2
二人が去って行き、救護室の扉がバタンと閉まったあと。
一人になり、私は冷静になる。ベッドから起き上がって近くにあった姿見で、もう一度自分の姿を確認する。
そこには、ミルクティーカラーの軽いウェーブがかかったロングヘアに、透けるような色白の肌、シャンパンロゼのピンク色の目ー瞳の中心はブラウンーー細いくびれたウエスト、ぼんきゅっぼーんの体系。間違いない、正真正銘のきせきみのフィオレ嬢のライバル、悪役令嬢、リース・ベイビーブレス・ティルトが立っていた。
「うそ……嘘でしょ……どうして??私、旅館でお風呂に入ってたはず…………」
私は頭を抱える。
ーーーー思い出した。聖地巡礼に訪れた旅館のお風呂で転んで頭を打ち、ポストカードを掴んでお湯にダイブしたことを。ーーーーーーーー私、死んだの……????
私はリースの姿で、血の気が引いていくのがわかった。
「もし、仮に私が死んで、この世界に来ていたとしたら、私……真っ裸で死んだの???? しかも、ダナ様のポストカード浮いた状態で?」
…………恥ずかしすぎる!!
旅館の人に迷惑をかけた上、恐らく、見ず知らずの人に私の裸を見られた?! ……かもしれない!!
いや、そんな死に方情けなさすぎる! 恥ずかしすぎる!!
いやいやいや、これは夢かもしれない、玲那、起きなさい〜起きなさい〜〜
だが、頬をパチンと叩くと、とても痛い。
「嘘でしょ……」私は落胆した。
ーーーーリース・ベイビーブレス・ティルト。侯爵令嬢。
このきせきみの世界に出てくる、フィオレ嬢の恋敵で悪役令嬢。カメリア学園の高学部、三年生。
幼い頃からダナ様とは、婚約関係の間柄。見た目はお人形さんのように可愛くて頭脳明晰。ティルト家の末娘で、学問・スポーツ・ダンス・礼儀作法等……全て優秀で完璧。貴族としての品位も十分に備えてる。だけど、誰もが魔法を使えるこの国で、魔法が使えないノーマルに当たる。そのせいなのか? 性格は高飛車で嫉妬深く、いつも自分が注目されていないと嫌なタイプ。特にダナ様の事となると、近づく女性がいるものなら、あの手、この手で、追い詰め陥れる天才。フィオレ嬢とダナ様がこのきせきみの世界で出逢うのは、ほんの半年前。今は十月十五日となると、丁度ダナ様と親しくしないように、リースが悪い噂を流したり、取り巻きにテキストを捨てさせたり、色々した頃ね。
結局、自分の手を汚さないように動き回っても、ダナ様には全て耳に入って、心は離れていく。ーーそして、ダナ様の中では、フィオレ嬢への想いが高鳴り、十月二十八日の貴族が行う収穫祭で、リースは今までのフィオレ嬢への不敬が理由で断罪されるのよね。
そもそも、私がどうしてリースになっているの?
いや……見た目はいいよ? こんなぼいんぼいんで、同じ女としても羨ましい限りです。だけど、キャラクターでしょ? 乙女ゲームでしょう? 二次元の世界でしょう????
「あ、あれすか? 最近流行りの感じで、私リースに転生しちゃいましたー! とか?! んな訳あるかぁっ!!!!」
手に持っていた枕を、思いっきりボスゥウウン! と私は投げつける。
いや、冗談じゃないよ。だって、断罪だよ! 断罪!! 悪役令嬢でしょうよ?! ゲームなら、いいんだよ! ゲームならっ!! でもっ……今はっ…………震える自分の手を見つめた。
私はベッドに戻って、毛布をかぶる。
断罪ルートは確実で、国外追放される……どうやっても、リースのルートは断罪は免れない…………どうしよう。
そもそも、どうして私がこの世界にいるの? 本当に死んじゃった? または前世の記憶を思い出したパターン? ーーーーそれとも、今、私は転移してしまったとか? でも、どうしたら元に戻れるの?!
…………だって、このままじゃ、私、断罪されてしまうわ!!
ベッドの中でもぞもぞと寝返りを打った。
今が十月十五日ってことは……収穫祭まであと約二週間しかない…………それまでにこの断罪ルートを回避するには、元の世界に戻るか、ダナ様との関係を良好にすることしかない。
…………ん?
ーーーー待って。ダナ様。ダナ様がいる!? この世界に!!
私の推しがいる!
私は潜り込んでいた布団の掛け布団を蹴飛ばして、一人手を組んだ。推しキャラがいるのー?! ううう嬉しいっ!!
神さまっ!!!! 何が何だかよくわからないまま、この世界におりますが、ここに連れて来てくれてありがとう!!!! あのダナ様の近くにいられるなんて玲那は最高に幸せですっ!! あぁ、ジーザス!! オーアーマーっ!
「二次元から出てこないと思ってた、推しがいる世界に私は今いるんだ……」
変な夢でも何でも、推しに会えるなんてうれしいっ!!
私は近くにあった枕を、ボスボスっとグーで殴り続けた。興奮とときめきが止まらない。
ダナ様は国王を尊敬していて、厳しい所もあるけど、気品良くて、全ての貴族、平民に優しくて、イケメンで少しキザだけどツンデレで可愛い人。私にはいつも穏和な雰囲気で、笑いかけてくれる尊いお方……………
あぁ、この世界に推しがいるのね…………
さっき投げた枕をぎゅっと抱えて抱きしめる。
我を忘れて、ほぅっと気分が高揚した。
「婚約者なのよね」
私は呟く。
ダナ様とリースは家柄で決められた婚約者同士。
フィオレ嬢と仲良くなるまでは、二人もそれなりには仲が良かった。
……エンドを変えたいな。私はふと、思った。
「あー。…………ルート変わらないかなぁ」
枕をぎゅっと抱きしめながら、俯いて思った。
私は主人公のフィオレも大好きで、ダナ様への純粋な気持ちが見ていて、とてもきゅんきゅんする。だけど、リースはフィオレとは真逆のキャラクターで、しかも恋敵だから、リースとダナ様のハッピーエンドルートはないのだ。私はため息をつく。
「…………………リースがしてきたことと違うことをしていけば、国外追放は免れる……かも」
いけない、そんなことはストーリー自体が変わってしまう。でも…………このままだと、どう足掻いても国外追放ルート……
私の中に良からぬ考えが浮かんだ。
「…………まだ間に合うんじゃないの? ダナ様とフィオレ嬢がくっつく前だし、婚約者だし!?」
今、どうして私がこの世界に来てしまったのかは、この際どうでもいいとして。
このままだと、どうやっても国外追放ルート→バッドエンド。いや、むしろリースエンドは皆バッドエンドなんだけど! 国外追放、メンヘラ、フィオレ暗殺未遂、自殺ーーーーゲームをプレイしていた時は、展開事に、リースを見てざまぁ!! って思っていたけど、どれも笑えないし!! 自分がってなると、非常にまずい。この状況を回避しなくちゃまずいよね。
幸い、私はきせきみ信者、オタクだもん。この世界については少しばかり(いや、超絶だけど)詳しい。ストーリーがどう運ばれていくのかも、理解してる。…………このことを武器にしていけば、国外追放も免れて、あわよくばダナ様と結婚っていうのもできるかも………………!?
「なんとかやれば、できるかもしれない!だって、ダナ様は私の推しだもの!!知らないことはない!!」
オタクは無駄に前向き。こんな時にも役に立っていいね! 私はグッと手をグーにして、よっしゃとガッツポーズをして、救護室を出る。
気合いを入れて、バターンと扉を閉めて、(うるさいね)渡り廊下から外に出て、ティルト家に帰ろうとした。すると、向かい側からダナ様と従者ヨクサクがやって来るのが見えた。
私はときめきで、胸の奥底から湧き上がる興奮を感じて、立ち尽くした。少し遠くでもはっきり見える。遠目からでもわかる、美しさーー輝きーーーー会いたかった。
画面から出てこないけど、会えるものならリアルで逢いたいと思っていたーーーーダナ王子。
ダナ様だあ……! 画面上じゃなくて、リアルの。
私は、立ちすくみ、彼の美しさに見惚れて動けないでいた。私の推しーーダナ・スプレンティダ・ゴーディ・デ・ロッソ。スペラザ王国のロッソ家の第一王子。
こっちに来る……!
私はどうしようと俯いた。
こちらに気づいたのか(正しくはリースに)ダナ王子は、私の前に来ると、その溝落ちにも響く、美しい声で、リースを読んだ。
「リース」
私は震えにも似た思いで振り向く。
すると、ダナ王子はリースの頬に平手打ちをした。
「痛っ……」
頬を反射的におさえる。
侍従のヨクサクが動揺して、慌ててダナ様を静止しようとした。
「ダナ王子!…いけません!」