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教室に、教官が入って来た。
授業が始まる。
「おはようございます。今日はスペラザの近代歴史について学びます。前回の続き、テキスト四十八ページを開いてーーーー」
ソフトクリームみたいなピンクのお団子ヘアと丸眼鏡をトレードマークに、ミント教官が説明していく。
あっ?! 待って、待って?! 私、日本人よ?? このきせきみの世界の言葉が読める訳ないわ…………!! 焦って、テキスト四十八ページを急いでぺらぺらっとめくる。黒板に書かれる文字とテキストの文字に注意していると、普通に日本語だった。
なんだそりゃ。あー、でも助かったぁ。
ふーっと、息を吐く。きせきみは日本で作られた乙女ゲームだから、言語は日本語なのかも。いや、もしかして、本当は違う言語で話しているけれど、今私リースだから、問題なく聞けてるとか?! よくわかんないけど、ご都合主義ターンでラッキー!!
だけど、今更また学校で勉強とか退屈過ぎ……
私はテキストに描かれた、スペラザの歴史について書かれた部分に真剣に目を通す。私が知らない公式のデータがそこには記されていて、一気に釘づけになる。
(スペラザの歴史…………初代国王スペラザ一世、二代目国王グラン・スペラザ・デ・オールド・スプレンティダ・ロッソ、三代目国王ダナ様のお祖父様、四代目現在の国王…………)
ナニコレ、楽しい…………。
私は穴が開くほど教科書を読む。隣のクラスメイトが、私を見て感心していた。
乙女ゲームの世界で学ぶことについて行けるのか、私は少し不安はあったけれど、授業を受けていくうちに、その気持ちもなくなった。
貴族の歴史や心得、国の歴史など……ゲームクリアしている私にらとっては常識問題! むしろ、知らない内容もあって、聞き入ってしまう。リース姿だけれど、リースじゃない私が、怪しまれなくて良かった。いくら悪役令嬢とはいえ、オタクが中身だなんて、嫌だよね。
教室で先生の話を聞きながらーー学び方は普段の学生となんら変わらないーー私は考えていた。
筆ペンを片手に持ちながら、ピンク色の髪の毛をお団子にまとめた、丸眼鏡のミント教官をじぃっと見つめると、ふっーーーーと目の前が明るくなった。
「えっーー……何?!」
私は叫ぶ。
ーーーーーー立ち上がり、状況を確認しようとしたけれど、私は目の前に浮かぶ映像に戸惑ってしまった。
ーーーー…………のに。
えっ?
ーー聞き覚えがある声がする。
ーーーー………………約束したのに……
……何もかも……届かない……………
目の前に小さな男の子が浮かぶ。
ーーーー顔は見えない。
フリルがついたワンピースの裾が目の前に見える。
あと一人、小さな男の子ーーーー
『………………だから泣かないで』
ーーーーーーたくさんの赤い薔薇の花びらが、私の目の前で舞っていく。
私は花びらで目が霞み、その場に立っていられなくなった。
「何っ?! ーーーー何なのっ?!??!」
私は叫ぶ。
瞬間、フッと戻ってしまった。
気がつくと、私は机の横でしゃがみ込み、うずくまっていた。
「リース様? 大丈夫ですか?」
近くのクラスメイトが声をかける。
「…………今のは……」
「どうなさいました?」
「……いえ、何か幻を見たような気がしたのだけど……何でもないわ。大丈夫」
その場にいた全員が不思議な顔で私を見ていたので、誤魔化した。
「ミス、ティルト。具合が悪いですか?救護室でお休みされていてもよろしくってよ」
ミント教官が心配してくれた。
「いいえ、教官。少し目眩がしただけですの。大丈夫ですわ」
私は軽く会釈をして、席に着いた。
ミント教官やクラスの皆は、あのリースがどうした事だろうと不安な表情をしたが、しばらくしてそのまま授業が再開された。
ーーあれは一体……?
私はしばらく考えたが、分からなかった。
誰の記憶?
私の幻想? それともリース?
考えているうちに、授業が終わった。
その後もいつも通りを装って、リースとして授業を受けた。感心してしまうのが、リースの設定なのか、何をやっても高得点が取れた。護身術、礼儀作法、歴史の授業……指名されても、完璧な答えを出す私に、皆がわぁっと歓声をあげた。
だけど、私は何となく、それがわざとらしいもので、ティルト家に権力があるから、皆そうしている。
そんな気がした。
「次は実践授業か…………」私は大会議場に向かった。