花冠に祈りを*6
「私を愛しているのなら、こんなことはなさらないで下さいまし。そんなことをしなくても、リースはいつでも傍にいますわ」
サージャの花があちらこちらで咲き乱れ、花びらが彼のまわりにふわりと舞い散る。ルーチェ様は何も言わずに近づいて来ると、私に向かって跪く。
「ずっと……?」
彼が真っ直ぐな綺麗なグリーンの目で見つめてくる。私は心からの思いで答えた。
「仕方ありませんわ。私は〝もう一人の自分〟と約束してしまったんですもの。…………ですが、ロゼッタも一緒ですよ? あの子は私の大切な侍女ですから。それから、種の契約は、ちゃんと守って下さいまし。でなければ嫌ですの。…………それから……」
私がくどくどとルーチェ様に話していると、ルーチェ様は言う。
「リース、君の全部を受け止めるよ。俺、君の十歳も年下だけど……君が大好きなんだ。ありのままの君が」
ふと私の手を取り、手の甲にキスをするルーチェ様。私は何だか気恥ずかしくて、顔が少し熱くなりました。にこりと微笑むと、私達にまた、ひらひらと花びらが舞い散る。安堵に近い心に湧き上がる嬉しさに包まれていると、エヘンと咳払いがする。振り向くと、ダナ様が気まずい表情で立っていた。従者達もダナ様の後ろでただ直立している。
「ソギ公爵、やり過ぎです」
「あぁ、すみません。ダナ王太子殿下」
ルーチェ様は急いで立ち上がると、ダナ様は近づいてきて、ルーチェ様に軽く抱擁をした。
「おめでとう」
ダナ様が言う。私は、? と不思議な顔をしていると、ダナ様が少し品良く笑って話してくれる。
「ソギ公爵から、サージャの種はしっかりと別で預かっているから問題はないよ」
「え? あの……ダナ様、それは一体…………?」
私がダナ様を見ると、ダナ様は小さく笑いを堪えて……いいえ、抑えきれず笑っている。片やルーチェ様を見ると、ルーチェ様も笑っている。……これは? どう言うことですの?
二人は笑いが止まらなくなったのか、次第に声を大きくする。
「なっ?! お二人して、何ですのっ?!」
私は首をふるふるとあちらとこちらにふっていると、ダナ様が言った。
「リースにソギ公爵が婚約を申し込みたいと、君が帰って来て数日してから来客時に言われたんだ」
「はぁ……」
私は貴族らしからぬ、反応をしてしまう。ダナ様は続けて話してくれた。
「だが、リースは自分のことをずっと責め続けているから、このままだと受け入れてもらえない__だから、大きく勝負に出たいと言われた。…………というわけだ」
「へ? では、ナイフは……」
「偽物だよーん。肌に当てると赤い色がつく君のお兄さんの作ったおもちゃ☆」
ルーチェ様がテヘッと舌を出してふざけた。私はわけがわからず、固まった。
「え? でも、どうして遠いソギ王国からスペラザまでやって来られたのですか? 私が国を出たのはついこの前でしたわよね?!」
「リース、君は自分の侍女の存在を忘れていないか? 彼女は私と連絡を取り合うこともできるし、何ならソギ公爵にロゼッタはこちらまで飛べるように護符を渡すこともできるんだぞ?」
すると、ダナ様がそろそろ良いぞ、と言って指を跳ねると、魔法でロゼッタが敬礼をしたまま現れた。
「ロゼッタ……」
「お嬢様、どうかロゼッタのお節介をお許しください。私はリースお嬢様がソギ王国を出ると言う話をされてから、ルーチェ様に頼まれてスペラザまで飛べる魔法陣を置いていきました」
「一度無くしてしまって、ダナ様に送っていただいたと話していたけれど…………もしかして」
ロゼッタは敬礼する。続けて話してくれた。
「えぇ。ルーチェ様にお渡ししたのです。それからは、ルーチェ様が私達よりも一足早くスペラザに到着しておりまして。ダナ王太子殿下と国王陛下に深々と敬意を示した後に、サージャの種と契約書を渡して、リースお嬢様に婚姻を申し込みたいと話して下さったのですわ」
「…………まさか、私よりも早くにですの?」
「どうか、お許しを」
ロゼッタはずっと頭を下げている。私は頭を上げてと伝えると、ゆっくりとロゼッタは顔を上げた。
「リースは強情だし、頑固だし、俺に似て結構捻くれてるからさ。こうでもしなければ受け入れてもらえなかっただろう? 花が咲いちゃったのは予想外だったけど……」
ひらひらと頭や体についた花びらを手に取る、ルーチェ様。
「我が国の、国王陛下が愛してやまないサージャ花の力でリースが育ったスペラザ王国の様々な人が少しでも助かるのなら、それは紛れもなくリースが目指している困っている人々を助ける慈善となる。……こんな素晴らしいことってないよ。喜んでたくさん種を差し出すよね」
「ソギ公爵は公爵家だけに留まらせておくのは惜しいですね。王位は継承出来ないのですか?」
ダナ様は微笑みながら言った。
ルーチェ様は首をふる。
「国政など俺には面倒です。まだ彼女から習いたいことがたくさんありますから」
ルーチェ様はダナ様と握手して、ようやく私は自分が全てまるっと騙されていたことに気がついた。
「ルーチェ様もダナ様も………………私を騙したんですのね」
私が今にも恐ろしく険しい顔をすると、ルーチェ様は顔を青ざめながら弁解した。
「違うよ!! 騙したけど、これは騙しじゃない!!!! 君にプロポーズしたかったんだ!!!! 断じて、いや騙したけど騙してない!!!!」
私は従者の腰に付けていた短剣を一本抜いて、ルーチェ様とダナ様を恐ろしい形相で追いかけた。
「許しません!!!! 私を騙すなんて!! 騙すなんてぇええええ!!!!!!」
「落ち着け! リース! 赤ん坊が音がうるさくて泣くかもしれないだろう?!」
「ダナ様もダナ様ですわっ!! このようなお方に力をお貸しするだなんて!!!! 未来の国王がそのような行動、許されませんわ!!!!」
ぐぉおおおおおおっと短剣を振りまくって、追いかけると、何だかスッキリして来ましたわ。
「あー! もう、スッキリしましたわ」
「おさまってくれて、よかったよ」
「本当にな」
息切れをする二人に、満足そうに短剣を上に掲げた。暫くしてから、従者に短剣を返してから姿見へと近づいていった。魔法のはずみで割れた姿見に映ったのは、紛れもない自分の姿でした。でも…………あの瞬間、聞こえたのです。もう一人の私が、私に。
「私にも彼女の姿が一瞬、見えたぞ」
ダナ様は私に声をかける。振り向くと、腕を組んで真剣な顔をして私を見ていた。
「…………では、私が見た幻ではないのですね?」
「あぁ、この目で見たからな」
……どうして、あの時だけ繋がったのでしょう。
と、言うことはやはり、彼女は生きている?
私は黙って色々と考えた。けれども、今のこの謎を解決するような、正しい答えは分かりませんでした。ですが、彼女が心配して、私に何処からか伝えてきたのかもしれません。天国か元の世界か。わかりません。
…………ですが、私を心配して下さっている、ということだけはわかります。
どうか、生きていて欲しい。私は姿見を見ながら思いました。
「レナ、ありがとうございます」
私は呟くと、ルーチェ様が近づいて来た。
「リース」
私はルーチェ様を見つめる。彼は私を嬉しそうに見つめると、頬に手を添えた。
「結婚式はいつにする?」
「ルーチェ様………………」
「リース……」
少し目がとろんと甘くなっているルーチェ様の、私に触れている手に同じように手を添えて、にこりと笑って伝えた。
「先ほどの話はなかったことに致しましょう」
私がさらりと笑ってお伝えすると、ルーチェ様は慌てて言ってきました。
「リース?! なんで?! なんで?! 今、さっき、ハイって頷いたよね?!」
「えぇ」
私はいつもの私らしく、社交辞令の時に使う笑顔を思い切り、ルーチェ様に向けました。
「じゃあ、良いじゃん?! 結婚しよう!! リースっ!!」
ルーチェ様がガシッと私の肩を掴んだ。私は自分でも感動してしまうくらい、優雅な身のこなしで彼の手を振り払う。
「黙らっしゃいませですわ!!!! ルーチェ様、貴方は成人したばかりではありませんか!! ついこの間までご両親に守られていた身ですのよ!! 貴族など嫌だと荒れていらっしゃいましたじゃありませんか!!!!!! 気持ちが落ち着いたから、婚約などと早過ぎます、甘過ぎます!!!! あと二年は最低でも貴族としての生活を維持してから婚約を申し出て下さいまし!!!!!!」
ビシッとルーチェ様に指を指すと、ルーチェ様は狼狽えた。ダナ様と従者達は慣れたように、まぁリースだから仕方ないな、と呆れながら笑いを堪えている。
ルーチェ様は震えながら、言った。
「嫌だっ!!!! 嫌だよ、リースッ!!!! あと二年なんて待てないよっ!!!! あと二年も経ったら、君はババア更新だろう?! やめとこう!!!!」
「お黙りなさいませ!! ババアとは何様ですの?! 頑張って堪えて下さい!!!! リースは堪えられない人間は好きではありません!!!!」
「そんなぁあああっ!!!! リース!! 頼むよ〜!!」
ルーチェ様が私を追いかけて来るのを、私は笑いながら逃げていた。
私の中にこんな気持ちが産まれたのは多分、初恋以来なのでしょう。
私には刺激が強過ぎます。貴方が一人前になって落ち着くまで、私も冷静さを養えるよう、頑張りますわ。と、私は心の中で思いました。
ロゼッタの前に来て、私は彼女と向き合う。
「ロゼッタ。色々と言いたいことがありますわ。……でも、一番はお願いがあるのよ」
「なんでしょうか?」
ロゼッタは穏やかに構えている。いつも見慣れた彼女の顔はとても美しいと思いました。
「もし、この先私が誰かと新しい人生を選んだとしても、もしよろしければ……私の侍女として、その後も一緒にいてくれないかしら? 私…………貴女と一緒にいたいのよね」
私が話すと、ロゼッタは同じ表情のまま、目を潤ませた。
「当たり前ですわ、リースお嬢様。……私は幼い頃に貴女と出逢ってから、貴女の屈託ない笑顔に救われたんですわ。あの時から、私はリースお嬢様にずっとこの身支えていこうと思ったんです。ですから、今の言葉は…………私にとって、最高のプレゼントですわ」
ぎゅっとハグをすると、私はなんて優しい人達に囲まれていたんだろうという思いに包まれた。
「あー!! リース!!!! ロゼッタと抱きつくなんて、ずるい!!!! 俺もハグしよう!!!!」
「我慢しなさい!!!!」
ルーチェ様の両手を広げるポーズを避ける。今にも泣きそうに怒る彼の顔を見て、私は笑った。ロゼッタもダナ様も従者達も笑った。
私の人生はこれから、花が咲いていく。
幸せになるわ、レナ。