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悪役令嬢の私を探して  作者: アトリエユッコ
スピンオフシリーズ
159/161

花冠に祈りを*5

「もう一人の自分と、約束したんだろ? 誓いをやぶるなよ」


 ルーチェ様は冷たい声色で、私を壁にグッと押さえつける。力では勝てないと思った。



「幸せですわ、私は。皆様に慈善を…………


「それはまやかしだよ!!!!」



 彼は叫んだ。


「もう幸せになってもいいじゃんか、リース。本当の意味で幸せになって、アンタの笑顔と力量で恵まれない子達にも幸せを分けて行こうよ。ねぇ、リース?」



「…………おやめくださいまし……」


 私は震える声で返事をした。ルーチェ様は真っ直ぐな視線で私を見つめてくる。それ以上、私を見つめないで下さい。


 本当の私は……弱くて、何も持ち合わせていない。

 貴方を幸せにする自信も、添い遂げる自信も、自分への自信すらないのです。



 どうか、どうか。

 これ以上は__________…………









  ルーチェ様が私の唇に触れる。





 涙が私の頬をつたい、触れてはいけない心の一部に、彼が触れた気がしました。


 優しく。


 でも、揺るぎなく。




「……………………リース……」


 ルーチェ様が呟く。


 ふと、冷静になった私は、そのままルーチェ様を押しのけて部屋を出て行った。




 どれだけ走ったのでしょうか。王宮を抜け出して、私はいつの間にか街中へと走っていました。商店街の通路で、石の置物に手をついてしゃがみ込むと、私は涙が止まらなくなっていました。



 嬉しいのに、許せない。



 自分自身のして来たこと、自分自身が。



 なのに、どうしてでしょうか。

 いつの間にか、彼に惹かれてしまっていた。口付けが嬉しいと思ってしまった。


 十歳も年下のルーチェ様に。


 大切な仕事を任された公爵家のお方なのに。




 人目も憚らず、泣いていると小さな足元が目に入る。ふと、泣くのをやめて上を向くと小さな女の子が立っていました。私は少女を見つめますと、女の子は私の頭に優しく手を触れる。


「どうしたの? 悲しいの?」


「えぇ、悲しくなってしまいましたの」


 私は女の子に伝えました。女の子をよく見ると、アルバと言われる教会服を着ていました。周りを見ると、少し先に教会がありました。教会の子なのかしら……? と私が思っていると、スッと女の子は紙袋を渡して下さいました。



「悲しくなっちゃったなら、それはとても悲しいことね。これ、お姉さんにあげる。クッキーだよ。牧師さんが作ってくれたの。昔、お菓子を売っていた人に教わったんだって。これを食べれば、お姉さんも元気になるかも」


 私は紙袋を開けた。中には、私がよく作るシンプルなバタークッキーとココアクッキーが入っていた。



「ありがとう。牧師さんは、どちらで作り方を教わったかご存知かしら?」


「お国の名前まではわかんなぁい。でも、旅の途中で綺麗な女の人から買った時に聞いたって、よく話してくれるの」



 それは多分、私かもしれない。いつかの時、聞かれて口頭で良いから教えてと言われたこともあった。

 女の子は笑う。



「悲しい時は美味しい物や甘い物を食べると良いんだって。お菓子には力があるから」



「えぇ、そうね。どうもありがとう」



 女の子は私を軽く抱きしめて、そのまま手を振って教会へと戻って行った。


 私は紙袋に入っていたクッキーを口にする。

 私のまで……とはいきませんが、私が作るクッキーに近い味。美味しい。何故でしょうか。クッキーを食べて、不思議と落ち着いていられました。お菓子には力がある。そうですわね、私はカデーレだから、本当に思います。


 それでも。

 まだ、ルーチェ様に対して心を許すことは出来ないと思いました。



 私は侯爵令嬢。カデーレ。今は与えられた仕事を最後まできっちりとやり遂げないと__と思いました。


 そして、その日のうちにロゼッタを連れて、私はソギ国を後にしました。







 ***



「ダナ様、こちらがソギ国のサージャの種と契約書になります」


 私はスペラザに戻って来ると、王宮へと出向いてダナ様に頼まれていた物を渡した。



「リース、よくやってくれた。感謝しているよ、ありがとう」


 ダナ様は相変わらずのお美しさと優しさでしたが、以前よりは冷静に対処できたと思います。ほんのりと微笑んでいると、ダナ様は私に話してくれました。


「リース。一週間前なんだが、フィオレが出産したんだ」


「まぁ! おめでとうございますわ。どちらですか?」



「男の子だ。鳴き声が元気だぞ」


 ほくほくと底から湧き上がるような嬉しさが、ダナ様から感じられる。私は今はその姿を見ているだけで安堵することができた。


「いいですわね。……お会いしてみたいですわ」



「いいのか? 私は君にも是非息子を見てもらいたいと思っている」


「ですが、フィオレ様がお許しにならないでしょう? 私の顔を見るのも嫌ではないかと…………」


 私はダナ様の元婚約者なのだから、フィオレ王太子妃だって嫌に決まっていると思いました。ダナ様は落ち着いて教えてくれる。


「いや、フィオレが話していた。一度くらいは見せたいそうだ」


「フィオレ様に私が酷いことを言ったら、ダナ様はどうするのですか?」


 ダナ様は変わらぬ美しさで、話した。



「そんなことが例えあったとしても、君は本当は優しいのはわかっているよ」




 何とも言葉が返せなかった。そのまま、私はダナ様の案内で、フィオレ様のいるお部屋に通されました。フィオレ様は横になりながら、隣には小さな男の子の赤ちゃんが寝そべっておりました。


「まぁ、リース嬢! 来てくれたんですの!」


「えぇ。……お眠りになっているのね?」


 私は恐る恐る自分のたてる全ての音を消そうと集中すると、フィオレ様は言いました。


「大丈夫よ。この時間帯は何があってもぐっすりなのよ」


「そうですか。貴女もお休みにならないと、眠れないわ」


 慈善活動をしていた経験上で、産後の睡眠時間を獲得するのが一番大変だと聞いたことがある。フィオレ様はにこりと微笑んだ。


「ありがとう。でも、少し貴女と話がしたいの。聞いて下さらない?」

「えぇ」


 私はフィオレ様を見つめた。


「最近は____どう? 体は元気? 楽しかったことはあったかしら?」

 フィオレ様はゆっくりと起き上がった。私はいきなりの質問攻めですか……と思ったけれど、ひとつずつ答えていく。



「今までは各国を周りながら慈善活動をしていたのですが、ついこの間までは、ソギ国に居ましたわ。体は変わらず元気ですの。お酒は弱過ぎて飲めませんが……。楽しかったことは、そうですわね…………素敵な経験が出来ましたわ」


「素敵な経験?」


「えぇ。自分の知識を人に教えるという経験です。私のしたことで、人が立ち直っていく姿を見られてホッとしましたわ」

 フィオレ様は私をただ、何も言わずに見つめている。優しく微笑んでから、暫くすると私に話しかけた。



「ねぇ、リース嬢? ダナ様も私も、もう誰も貴女を悪い奴だなんて思っていないわよ」



「………………」私は不意に言われた言葉に、黙り込んでしまう。



「貴女と交わした約束は、今も心に守っているの。だから、私はダナ王太子殿下と結婚した時に、誓いを交わさないで指輪の交換とドレス姿だけ見せた」


「あれは、色々誤解がありましたのよ、もう気にしないで良いのですわ」



「いいえ。私がそうしたいの。でもね、リース嬢。もし……もし、まだ、貴女が私やダナ様や他の人達に申し訳ないと思っているのなら…………私はこの約束自体を解消してもいいと思っているわ。貴女はもう、充分に苦しんで、充分にわびてきたわ。……慈善活動も、そのひとつでしょう?」


 フィオレ様は赤子の柔らかく少ない髪の毛をそっと触れた。


「私は今、とても幸せよ。でも、貴女が幸せでいてくれないと、私は本当の意味で落ち着けないのよ。……ね? 私、自分勝手でしょう? ねぇ、リース嬢。もう、自分を許してもいいんじゃない?」


 言葉を返そうとしたけれど、込み上げてくる様々な感情が言葉にならない。侯爵令嬢のくせに、フィオレ様の前で大粒の涙を流してしまった。これは何の涙なのだろう? 私は、私は、本当はどうしたかったのでしょう? 

 わからない______と思っていると、フィオレ様は微笑んだ。


「リース嬢、生きている私達はすぐに生まれ変わることはできないけれど…………赤ちゃんは無垢なまま、産まれてくるの。私も……貴女も、生まれ変わることはできないけれど、この真っ白な命のように、何にも囚われないで生きていけたら、良いのにね」



「そうですわね……」


 私が答えると、フィオレ様はわかってくれたのねと、また微笑む。


「リース嬢、してしまった物事を直視するのは怖くて勇気がいるけれど、幸せになるのはもっと勇気がいるわ。だけど、貴女なら、出来るんじゃない? もう一人の〝貴女自身〟と約束したのなら」


 フィオレ様は私を真っ直ぐに見つめる。私はふと、彼女に抱きついてしまいました。少し驚いたフィオレ様は、赤子に影響がない程度で私を優しく抱きしめてくれましたの。


「ごめんなさい、フィオレ様…………」


「もういいのよ、リース嬢。私もダナ様も、他の人達も、皆貴女が真面目で一生懸命だって、わかってるから。だから……だからこそ、幸せになってほしいのよ」


「えぇ」

 潤む目を精一杯、堪えて顔をあげる。お互いに笑うと、部屋の外から大きな声がした。



「おやめください!!!! ソギ公爵!!!!」


 私とフィオレ様は顔を合わせる。何事かと思い、私はフィオレ様に言って部屋を出た。


「何かしら?! 様子を見て来ますわ!!」


「えぇ、わかったわ。リース嬢、また時々は来てね」



 こくん、と急いで頷き、部屋の外へと出る。廊下を走って、様子を見に行くと、従者によって捕らえられているルーチェ様が立っていた。


「……ルーチェ様?」


 どうして、ここに? と思いました。でも、それよりも手にはしっかりと私が献上した筈のサージャの種が入った袋を持っていました。ルーチェ様は従者を跳ね除け、私に気づくと、左腕で私を固定し、手には種を握りしめながら、右手からはナイフを持って、私に向けて来た。私は何が何だか、分からなかった。


 ダナ様がやって来て、ルーチェ様を見て訴えた。


「お話が違うではありませんか、ソギ公爵。私達はリース侯爵令嬢を送り込み、貴方と関わらせることで、サージャの種とそれに関する契約を交わしたのですよ?」


 ルーチェ様は私に更に力を込めて、私に刃物を当てる。左手のサージャの種が入った小袋を伸ばしている。彼がどんな表情をしているかはわかりませんでした。


「気が変わったんだ。スペラザ王国にサージャの種は渡せない」

 どんな思いでこんな事をしているのでしょう? ルーチェ様に対してダナ様は優しく言った。



「ですが、これは一国の国王陛下と私共が交わした話です。貴方にどうこうできる問題ではありませんよ」


「だからこうして無謀なことをしているんだ。わかっているだろう? ダナ王太子殿下?」


 ダナ様は黙る。視線が少し鋭くなってきていた。


 これは、どういう状況なのかしら…………? 私が必死に叶えようとしていたものは、何処へいったの? ルーチェ様に必死にお伝えしてきた内容は、こんな悲しい結果になってしまったの? 壁に作られている姿見を横目で見ると、ルーチェ様が私にナイフを向けている。……あの時、気持ちに応えていれば、こんな風にはならなかったのでしょうか?



「…………良いのですわ、ダナ様」


 私が考えに考え抜いて言葉を申し上げると、ダナ様は驚いていた。


「リース、彼のしたことは重罪だぞ。スペラザを侮辱していると同じだ」


「いいえ。この方は元々、とても純粋で優しくて寂しがり屋なだけですわ。私がダナ様の任務を失敗させたんです」



 一瞬だけ、ルーチェ様の私をしめる力がゆるんだような気がしました。私はわかってはいたんです。ルーチェ様の純粋で優しくて寂しがり屋で、でも____本当はいつだって真っ直ぐなんです。おちぶれていた貴方を見て、必死に立派な貴族にと思いました。でも、本当は…………貴方の中にかつての私を重ねて、少しの希望を持ちたかった。それはフィオレ様の言うように、何にも囚われずに自由に生きられると、人が赤子のように何度でも生まれ変われるんだと、信じたかったからですわ。



「私を刺すのでしたら、どうぞご自由に。ルーチェ様に傷つけられるのでしたら、私としても本望です。…………でも、貴方にはそれは出来ません。貴方は私を愛しているから」



「………………リース、君は俺から逃げた。俺を置いて出て行った。もっと信じて欲しかった。俺にくれた君自身の愛情、俺にくれた君自身の優しさ、人間性。君自身の全てを。俺は君がいるなら、国なんて要らないんだ。リースが笑うなら、誰かを殺しても構わない。怒るからやらないけど。…………もっと、君は自分を愛してよ。そして君自身を大好きで愛してる俺を信じてよ。俺の願いはそれだけなんだよ…………」


 ナイフの刃先が私の首筋に刺さり、スッと赤い点が浮かび上がる。ダナ様は堪えきれなくなったようで、魔法で彼の手からナイフを離す。従者達がルーチェ様を捉えようと走って来た。ルーチェ様は鮮やかにかわして、彼らの攻撃を避けた。廊下の姿見が従者の魔法でバリーンと割れる。


「魔法を使えない貴方が我々に勝てますかな?」


 従者の一人が言う。ルーチェ様は怪しく笑った。


「魔法? そんなモノなくても、リースは強いけどなぁ? いつだってさ」


 サージャの種が入った小袋を拾って、ルーチェ様が走ろうとする。私の手を握ろうとした。ダナ様や従者達はやや本気でルーチェ様に降り掛かろうとしている。私はどうすればこの状況が良くなるのか、全くわからなかった。




 その時。



 近くにあった、割れた姿見から声が聞こえた。







『リースっ!!!!!!』



 声に耳を疑い、姿見を見つめた。ダナ様達も、ルーチェ様も一瞬、止まった。


 姿見の中に写っていたのは、かつて〝約束を交わした〟もう一人の自分__レナがいる。


「レナ………………」



 私の声も聞かず、彼女は叫んだ。



『私との約束、忘れたの?! 幸せって、自分を犠牲にしたり自分を偽ったりすることじゃないでしょう? 私は信じてる。貴女は幸せになれる、貴女ならできる、貴女は____




 言葉を最後まで聞く前に、彼女の姿は消えてしまった。でも、微かに最後に聞こえた。




 〝貴女はもう一人の私だから 貴女なら絶対に大丈夫〟




 そうですわね。私、忘れていましたわ。また、何の魔法か幻かわからないけれど、貴女に助けられてしまいましたわね。

 ふいに、ルーチェ様の持っていた小袋が光を放ち、小袋を破って芽吹き始めた。


「カデーレの力だ」

 ダナ様は従者達に説明する。


 私の力が少し暴走してしまっている。……止められない。サージャの種はルーチェ様の国の物。私は彼を愛している。芽吹いた種はどんどんと伸びていき、大きく大きく大きく育ち、白く丸い花をあちこちに咲かせた。



「ルーチェ様」


 私は彼を見つめた。ルーチェ様は私を真正面にとらえる。


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