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「最高ですね!」シャンパンを一気に飲み干すと私は言った。
「リース、いくら平民になったからって、あんた貴族だったんだから上品に飲みなよ」マロウさんは、かっかっかと笑って言った。
「あ、すみません、ついいつも生ビール飲む感じと同じように飲んじゃいました」
「貴族でもビールも飲むのかい? ずっとワインやシャンパンかと思っていたよ」
マロウさんは、少し驚いて言った。そして、立ち上がって、キッチンテーブルに置いてあったミートローフを持って来てくれた。私は何て返そうと迷っていたけれど、ミートローフを見て、忘れてしまう。
「美味しそうです」
私がうるうると目を輝かせたのか、マロウさんはにやっとする。
「リースは本当に……庶民的だねえ」
「そうですか?」
「あぁ、私の知っている貴族のイメージは、傲慢で高飛車で無駄金使って遊んで踊ってるだったのにさ。あんたは素直で人の期待を裏切らないね」
マロウさんは言った。
「あ、でも、そのイメージ、貴族だった私を表すのに間違ってないです! 正しいです」
片手にくるくると空になったグラスをまわしながら、にこりと笑って言う。
「いや、あんたは良い子だってわかるよ」
マロウさんは言った。
ミートローフを私の分として、お皿に取り分けてくれた。
「とりあえず、食べますか」
私は言って、マロウさんのミートローフを食べる。
「…………マロウさん、すみません、パイ被りですね」
私は自分が作ってきたのも、アップルパイだということを食べてから気がついた。
マロウさんは、あわてて
「中身が違うから大丈夫だ!」
と言った。
私達は笑って、各々にお互いの料理を食べる。シャンパンとマロウさん特製の赤ワインのサングリアを飲みながら、色々な事を話した。
「あ〜美味しい」
「いいクリスマスだね」
マロウさんは私のシナモンクッキーをひとつ食べる。シナモンの香りが効いていて美味しいと言った。
「マロウさん、マロウさんが言いたくなければ、いいんですけど……ここのお家、二人用ですよね」
「そうだね」
「どうしてなんですか?」
私は思い切って、レオが話していた昔旦那さんと住んでいたことについて聞いてみた。最近の私とマロウさんは身の上話をしてもいいくらいに、仲良くなったと思う。少し前までは聞かなくてもいいかと思っていたけれど、何となく、そろそろお互いの知らない話してもいいのではないかと考えたのだ。
「昔、ここに恋人と住んでいたのさ」
マロウさんは少し黙ってから言った。
「あたしも元々は貴族だったんだ」こうとも、言った。
私は驚いたけれど、ぐっと黙って真剣にマロウさんの話に耳を傾ける。
「そうなんですか」
「あぁ。私はブーケ国ジェロブル市に住んでいた良家の貴族でね。とても大切に育てられたんだ。二十歳で親の選んだ男爵貴族と結婚してね、娘も産まれたよ。幸せだった」
「でも、どうしてラッテ街に?」私は聞いた。
「人間、生まれた時から恵まれていて、何不自由なく暮らせていたのは紛れもなく家族のお陰だった。…………けれど、私はね、その決められた人生そのものに窮屈になって逃げ出したんだよ」
マロウさんは、テーブルに置いてあったワイングラスの蓋をそっと指先で触れる。
「何もかも満たされていたのに、お城の中で求められる自分の役割と言うか、立ち位置に吐き気がしていた。私が自由な気持ちになれたのは、偶然、外出先で会った平民の男性だったんだ」
「うん」
「彼は貴族の私にも優しくしてくれてね、誰に対してもわけはてなく接しているようだったんだ。私はよく彼と外で会った時に悩みを話すようになってさ、自分と会う時だけは、貴族のいい女性でもなく、いい妻でもなく、いい母親でもない私でいてくれと言ってくれた。彼と会う度に自由になれたし、自分が素直になれて、お互いに惹かれることに時間はかからなかった」
私はマロウさんの話にひとつひとつ頷く。マロウさんは私を見る事なく、何処か一点を節目がちに見て話す。
「だけど、私は結婚している身で、旦那も子供もいる。外で会う度に自分が解放された気持ちになる反面、お城に戻ると自分がまた籠の中の鳥になったような気がしていたんだ。親同士が決めたと言ってもよくある政略結婚だったからね、旦那は私のことなんぞひとつも見ていなかったんだよ。客人が来ると、私の人格よりも、お飾りのように私を扱っていたんだ。身なりも何ひとつ見ていなかった。なのに子育てや少し何かをすると、ほら見たかと言わんばかりに私を責めてきた。ついに私はそんな毎日に嫌気がさして、何もかも捨てて、平民の恋人と一緒に駆け落ちしたのさ」
マロウさんは、ワイングラスに中途半端に残っているサングリアをくるりとまわす。私はその姿を真横でじっと見つめる。マロウさんが貴族嫌いなのは、自分が嫌いだったのかな、と思った。
「燃え上がって、駆け落ちして、ここに来たのはよかった。だけど、彼にも妻子がいて、住み始めてから数ヶ月後にはやっぱり一緒には住めないと家を出て行ってしまったんだ。自分よりも家族へと戻って行く恋人に、私は憤りを隠せなかった。お互いに家族を捨てて来たのにね。私は一人になって初めて後悔したよ。どうせ出てくるのなら、娘を連れて来れば良かったってね。……今思っても仕方のないことさ」
「娘さんとは? 今は……?」
「手紙を一度だけ書いたんだ。だけど、もう二度と手紙を送って来ないでくれと、一言だけ返事が返ってきたんだよ」
「……そんな……」
「旦那にも申し訳ない事をしたんだ、仕方ない。でも娘の成長を知ることもできなくなって、私は本当に後悔したよ。帰ることなんてできない、私は家族を捨てたんだからね」
マロウさんは言った。
「リースがこの街に来た時、私は昔の自分を思い出したよ。貴族が嫌いなんじゃないのさ、私は昔自分がした事が許せなかったんだ。わかっていたのに、最初あんたにきつく当たったね」
「気にしていないわ、済んだことよ」
私は言った。
マロウさんは黙り込むと、部屋の中はキャンドルの甘いバニラの香りが強く香った気がした。マロウさんは一時の判断を間違えたことを今でも後悔しているのだなと思う。
「私の娘はもう四十過ぎになる。もう随分会っていないから、どんな子になったのかわからないよ。だから……リースを見ていると、もしかしたら私もあのままお城にいたら、リースぐらいの娘を見る時期もあったんだろうなと思うのさ」
マロウさんは言った。そう言うと、私の作ったシナモンクッキーをまたぼりぼりと食べ始めた。
「私でよかったらなんですけど、娘みたいに思ってくれて構わないですからね」
私は言った。マロウさんは顔をくしゃくしゃにして、少しだけ泣きそうな顔で笑った。
「ありがとね。あんたはやっぱり優しくていい子だ」
私はマロウさんを見て、マロウさんに、自分の話をしようと決めた。
「マロウさん、あのね」
「なんだい」
「私もマロウさんに話していないことがあって」
「いいよ」
マロウさんは言う。
「私ね、自分が何者かわからないんです」
「ん?」
「私、見た目はリース・ベイビーブレスなんですけど、自分がリースになっていることに気づく前はこの世界ではない世界で三十二歳の独身女性だったの」
マロウさんは体を向き直して、私を見る。私は瞬きもせずに、話し始めた。ここからすると異世界……日本の東京でOLをしていて、毎日部屋と職場との往復だったことやその後、温泉に入って溺れてからのことなど、今まで自分に起きたことを話した。
「神官様に相談したら、私はもしかしたら、リースの前世かもしれないし、異世界にいた私が転移しているかもしれないそうなの。でも、どちらかは神官様でもわからないし、この世界で私とリースが望む物を手に入れた時、元の世界に戻るかもしれないって」
「…………そんなことがこの世にあるのかい」
マロウさんは、自分の話でしんみりしていたのに、私の話を目を丸くして聞いていた。ぼりぼりとまたアップルパイを口に入れている。
「私もびっくり。だから、マロウさん、すみません。見た目はリースでも、私中身は三十二歳のオタクなんです……」
「信じられない……」
「ですよね……」
私は笑った。マロウさんは、ふーと息を吐いて
「でも、信じるよ。リースは貴族なのにやけに庶民的で気がきくなと思ってはいたんだ。十八歳で成人はしているものの、年の割には、やけに落ち着いているところがあると思っていたからね」
と言った。
「あはは……私は中身は三十二歳だからですよ」
「そうかい。じゃあやっぱり子供が何人もいたら、リースが私の子供ってパターンもあるかもね」
「マロウさん、今それ関係あります……?」
「いや、大切なことさ。どんな理由があって、あんたがその身体で今のあんたとしていたとしても、私がリースを大切に思っているって気持ちは変わらないよ。リースは、娘みたいなもんだね」
「マロウさん………………」私は言う。
マロウさんは、またサングリアをお互いのグラスに注いだ。
「見つかるといいね」
「え?」
「リースと……あんた…………
マロウさんは言いかける。
「あ、異世界の時の名前は玲那です」
私は言った。
「……レナか。すごい偶然だけどね、ブーケ国の昔の言葉だけど……花かんむりの事を、こっちではレナって言うんだ」
「リース……」私は呟く。
「リースとレナの望むものが、見つかるといいね。それがまだ何かはわからないけどね」
マロウさんは言った。




