えのしま①
-5月3日-
メイが来てから2週間が過ぎた。
世間はゴールデンウィークで浮かれている。
「ご主人様、今日のご予定はいかがですか?」
朝食の片付け終えたメイが、ふと尋ねてきた。
「今日はバイトないし、特になにもないけど。」
「そうですか…。もしよければ、その、一緒にどこか出かけませんか?」
「え!?」
まさかのメイからのお誘いに、驚きを隠せなかった。
「い、いいけど。どこか行きたいところあるの?」
「そうですね…、まだ日本のことよく知らないので、観光できるところがいいです!」
正直あまり友達が多い方ではないので、観光地のことはよく知らない。
だが、1つだけ心当たりがあった。
「じゃあ、江の島に行ってみる?景色とかきれいだし、食べ物も美味しいし。」
江の島は某アニメの聖地であり、聖地巡礼で何度か訪れたことがあった。
「エノシマ…いいですね!行きたいです!」
「ちょっと遠いから、早速準備していこうか。」
お互い背中合わせで着替えて準備をした。最初はメイの着替える音にドギマギしていたが、最近は少し慣れてきた。
それにしてもこれ、ひょっとしてデートなんじゃないか!?
電車を乗り継いで1時間半。江の島に着いた。
天気は晴れ。絶好のデート日和だ。
「海がすぐそこにありますね!潮風が気持ちいいです♪」
メイの日本語は相変わらず固いままだ。
「あそこに見える島が江の島だよ。行ってみようか。」
「はい!」
それにしても…
この赤髪の少女は、俺が選んだ服を着てくれている。
自分の選んだ服を着てくれている女の子が、自分とデート(?)している。
俺はこの状況に、たまらなく高揚感を抱いていた。
今まで彼女いない歴=年齢だったが、女の子と遊びに行くのは、こんなにもワクワクするものなのか。
江の島に向かう橋を渡りながらメイといろいろ会話したのだが、にやつきを抑えるのに必死で、正直何を話したのか全く覚えていない。
橋を渡ると、島の入り口には数多くのお店が並び、人々が列をなしていた。
「とりあえず腹減ったし、海鮮丼でも食べようか。」
「カイセンドンって何ですか?」
「ご飯の上に魚をのせたやつ。」
「あ、おスシみたいなものですね!」
何か違うが、見てもらった方が早いだろうと思い、特に訂正せず店に入った。
店内はほぼ満席で、店員も活気があり忙しなく働いていた。
「じゃあこの生しらす丼1つ。」
「あ、同じものをもう一つ!」
メイも慌てて同じものを注文したが、一抹の不安がよぎった。
そういえば海外では、生魚は食べないと聞いたが…。
「メイ、生しらすって知ってる?」
「ナマシラス…、たぶんお魚の名前ですよね?」
これはまずいかもしれない。
「お待たせしました!看板メニューの生しらす丼です!」
俺とメイの眼前に置かれた生しらす丼は、光沢を帯びている。
生き生きとしたそのしらすは、今にも動き出しそうだ。
ふとメイの方を見ると、顔が引きつっている。
「あの、ご主人様。これは、そのまま食べるのでしょうか?」
「そうだね。そこのしょう油をかけて食べると美味しいよ。」
メイはきょろきょろ周りを見ており、なかなか手をつけない。
「生魚、食べたことない?」
「いえ、以前おスシは食べたことあるのですが…。ご主人様、ナマシラスがこっちを見ています。」
確かに透明な体をしている生シラスの黒々とした目は目立つ。だが、メイにはぜひ日本食に慣れてほしい。
「美味しいから、まず一口食べてみようよ。」
「…いただきます。」
メイは何かを決心したように目を見開き、一口分の生しらすを箸でつかみ、口の中に入れた。
緊張が走る。
「美味しいです!」
メイの不安な表情は一転、笑みに変わった。
次々と口へ運ぶ。
よかった。安堵した俺もやっと自分の生しらす丼を食べ始めた。
確かに美味い。