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第6話 ライティングデスク

また気掛かりが出来てしまった。


志乃さんの『娘はね。嬉しいと感じるんじゃないかと思う。この空間を自分の色にして自分の居場所なんだ!ってね。』という言葉で


このドアの向こうのライティングデスク。


なかなか逃がせられないので、そのままにしていたんだけど、やっぱり無理にでも物置部屋に突っ込むべきだったのか


自分じゃ使う気になれなかったしなあ


ドサッ!とドアの向こうで荷物らしき物が崩れ落ちる音がする。

反射的にドアに向かって尋ねてしまう。

「大丈夫?!」

『平気!』佐藤さんは声を張り上げてくれてるようだ。


俺は ふぅ と一息ついて、ドアを見つめる。


グルグルと気掛かりのループに囚われていると、カチャ!とドアが開いた。

「お待たせしました」と佐藤さんはぴょこりと頭を下げる。


ノリの軽いやつなら「女子部屋、初IN! チョーヤバ!」ってとこなんだろうけど

俺にとっては、今朝までは気軽に行き来していた沓摺りの「敷居」が異常に高い。


「あ! ハイ! 失礼します」なんてギクシャクしながら沓摺りをまたいだ。



部屋の中は、思っていたよりずっと荷物が少なかった。

窓際にいたってはベットだけで、まるきり空けてある感じだ。


「カーテン 手伝ってもらえます?」

「お、おう!」不自然な、気の利かない返答をしてしまう。

それでも、ふたりでカーテンを持ち上げライナーにフックを取り付けていく。


カーテンを付けると、窓が木立の風景になった。

「すごい!部屋が森じゃん! 壁紙とカーペットの意味が分かったよ」

「そうかな?うまくいったかな?」

俺はお世辞でも何でもなく大きく頷いて言った「佐藤さん、絶対センスいいと思う」


「んー 喜んでいいのかな… あ、でも、まだなの、桜井くん! もう一度手伝ってくれる? 机をね、動かすの」


ライティングデスク、やっぱり気に入らないのだろうか?



佐藤さんは窓際に置き直したライティングデスクに椅子を引き寄せ、腰掛けてみて

「うん」と頷いた。

「桜井くんも座ってみて」


腰掛けてみると、外の景色を覆い隠した明るい色のカーテンの前で、ビーチ色のライティングデスクも合っているように思える。

「まるでロッジの窓際といった感じ」

「それは 盛り過ぎでしょ」

佐藤さんは膝小僧を揃え、左右の足をよくもあんなに曲がるものだと思うくらいに広げて机の脇にペタン座りした。


やっぱり聞いてみよう。

俺は決心して椅子から下り、佐藤さんの前に正座した。


「あのさ!このライティングデスク、置いていても大丈夫?」

「えっ?! 何か都合が悪いの?」


「いや、そうじゃなくて…ずっと使ってなかったから。あ、もちろんきれいに拭き上げたつもりだけど…」

やはり経緯を説明した方がいいか…


「このライティングデスク、もともと母の…実母の物で、母が大学入学の時に買ってもらったらしい」

「…年代物なんだ」

「少なくとも俺たちよりは年上ってことになるね。母はリケ女だったんだけど親父とデキ婚してさ、休学して俺を産んだ。ただ復学するつもりだったらしく、このライティングデスクも一緒に嫁入りしたわけ。」

「じゃ、お母さんの形見なんだ…」

俺は慌てて否定する。

「いやいやいや、母にはちゃんとした新しい家庭があって子供もいるらしいよ」

「とにかくどんな事情があったかは俺も詳しくは訊けてないんだけど、母は一人で生きていく必要に迫られて、ライティングデスクも置いていった… それから親父だって何回か引っ越しもしたし、いい加減このライティングデスクを処分しても良かったんだけど

俺が…母の似顔絵を落書きしてて。俺自身は全然覚えてないけどさ。それで処分しなかったらしい」

「え?似顔絵ってどこに?」

「左奥の脚の付け根あたり…」

「え~どれどれ…」

と佐藤さんはモコモコとデスクの下へもぐる。

その後ろ姿を見ると「女の子なんだ…」と思ってしまう。


「あっ!これか?!ん?…あはははは」

ふいにゴンッ!と音がした。どうやら頭をぶつけたらしい。


頭をさすりながらモコモコと出てきた佐藤さんは、俺の顔を見ると「ン、クククク」と笑いをぶり返らせた。

「あ~かわいかった」


俺は肩をすくめて聞いた。

「じゃまだったら物置部屋に片付けるよ」


「とんでもない!こんなカッコイイ机!使わせていただきます」


「黒歴史の机でも?」


佐藤さんは微笑む

「そんなことないよ」


「変な落書きがあっても?」


佐藤さんはまた吹き出して

「かわいいじゃん!」


俺は正座しなおして頭を下げた。

「ありがとうございます。末永くなんてとても言えないけど、よろしくお願いします。

このライティングデスクも、使ってくれる人に巡り合えて喜んでいると思う」


「こちらこそ末永くよろしくお願いします。」

と佐藤さんはライティングデスクを振り返ってから一礼してくれた。



この人も… おそらくはまだまだずっと先のことなんだろうけど…

本当の意味で、誰かに向かってこの言葉を発するのだろうか


その言葉を受け止めるであろう人のことを、微かでも羨ましいと思うのは、自分の孤独が割り増しになるので、絶対にやめようと 俺は思った。


人の心の中を見ることは実際には無理なんだろうけど

彼の心の中を見たら、やはり切なく感じてしまいそうです。


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