第2話 佐藤美咲
明日、向こうの家へ行く。
憂鬱!
一緒の高校?! 何で?!!
憂鬱憂鬱憂鬱憂鬱憂鬱憂鬱
頑張って入った高校なのに!
第一、別にここに住んだって良くない?!
事実婚でしょ?!
頭の中に嫌な想像が拡がる。
…窓の外のネオンも少なくなった暗い室内
母さんの部屋
乱れた…
思いっきり頭を振ってその光景を引き離す。
どうあがいたって、あがきなのだ。
結果なのだ。
この私の存在だってそう!
嫌になる。
嫌になる!!
これからの結果のイメージなんて、落ちることばかりだ。
憂鬱憂鬱憂鬱憂鬱憂鬱憂鬱
クローゼットの匂いが少し混ざった空気を小さなため息で押し戻して、頭の中の時間を巻き戻した。
父さんと離婚して、母さんは生き生きした、というよりバリバリ仕事してた。
それが半年くらい前から、ふとした瞬間に違和感の揺らぎがあった。このクローゼットの匂いよりももっと微かなもの…
それは、私のおなかの下の方をじんわり刺されたみたいな、もやもやした不愉快さで意識の片隅に現れるのだ。
それが決定的になったのは去年のクリスマスの朝。
イブの夜に無断外泊した母さんは、その朝『OLDY ENGLAND』を着たブラックサンタとして私の枕元に立っていた。
母さんからは、明らかなお酒とかの匂いに混じって、確かにその匂いがしていた。
母さんがヌグフフウと笑う。
「プロ~ポーズされたあ~」
「!!??!!☆△◇!!??」自分でもどういう声を出したかわからない。
そこからの顛末は気の重いことばかりだ。
顔見せの会食も受験を理由にキャンセルさせた。
その先送りの結果が引っ越し先での初めてのご対面だ。
これ、双璧憂鬱の片側!
「持ってく服、詰めた?」
母さんが開けっ放しのドアから入って来る。
私は視線を手元に落としたままで答える。
「まだ …明日、結構あったかくなるらしいから、動き回るのに何着ようかなと 思案中」と適当な言い訳をつける。
すると母さんは服の山からオーバーオールを引き抜いてバサッと投げて寄越す。
「これで何とかなるよ」
「これ着ると私、余計小さく見えるからやだ!」
「何で?着るとかわいいのに」
「親の目欲目」
「一向に片付かないからそれにしなさい」と母さんは他の服をドンドン詰め込んでしまう。
と、その時、母さんのスマホの着信音が鳴った。
画面を覗き込んだ母さんはクスッとしてそのグループラインに上げられた画像を私に見せる。
色分けされた『コップ、歯ブラシ、バスタオル、フェイスタオル何本か』がふた山に積まれている。
【取りあえず買いました。他のアメニティは判らないので用意をお願いします】と吹き出しが出る。
「マメだねえ」とスマホを自分の手に戻し、母さんはもう片方の手を私の顔の前に伸ばした。
「スマホ貸して!」
「?!」とする私を尻目に二つのスマホをチャカチャカと操作してから、私のを手元に返した。
「アンタもグループに入ったからね。連絡事項は確認するように!」
何か言いかけた私の目の前に人差し指を立てて
「保護者命令だからねっ!」
と釘をさされた。
これじゃ、独りでもここに住みたいという話は、…何か理由がなきゃ通らないなあ
理由作って戻って来られた時の希望に賭けて、置いていくものは置いていこうと、お気に入りのいくつかを箱からクローゼットにリターンさせた。
『どうあがいたって、あがきなのだ』という言葉を今度は飲み込んで