第4話 【1限目】魔法を撃ってみよう
家庭教師はすぐに見つかった。
魔法使いが最も忙しいのは戦時であり、平時の昨今、魔法使いはそこまで忙しくない。
勿論、数の少ない魔法使いの需要は高いので、その分報酬も高くなる。
そのため、魔法使いがいなくてもできることは、効率が悪くてもなるべく人力でやってしまうらしい。
そんな現在の魔法使いにとって、一番稼ぎのいい依頼は魔物狩りと家庭教師であった。
魔物とは、この世界のほぼ全域に存在する生物で、その攻撃的な性格から、被害は絶えない。
起源は、通常の動物が魔素によって突然変異したものと言われていて、詳しい生態は解明されていないみたいだ。
魔物図鑑のようなものもあり、定番のゴブリンやスライム、ドラゴンなどもいれば、全く見覚えのないような異形の魔物もいる。
魔物狩りは、魔物の死体から回収できる素材も含めて、高収入を期待できる仕事である。
ただ、勿論魔物も無抵抗なわけではないため、返り討ちにあって死ぬこともある。
そのため、身の危険もなく、安定した収入を得られる家庭教師もまたポピュラーな仕事であった。
もっとも、魔法を使える子供も数は少ないので、そうそうありつける仕事でもないのだが。
ということで、家庭教師の先生がやってきた。
「リーファ・ミリスミットです」
やってきたのは、母よりも年下に見えるスラっとした綺麗な女性だった。
外見からすると、大学生か、少し大人びた高校生にも見える。
つばの広い帽子をかぶってローブを身にまとい、右手には彼女の身長ほどある立派な杖。
いかにも魔法使いといった格好である。
そして、淡い緑色をした髪から飛び出した長い耳。
前世の認識通りなら、彼女は間違いなくエルフであろう。
というか、随分と若いな。
もっと熟練者っぽいのが来ると思ってた。
両親も目を見開いて驚いていた。
予想より若かったからか、それともエルフは珍しいのか?
「随分と早く見つかったと思ったら、お前か……」
「どうもエルヴィンさん、お久しぶりです」
どうやら、父の知り合いらしい。
父はため息をついているが、何かあったのだろうか。
「シーディアにいたのか」
「はい、たまたまこっち方面の依頼を受けていたので。
次の依頼を探してたら、エルヴィンさんの名前を見つけまして。
それで、こちらがその息子さん?」
「次男のアルスだ。
はぁ、これは高くつきそうだ……」
「期待してますよ」
そう言って、リーファは右手の親指と人差し指で輪っかをつくってにやっと笑う。
なるほど守銭奴か。
「リーファさんって、あの、“龍狩り”の……?」
母が信じられないといった様子で聞く。
龍狩り? 二つ名か何かだろうか。
「そうだ。
こいつが“龍狩り”のリーファ。
世界で5本の指に入る魔法使いだ」
「どうも、そのリーファです」
リーファが恥ずかしそうに頬を掻く。
母は声も出ないようだ。
そんなに高名な人が教えてくれるとは。
「とりあえず上がってくれ」
「よろしくお願いしまーす」
屋敷に入った後、まず彼女の部屋が割り当てられた。
家庭教師を住み込みで、というのがこの依頼の条件だった。
俺がまだ3歳ということで、魔法以外のことも教えることになっていたからだ。
その分報酬は高いらしい。
父は、やめておけばよかった、と後悔していた。
その後、例の書斎にリーファを案内した。
既に応急処置はしてあるが、ひと目でわかる惨状である。
「ひゃー、これはすごいですね。
私でもここまでではありませんでしたよ」
やっぱり特殊らしい。
彼女も風の魔法で家の屋根を半壊させたらしいが。
「これは鍛えがいがありそうですね」
ということで、最初の授業が始まった。
「魔法を使う時に一番大切なのは、魔力の“形”を捉えることなの」
魔法の授業は、屋敷の庭で行われた。
そんなに大きな魔法は使わないから、これくらいで大丈夫だろう、とのことだ。
「無詠唱はそこまで難しいことじゃない。詠唱の時に吸い出されていた魔力を、自分で押し出してやればいいわ」
リーファ先生が右手を前につき出すと、手のひらから染み出すように水が出てきて、水弾ができる。
そして勢いよく飛んでいき、前方の的に当たった。
的は、さっき先生が魔法でつくったものだ。
「はい、やってみて?」
「魔力酔い?は大丈夫でしょうか」
「大丈夫大丈夫。魔力酔いは基本的にはじめて魔法を使った時に起こるものだから。万が一起こっても、私が止めてあげる」
リーファ先生は、ほら、と的を指差す。
俺も先生と同じように右手を掲げ、右手に血液を集めていくように力を込める。
集まったものを押し出すようにイメージすると、何かが抜けていく感じがした。
見てみると、手のひらの前に水の玉ができていた。
今度は勝手に大きくなったりはしない。
「おぉ!」
成功だ、と気を抜いたら、水弾はそのまま落ちてしまった。
「えーと、前に飛ばすにはどうしたらいいですか?」
「飛ばす時もすることは同じ。
ためて弾くように、引いて撃つようにイメージすればいいよ」
もう一度右手に集中する。
今度はためてから、しぼって放つように意識する。
すると、水弾が手から放たれ、的の手前で減速して地面に落ちた。
「調節してみて?」
次はもっとしぼってみる。
弓を引くようにイメージする。
そうしたら、水が矢じりのような形をして飛んでいき、的に当たった。
「今、何をイメージしたの?」
「弓矢です」
「うん、いいね。そうやって、魔力はイメージすれば、その通りになる。例えばこんな感じに」
先生はそう言うと、いろいろな形をした水弾を撃ち出していく。
矢が、龍が、蝶が、そして最後に俺の顔の形のボールが的に当たって弾けた。
「………」
「ははっ、ごめんごめん。とまあ、こんな感じ。今、だるかったりする?」
「いいえ……」
「じゃあ、今日はこの感覚を覚えようか。他のことを考えてても撃てるくらいにしよう」
「わかりました」
ここから数十発水弾を撃ったところで、俺の魔力が尽き、今日の魔法の授業は終わった。
「いやー、アルス君はすごいね!
最初からこんなに魔力があるとは思わなかったよ」
夕方、俺とリーファ先生は座学をしていた。
彼女の家庭教師の契約には、魔法以外の授業も含まれている。
今は算数。
先生がつくったプリントを俺が解く、を繰り返していた。
算数とか何年ぶりだろうか。
正直これこそ金の無駄である。
「ってか、君頭もいいね。私より計算速いじゃん。これなら初等学校くらい余裕でしょ。やめやめ、やっぱり魔法の授業しよ」
「父様に怒られると思いますけど……」
「これだけできれば文句も言わないって」
と言って、授業道具をしまってしまう。
まあ、俺も魔法の方が楽しいし、いいんだけど。
「今日で大分感覚を掴めたみたいだから、明日からは得意な魔法を鍛えていくよ」
「得意不得意があるんですか?」
「うん。
まず、基本的に魔法使いは放出魔法の得意なアタック型と、付属魔法の得意なサポート型にわかれる。
私は今日見た通りアタック型の魔法使いで、多分アルス君もそうだと思う。」
「もう片方の魔法は使えないんですか?」
「そんなことはないけど、魔力効率が異常に悪いんだよね。私の場合、1回の付属魔法の分の魔力で、100発は放出魔法が撃てる。さらにアタック型の中でも、属性の得意不得意があるの。例えばね……」
先生が同時に火と水の玉を出す。
火の玉よりも水の玉の方が一回り大きい。
おぉ、同時に2つ、難しそうだ。
「今、私は同じ量の魔力を込めてるけど、結果は見ての通り。
私は火の魔法を使うのに、水の魔法の2倍の魔力を消費する。
岩が火と同じくらいで、雷が水と同じくらい。
そして、私が一番得意なのは風の魔法。
この玉をつくる魔力があれば、この部屋を吹き飛ばせる」
なるほど、そうなると、得意じゃない魔法を知らないのはかなり不利だ。
「僕の得意魔法はなんでしょうか?」
「まだわからないけど、今日の様子を見る限り、水は苦手ではないと思うよ。明日はとりあえずすべての属性の魔法を使ってみよう」
「わかりました」
「あと、今日からずっと、魔力を使い切ってから寝るようにしてね。そうすると、魔力量が増えやすいから。どこまで伸びるかわからないけど、いけるとこまでやってみよう」
夜、俺はベッドの脇の桶を水で満たして、気絶するように眠った。
ってかこれ気絶だ。強制睡眠。
翌日、2回目の授業。
得意な魔法を見つけるのは、結構難しい。
自分が消費している魔力量を把握して、同じ量の魔力を込めなければいけないからだ。
「一番楽なのは、両手で同じ威力の同じ魔法を撃つことだね」
先生が両手を前に突き出し、同じ大きさの水の玉をつくる。
「そういえば、風の魔法じゃなくていいんですか?」
先生の得意な属性は風という話だった。
そっちの方が先生も楽だと思うのだけど。
「風の魔法が見える?」
「あっ、そっか……」
失念してた。
「ふふ、魔力切れなら大丈夫だよ。まだまだアルス君よりは上だからね。それよりほら、やってみて?」
「はい」
俺も両手を突き出し、同じ量の魔力をそれぞれ込めて水弾をつくる。
「右の方が大きいね。調節頑張って」
「手によって魔力効率が違ったりはしないんですか?」
「しないね。そもそも、別に手である必要もないの」
先生がどこも動かさないで、虚空に水の玉をつくる。
「最初は手がイメージしやすいから、簡単ってだけ」
「なるほど」
もう一度両手に水弾をつくり、大きさを調整していく。
同じ大きさになったら、また新しくつくり直す。
これを繰り返していく。
「そろそろ今込めてる魔力の量を覚えたかな?
じゃあ、左手は火にしてみて」
同じ力加減で、右手に水弾を、左手に火弾をつくる。
すると、火の玉の方が小さかった。
火よりも水の方が得意なようだ。
「他でもやってみようか」
順に、風弾、土弾、雷弾とつくっていく。
「風弾と雷弾の大きさがわかるんですか?」
「私はわかるよ。エルフは魔力が見える。種族ごとに、特性があるんだ」
エルフは魔力への干渉が上手い、ビーストは身体能力だ高い、等々。
エルフは魔法使いじゃなくても魔力が見えるそうで、魔法使いの場合はそれが大きなアドバンテージになるのだとか。
ちなみに、相手の体内の魔力は見えないらしい。
「人間族は何ができるんですか?」
「それが、あまりわかっていないんだよね。繁殖能力が高いとか、発明が得意とか、いろいろ言われてるけど」
「そうなんですか。というか、リーファ先生が魔力を見れるなら、僕が調節する必要なかったのでは……?」
「いや、消費している魔力量を知るのは大事なことだからね。必ず通る道だよ」
調べた結果、水と風が得意で、雷が苦手なようだ。
雷、使い勝手良さそうだったんだけどな。
「得意な属性が複数、珍しいね」
「珍しいんですか?」
「うん、大抵は1種類だからね。現に私も風だけなわけだし。中には、苦手属性なしとかいう化け物もいるけどね」
得意な属性が多いのは、基本的に有利でもあるらしい。
リーファ先生のように、1つの属性が圧倒的に得意、というケースもあるようだが、これも稀らしい。
「じゃあ、これらを中心にやっていこうか」
「付属魔法はやらないんですか?」
「やってみる?多分上手くいかないと思うけど」
これも、すべてのタイプをやってみることにする。
先生が実演してくれるので、真似していく。
「付属魔法は、魔力を目標を包むように展開するの。例えば、治癒魔法だったら怪我をしている部位を、促進魔法だったら強化したい部位を」
これも調べたところ、先生の言う通り圧倒的に魔力効率が悪かった。リーファ先生曰く、放出と付属は共存しない、というのが今の常識で、そもそも一方は使えないという魔法使いが多く、どちらも使えたとしても、片方は極端に魔力効率が悪いものらしい。
「使えるだけすごいと思うよ。実際、使えないのとは大違いだからね」
これで今日の授業は終わり。
授業はまだまだ序盤である。




