第7話 家族と日常
卒業試験の翌朝。
屋敷の玄関には、俺と父、そしてリーファ先生の姿があった。
「長い間、お世話になりました」
「いやいやこちらこそ、アルスをありがとう。君が家庭教師で本当に良かったよ。昨日、アルスがドラゴンを倒したと聞いた時は正直信じられなかった」
「今のアルス君なら、魔法だけで十分食べていけますよ」
「その分高くついたけどな……」
聞くと、リーファ先生は月白金貨10枚で雇われていたらしい。
家庭教師だけで年収1億円を越える。
その中には、魔法以外の授業の分も含まれているのだが……。
「魔法以外の授業をしてるのは見たことないけどな」
ばれていたらしい。
「うっ……いや、アルス君は既にできてましたから! その分魔法の授業をふやしましたし……」
実際、魔法以外の授業は各教科1回と、歴史を数回やっただけだ。
「まあいい。それで、これからどうするんだ? 国王陛下は、是非うちの宮廷魔術師に、とおっしゃっていたけど」
「ありがたい話ですけど、お断りしといて下さい。私は以前のように旅を続けます」
「そうか、まあ、何か困ったことがあったら、うちを頼ってくれ」
「ありがとうございます」
そう言うと、リーファ先生はしゃがんで俺と目線を合わせ、俺の頭に手を置いた。
「アルス君、君の魔法は既にほぼ完成の域にある。けど、鍛練をサボっちゃだめだよ。君の魔力はまだ伸びてるから、毎日魔力を使いきることを忘れないように、杖の練習もすること、いいね?」
「はい!」
「あと、付属魔法の先生を見つけてね。私じゃ教えられなかったから」
「わかりました」
「よし、じゃあ……」
リーファ先生は立ち上がり、小さくお辞儀をして旅立っていった。
あっけない別れだ。なんとも先生らしいが。
よし、魔法の練習でもするか。
~・~・~・
授業がなくなってから暇な時間が多くなり、家族と過ごす時間が増えた。
今までは、リーファ先生といた時間の方が長かったように思う。
話す中で、家族についてわかったことが多くある。
というか、知らないことが予想以上にたくさんあった。
まずは父エルヴィン。
彼は国王直属の近衛騎士であった。
陛下が父と会う時に護衛をつけないわけだ。
ローズスハイト侯爵家が名門とはいえ、国王の直属騎士というのはコネでなれるような役職ではない。
ひとえに、父の実力ゆえであった。
そして、彼は今年で25歳だそうだ。見た目以上に若い。
16歳で兄を産んだことになる。
15で成人のこの世界では珍しいことではないそうだが、少子化社会に生きていた身からすれば驚異的である。
また、母アリエルは父の1つ下、今年で24である。
アリエルは王国の大貴族リリーゼ公爵家という家の長女で、バリバリの政略結婚というわけだ。
貴族ともなれば当然か。
夫婦仲は良さそうなので問題あるまい。
彼女は高等学校の教師をしているらしい。評判は良いのだとか。
そして兄ヒルメスは今年で9歳、そろそろ初等学校を卒業する。
かなり優秀なようで、特に実技ではずば抜けているらしい。首席卒業は確実だろう、とエルヴィンが喜んでいた。
そういえば俺もそろそろ初等学校に入学することになるらしい。
正直めんどくさいんだよなぁ。
エルヴィンは多大な期待を寄せているようだが、小学生相手に無双しても何の自慢にもならない。
冒険者をしていた方が楽しそうだ。
まあ、行きますけど。
~・~・~・
リーファ先生がいなくなってから1ヶ月。
母アリエルの妊娠が発覚した。妊娠3ヶ月だそうだ。
めでたい。ローズスハイト家はその報告に湧いた。
俺が生まれて6年、アリエルは子供ができないことに悩んでいたのだ。
まあ、することはしていたから、いつかはデキると思ってたけど。
「おめでとうございます、お母様!」
「ありがとう、アルス」
ここは、純粋な子供として振る舞っておこう。
これでしばらくは安眠できる、という本音を外に漏らしてはいけない。
夜、何度睡眠を妨害されて部屋に突入しようと思ったことか。
我慢した俺を褒めてほしい。
時々ヒルメスに邪魔されていたそうだが。
お腹はまだ膨らんでいないか。
前世は一人っ子だったから、妊婦というものには疎い。
正直、少しワクワクしてる。
「何かあったら言って下さい!」
「ふふっ、ありがとう」
エルヴィンは、今度は女の子がいいな、とか言っていた。
この世界に出産前診断などはないため、妊娠中に性別はわからない。
ただ、貴族としての跡取りはもういるので、気楽に構えているのだ。
兄が産まれる時には、男子男子とうるさかったらしい。
ちなみに、この世界では子供3人というのは普通かすこし少ないくらい。
貴族としてはもっと少ないのだとか。
多いところとなると、10人も子供がいる家もあるという。
そもそも、貴族で妻が1人しかいないのが珍しいそうだ。
普通は、他の貴族や豪商の娘を娶ったりするものらしい。
父に聞くと、
「俺はアリエルだけで十分だよ。何人もいても愛しきれないしね」
とのことだ。カッコいいね。
エルヴィンは顔も家柄もいい、そして若くしてエリート。さぞかしモテるだろうに、
と思って母に話してみると、
「あの人、結構いろんな女性に手出してるわよ。特に、私が妊娠してる時とか。そのうち、使用人の誰かが妊娠するかもね」
と、にこやかに言っていた。
目は微塵も笑っていなかったが。
おい。
何が愛しきれないだ。クールな顔して、遊んでんのかよ。
ついでに、「アルスは奥さんだけにしときなよ」と言われてしまった。そう言いながら俺の頭を撫でる母の手は、心なしか力が入っていた。
八つ当たりは勘弁してくれ。
~・~・~・
ある休日、俺はエルヴィン、ヒルメスと一緒に庭に出ていた。
エルヴィンがヒルメスに剣の稽古をつけるというので、参加させてもらうことにしたのだ。
父は騎士であるが、毎日付きっきりというわけではない。週に2日は休みがあるそうだ。
ちなみに、少し前までは、子育てもあるだろうということで週に4日の休みをもらっていたらしい。
国王陛下は柔軟な考えの持ち主のようだ。
練習用の木剣を渡される。
今日は、鍛練のために身体強化はなしだ。
軽く振ってみるが、重くて扱いにくい。
「まずは素振りからだ」
ヒルメスが、ひゅっ、と一振り。素人目から見てもきれいなフォームだと思う。
俺もやってみる。
イメージは日本刀。剣はあまり扱ったことがないから。
筋力もないから、勿論音なんて出ないし、剣先はぶれっぶれであった。
俺が不恰好な素振りをしている間に、ヒルメスは規則正しく剣を振っていた。
「アルスはまだまだ筋肉がついてないな。強いて言うなら、利き手に力が入りすぎだ。左手を意識して振ってごらん」
言われた通りにすると、少し良くなった。
主武器はナイフだったからな。両手武器の勝手なんぞ知らん。
ただ、この世界では両手剣は主流の武器である。真面目にやって損はない。
しかし、魔法ばかりであまり運動をしていなかったからだろうか、俺は体力がなかった。
30回程素振りをしたところで手が疲れてしまった。
ほぼ同時に、ヒルメスがちょうど100回目の素振りを終えていた。疲れているようには見えない。
本当に9歳かよ。
「まあ、アルスは最初だから仕方ない。休んでなさい。
ヒルメス、打ち込みだ、来い」
俺はその場に座り込んで2人の稽古を見学した。
勢いよく斬りかかるヒルメスと、それを軽くあしらうエルヴィン。多分ヒルメスは本気で打ち込んでいるのだろうが、エルヴィンは余裕そうだ。
俺からすれば、ヒルメスも十分すごい。少なくとも今の俺は魔法なしではできない。
だが、エルヴィンは格が違った。
当然と言えば当然なのだが、やはり強い。
あの木剣を片手で軽々と扱っているのはいいとして、攻撃への対処が完璧なのだ。
恐らく、ヒルメスの攻撃を見てから対処しているのだろう。これくらいは余裕だ、といった感じだ。
さらに、「踏み込みが甘い!」、「攻撃が軽すぎだ!」と指摘を入れている。
段々とヒルメスの動きが鈍くなっていき、そして剣が止まった。
汗だくで、肩で息をしている。
俺は思わず見とれてしまっていた。
ひえぇ、小学生なめてたわ。
無双なんてとんでもない。
不安になってきた。首席、とれるだろうか……。
ちょっと運動しとこ。
そう決意した。




