12
「ロゼッタ……色々とありがとう」
私はソファーに戻って、ロゼッタの顔を見る。ロゼッタは微かに笑って、穏やかな表情をした。
「お嬢様、何か気持ちの面で考え方が変わったことはありましたか?」
「え?」
ロゼッタは私に珈琲のおかわりを淹れてくれた。淹れ終わった後に呟く。
「お嬢様が少し柔らかい雰囲気に変わられた気がします。何か気持ちの変化があったのかなと思いまして」
私は、ドキッとした。まさかロゼッタに私が異世界の者で、転生か転移かどちらかの状態で、リースとして存在しているかもしれない事が、ばれたのかと思った。どうしよう、バレバレなの?! 私??!!
「……そ、そうかしら?」私はティーカップをひと口飲む。
「とても今のリースお嬢様も素敵ですよ」
ロゼッタはにこりと笑って、胸の前に手を置いて私に敬礼ポーズを軽くとる。
「いや、ロゼッタ! そんな行儀良くしなくていいわ!! 気にしないで!!」
私は慌てて、彼女の手を元に戻す。ロゼッタはまた笑って、私の目を見る。
「そうですか? 私の心からの敬意をお嬢様に示したかったのです。お嬢様はどんなお嬢様でも、素敵なんです。いつでも……私は心を込めてお支えいたします」
それは社交辞令などではなく、真っ直ぐに入ってくる言葉に感じた。
私は、とても嬉しくなる。
「ありがとう」
私はまた、ソファーに座り直した。
そして一言だけ言って、珈琲をまた飲み始めた。
* * *
私は、ベッドの中でジッと考えた。
このまま、収穫祭が来たら、間違いなく断罪されてしまうだろうな……。ましてやラクアティアレントに落ちてしまったし、ダナ様への印象はすごく悪くなってる。国王陛下は表面上は穏やかな方だから、万が一許してくださったとしても、身分に関係なく、平等にと何かしらの処罰は、与えるんだと思う。どのみち、私と言う存在の起源が、転生か転移だとしても、異世界から来たことは言えない。だから、ラクアティアレントに落ちたのは事故だとは説明がつけられない。はぁ……どう考えても、断罪コースしかないわ……………
私はベッドサイドにある飲水が入ったピッチャーとグラスを横目に見つめた。
「……なんでリースなのかなぁ。悪役令嬢じゃなくて、主人公だったら良かったなぁ」
私はポツリと呟いた。
その時、ふと自分の中に暖かい、眩い光に包まれたぼんやりとした映像が浮かんでくる。
ーーーーーーーー『ダナ王子、リースね、おとうさまやおかあさまやお兄さまみたいにまほうが使えるようになりたい』
小さなミルクティー色の髪の少女と焦茶色の髪の少年ーーーーリースとダナ様だ。
場所はーーーーーーやっぱり、スプレンティダ家の庭園。薔薇の時期だろうか? 一面に薔薇が咲いている。王子と二人っきり?
『僕もまだ魔法が使えないんだ。王子なのに』
小さなリースは俯きながら、お嬢さん座りをしている。その目の前には小さなダナ様がいて、リラックスした格好で、俯くリースを覗き込んでいた。
『みんな、かぞくはできることが、わたくしにはどうしてできないのかしら。淑女になるお稽古もお勉強やダンスのレッスンもがんばっているのに、わたくし…………まほうだけが使えないの。どうしてかしら』
ダナ様は優しく、
『まだ僕とリースは目覚めていないのかもしれないよ?得意、不得意はあると乳母が言っていたから。リースだって、きっと使える日が来るはずだよ』と笑顔で言った。
うわぁうわぁうわぁ。なんて可愛らしい王子なんだろう。純真無垢で、濁りのない光のような笑顔。幼い頃の記憶に、私自身が癒されてしまう。さすが推し…………! ダナ様の幼い頃を見られるなんて!
『…………でも。おとうさまとおかあさまはまほうが使えないのは誰に似たんだろうって言うのよ。おにいさまたちは四才には目覚めがおとずれていたのに、リースはもう六才になるのに、まだかって。おかしいんじゃないかって………………』
小さなリースはしくしくと泣く。フリルのついたピンク色のドレス裾を小さい手で握り締めながら、涙を時々拭いていた。
『僕も未来の国王なのに、どうしてまほうが使えないんだって言われてる。カイルが少し羨ましい』ダナ様は言った。
ダナ様は正座に座り直し、リースの手をきゅっと優しく握る。
『僕もまだ使えないけど、二人でがんばれば使えるようになるかもしれない。だから、リース。お願いだ、泣かないで』
小さなリースはしくしくと泣いていたが、ゆっくりと顔をあげてダナ様を見た。
ねっ? と、リースを励まして、にこっとダナ様が笑う。
小さなリースは、泣いていたが、ぴたりと止まって、涙を吸い上げるように、息を吸い込む。
『……ほんとうに?』
リースは目を赤くして言った。
『本当だよ。もし、リースがまほうを使えなかったら、僕が父上に言って、リースをお嫁さんにしてもらうよ!』
ダナ様は言う。ぎゅっと手を握ったまま、リースをしばらく見つめる。リースは、少し言葉の意味を考えた後、明るい声で言った。
『もしなれなかったら、ダナ王子のおよめさんになるの?』
『いやかな?』
『ううん、とっても嬉しいわ!!』
小さなリースはダナ王子の言葉ですっかり元気になり、頬を濡らしたまま、可愛らしい笑顔で笑った。
『早いとか遅いじゃないと思うんだ。得意なことや不得意なことがあっても良いんだと父上は言ってくださった。カイルがまほうが得意なだけで、僕たちだってできないわけじゃないよ。もしできなかったとしても、僕のお嫁さんならいいだろう? 僕のお嫁さんになったら、まほうが使えなかったとしても責めないよ』
ダナ様は言った。
『そうですわね。きっと使えるようになるわ。でも、なっても、ならなくても、およめさんにしてくださらない?』
リースは頬の涙を片手で拭う。
『いいよ! 将来、リースを僕のお嫁さんにしてあげる!!』
ダナ様はまたにこりと笑い、リースの涙で濡れていた片方の頬を自分の手で拭いてあげた。
二人は合わせるように、くすすっと笑い合う。
少し眩しい光が見えたと思うと、カイルがやって来た。顔はやっぱり西嶋先輩似の小さなカイル王子だ。
『何してるんだ?』カイルは言った。
『秘密だよ、秘密の約束を二人でしていたんだ』
ダナ様は言う。
『二人だけかよ、僕も混ざりたい』
カイルはぷうと頬を膨らませて言った。
『今のは僕とリースの約束だけど、また別に僕たち三人はずっとこのまま仲良くいるって約束をしてもいいぞ』
ダナ様が言う。
『いいね! その約束。結ぼう!!』
カイルは庭の薔薇を一輪、魔法で摘み取り、三人の少し上の目線まで持ってきた。
『王族の誓いだぞ』ダナ様が言った。
『もちろんだ、異論はないな?』カイル王子が確認した。
リースは、きょとんとあっけにとられていたが、ダナ様に、どうする? と聞かれて、
『誓うわ!』と叫んだ。
カイル王子は浮かばせておいた薔薇を花びらだけ魔法で取り、ひらひらと舞わせた。
三人の頭の上に、赤い薔薇の花びらが舞い落ちる。
『きれい……』リースは感動する。
手のひらでゆっくりと落ちてくる薔薇の花びらを受け止める。
『約束だからな、やぶるなよ』
カイルは言った。
『王族に二言はないさ』ダナ王子は言う。
リースはずっと笑顔で笑っている。
ーーーーーーーー私が眩い光を見つめていると、光が一度大きくなったなと感じたーーーー景色は別のシーンに変わる。
一年後のーーーーカメリア学園入学前の五月頃だ。スプレンティダ家のお屋敷内ーーーー廊下にいる。
ダナ様が少し凛々しくなった顔立ちで、リースの元にやってくる。
『リース!!』
『ダナ様、ご機嫌麗しゅうございます』
リースはにこりとドレスの裾を持って挨拶した。
この頃、リースはスプレンティダ家にたまに遊びに行く程度になっていた。淑女になるための様々なレッスンに明け暮れていた日々。
王子と会うのも久しぶりだった。
『僕、やっと目覚めたんだ!』
ダナ王子は言った。
『目覚め?』リースは聞くと、ダナ王子はほらっと手を広げて、黄色い光の玉を出す。
『魔法だよ! やっと使えるようになったんだ! これで僕も立派な王族の仲間入りさ!!』
得意気にリースに光の玉を指で動かす。
すごいだろうと、ダナ王子は笑った。
リースは、少し間をあけたあと、
『すごいですわ!! ダナ様、流石です!!』と言った。
『リースは?』ダナ王子は言う。
『まだですの』リースは言う。
続けて、
『でも、焦らないことにしていますの。カメリア学園に入るまではあと少しありますし、もし魔法が使えなかったとしても、ダナ様との約束がありますものね』と言った。
『約束……?』ダナ王子は首を傾げた。