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「大きさはピッタリかな?」
「えぇ、マロウさん、ピッタリだわ! これが、ドレスになるの?」
私はマロウさんの自宅にある一室で、ドレス合わせをしている。と言っても、まだ出来上がってはいないけれど。
「いいや、これは仮縫いだよ。大きさやサイズを合わせるだけだね。これで問題がなければ、本縫いに取り掛かるよ」
ベージュの一枚布を、型紙通りに切って、縫い合わせた仮ドレス。サイズや着心地に違和感や問題がないか調べるそう。
「全然問題ないわ、マロウさん、本当にありがとうございます」
マロウさんは、よっこいしょと言って、静かに立ち上がった。
「良かったよ。最近リースが元気ないような気がして、心配だったんだ」
「そう?」
「あぁ、気のせいかなとも思ったけれど、まぁ昨日殿下も帰って来たからね。大丈夫だね」
私はマロウさんの一言に、動揺してしまう。マロウさんは、からかうように、笑った。
「マロウさん! 寂しい……とかじゃないから! もう」
「それならいいんだけどさ」
「………………」
「リース?」
マロウさんの仮縫いドレスを見つめて、私は言った。
「マロウさん……マロウさんは、私とカイル王子について、どう思う?」
「とてもお似合いだと思うよ?」
「…………そっか」
「何だい」
マロウさんは、私が着ている仮縫いドレスの、背中の紐を、丁寧に外していく。全部解くと、次にドレスの肩の部分を脱がせた。私も、胸まで着ていた上半身のドレスを、ウエストまで下げて脱いだ。
「…………マロウさんに、前に私は元々、ラクアティアレントに落ちる前は、異世界に住んでいた女性だったって言ったでしょう?」
「うん、話してくれたね」
「でも、それが前世か転移者なのか分からなくて、今ここにいて…………そんな私が、カイル王子を好きでいて、いいのかなって。カイルは……この世界の人なのに…………」
「……………………」
私は、胸を自分で押さえる。私の人生で、ダナ様が全てだったけれど、ひょんな事でこちらの世界に来てしまった。前世であれ、転移であれ、三次元に元々存在していた者が、二次元の登場人物に恋愛してもいいのだろうか。
だけど…………やめろ、と言われて、やめられる筈もない事も、私は知ってる。戻れない所まで、やって来ているから。
マロウさんは、言った。
「異世界から来ようと、何であろうと、リースの気持ちが大切だよ。生きているうちに、素敵な人と会えるっていう事は、簡単に聞こえるかもしれないが、とても素晴らしい事だからね。……その果てを考えずに、今はリースがいいと思う事をしていけば」
「マロウさん…………」
またこの人は、いつも私を解ってくれて、励ましてくれる。心の奥があったかくなるし、本当に、ありがたい。絡まった感情が解けて、暖かい気持ちになる。
「早く仮縫いのドレスは脱ごうか、私も本縫いを始めるからさ」
私は、マロウさんに言われたので、スカート部分を脱いだ。いつものリネンワンピースとエプロンを着て、長い靴下を履いた。
「マロウさん、ありがとう」
「いや、私も楽しいよ。リースにドレスを縫ってあげられるなんてさ」
「私も! マロウさんの手作りドレスが着られるなんて…………」
「…………」
マロウさんは、黙っている。
私は不思議な間が開いたので、声をかける。
「マロウさん?」
「……にも、もっと作りたかったねぇ……」
「え?」
私は、よく聞こえなかったので、聞き返す。
マロウさんは、言った。
「私の独り言だよ」
マロウさんは、ほんの少しだけ寂しい顔をして、言った。
私は話を聞けば良かったと思った。自分の事に手一杯で、どうしようもなかったから、気づかなかった。
「マロウさん、マカロン作って来たんです。食べませんか?」
「あぁ、いいねえ。紅茶も淹れよう。ハーブティーでもいいけれど」
「私、淹れます」
私は、マロウさんのキッチンに立って、紅茶を淹れる準備をする。マロウさんは、あまり自分の物を触られるのは嫌がるけれど、私には触らせてくれていた。それは少なからず、気を許して、本当の娘のように思ってくれているからなのかな、と思っていた。
「ジーニア……」
マロウさんは、一言呟いた事を、私は気づかなかった。
私は紅茶を淹れると、マロウさんのダイニングテーブルへと持っていく。マロウさんは、ティーカップを受け取った。
「ありがとうございます」
自分の分を私も置いた。マロウさんは、私の作ったマカロンを見る。
「可愛いねぇ、作り方は同じだけど、私が作る形とはまた違うねえ」
「そうなんです、マカロンって可愛いんですよね〜」
マロウさんには、この前マカロンの作り方を教えてもらった。基礎だけ同じにして、マロウさんが作るマカロンではなく、私がOLだった頃に日本で見ていたマカロンを自分なりに作ってみた。ガナッシュで挟んで、とても可愛いなぁって思う。
「リース、このマカロン、私は少しでいいから殿下に持っていってあげな」
マロウさんは言う。
「えっ? いいですよー! これはこれでマロウさん、食べましょう?」
「私は少し頂くよ。折角こんな可愛らしいお菓子を作ったんだから、一杯飲んだら持って行きなよ」
「…………マロウさんがそう言うなら、じゃあそうします。でも、また何か作って来たら、全部食べて下さいね!」
「わかったよ」
マロウさんは笑った。私達はいつものように、紅茶を飲みながら、他愛ない話をした。マロウさんは、いつもと変わらなく、うん、うん、と話をきいてくれた。
「マロウさん、お邪魔しました」
「うん、殿下の所に持って行ってあげな」
マロウさんは、言う。
私は頷いた。
「私は、これからまたリースのドレスの本縫いをしてみるよ。また出来たら、家に行くからね」
「わぁっ、なんか本当に嬉しいです!」
私はマロウさんに、ぎゅっとハグをした。マロウさんは言った。
「リース、あんたは何も考え過ぎなくていい。あんたが大好きな殿下と、この世界で一緒になれる日の事を大切にしていけば、ダメな事も、きっと、うまくいくよ……。私はダメだったけれど、後悔はしていない。恋はそういうものだからね」
「…………マロウさん……」
「殿下を、諦めるんじゃ無いよ」
「はい」
私達は、体を離した。マロウさんが、庭先まで手を振って送り出してくれた。私はマロウさんに手を振って、カイルの別荘まで歩いて行った。
カイルの別荘まで辿り着くと、私は扉を大きく叩いた。カイルの別荘は、広過ぎて、私やマロウさんのような普通の家みたいなノックでは気づかれない。気づくかなーー? と、少し止まっていると、扉が開いてノエルが顔を出した。
「ノエル」
「リース嬢、お久しぶりです」
ノエルは、私を見ると、私にまで胸に手を当てて敬礼のポーズを取った。
「ノエル、私にまでありがとう」
「リース嬢はカイル王子の大切な人ですからね」
ノエルはにこりと微笑む。常に笑顔で、感情の凹凸を見せない所は優秀な王子の従者だなと思う。
ノエルは、中に私を入れてくれた。
「マロウさんの所に行っていたんだけれど、マカロン作ったらカイルに持って行けってうるさくって」
私は照れながら、小さなバスケットからマカロンを出した。ノエルは、私が作ったマカロンを見て機嫌が良くなる。
「これまた可愛らしいマカロンですね。カイル王子も喜ぶと思います。……ですが……」
「……どうしたの?」
私が聞き返すと、ノエルは唇に指を当てて、シーっというポーズになる。ゆっくりと、とノエルが小声で言うので、私も習って、ゆっくりと静かに歩いて行った。広いリビングみたいな部屋に通された。ソファーとテーブルがいくつか置いてある。ノエルは、魔法で静かに、大きな藍色のベルベットソファーの近くに置いてあった、木製の猫足テーブルを引き離す。
「帰還している時は、国王陛下に呼ばれたり溜まっている自分の仕事をこなしたりと忙しかったのです」
私は、しゃがみこんでカイルを見た。大きなソファーに横になって、シャツはボタンを鎖骨まであけて、左手を頭の上に置いて、枕のようにして寝ている。無防備なその姿は、静かに寝息を立てていて、起きそうにないくらいだった。
「魔法陣も使えないから、行くのも帰って来るのも一苦労だし、疲れちゃうわよね」
「国王陛下にも魔法陣の使用を頼んでいましたが、ダメだったようです」
「そっか……ごめんね……」
魔法陣の使用が禁止されたのは、私のせいでもある。カイルは自分で決めた事だと言ってくれてはいるけれど、こんな姿を見たら、申し訳なくなる。
「カイル王子はリース嬢の為ならば、気にしていないと思いますよ」
「ノエルは……? 貴方がカイルと一緒にいる事は、貴方も危険な立場にあるでしょう? 貴方はどうして、カイルに付き合ってくれているの?」
ノエルは、少し予想外の質問が飛んできたな、という顔をした。カイルは、カイルが決めた事だけれど、従者には幾らでも自分を守るタイミングもあった筈。それを、無視して自らカイルについて来たという事は、ノエルもまた、自分の首が危ないという事だ。
「…………リース嬢は変わられましたね」
ノエルは、魔法でティーポットとティーカップとソーサーを操って、指の動きだけでハーブティーを淹れる。
「私が初めて殿下と会ったのは、殿下が七歳で、私が六歳の時でした」
七歳というと、まだ、ダナ様とカイルと私がかろうじてスプレンティダ家の庭園で遊んでいたあの頃だ。
「私の両親はリース嬢と同じようにどちらも貴族で、
ですが、三番目は女の子が良いと思っていたみたいです。産まれた私が男だとわかると、がっかりし、家の爵位は上二人の兄に任せて、私は王家の使用人として奉公に出されたのです」
「知らなかったわ……」
公式にも、ノエルのプロフィールは簡単な物はあったけれど、こんな事があったとは知らなかった。ノエルは、私を見て、悲しさを少し滲ませる。
「幼かったですから、上の兄二人は、ちゃんと両親といられるのに、どうして私だけ……と最初は思っていました。それでも、無我夢中で使用人の仕事を覚え、家に帰れると思い込んでいた」
カイルの寝息が静かに聞こえる。ノエルは話を続けた。
「ですが、私の両親は迎えになど来ず、むしろ私をずっと王家に置いて放っておく有様でした。……ある日、悲しくなって、王家を出て家に帰ろうとした時、カイル王子に見つかってしまったのです」
『ノエルじゃないか、何処に行こうとしているんだ?』
『カイル王子……。申し訳ありません。見逃して下さい』
「私は、カイル王子に懇願しましたが、九才だった私にカイル王子は言ったのです」
『僕が見逃して帰ったら、君の居場所はその家にあるのか?』
『………………』
「王子もまた、自分が複雑なご事情で産まれた為、周りの大人に対して注視していましたし、何より使用人である私の事もとても理解していました」
『君の居場所がその家にあって、君がずっと幸せなら構わない。だが、僕が知る限り、君の居場所はこの王家にある。ここから逃げるのは簡単だが、ここを出たら君の居場所はどこにもないんだぞ』
私は、ノエルをじっと見つめて話を聞いていた。
「私には、王家を出てしまえば、居場所がないくらいわかっていたんです。解ってはいても、確かめたかった。……ですが、王子に言われた時、妙に彼の言葉に納得して、泣きました」




