彼氏持ちの幼馴染が事あるごとにマウントを取ってきてウザい件
「ねぇねぇ、修二。修二って彼女の誕生日に、何をあげるの? ……あっ、そういえば修二に彼女はいないんだっけ? 配慮が足りなくて、ごめんね!」
謝罪しながら、幼馴染はわざとらしく舌を出す。
わざとらしいのも、当たり前だ。なにせ彼女は、俺に彼女がいないと知っていてこんな発言をしたのだから。
俺・真中修二には木澤令美という幼馴染がいる。
小さい頃からいつも一緒にいて、高校生になった今でも仲が良いことに変わりはない。
流石にもう二人でお風呂に入ったり同じ布団で寝たりすることはなくなったけど、それでも俺たちはお互いの一番の理解者だった。
もしこれがラブコメだったら、あと数カ月もしないうちに俺と令美は恋人同士になることだろう。
幼馴染という肩書きには、それだけのポテンシャルがある。でも――
現実は、ラブコメのようにはいかない。
令美は今、俺以外の男と付き合っている。
令美に対して恋愛感情があるのかというと、正直自分でもよくわからない。
令美のことは好きだ。その感情が親愛でないのは、確かである。
しかし、恋心ともまた違う。
彼女と手を繋いだり、抱き合ったりしたいとは思わない。胸に触りたいとは……ちょっとくらいなら思うけど、それは男としての欲求だ。
きっと俺は、幼馴染という関係性に満足していた。
現状維持を望んだから、それ以上の存在(すなわち恋人である)になろうとした第三者に彼女を奪われた。
大事な幼馴染を取られたことに不満はある。でも、一歩踏み出さなかったことへの後悔はない。
だけどさ、だけどさ!
「修二は知ってる? 恋人っていうのはね、一緒にいるだけで幸せな気持ちになれる存在なんだよ。だから修二も、早く恋人作りなよ。幼馴染として……ううん。リア充の先輩として、アドバイスしてあげるからさ」
自分だって彼氏が出来たばかりだというのに、やたらマウントを取ってくる令美。そんな彼女がムカつくと思っても、おかしくないよな?
彼氏が出来てからというもの、令美はとにかくウザい。
休日一緒にテスト勉強しようと令美の自宅を訪ねたら、「ごめん、今日は勉強に付き合えないの。私、これからデートだから。デートだから(重要なので2回言ったらしい)」と返されるのでイラっとする。
作りすぎたおかずをお裾分けしに行くと、「ごめんね。幼馴染とはいえ男の人の手料理を食べると、彼が嫉妬しちゃうの。私って、愛されてるね」とドヤ顔をされるのでムカッとする。
入浴していると、突然浴室に入ってくるなり俺の下半身を指差して「やーい! 万年童貞ー!」とバカにされるので死ねって思う。
ほとんど毎日のように彼女のいない俺をバカにするものだから、最近では彼氏のことが好きで付き合っているのではなく、俺をバカにしたくて付き合っているのではないかと疑い始めてきた。
嫉妬心なんて、今の俺にはない。そんなもの、苛立ちでかき消されてしまっている。
令美め、覚えていろよ。
いつかお前に仕返ししてやるからな!
◇
「修二、カップル割って知ってる? 好きな人と一緒に遊ぶだけで割引されるとか、こんなにお得なことってなくない? 修二も早く彼女を作って、このお得感を体験出来ると良いね」
登校中、俺はばったり令美と出会す。
今日も今日とて、彼女はウザかった。
俺の今の目標は、連日「彼氏のいる私、超幸せ」アピールしてくる幼馴染を如何にギャフンと言わせるかに限る。
だからといって、令美を彼氏と別れさせたりとか、彼女が悲しむような仕返しはしたくない。さて、どうするか。
ああでもないこうでもないと考えている俺の横を、ひと組のカップルが通り過ぎる。その瞬間、俺の脳裏にふと妙案が思い浮かんだ。
……俺に彼女が出来たら、令美もマウントを取れなくなるんじゃないか?
現状令美が俺をバカにしてくる要因は、俺に恋人がいないからだ。俺が恋人を作り、令美と同じ場所に立つことが出来れば、彼女は何も言えなくなる。
勿論、恋人なんて一朝一夕で作れるようなものじゃない。少なくとも、女慣れしていない俺には到底無理だ。
だから、彼女が出来たフリをする。
あくまで俺の目的は令美にマウントを取らせないことだから、なにも本当に彼女を作る必要もないのだ。
その日の夜、早速俺は計画を実行することにした。
入浴と夕食を済ませ、あとはベッドに入るだけになったところで、俺は令美に電話をかける。
『どうしたの? 彼女のいない修二くんは、寂しくて幼馴染に電話をかけちゃったのかな? ……しょうがないなぁ。少しくらいなら、電話に付き合ってあげるよ。でも、私の彼氏には内緒だよ? 修二と仲良くしてたなんて知ったら、彼、嫉妬しちゃうから』
「……」
通話開始数秒で人の額に青筋を浮かべるなんて、ある種の才能だと思う。
怒りのあまり通話を切ってしまいそうになる気持ちを、ぐっと堪える。……令美にバカにされるのも、これが最後だ。だから我慢しないと。
「実は、彼氏に愛されまくりのお前に聞きたいことがあってな。……恋人と円満でい続ける秘訣って、何なんだ?」
『……え?』
俺の言っていることが理解出来なかったのか、令美からすぐに回答は返ってこなかった。
……なんだよ。アドバイスするって言ったのは、お前の方じゃないか。
『えーと……勘違いだったらゴメンなんだけど……もしかして修二、彼女出来た?』
「……まぁな」
電話での報告で良かった。
面と向かって話していたら、多分嘘だとバレてしまう。
令美曰く、俺は嘘が下手らしいから。
『ふーん。そうなんだ……』
令美はどこか含みのあるような感じで相槌を打つ。
俺に彼女が出来たのが、そんなに嫌なのかよ? 自分だって彼氏がいるというのに。
「で、恋人とずっと仲睦まじくいる秘訣は?」
『え? あっ、あぁ。それは……適度な距離感だと思うよ! 近すぎるからこそ、相手の嫌なところが見えてきちゃうこともあるし』
成る程、一理ある意見だ。
でも、令美の口からそんなアドバイスが出るとは思わなかったな。てっきり令美は彼氏と、ゼロ距離で密着しているレベルのラブラブだと思っていた。
『だから修二は彼女と手を繋いじゃダメ。腕を組んでもダメ。キスなんてしたら、ぶっ殺しちゃうよ?』
「いや、どうしてお前にそんなこと言われなくちゃならないんだよ?」
『幼馴染だから!』
幼馴染ってワード、強すぎやしませんかね?
しかしまぁ、天地がひっくり返っても俺が令美に殺される心配はないだろう。
俺に彼女が出来たというのは嘘だし、だからキスをする可能性なんて皆無なのだから。
◇
俺に彼女が出来たという嘘に騙された令美は、それ以降マウントを取ってくることがなくなった。
ウザさがなくなれば、令美はただの幼馴染に戻る。あの頃のような、穏やかな関係性をまた築けるかもしれない。
しかし……そんな俺の思惑は、ものの見事に外れる。
マウントは取らなくなった。が、それとは別の要因で令美のウザいモードは継続中なのだ。
「おい、令美! そんなにくっつくな! 腕なんて組んで歩いていたら、彼氏に勘違いされるぞ!」
「うん、だから?」
有無を言わせぬ表情と言い方に、俺はそれ以上何も言えなくなってしまう。
俺に彼女が出来たと騙されて以降、令美は異常なくらい俺にベタベタするようになったのだ。
密着する頻度に比例して、二人でいる時間も増えた。今や彼氏より、一緒にいる機会が多いのかもしれない。
幼馴染が、彼氏に勝ることなんてあってはならない。しかし実際のところ、令美は彼氏より幼馴染の俺を優先してしまっている。
そんなの……彼氏からしたら、納得いかないよな?
今の状況を面白くないと考えた令美の彼氏に、俺は呼び出されたのだった。
放課後、校舎裏にて。
俺は令美の彼氏と、一対一で向かっている。
……面倒なことになった。
正直なところ、それが真っ先に浮かんだ感想だ。
何も悪いことをしていないのに、どうしてこんな無駄な時間を費やさなきゃいけないんだ。
腕組みやらボディータッチを積極的にしているのは令美の方だ。俺からは指一本触れていない。
俺に非があるとすれば、「彼女が出来た」という嘘をついたことなんだけど……そもそもその嘘はマウントを取ってくる令美が原因であって、だから俺は全面的に悪くない。……と思う。
しばらく視線を交わしていた俺たちだったが、やがて彼氏の方が口を開く。
「……いきなり呼び出して、ごめんよ。だけどどうしても君に、伝えたいことがあって」
「俺の彼女に手を出すなって言うつもりか? 言っておくけど、ちょっかいかけてきているのは向こうだぞ?」
「わかってるよ。だから、何で手を出さないんだって聞きにきたんだ」
……は?
おおよそ令美の彼氏の口からは出ないであろう一言に、俺は驚く。
まるで浮気を推奨しているように聞こえた。
ポカンと口を開くだけで何も言わない俺に、彼氏の方も「あれ?」と首を傾げる。
「もしかして……令美から何も聞いてない?」
「聞いてないって、何を?」
「僕と令美……本当に付き合っているわけじゃないんだよ。偽物の恋人同士ってやつだね」
「偽物の恋人って……どうしてそんなことを?」
変な男に付き纏われているとか?
……いや、だとしたら真っ先に俺に相談する筈だ。他の誰でもない、俺を彼氏役に抜擢する筈だ。
なにせ俺は令美の、幼馴染なのだから。
「偽物のカップルを演じていた理由はね、君だよ。君の気を引く為に、彼女は僕と付き合っているフリをしたんだ」
「俺の気を引く為?」
「うん。いつまで経っても幼馴染以上の関係性に踏み出そうとしない君に痺れを切らして、荒療治に出たってことだね」
彼氏を放ったらかしにして、俺にばかり構う。そんな令美の不可思議な行動に、ようやく得心がいった。
「もし君にその気がないのなら、きちんとフった方が良いよ。その場合、僕が令美を本当に貰うけどね」
宣戦布告をされて、俺は自分の心の中にいつの間にか芽生えていた気持ちに気が付いた。
それは、独占欲。令美を誰にも渡したくない。誰よりも令美の近くにいたい。
会う度に彼氏の話をされて、マウントを取られて、そりゃあイラっとすることもあったのは事実だけど……それ以上に令美が他の男の話をするのが、気に入らなかったのだ。
今まで目を逸らし続けたけど、もしこの独占欲を恋心と呼ぶならば、俺は――
俺も嘘をつき、令美も嘘をつき。結果誤解が生じ、二人の関係性がよくわからなくなった。
だからもう、嘘をつき合うのはやめよう。互いに本音で語り合おう。
俺は令美のもとへ向かうべく、駆け出すのだった。
◇
学校を出た俺は、直接帰宅しなかった。
その前に、立ち寄るところがある。令美の家だ。
玄関チャイムを鳴らすと、既に帰宅していた令美が中から出てくる。
「そんなに息を切らして、どうしたの?」
「ハァハァ……お前に、伝えたいことがあってな。だけど……ちょっと待ってくれ」
学校まで全力疾走を続けていたから、今の俺はめちゃくちゃ息切れしている。
「水持ってこようか?」
「……頼む」
令美から受け取った水を一気飲みしてから、深呼吸をする。
息は整った。だけど俺の心臓は、依然高鳴りっぱなしだ。これから告白するのだと穏やかな心情でなんかいられない。
「それで、何の用? 彼女を差し置いて、私に会いに来て良いの?」
俺に彼女がいると信じ切っている令美は、どこか棘のある言い方をする。……事情を知れば、素直じゃない令美が可愛く思えてきた。
「お前こそ、彼氏じゃなくて俺にベタベタしてきたじゃないか」
「それは、その……」
予期せぬカウンターをくらい、令美は口ごもる。
そんな彼女に、俺は「大丈夫」と優しく声をかけた。
「安心しろ。全部わかってるから」
「……わかってるって?」
「お前の彼氏に聞いた。付き合ってるっていうのは、嘘なんだろ?」
「!?」
隠していた秘密が、一番知られてはならない俺に露呈して、令美は青冷める。
「彼氏がいるなんて嘘をついた私を、バカにするの?」
「いや、しないさ。……俺も同じだから」
「同じ?」
「あぁ。俺も彼女がいるって、お前に嘘をついた。そして……俺もお前のことを、好きになっている」
「マウントを取られてウザかったから、彼女がいることにした」とは言わないでおこう。それは、言う必要のないことだ。
好きだと自覚してからは、ウザいところも愛おしく思えてしまう。
俺は令美を抱き締める。
いきなりのことだったというのに、令美は俺を突き離さなかった。
「俺はお前を取られたくない。その為に幼馴染じゃ物足りないっていうんなら、彼氏にでも何でもなってやる」
「……彼氏でも物足りないって言ったら?」
「それは……あと数年は待って下さい」
数年後、きっと俺はウザいくらい令美に迫られて、プロポーズをすることになるんだろうなぁ。
幼馴染だから……いや、違うな。恋人だから、俺にはそんな未来が予見出来てしまうのだった。