第2話 中身は大人
遥か昔、世界は荒れていた。
人間族、獣人族、森人族、岩人族、龍人族、海人族……
様々な人種が己の利権を求めて争っていた。
新たな国ができては滅び、できては滅ぶ。
憎悪が憎悪を生み、戦争は絶えなかった。
ファスシードという少女がいた。
人間族の寒村に産まれ、村の人々と細々と暮らしていた。
特別力が強いわけではない。
特別頭がいいわけではない。
彼女は普通の少女であった。
ただ一点を除いては。
彼女はこの世界の精霊達と話すことができた。
他の人々には声は全く聞こえない。
しかし、彼女の周りには常に小さな光が舞っていた。
ある日、村は滅びた。
戦争は、容赦なく彼女の日常を壊した。
彼女の両親は死に、村は全て燃やされた。
彼女は深く悲しんだ。
己の非力さに絶望した。
そこで、精霊達は彼女に力を与えた。
世界を変える為の、強大な力を。
世界に復讐できる力を。
しかし、彼女が村の外で見たのは、荒廃しきった大地と、かつての自分のようにうちひしがれる人々の姿だった。
それでも争いは続く。
人々は足りないものを求めて戦い続けた。
だから彼女は与えた。
彼女の持ち得る全ての力で、全ての人々に。
精霊達は彼女の声に応えた。
大地を潤し、緑を戻した。
こうして戦争は終わった。
~・~・~・
「『求める者に大いなる精霊の加護あらん………。おしまい』
では、アルス様、そろそろ寝ましょう。
おやすみなさい」
「おやすみなさい」
メイドのハネルは読み聞かせていた絵本を閉じて、部屋のカンテラの灯を消した。
部屋が暗闇に包まれる。
日本とは違い、窓からの街灯の光で夜も明るいということはない。
せいぜい月の淡い光が窓際を照らすくらいである。
ハネルはこの家のメイド兼俺の教育係である。
肩まで伸ばした金色の髪と大きな胸が目立つメイドだ。
両親よりは歳上に見える。30代前半といったところだろうか。
住み込みで働いているので、結婚はしていないと思われる。
教育とはいっても、最近3歳になったばかりの俺に対してできることは、今のような読み聞かせくらいしかない。
もっとも、異世界から来た俺にとっては、言葉を覚えることよりも、文字を覚えるのにもってこいであった。
今日の絵本はこの世界で最もメジャーな童話のひとつで、一応実話を基にした話らしい。
神話の類に近いように感じるが、魔法があるというこの世界では実現可能なのかもしれない。
1人の少女が戦争を止める。
多分実際にはこんな簡単には終わらなかっただろうし、もっと血生臭いこともあったのだろう。
童話なのでこれくらいがいいのかもしれないが。
この後から各地に魔法を使える者が現れ始める。
ファスシードを助けた精霊達が人々に力を与えることで、魔法が使えるようになると言われている。
しかし詳細は不明であり、彼女のように精霊と話せる人も見つかっていないらしい。
魔法使いの数も少なく、その中でも強力なものとなるとほんの一握りしかいない。
各国は優秀な魔法使いを囲うのに必死だ。
俺が住んでいる国はファスシード王国といい、世界で最大の領土と人口を抱えている。
名前の通りファスシードがつくった国らしく、彼女が共に戦った者達と王国を形成したようだ。
『王都シーディアは世界最大規模の都市である。
3重の高い城壁が都市全体を囲み、城下町を見下ろすように建つ中央のシーディア城は、この国の圧倒的な権利を思わせる。
様々な種族が行き交い、商業区には世界中の商品が集まる。
世界の中心として、今日も賑わいを見せる。』
とのことである。
ハネルが読んでくれる絵本に、こんない詳しい情報は載っていない。
ならばどこで俺がこの世界のことを学んだかというと、最近読むようになった本からであった。
足腰がしっかりとしてきて立ち上がれるようになった俺は、ハイハイでは行けなかった2階を探索していた。
やはり二足歩行はいい。
移動効率が格段に上がった。
ハネルは俺が歩けるようになると、もう諦めたのか、それとも年齢的に大丈夫だと思ったのか、あまり俺を部屋に連れ戻さなくなった。
なので、最近は心置きなく家中を見て回っている。
後ろからハネルが着いてくるのが気になるが、仕方ないだろう。
階段を上り、2階の廊下の奥。
そこで俺は父の書斎を見つけた。
入って左側の大きめの作業机の上に書類が纏められていて、右側には沢山の本棚が並んでいた。
ほとんどが王国の資料であったが、中にはこの世界に関する本なども多数あった。
まるで小さな図書館のようだ。
とても個人の蔵書の量ではなかった。
ここ数ヶ月、俺は書斎の本を読み漁っていた。
辞書のようなものを見つけてからは、かなり効率が上がった。
人間族の言葉は、文法が英語のそれに似ていた。
ハネルの読み聞かせで文字も多少覚えられていたから、習得はかなり早かったと思う。
こういう時に漢字やカタカナがないというのは、大変楽である。
日本語が難しいと言われるのも納得だ。
そして今日の昼間、興味深い本を見つけた。
表紙には『魔法基礎教本』と書いてあった。
果たして俺に魔法が使えるのかはわからないが、明日からはこれを読んでいこうと思う。
~・~・~・
私ハネルはファスシード王国の南端にある村に生まれた。
10歳の頃に地元の地方領主の屋敷のとして身売りされた。
珍しいことではない。貧しい農村などではよくあることだった。
男児は働き、女児は家事を一通り叩き込んでから売りに出す。
幼いながらも悪くない容姿と、大きめの胸に惹かれた領主が私を高価で買い取った。
あの時両親には感謝されたものである。
小さな村の娘が地方領主の使用人になることは珍しく、せいぜい豪農の家や地元の商会で働くのが一般的であったからだ。
ただ、この領主が私に求めたものは、使用人としての仕事ではなかった。
いや、もはや仕事の一部といっても過言ではないくらいに一般的ではあるだろうか。
彼は私のからだ、というか胸に夢中であった。
まさか10歳ちょっとの小娘相手に最後まですることはなかったが、ことあるごとに私を呼び出し、執務室で、風呂で、布団の中で、胸を揉んでいた。
彼は領地の美人を屋敷の使用人として雇い、非公認の愛人として囲むことで有名であった。
不快じゃないというと嘘になるが、買われた時から覚悟はしていたし、別に減るものでもないからと、拒否することはなかった。
そもそも拒否権などないのだが。
まあ、所詮は新しいオモチャに夢中になっているだけであった。
しかし、彼の妻達はおもしろくない。
突然来た小娘に夫が夢中になっているのだから。
使用人に手を出すのはいつものことだとしても、私の場合は異常であったようだ。
毎日のようにベッドに呼ばれると思ったら、どうやら奥さんの相手もしていなかったらしい。
彼女達は私の顔を見る度に不快そうな顔をした。
そんな彼女らの前でも、領主は私に平気で手をだした。
屋敷に来て数ヶ月程で、私はいじめの対象にされた。
最初はまあ些細なものだった。
持ち物を隠されたり、他の使用人の仕事を押し付けられたり。
しかし、領主が態度を変えずにいると、次第に内容はエスカレートしていった。
屋敷に来て3年程経ったある日、食事に毒を盛られた。
解毒魔法を使える医者が来るまで、私は生死をさまよっていた。
一命はとりとめたものの、命の危険を感じた私は、すぐに屋敷から離れた。
実家に帰るわけにもいかず、家事以外に特別できることもなかった私は、王都で使用人の仕事を探した。
いい思い出など微塵もなかったが、地方領主の下で働いていたという経歴が役に立ち、仕事はすぐに見つかった。
前回の反省を活かし、短期の仕事を採ることにした。
それから約20年、沢山の貴族の下で働いた。
短期だからと手を出してくる貴族も少なくなかったし、二度と思い出したくないと思う程下劣な顔で私を見る貴族もいたが、最初のように殺されかけることはなかった。
いつの間にか婚期も逃していたが、気にすることもなかった。
そして、3年前に新たに就いた仕事が、ローズスロイス家に産まれる子供の教育係であった。
10年間という長い期間ではあったが、当主のエルヴィン様は浮わついた話は聞かないし、評判も良かった。
それに、高名な騎士家なだけあって、他のものよりかなり条件がよかった。
仕事に就いて1ヶ月後、子供が産まれた。
難産ではなく、助産婦の経験もあったため、出産はスムーズに終わった。
しかし、産声は上がらなかった。
まさかと思ったが、産まれた子供は普通に息をしていたし、目も開いていた。
こんなに静かな出産は初めてであった。
何とも不思議な子だった。
子供は男の子で、アルスと名付けられた。
彼は一切泣かなかったし、騒ぎもしなかった。
少々不気味な気もしたが、病気も見つからず、問題なく育っていた。
奥様のアリエル様は、前回よりも楽で助かると言っていたが、こんなに手間のかからない子供は見たことがなかった。
ハイハイができるようになったアルス様はよく動いた。
ちょっと前までの静かさが嘘かのように、屋敷内を動き回っていた。
ただ、まだ1歳児ということで怪我をされても困るので、部屋の外に出たら連れ戻すことにしていた。
しかし、少しでも目を離すとすぐにどこかに行ってしまった。
しかもその際にほとんど音がせず、部屋の中に一緒にいたはずが、気付いたらドアが開いていて外に出ていた、探しに行ったら既に部屋に戻っていた、などということもあった。
エルヴィン様に相談しても、やんちゃなことはいいことだ、むしろ静かすぎたから、元気そうで安心した、とのことだ。
でも、やはりおかしいのだ。
転んでも泣かない。
おしっこもうんちも、1度も漏らさない。そのくせ、オムツを換える時間になると、必ず出す。
オムツはいらないのではと、何度アリエル様に提案しようと思ったか。
変に落ち着いているし、相変わらず騒ぎすらしない。
私としては楽ではあるのだが、どこか異常があるのではないかと、本気で疑っていた。
しかし、次第にアルス様を不気味には思わなくなった。
それはいつ頃からだっただろうか。
多分、夜の絵本の読み聞かせを始めた頃だったと思う。
彼は、絵ではなく、いつも文字を見ていた。
それも、明らかに理解しようとして、私の声に合わせて文を目で追っていた。
時折俯く姿は、何か考え込んでいるようにも見えた。
この頃から、この子は頭がいいのではないだろうかと思い始めた。
実際、話し始めるのも早く、最近は絵本の内容に質問してくるようにもなった。
感覚的には、学校に通い始めた子供にものを教える感じで、年齢を考えるとこの感覚は異常ではあったが、不気味には感じなかった。
少しして、立って歩けるようになったアルス様の行動域に、2階が加わった。
もう連れ戻すことはしなくなっていて、ついていって何をしているのか見てみると、部屋に入って棚の中身などを物色しては、元に戻すことを繰り返していた。
全て見終わったら次の部屋に。
一応エルヴィン様に確認はしたが、特に問題はないようで、昼間は放っておき、たまに様子を見に行くに留めるということになった。
しばらくすると、彼は2階の一番奥にあるエルヴィン様の書斎に一日中籠るようになった。
中を覗くと、彼はいつも本を読んでいた。
絵本を読み聞かせていただけで、文字はまだ教えていなかったが、彼は本を理解しているようだった。
本を持ち出して、私や、暇な時にはエルヴィン様に質問しにいくこともあった。
内容は、この国には行ったことはあるか、どんなところか、とか、~族には会ったことがあるか、とかそんなものが多かったが、これを3歳児がしていると思うと、この子は天才なのではないか、と嬉しそうに言うエルヴィン様の意見にも頷ける。
ということで、最近は様子を見守ることもしなくなり、自由にさせていた。
しかし、やはり子供は問題を起こすもので、私はすぐに後悔することになる。




