第3話 初めての魔法?
『魔法基礎教本』はその名の通り、魔法の教科書のようなものである。
魔法とは何か、その種類と効果、使用法などが、図や写真のようなものを用いながら、詳しく記されていた。
書かれていた内容は、まとめると以下の4つのことだった。
①まず魔法とは、“自身の魔力を、空気中の魔素を通じて物体や現象として具現化させること”らしい。
小難しく書いてあるが、簡単に言うと、自分の魔力をものに変えること、である。
だから、基本的に魔力をもたない者は魔法を使うことはできない。
魔素という物質は、つまり魔力を走らせるための導線のようなものである。
魔素濃度の高低によって、魔力の使用効率が変わるそうだ。
②次に、魔法は大きく2種類に分類される。
1つが放出魔法で、もう1つが付属魔法だ。
放出魔法は、そのまんま魔力を体外に放出して作用させる魔法だ。
攻撃魔法や生成魔法がこれに含まれる。
付属魔法は、効果を付属した魔力を自分や他人の身体に纏わせて作用させる魔法だ。
付属する効果によって、治癒魔法や、バフやデバフを付ける促進・抑制魔法になる。
これらは、その効果によってさらに火・水・風・岩・雷5属性に分けられる。
もっと細かく突き詰めればこの限りではないのだが、大半はこの5つに属するらしい。
③魔力量は鍛えれば上がるが、各々の限界値がある。
限界値の基準は不明らしい。
いくら魔力を持っているといっても、1日に数発しか撃てないのであれば、戦闘面では使いものにならない。
魔力量は直接その魔法使いの強さを左右する。
より魔力を込めれば、威力が、規模が、飛距離が上がる。
この辺りは、前世の物理法則に通じるものがある。
しかし、温度を下げるのにも魔力を使うように、より細かいことを行うのにも魔力を消費するらしい。
単なる比例計算ではないようだ。
④魔法の発動は基本的に無詠唱で行う。
魔法は使い手の想像力に依存する。
何度の火を出すのか、どんな形の岩をつくるのかなど、魔力を形作っていくイメージが必要になる。
詠唱はそれらを全て自動化してくれるので、魔力をイメージするコツを掴むために、初歩的な段階で用いられる。
単純な魔法にはほとんど詠唱があるが、逆に言うと、無詠唱で魔法を発動できない人は、魔法を応用することが全くできないのだ。
その時点で、魔力を持っていたとしても、魔法使いとしては役に立たないらしい。
それに、相手に何の魔法を使うのかを教えるようなものだし、長々とした詠唱で、素早く変わる戦況に付いていくのは難しいだろう。
教本にも、いくつか簡単な魔法の詠唱が載っていた。
どれも厨二病臭いものばかりである。
教本を読み終えた俺は、魔法を使いたくてうずうずしていた。
魔法なんて、前の世界では完全にファンタジーの中のものだった。
せっかく異世界に来たのだから、前の世界になかったことをしたい。
これで魔力がないとわかったら、3日は引き籠る。
それにしても、どうしたら自分に魔力があるのかわかるのだろうか。
教本には何の説明もない。
何か見た目の違いがあるとか?
でも、父はわかっていなかった。
成長によってわかるようになるのだろうか。
10年後とかだったら正直待ちきれない。
もしかすると、調べるための機械とかがあるのかもしれない。
しかし、見渡す限りこの書斎にそれらしいものはないし、屋敷の中でも見なかった。
ならば、実際に使ってみればわかるのではないだろうか。
魔力があれば魔法が発動するはずだし、なければ発動しない。
うん、妙案に思えてきた、というかこれしかない。
もう我慢できない、1秒でも早く魔法を使ってみたいのだ。
俺は詠唱が載っているページを開き、それらしく右手を突き出す。
「えーと、さすがに火属性はやめといた方がいいよな。水とかでいいか」
俺は窓の方を向き、水属性の魔法の一番上に書いてある『水鉄砲』という魔法の詠唱文を口に出していく。
『水鉄砲』はその名の通り、水の玉を勢いよく飛ばす魔法らしい。
名前からして弱そう。
「えー、これ口にだしたくないな…。
水の精霊よ、我に力を与えたまえ、その力をもって、目の前の脅威を撃ち抜かん─」
全身から手に血液のようなものが集まっていく感覚がする。
ちらりと手の先を見ると、野球ボールくらいの水の塊ができていた。
「─水でっぼ……えぇ……?」
これは成功か?
と思った直後、さっきとは比べものにならない程の魔力が一気に右手に向かっていく。
何かに無理やり吸い出されているような感覚に襲われた。
さっきまで拳大の大きさしかなかった水玉が、みるみる巨大になっていく。
そして次の瞬間、弾けるような衝撃と共に、水玉が書斎の壁を突き破って飛んでいった。
何が起こったのかわからず唖然としていると、いきなり強い眠気のようなものが俺を襲い、そのまま気を失ってしまった。
~・~・~・
「――、―――ス、アルスっ!」
父の声で目を覚ます。
俺は書斎ではなく、自分の部屋のベッドに寝かされていた。
身体がだるく、頭もぼーっとする。
何があったんだっけ。
そうだ、魔法を使ったんだ。
それで、なんか暴走して………
ああ、これは怒られるな。
屋敷の壁を派手にぶっ壊したのだから。
書物も、いくつか濡れてしまった。
まさか追放なんてされないと思うが……。
さて、どう言い訳したものか。
「アルス! よかった!」
父が安堵の表情を見せる。
さらに、ずっと手を握られていたことにも気付く。
母が、目を潤ませて、俺の手をぎゅっと握っていた。
奥の方には、ハネルの姿も見える。
びっくりした。
失敗したら罰せられる。
それが当然だと思っていた俺は、怒られこそすれ、心配されているとは微塵も思っていなかった。
父が、「よかった、よかった」と続けて言う。
母は静かに涙を拭っていた。
初めて、俺が親から息子として見られていることに気付いた。
普段からいつも1人で行動していて2人とは接する機会があまり多くなかったので、あんまり興味ないんだろうなぁ、と勝手に思っていた。
前世でも似たような感じだったからかもしれない。
2人が俺のことを想ってくれていることに気付いた途端に、申し訳ない気持ちが溢れてきた。
「と、父様、申し訳ございません、まさかあんなことになるとは思わなくて、父様の大切な書斎を……」
「そうだ! お前、もしかしてこれを読んだんだのか?」
父は思い出したように言うと、水に濡れた魔法基礎教本を見せてくる。
あの時は興奮していて考えもしなかったが、もしかすると子供は魔法を使ってはいけないとかそういうルールもあったかもしれない。
しかし、もはや嘘などつけない。
あの部屋には俺しか居なかったのだ。
疑う余地などないだろう。
「ごめんなさい……」
「文字はハネルが教えたのか?」
「教えていないと思います。
私はエルヴィン様がお教えなさったのかと……」
「いえ……文字は、ハネルがいつも読み聞かせをしてくれていたので……」
「それだけで?」
まあ、疑問に思うのも当然だろう。
幼児向けの童話とはわけが違うのだから。
俺としては約3年間留学していたようなもので、ハネルの読み聞かせもあり、辞書まであったのだから、これくらいは読めて当たり前である。
しかし両親からすれば、文字を知らないはずの3歳児が本を読んでいるように見えるわけだ。
たまに様子を見に来たりしていたが、まさか理解しているとは思わなかったのだろう。
俺だって、立てるようになったばかりの子供が小学校の教科書や文庫本を読んでいても、本や文字そのものを物珍しく思っているだけだと考えるだろう。
もちろん両親は、俺のかつての学歴なんて知らない。
間違いなく俺は天才に見えるだろう。
「はい……」
うーん、さすがにきついか?
なんなら、今から子供の戯言ということに……
「あなた、アルスに魔法の教師をつけましょう」
ここで、今まで何かを考え込んでいた母が口を開いた。
「アルスには魔法の才能があるわ。
ここまで規模の大きい魔力酔いは、聞いたこともないもの。
初等学校に通い始める6歳までの期間だけでもやってみたら?」
学校。そういえば、ヒルメスが通ってたっけか。
6歳からだから、ちょうど小学校にあたる。
中等、高等もあるのだろう。
それよりも、魔力酔い、とはなんだろうか。
さっきのあの現象のことだとは思うが、何が原因なのかわからない。
あんなことがしょっちゅうあるのでは、たまったもんじゃない。
「あの、魔力酔いって何ですか?」
俺の問いに、母が答える。
「魔力酔いっていうのは、魔法を初めて使う時に、身体の魔力が暴走してしまうことよ。教本にも書いてあったと思うけど……。そんなに珍しいことじゃないんだけど、普通はちょっと威力が上がるくらいなのよね……」
ちょっと、か。
あれはちょっと……じゃないよな、たぶん。
これは、魔力が多いということなんだろうか。
ん? でも、初めてなのに魔力が多いっておかしくね?
そういうこともあるのか?
「教師か……でも、アルスはまだ3歳だぞ?」
「もう魔法基礎教本も読めるのよ?それに、他のことは学校で十分よ」
「それもそうか。うーむ……」
魔法を教われるのは魅力的だ。
前の世界になかったものを独学で、というのは厳しいだろう。
他のことなんて、学校すら必要ない。
少なくとも、小学校レベルで苦労することはないだろう。
それに、魔法が使えるとわかった以上、今はそれに全力で取り組みたい。
「父様、やってみたいです!」
「そうか。よし、わかった。アルスもそう言うなら、明日依頼をだしておくか」
こうして俺に家庭教師がつくことになった。




