東京の空
掌握の枚数近くまで来ましたがまだ終わりが見えません。間延び感がないか心配です。
気づいたら家を飛び出した宗二だったが、靴がうまくはけずに階段から落ちそうになって膝を擦りむいた。落としたスマホからはそこからでもわかる香の嗚咽は続いていた。靴を履きなおした宗二だが、財布をポケットに探りないことに気づき、一旦部屋に戻ると玄関は開いていた。
「落ち着け、落ち着け。」
自分で自分に声をかけ胸に手を当てて深呼吸を2回繰り返した宗二は急いで財布とpassを確認して今度は靴をしっかり履いて、短パンの届かない膝小僧の血を確認して唾をつけて立ち上がり、スマホに目をやりそれから耳に当てたまま駅へと走る。
改札を抜けるとちょうど列車が走り抜ける。それは特急だったようで、宗二はホッとした。あの時確認した時間ならあと2分後に列車は来るはず。肩で息をする宗二の声は香には届いていない。もちろん、宗二の呼びかけにもだ。
予想通り2分後に来た各駅停車に乗り込んだ宗二は、意外な乗客の多さに戸惑った。金曜の終電間近の列車内はアルコールのにおいと喧騒な酔い客の声で香の嗚咽は宗二にも届かなくなった。時折ぶつかってくる気持ち良さげなおっさんたちにいらいらしながら宗二は窓の外をじっと眺めていた。僅か2駅ほどの距離ではあるが宗二には何駅も通過したと錯覚するほど長く感じた。
香の最寄り駅に着いた宗二は酔い客の囲まれながらもいち早く抜け出し改札へと走る。そして、スマホを耳に当てると何の音もしなかった。急ブレーキで立ち止まった宗二は酔い客に追い越されながらもリダイヤルを押しゆっくりと歩き出した。
何度かのコールののち
「現在電話に出ることが出来ません・・・。」
2度かけなおしたのち、宗二はズボンの後ろポケットにスマホを入れて走り出していた。
3分も走れば香のマンションは目の前にあった。玄関にて香の部屋番号を鳴らす。手には再びスマホを持ってリダイヤルをかけ続け、玄関チャイムを鳴らす。
「出ろ、出ろ、出ろ、出ろ、、出てくれ。」
宗二は心の中で叫びながら汗で滑る指で香の部屋番号を押し続け、スマホを鳴らし続けた。
「宗二?」
ドアホーンから鼻声の香りの声が聞こえた。
「香か」
ほんの2,3分だったろうか、しかし宗二にはどれだけ長く感じたことか。
「香、大丈夫か? とにかく開けてくれ。」
応えはない。
「おい、香!」
焦る宗二にやっとの声で香が応えた。
「やだ。」
「なんでだよ。」
「だって、こんな顔恥ずかしくて見せられないよ。」
「そんなこと云ってる場合じゃないだろ。」
「云ってる場合だよ。」
「何で?」
「とにかく、あんなたには見せられないよ。」
玄関ホールで頭を抱えた宗二を見て香が云った。
「10分待って。」
「えっ?」
「とにかく10分その辺で待ってて。」
「わかった。」
玄関ホールには防犯カメラが付いている。ここで待つのは得策ではない、否、もう完全なる不審者だ。宗二は香が正気に戻っていたことにとりあえず安心をした。そして玄関ホールを出て外で待つことにした。秋になりかけの晩夏の深夜は、Tシャツ1枚の宗二には少し肌寒さを感じた。秋はもうそこまで来ているのかもしれない。
結局30分待って香は出てきた。表情はいつものようにただ瞳が紅いこと以外は。
「もう大丈夫、なんだかわかんないけど泣けて来ちゃったよ。裕子のことがショックだったからかな。」
「そうか。」
「でもあんた、なんか寒そうね、あんたこそ大丈夫?」
「まあ、ちょっと寒いかな。」
「Tシャツ一枚でこんな夜中に出歩くからよ。」
と香はからからと笑った。いつもの香だ。
「誰のせいだと思ってんだ。」
「あんたが勝手に来たんでしょ。」
「あ、っそ。じゃ、帰るわ。」
「気を付けてね。」
駅方向へと歩き始めた宗二の後ろから
「ありがと。」
左手を軽く上げて宗二は振り返ることもなく歩いていく。そんな自分をちょっとかっこいいな、などと思いながらも本心は振り向いたのなら、駆け寄って抱きしめてしまいそうだったからだ。
なにか、さばさばいた気分で駅に着くとなんか暗い。
「えっ、終電終わってんじゃん。」
見ると駅前にはひとりおっさんが地べたに座っている。
「風邪ひきますよ。」
そう声をかけて宗二は歩き出した。たまには夜風にあたりながら歩くのもいいか。自販機で缶コーヒーを買って「ちべた」と一言吐いてしばらくは胸の前で右往左往させな夜空を見上げて歩いた。東京の空も星が見える。
「今夜は満月やちゃね。」と独り言にくしゅんとくしゃみを2回して帰る宗二の顔は笑っていた。
次回は香からの視点を主に書きたいと思っていますがどうなることやら。続けて書いていきます。