うぉぉおっと盛り上がる会場は熱気に包まれる。
「いやあ良い闘いだったな。じゃあ寮に帰ろうぜゲナウ」
「あ、ああ」
クソッ、どういうことだ。多分だけどここは夢にしてはリアルすぎると思う。すれ違う人々、アニメチックな顔つきだけど生きている。隣の友達?らしきデブも、そして俺も全てが異世界的だが明らかにこの地に立っている。とりあえず今は落ち着く場所が欲しい……その寮とやらに向かうのが大切だ。
略称『軌跡』という作品は、学園内で仲間と切磋琢磨しやがて悪の組織を打ちのめすストーリーだからかすれ違う人物は、おおよそ15から18あたりの年齢に見えた。2年時の真武を決めたか、サークルはどうする、なんて声が多く聞こえる。聞き耳立てデブとともに歩いていくと、目の前には大きい建物が見えてた。
「さーってとカードキーは、どこかなっと……おいゲナウ? カードキーで認証しないと部屋に帰れないぞ? 熱あるんなら病院にはやく行けえよ?」
デブはそう言うと、黒色のカードケース?のようなものから102と書いてあるカードを変な台座にかざし扉を開けた。さも当然であるかのように堂々とした姿だった。
……そういえば『軌跡』ってルルルクも寮を使っていた。認証パッドにカードを照らすとその部屋に扉が繋がるんだっけ……探さないと、この身体はどこにカードをしまっているんだ。
「ポケットはねえし、リュックにも無い。どこに隠したんだよゲナウってやつは! つーかゲナウって聞いたこと無い名前だし、ふざけんなよクソモブ!」
ブツブツ呟きながら探しまくる。地面にポケットやリュックの中身をぶちまけても見つからない。通行人に変な目で見られているが、早く部屋に行って落ち着きたいから気にしないことにしている。
「変な人いるね……」ヒソヒソ
「まさしく変人ね……」ヒソヒソ
俺じゃない! ゲナウが変人なんだよ! てかコイツ、スマホ?しか持ってねーじゃん。リュック背負っているくせして空っぽっておかしいだろ。スマホっぽい機械からカードキー探せないか? もうそれしか見つけられる方法がないぞ。
アプリ……【カードキー】ふざけんな。
俺は171と表示されたスマホをかざし、そそくさと扉を開けていった。てか171って……
「この部屋、なにも無い。なんなんだよこの『ゲナウ』ってモブキャラ……」
時計も机も椅子もない、ベッドもない。ただの部屋。どう考えたって流石におかしいだろ……
ピコンッ。何もない部屋に響いたのはたった1つしかない手持ちのスマホ。画面を見ると、配達品が届いたのでボックスにて確認ください。とのことだった。
「配達ボックスもなにも……それらしき箱も一切見当たらな……っ!?」
急にクーラーボックスが現れた。俺から見える部屋の右奥隅に発現した。今までも非現実的だった……でもこれはおかしい。こんなの作中でも言及されてなかったはずだ。
「覚悟を決めて、開けるべきか……」
クーラーボックスを開くと、ダンボールが見えた。マジックペンでエキストラ様へ、とただ書かれたダンボールだった。
もちろんカッターもないので四苦八苦しながらダンボールを開封する。そこから見えたのは、タブレット。驚くほど普通に見えるタブレット、電源ボタンを押してみる。
『ゲナウ・ズグと有浦一樹の同期を開始』
『ゲナウ・ズグを初期化……有浦一樹をペースト。ステータスがダウンしました。技能、真武を全て消失……エキストラ特典開始』
有浦一樹は……俺の名前だ。ゲナウはこの身体そして、謎の機械音声が響いている。これは夢じゃない。現実だ。
脳に直接語りかけるような音声は、俺の疑問など気にすることなく続いている。
『エキストラ特典〈全知〉〈改造〉の取得。ライブラリーに勇者ルルルクの軌跡は語りきれず、加えてリメイクを追加。EPを取得』
どんどんと追加されていくアプリケーション達。ステータス、真武、ライブラリー、EPという項目は何を思っているんだ? 俺にどうしてほしいんだ?
「はぁ。なあ〈全知〉さん、俺は何をすればいい……って返ってくるわけ無
『回答、理解できません』
「……マジかよ。じゃあっ! 俺は現実いや元の世界に戻れるのか?!」
ほんの少しだけ見える希望に俺は、ただの機械音声へ捲し立てるように聞く。俺にだって両親はいるし、可愛い弟もいる。一刻も早く帰りたい。この世界での時間が元の世界でも適応していたら? そんなことを考えるだけで恐ろしい。
『条件達成で可能。条件は物語の終結のみ』
……確かこの物語って結構多い巻数だった気がするんだけど、終結までずっとこの世界に居続けろってことかよ。はあ? 意味が分かんねえよ。帰してくれよ元の世界に。
「ふっざけんっじゃねえ! 死ねよクソ!」
どうしようもない怒りに身を任せ、タブレットを現実から遠ざけるように部屋の片隅に放った。良いのか悪いのかタブレットは壊れておらず、ピカピカと光が纏わりついていた。そして奇妙なことに、壁にぶつかった際の音さえ聞こえていない。それが現実感をなくしている。
「なんでだよ。帰してくれ、なんでも良いから帰させてくれよ」
ただ返ってくるのは、片隅から流れてくる機械音声のみ。
『現時点では不可能。条件達成で有浦一樹は帰還されます』
悪い夢だと思いたかった。これが高熱で、勉強熱で見ているだけの夢と信じたい。でも壊れないタブレット、力強く叩きつけたはずなのに生きていることが現実と証明している。照らす光は卓上のライトのように、少し強く目を傷ませていた。
落ち着かないといけない。生きて帰るために物語の終結を知るべきだ。……はあはぁ、深呼吸だ。タブレットを拾いに行こう。へたり込んでいた腰を持ち上げ、俺は先程投げつけたタブレットへ歩んだ。
「〈全知〉物語の終結って何なんだ? 俺が終結させれば本当に、本当に現実に帰れるのか?」
『回答、物語の終結とは魔族の消滅。物語終結まで導けば有浦一樹は現実世界、もとい日本国へ帰還可能』
……魔族。そうだ、軌跡世界は魔族がいる。でも可笑しい。ルルルクとその仲間達は、魔族との和解で平和な未来を作ったんだ。なぜ魔族の消滅が物語の終わりになっているんだ。
「なぜ魔族の消滅が終わりなんだ。俺が知っている限り、この世界は魔族消滅が終わりなんて知らない」
流れる機械音声は淡々と告げる。その冷めた音声は寒気がした。元の世界に帰るための唯一のカードだというのに、事実を伝えるだけの機械が恐ろしく思えた。
『この世界は貴方の知っている話ではありません。リメイクされた軌跡世界です。ご存知でない場合、ライブラリーからリメイク版が閲覧可能です』
ああ。なんてくそったれな世界に来てしまったんだ。未知の世界を歩くのは現実と同じだけど、この世界は簡単に一般人は死ぬ。足元のアリを無意識に潰すよりも容易に死ぬ世界に来てしまった。
「……〈全知〉さん。俺がこの世界で生き残れる確率は」
『現状の能力値とこの世界への理解度から換算します。換算完了、1%』
ああ死んでくれサイアクな神様さん