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一月も半ばになっていた頃。寒いけれど、私は薔薇の花の植木を何種類か買い始めた。増やして売るため。寒い時期だけれど、薔薇の花は比較的、冬でも咲く。薔薇の小物もアレンジがききそうだもんねぇ。と思ったのだ。
今日もまた、ジョウロに水を入れて、花達に水をあげた。日光浴をさせる為に外に出ると、マロウさんに言われた。
「何だか元気のない顔をしているね」
マロウさんは道を渡って歩いてくる。何でこの人には何も隠せないのかなぁ。私はマロウさんの方を見た。
「そうですか?」
「何かあったのかい?」
マロウさんが言うのも仕方ないのかもしれない。実際、元気がないのだから。
原因は、あの日ーーーーロゼッタへの手紙を出しに行った日に遡る。
〝リースの記憶〟は、いつもよりも長く激しいモノだった。
誰かと言い争っていて、誰と話しているのかわからなかった。
『あなたは!! あなたなんかっっ!!!!』
リースは、相手に掴みかかって、その人の体を突き飛ばした。リースの細い腕で精一杯の力を出す。いつもリースは感情的だけど、今回はいつも以上に、怒っているようだった。
『ーーーー何もあなただって本当の事、何もわかっていないわ!!!!』
突き飛ばされた相手は、自分だって! というように、同じように掴みかかってくる。取っ組み合いが始まって、押し合いをして、少し離れた。また何か言い争いをするのかなと、思った。だけど、瞬間。その人は下を向いて、何も言わずに突き飛ばして来た。
『っっっっ!!!!!!!!!!!!』
言葉にならない声をリースはあげる。
一瞬、時が止まる。
『はっ!!』
その人は、ぼーっとそのまま立ち尽くす。どんな表情をしているかまでは見えない。だけど、手を前に差し出したまま、立ち止まっていた。
やり取りが、よくわからないまま、気づくと、リースが宙を舞っていた。スローモーションのように流れていくなぁと思っていたら、急に速度が普通に戻る。
『きゃあああああああああああっっ!!!!』
リースの叫び声と同時に、彼女はラクアティアレントに落ちて行った。
イメージはそこで終わってしまった。相手の顔は真っ白で見えない。けれど、あの声とあの姿は、間違いなく、フィオレだと思う。
彼女に恐らく、突き落とされた…………。
「マロウさん、本当はやらないだろうなと思う相手が自分に対して、敵意剥き出しで、攻撃していたとしたらどう思う?」
私はマロウさんに聞く。私は体育座りをして、薔薇の植木鉢を眺める。マロウさんは、畑の方から、まわって、低いところから、底上げされている家の玄関に座る私に向かって言った。
「そうだねぇ、自分じゃあ、気づいてはいなかったけれど、相手に本当はそういう一面があったんだと思うかもね」
マロウさんは、私の畑に生えている雑草を三つ四つ引っこ抜く。畑の脇にそれを置くと、手を叩いて土を落とした。
「でもね、本当にその人はするような人じゃないの。でも…………」
私は言葉に詰まる。確かにリースは、性格は悪いし、根性も悪い。綺麗なのは顔だけ。ーーーーだから、仕返しされても文句は言えない。表面では彼女を慕っているふりをしていても、根底で恨んでいる人は何人もいると思う。だけど、だけど。だけど、フィオレはそんなタイプじゃない。もちろん、私がやっていた、きせきみの世界でのフィオレへの印象。でも、こちらに来てからでも、彼女はそんな事する人じゃないと思う。ましてや身分の低い貴族を親に持っていたとしても、彼女は知識がない訳じゃない。分別は弁えている。ーーーーーーーーなのに…………。
ショックを隠せない。何かの嘘だと思いたい。
「考えてもわからないことは、しばらく考えない方がいいよ。一旦忘れるんだ」
マロウさんは言った。
そうかもしれない。私はやっとブーケ国に慣れて来たんだ。今はもう、思い出したくないのに、どうしてラクアティアレントの魔力はリースの記憶を私に見せてくるの? どうして、忘れるな、と言う様に見せてくるんだろう?
「ですよね。お菓子を用意して、市場に行く準備しないと」
「そうだよ。その調子だよ。綺麗な顔しているんだから、笑った方がいいよ」
マロウさんは玄関前にある階段を登って来て、言う。
そうだなぁ。考えても仕方ないなと思って、準備する事にした。
「今日は午後から行くんですよね?」私はマロウさんに確認する。
「あぁ、そうだね。冬の時期は皆寒がりだから午後からのがお客さんは来るからね」
「わかりました、準備します!」
私は家の中に入って、必要なラッピング材料を持って、マロウさんの所へ向かった。二人でマロウさんの家に行って、お菓子のラッピングをした。全てのお菓子を飾り付け、バスケットにお菓子を全て入れてマロウ宅を出る。そこに、丁度レオが通りかかった。
「あ、レオ!」
「よう」
「おはよう、レオ」
「おはよう、マロウさん」
レオは爽やかに挨拶する。あちこちまわっているのかな? と思うと、彼が言った。
「なぁ、リース、薪そろそろなくなるだろ?」
「あー……! まだあるけど、まぁもう少しだわね」
私は言う。
「タイミングかなと思って、薪割りに来たよ」
「リースの薪はレオが用意していたのかい」
マロウさんが言ったので、私は補足するように言った。
「自分でもやろうと思っていたんだけど、いつも手伝ってくれるのよ。忙しいのに力仕事で申し訳ないわ」
「気にしてねぇって! 俺ん家のも用意するついでにリースんところにも来てるからさ」彼は言った。
「ありがとう。でも、今日はこのままラッテ市場に出店しに行こうと思っていたのよ」
「そっか、タイミング悪かったな」
「冬場は午後からのが客入りがいいんだよ」マロウさんは言う。
「だよなぁ、どうするかなぁ」
「ラッテ市場に出店が終わったら、すぐ帰ってくるわ。そしたら、お願いしてもいいかな?」
私は言った。
「オッケー、何とか時間作って調整して来るわ」
レオが言った。
さて、市場に向かおうと話していると、緩やかな丘の下から、一台の馬車がこちらに向かって来る。
私はハッとした。アクアブルーを全体の色に、金縁の装飾。扉の前に描かれていた、紋章。私が水をあげている薔薇の植木鉢に描かれた物と、全く同じ物。
手紙を出したのに、どうしてーーーーーーーーと思った。思ったけれど、どうしてか、違う感情も湧き上がる。私、知ってるーーーーーーこの馬車。あの時、乗せてくれたものね。
「なんだ?あれ」レオは言った。
私が立ち尽くしていると、レオとマロウさんは何かを理解して、黙っていた。馬車が私の家の前に止まると、扉が空いた。ノエルが外出用の防御機能も含めた服装をして、上からポンチョデザインに近い形をしたコートを羽織っていた。その後に、ゆっくりと馬車から降りてくる人。間違いない。
「ミス・ハナノワ…………いや、リース・ベイビーブレス・ティルト令嬢のご自宅はこちらですか?」
カイルは、帽子に手を添えていたが、しなやかな動きで、脱帽する。相変わらずのその顔は、綺麗で、私は懐かしくなる。…………彼と随分会っていない日々が嘘の様に思えた。
「えぇ、こちらですわ」と私は言う。
すると彼は、微笑をして言った。全てわかりきった顔をして、私に言った。
「……久しぶり、リース。元気かい?」
懐かしい彼の黒髪と藍色の瞳が、輝いて見えた。




