第6話 【3限目】卒業試験
長めです
ドラゴン
それは、人間が醜い争いを繰り広げていた頃よりもずっと前、この世界が創造された時から“力”の象徴として君臨していた存在。
そのほとんどが魔力を持っていって、人間を焼き尽くす程のブレスを撃つことができる。
小型の飛竜でも3メートル以上、大きいものは10メートル近くある。
強力な魔法もさることながら、その巨体を駆使した攻撃は、人間にとっては十分に脅威であった。
そんな、この世界の食物連鎖のトップの存在が、俺に向けて口を開いていた。
喉の奥から光線がのびてくる。
「っ!」
俺はとっさに瞬間移動でブレスを回避する。
上空から見下ろしてくる飛竜を睨み返して、後方で様子見をしている先生に心の中で文句言う。
(最初からこれって、キツすぎんだろっ!)
~・~・~・
遡ること数時間前
「卒業試験、ですか?」
6歳になった俺は、いよいよ卒業の時を迎えようとしていた。
思えば、3歳の時から約2年半、魔法漬けの毎日だった。
朝起きて魔法、朝食を食べて魔法、昼食を挟んでまた魔法………。
終いには、夜に魔力を使いきって、気絶するかのように寝る。
あれ? 俺何歳だっけ?
浪人生とかブラック企業の社員より酷いぞ。
普通の子供だったら発狂してる所だ。
まあ俺としては、魔法は楽しいし、他にやりたいこともないから平気だったが。
と、ここに来ていきなりの試験である。
最終試験が抜き打ちってどうなんだ……。
「エルヴィンさんに許可はとってあるから、早速行くよ」
「外でやるんですか?」
「うん、今日は魔物を倒してもらうよ!」
先生が操る馬に乗せられ、王城から離れるように坂を下って行く。
どうやら、平民街に向かうようだ。
王都シーディアは、高い城壁によって王城を中心に3つのエリアに分けられている。
最も内側にあるのが高等区。王城と、それを囲むように建ち並ぶ貴族の屋敷から成る。王城に近い程身分が高くなっていく。
高等区の外側にあるのが居住区。平民の家や学校がある。
そして、一番外側にあるのが商業区。様々な店や商会の本部、各種ギルド、さらには宿場など。王都で最も賑やかな場所だ。
平民街とは、居住区と商業区を合わせた呼び方でだ。
実は、俺は平民街に行ったことがなかった。
外出する時は、いつも父と共に王城か他の貴族の屋敷に、それ以外の時は魔法の練習をしていた。
買い物はすべて使用人にやらせていたため、おつかいなどもなかった。
前世では生粋の庶民であったが、この世界では完全に箱入りであった。
更に進み、初めて居住区への門をくぐる。
がらっと雰囲気が変わり、朝の喧騒が聞こえてくる。
出勤する大人が早足で、制服を着た学生のグループが談笑しながら歩く。
ずいぶん懐かしい、落ち着く空気だ。
俺達は更に進み、商業区に入る。
また雰囲気が変わり、道の露店からは、朝であるにも関わらず大きな声が飛び交っていた。
人通りもさっきより多い。
先生は、ある大きな建物の前で立ち止まった。
「ここは?」
「ここは冒険者ギルド。アルス君は、まだ冒険者登録してないよね」
冒険者。
父の本で読んだことがある。
最も一般的な職業のひとつであり、この世界における最も大きな第一次産業の担い手である。
「はい」
「じゃあ、それから始めようか」
「勝手にいいんですかね」
「大丈夫でしょ。エルヴィンさんも冒険者だし、いずれは登録するんだから」
そう言って先生は建物の扉を押し開けた。
中にはたくさんの人がいた。
剣や槍を持っている人や、杖を持ちローブに身を包んでいる人など。
先生も今日はローブを身に着けていた。
数人がこちらを向き、びっくりした顔をする。
辺りから、「龍狩りだ…」という声が聞こえてきた。
やはり先生は有名な魔法使いのようだ。
冒険者ギルドの内部は、前世の役所に似ていた。
依頼受付とか達成確認といったカウンターが並んでいる。
先生はそのうちの1つ、「冒険者登録」と書かれたカウンターに向かう。
受付のお姉さんは一瞬目を見開いたが、すぐに平静を取り戻して笑顔を向けた。
「この子の冒険者登録をお願いします」
「はい、では、この用紙を記入して下さい」
お姉さん(名前はカミラさんというらしい)が俺に用紙と鉛筆を渡す。
鉛筆とは言っても、前世のようなきれいなものではなく、木炭の先を削っただけのものだ。
「読み書きはできますか?」
「はい、大丈夫です」
俺は用紙にざっと目を通す。
パスポートの申請用紙のような細かい記入要項はない。
ただ、1つ気になることがあった。
名前を書く欄に、ファーストネームを書く欄しかないのだ。
「ファミリーネームは書かなくていいんですか?」
「はい。冒険者は完全実力主義ですので、職員が身分によって差別しないよう、ファミリーネームは書かないことになっています。身分を隠したい方もいらっしゃいますしね」
なるほど。
そこは平等に、ということか。
他は問題なく、用紙を記入し終えた。
カミラさんに渡すと、彼女は「少々お待ち下さい」と言って後ろに下がっていった。
少しして、手のひらサイズの金属板を持って戻ってくる。
「こちらがギルド証になります。この中に、活動履歴が記録されます。再発行は可能ですが、記録はリセットされますので、失くさないようにして下さい」
ぱっと見た感じ、ただの鉄の板だ。
記録されるというのは、ICカードのようなものなのだろうか。
そんな技術はないはずだから、そういう魔法があるのだろう。
ギルド証には、俺の冒険者としての情報が書かれていた。
名前:アルス
年齢:6歳
ランク:F
「ランクについて説明します。
ランクとは、冒険者の実力を表す指標で、A~Fの7段階に分かれています。
基本的に受けられる依頼に制限はありませんが、中には制限付きのものもございます。また、それぞれの依頼に推奨ランクが書いてありますので、参考にして下さい。
ランクは、依頼の達成状況によって昇格します。
高難易度の依頼の方が、ランクは上がりやすいです。
達成報告をしなかった場合、記録にのこりませんので、必ずするようにして下さい。
また、あまりに非人道的な行為や、ギルドの名を貶める行為をした際には、ランクの降格や冒険者資格の剥奪を行うことがあります。
ここまでで、何か質問はありますか?」
「大丈夫です」
「では、パーティーは組みますか?」
カミラさんが俺とリーファ先生を見て言うと、先生が答えた。
「お願いします」
「パーティー名はどうしますか?」
「まあ、とりあえず適当に…『ドラゴンスレイヤーズ』で」
「了解しました」
カミラさんは俺達からギルド証を回収し、再び後ろに下がっていった。
返されたギルド証には、新たに「パーティー:ドラゴンスレイヤーズ」と書かれていた。
というか、これだと俺の要素無くないか?
臨時のパーティーだから別にいいけど。
「これで冒険者登録は完了です。
あと最後に、依頼はあちらの掲示板で確認することができます。
依頼は常設依頼と個人依頼があります。
個人依頼は出発前に掲示板の依頼用紙を依頼確認のカウンターまで持ってきて下さい。
常設依頼はその必要はありません。依頼達成後に依頼を受ける形でも構いません。
それでは頑張って下さい」
「ありがとうございました」
俺達は早速掲示板を見に行った。
掲示板の前には10名程の男女がいたが、リーファ先生が近付くと、場所を空けてくれた。
「どれにするんですか?」
「そうだなぁ、試験だし簡単だとつまらないよね。Cランク向けくらいがいいな」
「高くないですか?」
「アルス君ならもうそれくらいはいけると思うよ。私もいるしね。今回は報酬はそこまで気にしないから……お、これいいね、これにしよう」
リーファ先生は、常設依頼の1つを指差す。
そこには、「飛竜退治(推奨ランクC~B)」とある。
「いきなりドラゴンですか」
「この辺のドラゴンは小型だよ。最悪私が殺るし」
こうして、半ば強制的にドラゴンと戦うことになった。
周りの冒険者が正気を疑うような目を向けてくるが、気にしないことにしよう。
王都から馬で約2時間、俺達は狩場である山の麓に到着した。
この山はシーディア郊外、ファスシード王国の中央にそびえるヤヌス山。頂上付近は飛竜の住み処となっていて、レベルの高い冒険者の稼ぎの場であるらしい。
山の周りの林を抜けて岩場に入れば、よほど運が悪くない限り、遭うのは難しくない。
俺達もぷらぷらと歩いていたら、すぐに見つけることができた。
体長は5メートル弱、赤みの入った茶色の肌の飛竜だ。
「こっからはアルス君1人で頑張ってね。私は後ろで見守ってるから」
先生は少し離れた所で様子見。
俺は、まだこちらに気付いてない飛竜を魔法で狙撃することにした。
拳大の岩弾を円錐状にして、ライフルのように回転をかけて放つ。
岩弾はまっすぐ飛んでいき、飛竜の眉間辺りに当たった。
飛竜はこっちを睨みつけると、大きな翼を広げて飛んできた。
ダメージは見受けられない。
想像以上に固いな……。
あの岩弾、金属の鎧くらいなら貫通できるはずなをだけど。
さてどうしたものか、と思考を巡らせるうちに飛竜は俺の前方上空まで来てブレスを撃とうとしていた。
ブレスは魔法であり、強いドラゴンでない限り連発することはないが、威力は単発でもかなりのもので、打ち消すには多大な魔力を必要とする。
なので、ブレスは魔法で受け流して回避、と先生から言われていた。
その通りに水壁を創り、素早く横に回避する。
そしてすぐさま岩弾を撃つ。今度はさっきの2倍くらいの強さで。
何故なのかというと、単純に物理的な威力が高いからだ。
火は人間には有効だが、大型の魔物にダメージを入れるには、かなりの規模と温度を要する。
水はダメージになりにくく基本攻撃には向いていない。氷は水を凍らせるのに魔力を消費する。
結果、最も魔力効率がいいのが岩弾であった。
今回の弾も胴体に当たったが弾かれてしまう。
少し血が出ているようだが、致命傷には程遠い。
イラついたのか、飛竜が再びブレスを撃ってくる。
岩弾の威力を上げながら、数度同じことを繰り返す。
飛竜に傷が増えていくが、まだまだ元気そうだ。
キリがないな……。
ムカついたので、巨大な炎弾をつくって飛竜を覆い、数分間焼いた。
魔力効率は無視だ。
すると、表面だけ焦げた飛竜が落ちてきた。
焼ききれていないところを見るに、死因は窒息だろう。
恐るべき防御力だ。
「うーん、60点」
リーファ先生が近付いてきて、評価する。
高いのか微妙なところだ。
「初めてにしてはよくやったと思うけど、最後やけくそになってたし、これじゃあ値が落ちる。魔物はいかに状態よく倒すかが大切だね」
ただ殺すだけではいけない、なるべく損傷を少なく。
狩りの基本だそうだ。
狩りの経験なんてなかったから知らなかった。
「これも売るんですか?」
「うん、売れ高はアルス君のものだよ。終わったら王都のお店を見てみようか」
「はい!」
こっちに来て初めての買い物だ。
俺はこの世界の貨幣を触ったことすらなかった。
勿論ものの相場なども全く知らない。
いい機会であった。
「死体はどうするんですか?」
「討伐以来なら、証拠となる部位を。今回は爪かな。高く売れる部位があるなら、血抜きをしたり冷凍すると保存状態が良くなるよ」
「なるほど」
「ドラゴンは皮と爪が高く売れるんだけど、これは爪だけかな。あとは燃やしちゃおう」
「はい」
さて、これは卒業試験。
60点で合格とはいかないだろう。
「どうすればよかったんでしょうか」
「ヒントは、ドラゴンだろうが何だろうが、全て生き物」
「!」
生き物。
そうか、生き物を殺すのは得意だ。
「まあ、さっきの火で包むのも悪くはなかったよ。例えば水なら損傷は無いしね」
「でも動き回るものを水で包むのは難しくないですか?」
「そうだね。だから、弱らせる。羽を攻撃して地面に落とすとか。魔物によって売れる部位が違うから、それによってどう倒すかも変わってくるね」
これは経験によるのだろう。
一先ずドラゴンを倒すビジョンは見えてきた。
俺とリーファ先生は別の飛竜を探し始めた。
しばらく歩き回って、俺達は次の目標を見つけた。
もう一度狙撃することにする。
今回も撃つのは岩弾、円錐状にして先を尖らせる。狙うは目、その奥の脳だ。
ぱしゅっ。
岩弾が放たれ、飛竜の頭に命中するが、目には当たらなかった。
飛竜はさっきのやつと同じように飛翔し、俺にブレスを放ってきた。
うーん、飛んでるとやりにくいな。落とすか。
ある程度の損傷は仕方あるまい。
俺は翼のつけ根を狙うことにした。
さっきと同じ形の岩弾を連射する。
10発程撃ったところで飛竜はバランスを崩し、地面に落ちてきた。
素早く飛竜の頭の側面に回り、魔法でつくった岩の槍を目の上辺りに深く突き立てる。
脳まで到達した、柔らかい感触が槍を通して手に伝わってくる。
飛竜はビクンと大きく痙攣し、絶命した。
「すごいじゃん! これならほぼ満額で引き取ってもらえるよ! この調子でどんどん狩ってくよ!」
まじすか……。
このあと数時間狩りを続け、結果俺は6体の飛竜を討伐した。
用意していた麻袋がドラゴンの爪でいっぱいになってしまった。
ちなみに今回は、多くの荷物を持って帰る用意が無いため、皮は回収しない。
高く売れるような魔物の討伐には、馬車などを手配するのが基本なのだとか。
あとは帰るだけ、というところでまたも飛竜に遭遇してしまった。
「先生、やってみて下さい」
せっかくだ。見本を見てみたい。
「ん? いいよ」
先生はそう言うと、風刃で飛竜の首をはねた。
瞬殺である。
「じゃ、処理しといて」
「はい………」
参考にならない。
この人には当分かないそうにないな。
リーファ先生と共に馬で王都に戻り、冒険者ギルドで依頼の達成報告と、素材の買い取りをしてもらった。
依頼の達成報酬で飛竜1体につき大銀貨3枚。
素材は、先生が殺したのも含めて7体、手数料込みで最初のは大銀貨5枚、残りはそれぞれ小金貨1枚と大銀貨2枚で買い取ってくれた。
先生は最後の分も俺にくれた。
この世界の通貨は全てこれらの硬貨で成り立っている。
銅貨、小銀貨、大銀貨、小金貨、大金貨、白金貨と価値が上がっていき、それぞれ1つ下の硬貨10枚と等価である(例えば小銀貨1枚=銅貨10枚)。
今回は依頼達成で大銀貨21枚、素材が小金貨6枚と大銀貨17枚、計小金貨9枚と大銀貨8枚になった。
ギルドを出て商店街を見ていると、銅貨1枚が日本円の10円に相当することがわかった。
多分物価の違いはあると思うが、大方合っているだろう。
つまり、
今回の報酬は小金貨9枚と大銀貨8枚、約10万円の収入であった。
もし毎日やったとして月約300万。
冒険者が儲かると言われているのも納得である。
ただ、命懸けであることと、毎日獲物を仕留められるとは限らないというのが難点だ。
また、依頼難易度が低いと報酬も低いらしく、E、Fランクレベルの依頼だと報酬は良くて大銀貨1枚と、到底生きていけない額である。
さて、10万というのは、小さな子供にとってはとんでもない大金である。
リーファ先生がいるとはいえ持ち歩くのも怖いので、どうせなら今日で使いきってしまおうということになった。
先生がオススメの店があるというので、連れていってもらった。
「魔道具屋?」
「そう、魔道具っていうのは、魔石を使った道具のことで、杖が代表的だね」
魔石とは魔力に作用する鉱物のことで、種類用途は様々。
例えば杖なら、拡魔石という、魔法の効果を強める魔石が使われる。
リーファ先生の杖は風の魔法に効果のある魔石らしい。
また、魔道具には魔術師が魔力を充電(充魔?)することで使えるようになるものもある。
冒険者ギルドのギルド証をつくる機械などがそうだという。
もっとも、あの機械の製造方法は冒険者ギルドによって秘匿・独占されているらしいが。
「アルス君にもそろそろ杖があった方がいいと思ってね。卒業祝いだよ」
卒業祝いが自腹かよ、しかも初任給。
まあいい。杖はあると便利だろうから。
先生が店の扉を開けると、店の奥から店員と思われる若い女性が出てきた。
「いらっしゃいませ、あ、リーファさん。いつもありがとうございます」
先生はどうやら常連らしい。
「お弟子さんですか? まだ小さいのにすごいですね! それで、今日は何を探しに?」
「この子に杖を買おうとね。見せてもらえる?」
「はい、こちらです」
店員が杖の売り場に案内してくれる。
様々な杖が棚に並べてあり、それぞれに値段と機が書かれた板が添えられている。
値段はピンキリで、高いものでは値札に白金貨、つまり100万円以上の表記があるものもある。
機能については…素材とかいろいろ書いてあるけどよくわからん。
「予算はどれくらいですか?」
悩んでいると、店員さんが尋ねてきた。
選んでくれるのだろうか。
「小金貨9枚です」
「得意魔法は?」
「えーと、たしか水と風です」
「2種類ですか、すごいですね! ただ、複数の属性特効となると高くなりますから……。一番多く使う魔法はなんですか?」
「水魔法ですかね」
「うーん、なら、この杖がいいかと」
店員が指した杖は、木製の柄に水色の魔石がついていた。
値段は8万5千ユルズ。
魔石は先生の杖のものよりかなり小さい。
先生の杖はめちゃくちゃ高いんだろうな。
俺は素材の良し悪しなどはわからないので、店員の言葉に従うことにした。
「じゃあ、それで」
杖を買い、俺達は帰路についた。
そういえば試験は合格だったのだろうか。別に不合格でも家庭教師は終わるんだけど。
暇になるな、と思っていたら、初等学校の入学が間近に迫っていた。




