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ダナ王子とフィオレはカメリア学園の帰りに、近くの店に寄っていた。
「よかったんですの? 論文作成や他の業務にお忙しかったのでは?」
フィオレが言うと、ダナ王子は穏やかな口調で答える。
「大丈夫だ。それに……以前に約束していただろう?」
フィオレは、クリスマスプレゼントを一緒に買いに行くと話していた事を思い出す。フィオレは嬉しくなり、ほんのり優しい気持ちになる。
「ありがとうございます」
「いや、行こう」
ダナ王子は自然な流れでフィオレの手を握って歩いて行く。フィオレは心の高揚が止まらず、しばらく下を向いて歩いていた。
金具店に二人は入る。店内には当然ながら様々な金具が揃えてあるが、万年筆の筆先やカフスや髪留めなども置いてあった。
「こんなお店が北通りにあったのですね」
「あぁ、この店はなかなかの品が揃っていてね。芸が繊細で美しいんだよ」
「本当ですわね」
「何がいいだろうか? イヤリングやネックレスもあるが、君はあまり付けないかな?」
「そうですわね……アクセサリーは今までもいただいていますので、他の物がいいですわ…………できれば、毎日使えるような……」
フィオレは女性物の商品がある所を見た。
色々な物がある中で、一つの髪留めに目がいく。錫で出来た、沢山のカサブランカの刻印がされた細かなデザインだった。
「………………」
「美しいバレッタだな」
「いえ、ただ見ていたのです」
「君に似合うと思うよ」
「いえ、あの、その…………」
フィオレが迷っていると、ダナ王子は店の者に言った。
「これを買いたい」
「かしこまりました」
店員はダナ王子に一礼して、錫のバレッタを手袋をして裏に持って行った。
「ダナ様…………」
フィオレは申し訳なさそうに言うと、ダナ王子は関係ないという雰囲気で言った。
「プレゼントすると言っただろう?」
店の者が箱に包まれた物を持って来て、ダナ王子に渡す。ダナ王子は、爽やかに会計を済ませ、バレッタの箱を、フィオレの手の平に乗せる。フィオレは、手の平の箱をジッと見つめる。愛おしく、美しい笑顔で彼女は言った。
「…………ありがとう……ございます」
ダナ王子は微笑んだ。
「よかった」
外に出て、何処かで軽食でも食べるか、という話になった。場所を選ぶ為に二人は歩き始めると、フィオレが何かを落とした。ダナ王子はそれを拾おうとしたが、フィオレは焦って、地面から素早く拾い上げる。
「…………?」
「お守り……ですの」
フィオレは言った。胸の中に必死に握りしめて言った。
「大切な物なんだね」
ダナ王子は言う。フィオレはこくり、と頷いた。
「母の……形見です」
ダナ王子は何も言わずに、フィオレを見つめた。
フィオレはダナ王子の手を握ってみた。ダナ王子は驚き、動かなかったが、手を同じように握り返した。彼は目を細めて笑う。フィオレもそれに返すように、笑った。
* * *
私は小さな蓋付きバスケットの簡易的な鍵を閉めた。苺のタルトはカットして、オッケー。軽食は軽いフルーツサンドにしてみた。きせきみの時代背景に生クリームがあって良かったと思う。チーズクリームより、バタークリームより、やっぱり生クリームだと私は思う。あぁ、本当にお菓子作りなんかやらなかった私がこんなにこだわって、気になる人に食べさせようとしているなんて。人って変わるものだわ。
…………東京に住んでいたとしても、こんな風にできたのかしら。
ふと、私は思う。
この世界だから、時間に余裕があるから、できるのかな? もし、東京に住んでいたら、私はこんな風にケーキを焼くのかな?
ケーキが焼けるから、モテる訳じゃない。器用にお菓子が作れるから、特別な訳でもない。けど、今、こうして東京では出来なかった、少しばかり女らしいことや、暮らしが出来ている自分をたまに褒めたくなる。やればできるのかもね、と。
もっとOL時代に気付いてやっていれば、私の恋愛事情も少しは変わったのかなぁ。あ、でも、やっぱりきせきみオタクなのだから、イベントに爆進してしまいそう。
玄関の扉が叩かれる。はぁいと返事をして、開けると、カイルが長い丈の外套に、動きやすそうなインディゴブルーのパンツとローヒールの黒いシューズ姿で立っていた。
「お待たせ」
カイルは私が持っていくティーセットを魔法は使わずに、持ってくれた。私は苺のタルトやフルーツサンドを入れたバスケットを持つ。
「その格好で寒くない?」
カイルは言う。私はと言うと、いつものシンプルなアイボリーカラーの少し二の腕部分が膨らんだワンピースに、リネンで出来た白いエプロン。つけ襟を少しばかり可愛い物を付けて、上からモヘアの柔らかい素材のポンチョタイプのコートを着ていた。膝上のニーハイソックスのような長い靴下は履いているから大丈夫だと思ったんだけど…………。
「寒いかしら? 他にはあまり持っていないのよね」
これが一番暖かい物なのよね……どうしよう。
カイルは
「三月でもまだ寒いかなと思ったんだよ。ブランケットを後で出しておこうか」
と言った。
「ありがとう、助かるわ」
私達は外に出る。夜は漆黒の液体を垂らしたように当たり一面を静かに包んでいた。
カイルは銅でできたランタンに魔法で火を点ける。片手でティーセットを持ちながら、もう片方の手でランタンを持った。
「どのあたりで見るのが綺麗かな?」
「うーん、どこも綺麗だけれど、少し歩いた先に丘があるのよ。その手前が平野になっているし、丁度良いんじゃあないかしら?」
「わかった、じゃあ行こう」
私はカイルと並んで歩いた。よく考えたら、カイルって大きいわよね。レオ程じゃないけれど、160センチのリースがヒールをがっつり履いても少し見上げるくらいだもの。今だって、少し頭を上げて見上げないといけないわね。
ベストスポットにたどり着くと、カイルは指をくるりと回して、ふんわりとモヘアの一枚布を出した。レジャーシート変わり。芝生にランタンを置いて、モヘアの上にティーセットを置いてから、彼は近くに小さなドラム缶と薪や屑を出して火を点ける。
「星を見るなら、付けない方がいいんだけど、一応君が風邪引かないようにね」
カイルはドラム缶を少し離して、モヘアの上に座った。私もバスケットを置いてから、座って紅茶の準備をする。マロウさんに借りた小さなポットーー蓋が青くて、白い琺瑯のボディには青い花が描かれているーーーーを、出して、自分のティーカップセットに淹れた。ミルクティーを事前に作っておいた。外で淹れるとなると冷えてしまうからね。
「何か入れる? 蜂蜜とか砂糖とか」
「そのままでいいよ、ありがとう」
カイルはティーカップを受け取る。私も自分の物を淹れて、二人で乾杯をした。
「乾杯」
「星空観測にはミルクティーが優しくていいかなと思ったの」
「いいね、まろやかだし優しい感じだ」
「夕食、食べて来ちゃった?」
「あぁ、少しだけどね」
そうよね、と私は思う。バスケットの蓋を開けようとしたけど、食べちゃったよなぁと一瞬手が止まってしまった。
「?」
カイルはそんな私に気づいて、バスケットの蓋を開けようとする。私は焦って、言う。
「いいの、いいの」
「いや、お菓子も見たいし」
半ば無理矢理手を押し退けられて、カイルがバスケットを開ける。フルーツサンドと苺のタルトを見たカイルは、言った。
「すごいな…………」
「軽食も作ってみたんだけど、食べちゃったなら、無理に食べなくていいから…………」
話している途中でカイルがフルーツサンドを食べる。
「うまいっ」
彼は夕食を食べたのにも関わらず、もぐもぐとフルーツサンドを食べる。オレンジとキウイと苺のフルーツサンド。美味しそうに食べるカイルを見て、何だか恥ずかしくなってしまう。
「ありがと」
私が言う言葉は気にしていないみたいで、カイルはん? と聞き直した。
「この苺のタルトも食べていいのかな?」
「え、ええ、いいわよ。でも、食べられる?」
「食べる」
彼は事前にカットしておいた苺のタルトを皿に乗せる。側に置いておいたランタンでお皿を照らして、タルトをじっくりと見た。
「これ、リースが作ったんだよな?」
「当たり前でしょう、マロウさんにも教わってるし」
「すげえ綺麗だな」
カイルは物凄く感動していた。マロウさんに、デートかっこ仮、に備えて、また一から苺のタルトの作り方を教えてもらった。苺は均一に並べて、上からナパージュをかけてある。見栄えもするように、添えにミントを飾ったり、食べられるお花も飾ったりした。
自分至上渾身のタルトが出来たのよ! 私は心の中でドヤ顔をしてしまう。
「添えの花は苦手だったら、食べなくてもいいから」
「大丈夫だ」
カイルは気にせずに食べる。普通の眉毛だったのに、カイルが眉を困り眉にさせた。美味しくなかった?
「うますぎる…………」
「よかったぁ…………」
「君にこんな才能があったとはね。いや、才能じゃないな、努力だね」
カイルは感動して言う。
しばらくしてから、言った。
「ありがとう…………」
しみじみとカイルが言うものだから、私は嬉しくてムズムズするかと思った。暗くてにわかにしか表情は読み取れない。けど、喜んでくれているのが、よくわかった。
「デザートばかりだと、星空見れないわっ」
私が言うと、食べ終わった小皿を寄せて、カイルは言う。
「そうだね、君も少し楽にしながら星でも見よう」




