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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

視線

作者: John

内気で口下手。社交上手ではなく陰気で内向的な女性。外見からも着ている服は地味で実年齢38歳なのに彼女は50歳くらいに見間違われる事が多々あった。リンダ マックスウェル。3ヶ月前に3年連れ添った元夫のテリーと離婚して実家に戻って来ていた。言うまでも無く社交上手ではない内向的なリンダが恋愛結婚など出来る筈もなくリンダの父ジョーゼフの知人の息子との見合い結婚だった。その息子がテリーだった。だが、この結婚もリンダが望んで執り行われたものでは無く後に別れる事になってもリンダに非は無かった。そもそもテリーはリンダよりも18も年上で「お父さん、あたし結婚したくないわ。そもそも、あたし結婚には向いてないと思うの」と父に訴えていた。「そんな事を言ってお前は一生一人で暮らすつもりなのか?子どもが出来て親になれば、お前の人生観もきっと変わる。結婚は良いものさ。俺と母さんを見てみろ」この発言は一人娘のリンダの事を思って言ったものではあるが自分も孫の顔が見たいという願望も含まれていた。そして、半ば強制的に政略結婚のように式は執り行われた。そして、リンダは家に戻った。ジョーゼフは娘を非難した。それは知人の手前、自分の顔に泥を塗られたと感じてリンダを叱責した。「そもそも、お前に我慢、忍耐力、相手を尊重する気持ちが欠けているから離婚という結論に達したんだ」父の激高に触れ何も言い返せなかったリンダとジョーゼフとの間に溝が生まれ確執が深まっていった。そんな娘と父の間を取り成すのに母のマーサは気苦労していた。リンダはコーヒーを自分で入れトーストを1枚焼いて簡単な朝食を済ますと郊外にある職場に向かう。バス停まで約800m。近所の奥方達がゴミを出して立ち話に精を出している。「あれ見て、マックスウェルさんとこの娘のリンダよ」「あの娘、いつも地味で若々しさが無いわね」「そうそう、それに挨拶しても小さな声で挨拶を返して小走りで立ち去って行くのよ。何か、感じ悪いったらありゃしないわよ」「そんな娘だから結婚しても、たった3年で出戻って来たんじゃないの」「もうちょっと溌剌とした娘だったら再婚も出来るかもしれないけどあの様子じゃ無理ね」「あなた、シッー、近づいてくるわよ」リンダは言われも無い誹謗の的となりいつも小走りでバス停に向かっていた。あたしがあのおばさん達に何か害を加えた?何故、あたしの自尊心を踏み躙るような事が平気で言えるの?だから、あたしは誰とも関わりたくないの。そんな思いに駆られながらリンダは耐え忍んでいた。バスが来た。乗り込むとバスの一番後ろの座席の窓際に座る。ここなら誰の視線も浴びないで済むから。わざわざ振り返って後部座席の人間を観察する乗客なんていない。バスが走り出し窓の外の景色に視線を移していると10分、15分と時間が経過するに連れ殺風景な外観へと変わっていく。バスに揺られる事45分。職場の最寄りのバス停に到着した。バスの運転手はいつもの中老のおじさんだ。降車の際には「今日も頑張って」と声を掛けてくれる。「あ、ありがとうございます」リンダは飛び降りるように慌ただしくバスを降りる。バス停から歩いて8分。職場に着く。入り口にある防犯カメラが監視している。タイムカードを押して更衣室に向かう。ここでも他の女子社員の視線が気になるので一番奥のあまり目に付きにくいロッカーを上司に頼んで割り当ててもらった。そそくさと作業服に着替えて作業場に向かう。リンダの職場はマネキン製造工場でリンダの仕事は最終過程のマネキンの検品作業だった。務め出した理由は単純だった。人と関わる仕事ではなく、何の感情も持たない人の形をしたマネキンをただ黙々と検品するだけだったから。傷が無いか。マネキンの塗料の色にむらが無いか。そのような項目をチェックして梱包作業に回していくというものだった。務め出した当初は別に苦に感じなかった。だが、今はこの仕事を辞めようかとも思っている。1日に何百体というマネキンが運ばれてくる。何百、何千という亡霊のような生気の無いマネキンの視線までもが気になるようになり出した。見られている。あたしがこのマネキンを品定めしているんじゃなくて、このマネキンどもがあたしを監視して冷ややかな視線であたしを品定めしているんだわ。リンダは人間不信に陥り、もはや一人のサイコと化していた。12時。昼休みの時報が鳴り、リンダは社員食堂に向かう。リンダは朝食を軽く済ませているので昼食は2人前平らげる。カレーライスとミートスパゲティの食券を購入し賄いのおばさんに渡す。仲の良い社員同士でグループになって和気藹々と昼食を楽しむ人達。リンダは注文の品を受け取り一人窓際の目立たない場所に座っていつも食べている。社内恋愛の若いカップルがリンダから7mくらい離れた席に座った。こそこそと話している声がリンダにも聞こえてくる。「あのおばさん、また今日も一人だぜ。友達も居ねえのかな?」「見てよ。あの食べてる量。大食いコンテスト?だから、あのおばさんちょっと太っているのよ。アハハ」「そうだな。あのおばさん、いつも陰気臭いしな。食う事しか興味がねえって感じだな」リンダはここでも耐え忍んでいた。いっその事、自殺するか。そうすれば、こんな邪悪な人間どもからあたしは解放される。あたしなんかこの世に生まれてこなければよかったのよ。泣きたい心境だが職場の人前という事もありそうもいかない。体調が悪くなったと言って早退しようかとも思ったが昼休み終了の13時の時報が鳴った。後4時間の辛抱。またゾンびのような生気の無い視線がリンダに注がれる。16時45分。腰に手を当ててこれ見よがしにポーズを取っている1体のマネキン。プロポーションは自分と違って抜群に良い。そのマネキンが蔑んだ眼差しで自分を見ているような錯覚に捕らわれリンダは自分を制御出来なくなった。周囲を見渡し誰も自分を見ていない事を確認するとリンダはそのマネキンに平手打ちをお見舞いした。そんな事をしても自分は解放されないと解っていてもリンダの憤怒はもう決壊間近の堤防のようになっていた。帰路も朝と同じように最後尾の窓際の席に座る。家に帰り風呂に入る。夕食も一人で母が作ってくれた料理を味気なく食べる。そして一人自分の部屋に篭もる。マーサが暫くして部屋の扉をノックした。「リンダ、ちょっといいかい?」「どうしたの?母さん」「お父さんがちょっと話があるって言ってるの。キッチンに来てくれないかしら」リンダは気乗りしなかったが母の頼みなので仕方なくキッチンに向かった。父は何故か上機嫌だった。テーブルの椅子に皆が座る。マーサが皿をだして林檎の皮を剥いていた。ジョーゼフが饒舌に喋り出す。「リンダ、仕事の方はどうだ?」「別にいつもと変わらないわ。父さん、話って何よ」ジョーゼフが勿体ぶって話しを切り出す。マーサが剥いた林檎をリンダとジョーゼフの前に差し出す。リンダがフォークに刺さった林檎を齧る。「実はな、お前に良い縁談の話があってな。俺は、やっぱりお前には幸せな家庭を築いてもらいたいんだよ。俺も母さんも普通に考えればお前より先に逝くってのが筋道ってもんだ。そしたらお前は一人ぼっちになる。家庭を築いて亭主と子どもに恵まれたらお前は支えてくれる家族が出来るんだ。今度の結婚相手は歳もお前と変わらん。俺もこの縁談を纏めるのに骨を折ったんだぞ」リンダは顔を顰めて言う。「止めてよ、父さん。あたし結婚する気なんか無いわ。もう懲り懲り。その話は断ってちょうだい」ジョーゼフが熱くなる。「何を言ってるんだ。夫婦なんてものは互いが互いを尊重し合えば上手くいくもんだ」マーサが割って入る。「お父さん、これはリンダの人生なんだからリンダの意見を尊重してあげてちょうだい」ジョーゼフがテーブルを拳で叩く。「母さんまで何を言っておるんだ。俺がこの話を纏めるのにどれだけ苦労したか解っているのか。大体、リンダのこの人間性に問題が有るんだ」ジョーゼフがエスカレートしていく。リンダも黙って聞いていたが頭の中で辛うじて理性を繋ぎ止めていた線がプツンと切れる音がした。それは、係留していたヨットがビットに繋いでいたロープが切れて波に攫われて沖に漂流していくような感覚だった。それは、一種の浮遊だった。マーサの前に置かれてあった果物ナイフを手に取り鋭敏な動きでジョーゼフの心臓を一刺しにした。「ううう」そう呻きジョーゼフは仰向けにばったり倒れた。胸から血がどくどくと流れていた。リンダの目にはジョーゼふの見開いた目がマネキンの生気の無いあの白茶けた眼に映った。マーサが悲鳴を上げる。ジョーゼフはすぐに息絶えた。リンダの表情には怒りや悲しみといった表情は見て取れなかった。平静で飄々とした感じで電話に歩み寄り911に電話した。オペレーターが受話器口から呼びかける。「もしもし、どうされましたか?救急ですか?警察ですか?」リンダはオペレーターが喋っているのを堰き止めるように淡々と答える。「父さんを殺しました。あたしがやりました。後は母さんに代わります」そう言って受話器を電話の横に置いた。そして、テーブルに戻りまたフォークが刺さった林檎を食べ出した。リンダの精神は崩壊していた。マーサが狼狽しながら震えた声音で受話器口に出て警察と救急の手配を頼み住所を伝える。電話を切りマーサが泣きながらリンダを抱擁している。リンダは黙々と林檎を食べ続けていた。その表情は崩れる事なくひたすら食べていた。警官が来ても速やかに応対し容疑もその場で全面的に認めた。こうして拘置所に創刊され精神鑑定が行われた。だが、リンダの応答には一貫性があり精神に支障を来して行為に及んだ殺人事件ではないと断定され刑事責任が問われ13年の実刑判決が下された。リンダは控訴せずに刑は確定してそのまま刑務所に収監された。リンダは思う。ここの女警務官どもはあたしを見てる。ここの女囚どももあたしの一挙手一投足を注目している。これなら懲罰問題を起こして独房に入れられた方が益しだ。リンダは割り当てられた囚人服やトイレットペーパー、歯ブラシなどをもって鉄格子に入る。暫しベッドに座りドランス状態となる。すると突然、声を大にしてベッドのマットを叩きながらいった。「もう、あたしを見ないでちょうだい。もう、見るのはよしてちょうだい…」

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