28.レアレアのボロ
超速のしぶきが一瞬にしてエクリちゃんへと走る。
私はただ、前世の速読技術が還元された観察眼で、その様子を一部始終観測していた。
でも私は素早く走れるわけでも時間が止められるわけでもない。
だから、その場に駆け付けることはできない。
でも、そんな状況からでも彼女を守ることが可能な人間がいることを、知っていた。
「レア!」
レアのステータスは、おそろしいほどに急激な数値変動を既に起こし始めていた。
その【体力】が【守備力】が【魔法力】がとてつもない勢いで減少。そして、【速度】へと集まっていく。
スキル<ステータス移動>。レア・オシロは今、己の持てるすべてを一点の拳へと集約し、超速の凶器から友達を護るための最高速度へと至る、諸刃の剣となった。
レアは護るためにエクリの前に立つ。
そして彼女を殺そうと向かってくる包丁へと、拳を繰り出した。
飾り気のない最も単純なる一打撃を。
激突。
その瞬間、ヒビが入る。
包丁は砕け、彼方へと吹き飛ばされる。
その拳は振り切った時、暴風を纏い、轟音と共に一瞬の間海を割った。
しかしそれはスキルによる技効果ではなく、自然と発生したものであった。
単に最強で最大の風切り音と、単に最大で最速の摩擦だった。
私が最初に彼女の名を読んでから、呼び終えるまでの、たった二音の間の出来事だった。
私は間髪入れず頼んだ。
「ピスカ、レアを治癒して!」
「えっ、は、はい!」
ピスカは彼女の残りHP1を見て状況を理解すると、すぐさま治療スキルをかけた。
激突の衝撃で、海水の霧が噴き上がっていた。
それが止むと、力を出し切りボロボロのレアが立っていた。
「言いましたよね、全部なんとかするって…」
「レア!」
エクリは倒れそうなレアの体を支えると、レアは彼女の腕に寄り掛かった。
「エクリちゃん……死にそう…」
レアは掠れた声で言った。
「えっ…死んじゃダメだ!」
「あーっ、いや、大丈夫です大丈夫です、死にませんから」
そう微笑んで言ったレアには、ピスカの治癒スキルがかかっていた。
「私死ぬのは怖いです。でも、頼れる仲間がいるから……
だから、あなたを護るために立ち向かう勇気も…かなり出しやすかった。」
レアは私を一瞥すると、にこりと笑った。
「エクリちゃん……一緒に来ませんか?私たちと、一緒に冒険しませんか?」
そういい終わらないうちにエクリは「うん、行く。レアたちと一緒に行きたい!」と食い気味に言った。
レアは一瞬目を丸くしたけど、すぐにふふっと笑った。
「それはできません」
突然気持ちの悪い声が響いた。
「誰だ!?」
その場は騒然とする。
海中から、ボタボタと海水をこぼしながらいくつもの破片が上がってきた。
それらが一点に集まり、ボワンと煙へ変化。
そしてその中から現れたのは、マジシャンのような格好をした巨体の小太りの男だった。
「ああああんたが黒幕だったのね!?ついに正体を表したわね、このひ、人殺し!私たちあんたにどれだけ苦労させられたと思っているのよ!」
「それはそれは」
男は空中でステッキをつきながら歩き、言った。
「まずは流石です、私の筋書き通り探偵は見事、真犯人が包丁であるという真相にたどり着きました。」
男は帽子を取ってお辞儀した。
そして隣にいた黒子に手を払って指示をすると、黒子は慌てて大きなカメラを下に向けた。
それを確認すると、直後男は声色を豹変させた。
「……貴様ら許さんぞ!」
「ひ、ひい!?急に叫ばないでよ!?」
観光客の女はたじろいた。
「私の大切な顔を傷つけやがって!
エンターテイナーは顔が命だ。そんなこともわからないゴミムシのような素人共にこんな目に合わされるとは……ただじゃ済まさんぞ!!」
「何がただじゃ済まさんぞだ。」
カキが言った。
「散々人を非人道的な方法で何人も殺しておいて、どの口で許さんぞなんて言ってるんだこの外道が!」
「ふっ、カキ・コンドル・フロウデン、合衆国の連邦捜査官か。形だけの捜査局などという汚職まみれの腐敗した職場にいるやつなんかには、崇高なエンターテイメントなど到底理解できないだろうね。身の程を知れ!」
男は口元を歪ませ、上から目線で鼻で笑いながら言った。
そして返事を聞く間もなく続けた。
「ムシオデ・カズサ、君ならわかるだろう。エンターテイメントの本質が。」
そいつのおぞけがはしるような言葉を聞いて、私はすーっと背筋が冷え切っていた。
怒りで頭がキンキンに冷えた氷のように感じられた。
「……確かに許せないな。
特に私にとって。顔、怪我……そう聞いて、以前思い当たるような出来事があった。」
「そうでしょう。話してやりなさい、この愚か者たちに。」
「………ある時、舞台の脚本を書いたんだ。
その主役だった俳優がプライベート中のトラブルで顔に大きな怪我を負ってしまった。
それで私は彼の見舞いに行ったんだけど、泣きながら謝られたよ。
優しい男だった。
彼は猫を守るために、酔っ払いに瓶で殴られたんだ。それも昼間の路上でね。」
「なんと酷い!お前たちはこれと同じことをしたんだぞ!!!」
男はそう言った。
「そうだ。」
私は言った。
「カズサさん…」
「あんたが知っていて仕組んだのか、たまたま今回のことと重なったのかはわからない。
だけど。誰がヒーローで、誰がカッコ悪い酔っぱらいの暴漢なのかは明白だ。」
レアを一瞥すると、私は言った。
「レアは、エクリを傷つけようとするお前からエクリを守ったんだ!!
それなのに、何が『傷つけやがって』だ、何が『許さんぞ』だ、何が『身の程を知れ』だ!
人を平気で傷つけておいて、ばかにしておいて、いざ自分が言い返されたら被害者面するお前なんかが……人を楽しませる、喜ばせる、笑顔にする覚悟を持ち合わせていないお前なんかが……エンターテイメントを語るな!!!
身の程を知るべきなのはカキでも、レアでも、エクリでもない………」
私はその男を指差した。
「お前だ!」




