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悪役令嬢の私を探して  作者: アトリエユッコ
1章
7/161

3

 ダナ様……と私は思った。


 頬を勢いよく叩かれたので、すごく痛かった。でも推しにビンタされた、彼に触れてもらえた! という変な感情になる。この後に及んで落ち込まないのはオタク故なのかもしれない。

 でも……ダナ様を見つめると、その感情も一瞬に消えていった。


 ダナ王子は冷たい視線を私に向ける。同じ人間を見ているとは思えないほど、その視線は冷え切っていた。愛情などない、私を蔑んだ瞳。今にも私を殺しそうな……。私は恐怖心から目が離せない。

 私は、ラクアティアレントに落ちた事を知っているのだな、とわかった。




「君には失望したよ」



 ダナ王子は低い声が響く。


 私が知らない、声色だった。




「ダナ様……」



「ダナ様、お心を抑えてください!女性に手をあげるのはいけません」


 ヨクサクは、カンカンに激怒しているダナ様を宥める。だけど、ヨクサクの話も聞けないくらい、怒っていた。



「この怒りを抑えられるか。ラクアティアレントにリースは身投げしたんだぞ。婚約者でなければ重罪で処刑だ」ダナ王子は声を荒げる。




 このスペラザ王国は、水の都として水産業が主に有名で、水は、かの昔から、すべてを生み出すものーーーーとして、とても大切にされている。


 このスペラサ王国には〝魔法〟が存在していて、殆どの国民は魔法が使える。使えない民はごく僅かで、スペラザ王国の人は、国の繁栄のために魔法を使っていいことが決められている。だから、存在しなくてはいけない騎士団がスペラザには存在せず、大きな魔法の力で国を守っていた。繁栄と水はこの国では切っても切れないもので、水が魔法を生み出してくれる考えが根強くあり、王家ではラクアティアレントと呼ばれる聖水ーー小さな海ーーーーが、先祖代々から引き継がれている。(ーー実際にラクアティアレントには魔法の力がある)

 ラクアティアレントは王家の城内とそこから学園内にも水を引いてある。リースがラクアティアレントに身投げしたとなれば、先祖からの意志を大切にする厳格なダナ王子は黙っていられないのだろうな。


 私はさっき一人で妄想した、良からぬ考えを持ったことを心底、後悔した。



「申し訳ございません……」


 私はただ謝罪を呟く事くらいしか、出来なかった。


「君の事だから、私の気を惹く為にやったのだろうな。だが、私は君を心配などしない。むしろ、王家が大切にしている聖水を汚されて、いい気分ではないよ」



 ダナ様は地を這うような低い声で、憎悪を交えて私に言った。



 想像しているダナ様と全然違う……。

 私は大好きなダナ様の言葉に、言葉を失う。



 私はどんな理由でも、ラクアティアレントに落ちてしまった事自体が、私の犯した最大の不敬だと言う事を、ダナ王子の表情で知る。



「フィオレ嬢もとても君を心配していたよ。彼女は優しいな。君が影で彼女に嫌がらせをしていることも知った上で、君の身を案じてくれている。リース、君も少しは見習ったらどうなんだ?」


 ダナ王子は微かに微笑み、嬉しそうに話す。



 ダナ様はフィオレの事を話す時、微かに明るさを取り戻すんだ、なと思った。

 やっぱりヒロインと相手役の関係だもの、当たり前よね、と複雑な気持ちになった。



「……申し訳ございません……」


 私は、もう一度謝罪した上で、説明する。



「あのっ……信じていただけないかと思いますが……今日、気がついたら水の中にいたんです。それまで何があったか全然覚えていないんです。本当です。わからないんです。何があったか…………」


 私が転生者で、前世の記憶を思い出したのか、それとも転移者なのか、わからない。

 でも、起きた事を正直に話した。



「……では、リース嬢はこのような事態になった経緯の記憶がないと?」


 従者のヨクサクは私の話をしっかり聞いてくれる。のんびりしているようにも見えるけれど、ヨクサクは公式の設定通り、聞き分けがあるなと思った。



「はい……そうなんです」


 私は反省します、というようにお臍あたりで両手を組んだ。



「何があったのでしょう……?聖水の力が何か働いたのでしょうか?」


 ヨクサクはダナ王子に、伺うように確認した。

 ダナ王子は、有り得ないというような表情をする。



「……力が働いた、という説は極めて可能性は低いだろう。あの聖水は力のある者には働く場合もあるだろうが、〝彼女(リース)〟はそうではないからな」



「では、なぜこのような…………


 ヨクサクが言いかけるのが終わらないうちに、ダナ王子は言う。



「知らない。私は彼女の事は信用していないからな。自作自演だろう」


「…………」


 私は何も言えずにいた。



「君が私にどうしようが、私の気を惹こうとか、君自身の問題で、私には関係のないことだよ、リース。国の象徴を汚した。重罪だ。それ相当の処罰を覚悟しておくといい」


 ダナ王子は言って、そのまま振り向きもせずに帰って行った。


 私は何も言えずに、立ちすくんだ。


 心の中で、何かが崩れていくような感覚がした。現実世界で画面上、紙面上で見ていた彼と逢えている。心の隅で、踊るほど嬉しい。この格好リースじゃなかったら、それが叶ったのかなーーーー? 凍りついた、軽蔑や憎悪を含んだ、あの瞳(視線)ーーーー推しにされるには辛過ぎる表情だ。



「…………そっか。私、今リースなんだもんね。悪役令嬢……」


 冷静にぽつりと呟くと、キュッと胸が締め付けられるように苦しくなった。


 あれが、私の推し…………。





 …………忘れよう。これが夢で、きっと、明日には何かが変わっているかもしれない。



 そう自分に言い聞かせて、その後、ティルト家の城に戻った。自宅までの道のりは、乙女ゲームで把握済みなため、迷うことなくすんなりと変えることができた。



「ただいま戻りました」


 私が話すと、何人かの侍女が出迎えてくれる。一人は鞄を持っていってくれた。一人はブラシで制服の埃をはらってくれた。もう一人の侍女は笑顔で出迎えてくれた。



「おかえりなさいませ、お嬢様」



 リース嬢専属の侍女ロゼッタ。リースが小さい頃から付き合いのある侍女だ。ロゼッタはリースより二つ年齢が年上。他の者はリース自身が気に入らないと、即日解雇することが多かったが、優秀なロゼッタに対しては、リースは気に入らない部分がない。長い付き合いなんだよね。私はこの子がロゼッタね、と思う。



「ただいま」



「今日は旦那様が戻る日だそうです。御夕食は皆様で召し上がられますか?」


 ロゼッタが確認する。



 リースの父、アントニは、スペラザで船の貸し出し業や不動産業をしている。他国の商人とやり取りする事も多く、常に新しいビジネスを取り付けてくるので、家にいる方が少なかった。だけど、今日その父親が戻って来るのか……。公式のゲームでも、リースの父親アントニは、欲深く威圧的で、リースを常に牽制していた。自室で食事を取るのも可能だが、父親の帰宅時に部屋で食事していると知られたら、何か言われてしまうだろう。



「……えぇ、そうね」


 ダナ様の次は家族か……私は疲れるなぁと思った。



「今日はご気分が優れないと言う事にして、自室での御夕食になさいますか?」


 ロゼッタは何かを察して言う。



「……ん、大丈夫。お父様が戻られるなら、皆で食事しなくちゃ」


 ロゼッタは、少し沈黙した後、お茶は何にするかと確認してきた。

 いつものローズティーにするか、リラックスするように、カモミールにするかと確認してきた。



「そうね…珈琲ってなかったかしら?」


 私が聞くと、ロゼッタは驚く。



「お嬢様、珈琲は飲めなかったのではありませんでしたか?!」


 私は驚いて、しまった、と思った。

 私は基本的にコーヒー等だ。会社でもかぶかぶとブラックで飲む。リースはハーブティーや紅茶を飲む。コーヒーは嗜まない。うっかりしてしまった。


「あっ!そうだったわ! 私ったら、どうしたのかしらっ!! じゃあ紅茶をお願い」



 私はあわてて訂正する。

 いけない、私は今、リースなんだ、玲那じゃない。



 ロゼッタは、頭にしばらくはてながついたような顔をしていたが、しばらくして、

「かしこまりました」と話した。



「ありがとう」


 ロゼッタが気を遣って、コーヒーセットを持って来てくれる。ロゼッタが豆を機械に入れて、目の前で私の為にコーヒーを淹れてくれた。コーヒー豆のいい香り……こんな贅沢な事ってある?! 一瞬、うっとりとして、私の為に淹れてくれた一杯をぐぐーっと、私はそのままブラックで飲んだ。


 わぁーっやっぱティルト家ってお金持ちなんだなぁっこのコーヒー最高に美味しいなぁー。



「……リースお嬢様?!」



「どうしたの?」



「お疲れですか?お身体のどこか具合が悪いのでしょうか?リースお嬢様は飲み物にはいつもミルクと砂糖をたっぷりお入れになりますのに、そのままお飲みになるなんて…………」


 ロゼッタが顔を青ざめている。私はその様子を見て、自分がしてしまった事の重大さに今更気がついた。心に大量の汗をかきながら、平静を装う。




「…………! あっ!!私ったら……!!どうしたのかしら〜〜?!おほほほほほっ…………」


 私は笑って誤魔化す。いけない、今はどうしてかわからないけれど、リースなんだから! 



 コーヒーを飲み終えて、少しゆっくりしていると、もう一人の侍女が、夕食が出来たと呼びに来てくれた。私は食堂へと向かう。

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