14
カメリアにある、裏庭のベンチで、私は一人座っていた。
ここには大きな木がベンチの近くにあって、影になって、上手い具合に太陽からの直射日光が当たらないようになっている。
人通りは少ない場所。正直、すごくホッとしてしまう。
バスケットを抱えて、私はぎゅっと俯いていた。
「一生懸命作ったんだけどなぁ……」
蓋を開けて中を確認すると、下のお皿が割れていた。小さな破片も混ざってる。コンポートや生クリームもすぐ取れるようにと小さな深皿に入れていたので、ぐちゃぐちゃに混ざっていた。さっき尻もちをついた時に、バスケットを落としてしまった。あの時、高さがあったから、割れちゃったんだな。
「ありゃ、これじゃあ、ダナ様だって、嫌よね……」
不恰好に作られたクレープは、割れて食べられる状態ではなかった。
なぁんで、かなぁ……。
少し、悲しくなって、泣いていると後ろから声をかけられる。
「……泣いてるの?」
カイルが、ひょこっと後ろから歩いて来る。ベンチの後ろに腰掛けて、私をチラリと見た。私は慌てて、涙を拭く。
「泣いてないわよっ」
「強がっちゃって」
「何よ!」
私は後ろを振り向くと、西嶋さんに似た顔をしたカイルが、優しく見つめる。妙に違う意味で意識してしまった私は、顔を元に戻す。
「やめた方がいいと思うなぁ。兄さん、今フィオレ嬢に夢中になってるし」
「うん」
私はカイルの言葉を、ゆっくりきいた。
「リースにとっては不憫な話だけど、どうにか、ご機嫌だけ取って、婚約解消したら? 僕も少しは協力するし、その方が君のためでもあるよ。ティルトパパは怖いかもしれないけどさ、君なら黙っていれば、もっと素敵な人がいるかもしれないじゃん」
「うん」
カイルは、頷くだけの私に間を置いて、言った。
「まぁ……残念だったね、ガレット」
「うん」
私は少しだけ、カイルの言葉で泣いた。
* * *
放課後、ダナ王子はいつもと同じようにフィオレと帰る途中だった。楽しく会話していたが、ダナ王子は、王族専用の部屋に忘れ物をしたことに気づいた。
「すまない、フィオレ嬢。先に帰宅してくれ」
「わかりましたわ。また、ごきげんよう」
フィオレ嬢は笑顔で帰って行く。少し見送った後、ダナ王子は部屋に戻って行く。
ダナ王子の後ろを、ヨクサクがついていく。
重厚な扉を開けて、書類を取ろうとした。
「義兄さん」
カイル王子が、扉の側で、腕を組んで立っていた。
「……カイル。どうした?」
ダナ王子は言った。
カイル王子は普段、自分からダナ王子に話かけることがあまりないので、驚いていた。最近、妙に絡んでくるな……。
「少し気になったんだ」
カイルは言う。
「僕が言うのも変だけど……兄さん、リースとはどうなの?」
「……どうって何だ、何も変わらない」
ダナ王子は言った。
カイルの目に窓辺から日の光が入って、きらりと光る。
「変わらない……? 何だか、最近フィオレ様とすご〜く親密みたいだからさ」
「お前には関係ない。決めるのは私だからな」
「そうだね。あぁ、リースがラクアティアレントで溺れた話なんだけどさ」
カイルは話す。
ダナ王子は、その話か、聞きたくないなという表情になる。
「彼女が私の気を引くためにやったんだろう」
「本当にそう思ってる?」
カイルの目が試すような目つきに、変わった。ダナ王子はカイルを見つめて、少ししてから言った。
「あぁ、間違いないさ。今までだって、リースは幾度となく、行き過ぎた事をしてきたんだ。フィオレにした数々の嫌がらせは把握しているよ」
「……もう少し、リースとちゃんと話した方がいい。今までのことと今回のことは別に考えた方がいいよ」
「話し合う必要はない。どんな理由でさえ、許されることじゃないんだよ」
「ラクアティアレントが王族の持つ水だから?」
カイルは言った。ダナ王子は
「そうだ」と言う。
「兄さんが、誰と結婚しようが、誰を愛そうが僕には関係ない。でも、順序は守るべきだ。ちゃんと話し合わないまま、他の令嬢と仲良くするのはいかがなものかな。…………それに、お昼の時、リース泣いてたよ」カイルは言った。
「…………君には関係のないことだ」
ダナ王子は痛いところを突かれたが、そのまま表情を変えずに扉を開けてすぐに閉じた。カイル王子は、やれやれと思いながら、歩いて行った。
「……………難しい人だな」
ダナ王子は、扉の前で、ため息をついた。
* * *
私の奮闘も虚しく、ダナ様との距離も縮まぬまま、その後、収穫祭の日はあっという間に来てしまった。
私は自室で髪をロゼッタにとかしてもらっている。
収穫祭に出席するためのドレスアップ。普通なら、豪華にとり行われる収穫祭に、心が躍ってしまうと思う。異世界から来た私は、貴族の収穫祭には一度行ってみたいと、ゲームをやりながらずっと思っていた。イケメンばかりのきせきみの世界に入ったら、収穫祭はとても楽しくて、見入ってしまうだろうなと当時は思っていた。本当に現実にはなったけれど、私がリースとして存在している今、恐怖しかない。
今日、ダナ王子に、婚約破棄と国外追放を命じられ断罪される。
「………………」
私が浮かない顔でほんの少し俯いていると、頭をくいっと優しくロゼッタに持ち上げられた。
「失礼致します」
ロゼッタは手慣れた様子で、髪の毛を結っていく。左右にわけて、上の髪の毛を半分だけ手に取る。左側、右側と綺麗に編み込みをして、ハーフアップする。後ろの毛も今日は上げて緩く編み、まとめる。最近は若い貴族女性の間では、髪の毛を編み込むのがとても流行っていた。ロゼッタは編み込んだ両方の髪に、赤い薔薇の花飾りを付けた。
「赤い薔薇の花言葉はご存知ですか?」ロゼッタは言った。
「知らないわ」
「赤い薔薇の花言葉は、あなたを愛しています。です。今日のこの日にリース様に付けさせていただきました」
「…………ありがとう」私は言った。
ダナ王子を愛する気持ちを、花という形で表現するようにロゼッタは汲んでくれた。
異世界から来て、以前の自分を思い出しても、思い出さなくても、私自身の王子への想いは変わらなかった。ただ、ダナ王子が好きになった。ただ、ダナ王子といたかった。でも、今日でこの気持ちは水の泡となる。
「貴女にこうして髪を結ってもらったり、珈琲を入れてもらったりするのも、今日が最後かもしれないわね」
貴族の中では、あれから水面下でリースがダナ王子に婚約破棄されるかもしれない、と噂されていた。ティルト家にも噂はまわってきていたが、家族は私を牽制しながら、あり得ないと誤魔化していた。侍女達の話でもその噂は持ちきりになり、ロゼッタも把握していた。
「何かあったとしても、いつものリース様でいてくださいね」
指を組み手の甲を合わせて、肩をトントンとマッサージして、叩くロゼッタ。
「ありがとう」私は笑った。
私は立ち上がる。ドレスはデコルテをギリギリまで出したデザイン。肩の部分は、トレンドを意識してぽってりとパフスリーブ気味だが、肘に向かっては絞られていて、それでいて肘下からは何層にも重ねられたフリルが広がる。現代で言う七部丈袖は、貴族の身体のラインを綺麗に魅せてくれる。上半身はフリルとピンクの花模様、腰はきゅっと締められ、パニエでスカート部分は大きく膨らんでいる。腰の後ろ部分にもボリュームをもたせるために大きなリボンが付いていた。
最高に可愛いドレスだった。これが、断罪される時の服だなんて信じられないわね。
出かける前に、ロゼッタにもう一度言った。
「ロゼッタ、本当にありがとう」
少しロゼッタは戸惑いを見せながらも、敬礼をしてから、丁寧にお辞儀をする。
「…………いってらっしゃいませ、リースお嬢様」
そう言って、私の背中を、ポンと優しく押してくれた。
「行って来ます」