プロローグ
「ぐっ……、くそ…」
目の前で中年の男性が顔を歪ませ、胸を押さえて倒れる。
真っ赤に染まった絨毯から、びちゃりと気持ち悪い音がして、男性の着ているYシャツを赤く染める。
俺はフラフラとした足取りで部屋の壁に寄りかかり、そのまま床にずり落ちるように座った。
「はぁ…はぁ、はぁ………」
都心のマンションの一室。
部屋いっぱいに血生臭いにおいが充満していた。
目の前には5人の男の死体が転がっている。
意識が朦朧とする。
体の至るところを焼かれるような痛みが襲い、傷口からは血が流れている。
まぶたが重い。
(こんなところで死ぬのか…)
雨月 柊、22歳。
殺し屋稼業17年目にして初の失態である。
同じく殺し屋の両親に幼い頃から殺しの技術を叩き込まれた。
小学校に入る前からナイフを握らされ、入ってからは放課後を全て鍛練に費やした。
中学生の時、初めて人を殺した。父が半殺しにしたターゲットの胸に、震える手でナイフを突き立てた。
高校に入ってすぐに、最初の個人での仕事を受け、地元の国立大学に入り、今に至る。
ナイフや拳銃だけでなく、長・短剣、槍、弓や爆弾などの多彩な武器。
空手や合気道などの日本武術や、太極拳や少林寺拳法といった中国拳法。
さらには、馬術や投擲術といったものまで。
殺しに役立つものはほとんど教わった。
殺しに人生を捧げてきた
とは言っても、他の部分では普通に生きてきたと思う。
友達がいなかったわけではないし、異性と付き合っていたこともある。
勉強をおろそかにしたこともない。
高校からはある程度の自由が認められていたから、部活には入らなかったが、殺人以外では普通の学生生活を送っていたと思う。
普通、普通と言っても、殺し屋だって自分にとっては普通のことだ。
もちろん世間的には犯罪だし、異常なことだってことは分かってた。
しかし、産まれた時から周りは当然の様に殺しで溢れていて。
いつしか殺しへの抵抗も無くなっていて。
人を殺すことは好きでも嫌いでもなかった。
殺しに快感を感じたこともない。
それでも任務には真剣に取り組んでいたし、失敗したこともなかった。
最近は特に苦労することなくターゲットを殺せていた。
思えば、そこに慢心があったのかもしれない。
今回の目標は4人のボディガードを雇っていた。
何とか全員殺せたが、こちらもたくさん銃弾を受けた。
急所にも数ヶ所当たった。
油断はするなと何度も言われていたのにこの様である。
応急処置の方法も教わったが多分間に合わない。
する程の体力も気力も残っていなかった。
(死にたくないな…)
自分で言ってて笑えてくる。
今まで何人も殺しておいて今更そんなことを思うとは。
それでも震えが止まらない。
何度も覚悟してきた死が怖い。
立ち上がろうにも力が入らない。
夏になったばかりだというのに、寒気が止まらない。
既に腰から下は感覚がなかった。
涙が頬を伝う。
後悔があるわけじゃない。
両親に怒りを感じているわけじゃない。
でも、ろくでもない人生だったとは思う。
ろくでもない人間だったとは思う。
殺し屋として働き始めてすぐは、罪悪感に苛まれ、目標の顔が脳裏に焼き付いて眠れないこともあった。
しかし、いつしか必要悪だと割り切っていた。
人としての倫理観など、とっくにを持ち合わせていなかった。
(もし生まれ変われたら…)
そんなことを考えてしまう。
もし生まれ変われたら、そのときはやり直せるだろうか。
人殺しの俺が、“人”として……




