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悪役令嬢の私を探して  作者: アトリエユッコ
スピンオフシリーズ
157/161

花冠に祈りを*3

 それからと言うものーーーールーチェ様は笑ってしまうくらい、真面目に貴族としての勉強や最低限の礼儀作法、剣術などをこなし始めた。


 そんなに私のお菓子が食べたいのか? カデーレが作るお菓子には心を満たす不思議な力があるにしても、ルーチェ様は真剣だった。でしたので、私も別途にソギ王家が貸して下さっている住まいで毎日お菓子を作っていきました。



 今日はアマレッティを作ってみました。


 アーモンドパウダーとかなり細かく粉砕されたお砂糖を混ぜる。もう一つのボウルで卵白をかために泡立てて。メレンゲをアーモンドパウダーが入っているボウルに入れて、混ぜます。一つにまとまってきたら、ひと口サイズにまるめて、お砂糖の上に転がしてから焼き上げます。


 伝統お菓子ですわね。


 さくりとして、ほろっとして美味しいクッキーが出来ました。

 ルーチェ様は喜んで下さるでしょうか。





 頑張ったら、お菓子をあげる。

 これは約束ですからね。



 驚いたのはルーチェ様の姿勢だけではありません。貴族としての教育を任されてはいましたが、色々とさせてみますと、最低限どころかとても優秀でした。


 私が来て、わざわざ教える事など無いくらいでしたわ。

 と、なると、このお方はわざとこのようなグレをされているという訳ですね。



「ルーチェ様、思ったよりもとても優秀でいらっしゃるのに、どうしてわざと反した行為をするのですか?」


 美味しそうにアマレッティを一気に口に入れるルーチェ様は、暫くしてから私の方を向いた。



「ムカつくから」


「それではお話が終わってしまいます」




「……あんたは、優秀そうだもんな。小さい時からさ、グレた事ないだろ?」


「……………………」


 口に入ったクッキー達を軽くぼりんぼりんと砕く音が聞こえた。

 私はルーチェ様の一言に、戸惑ってしまう。




「私も……違う意味でグレていたかもしれませんね」



 私がそのまま黙ると、ルーチェ様は私を見つめた。



「……………………へえー。あんた、根っからの優秀な貴族そうだったけれど、グレる事もあったんだ。面白いじゃん」



 ルーチェ様は私の顔を見ながら、またもう一つアマレッティを口にする。

 にこやかに表情はなりながら、目だけは真剣だった。




「…………皆と違う自分が悔しくて、誰かを傷つける事で発散していましたわ。愚かでした」



 ぽつりと一言、本音を漏らしてしまう。

 ハッとして、微笑んで誤魔化すとルーチェ様は馬鹿にするでもなく、何も言いませんでした。


 私は気分を変えて、言い放つ。




「ちなみに!! ……()()()、では無く、リースとお呼び下さいませ! ちゃんとできるのですから、言葉遣いも直して下さいまし!!」


 ピシッと中くらいの、指先から肘までの大きさな手作り扇子ーー異世界ではハリセンと言うらしいですがーーをルーチェ様の肩に打ち当てた。悪役令嬢だった私の血が、ほんの少しだけジワっと戻って来ますわね。こちらが密かに高揚していると、ルーチェ様は、また面倒臭そうに、ハイハイと返事をする。




「悪かったよ、()()()()()()


「お嬢様は余計です」


 またピシッと反対側の肩を軽く叩く。微妙な可愛らしくない表情をしたルーチェ様を見て、私は笑う。ルーチェ様は笑うな! と顔を真っ赤にして、拗ねていました。私はルーチェ様に色々と教える日々が、段々と楽しくなって来ていました。





 ***


 ーーーーーーーーある日、思い切ってルーチェ様に尋ねてみました。どうして、公爵家とは言え、甥であるルーチェ様が国王陛下夫妻と一緒に住んでいらっしゃるのか。

 何か事情が、と思っていましたからね。



 私がそれとなく聞いてみますと、ルーチェ様はあっさりと私に話して下さりました。



「……俺は養子なんだよ。国王陛下の弟で、俺の書類上の父親とその奥さん、俺の書類上の母親には、子供が出来なかったんだ。だから、養子を探していた」



「そうだったのですね」


「で、少し前までは一緒に住んでいたけど、俺の素行が悪すぎてコッチに連れて来られたって感じぃ」



 よくある話、スペラザ王国でのカイル王子にも似たような話ではあるな、と思った。

 貴族では少なくはない。

 でも、受け入れられない気持ちも本当によくわかった。


 ロゼッタにハーブティーを淹れて来てと頼んだ。



 彼女は敬礼をして、ゆっくりと、部屋を後にした。



「……よくある話だろ。でも小さい頃なら諦めつくよ。でも、物心ついた十歳くらいの少年を見て、端正な顔立ちだ、とか、育てれば品良くなる、って言われてさ。それまで本当の両親と貧しくても水入らずで楽しく暮らしてた。…………両親は王家から出た多額の金と交換して、俺はここに来たんだ。最悪だろ」



 なるほどですわね。

 幼き頃のルーチェ様は、いきなり連れて来られて戸惑ってしまわれた。

 捨てられたように感じたのでしょう。



「ここでの生活は辛かったですか? 書類上のご両親は優しくなかったのですか?」


「いや、優し過ぎるくらい優しかったよ。本当感謝してる。色々と教えてくれたしね」



「でしたら…………」


 私の言葉に、ルーチェ様は言葉を詰まらせる。少しだけ間を置いてから、私を見ずに言った。



「それでも…………思い出しちゃうんだよな。本当の両親と過ごしてきた幸せな日々」


 顔を見上げて、ルーチェ様はくしゃっと笑う。

 私はこの時、とても胸の奥をつままれたような気持ちになる。

 状況は違えど、何となく、わかる気がしました。



 私はルーチェ様の手にふいに両手を重ねてしまった。



「愛されていると思ったのですね」


 こくん、とルーチェ様は頷く。

 彼は静かに私の手を両手で握り返す。

 私はほんの少し、胸の奥が暖かくなった。



「金をもらって、今では裕福に幸せに暮らしていると思うよ。……俺も幸せだし。でもさ、俺の事忘れちゃったのかな…………とか考えるワケ。子供じみているのはわかっているけど……俺は今でも、忘れられない……考えると、むしゃくしゃしてくる」



 ルーチェ様に何が出来るだろう? と私は思った。

 その気持ちをどうか昇華させてあげたい、と思った。私はロゼッタがティーポットセットを持って来たのを確認して、ルーチェ様に伝える。



「確認して来ましょう。本当に貴方が捨てられたのか」



「どうやって? 俺は国では顔を知られているし、変装だって無理がある」



 私はそっと、彼から手を離してロゼッタの方を向いた。

 ロゼッタは状況がわからないではいたけれど、私の強い眼差しに全てのやる気を見せる。


「上手に変装すれば、出来ますわ」


「?」


「…………だって、私達はスペラザ民ですもの。ロゼッタの力を使えば、なんてことないですわ!」








 ***




 ロゼッタと私とルーチェ様で、ルーチェ様のご両親にこっそり会いに行く作戦を計画した。

 変装をする魔法は高度な上級魔法なので、ロゼッタでは出来ない。カイル王子でない限り使いこなすのは無理。……ですが、人の助けを貸りればロゼッタでも出来る。



「私の長兄である、マークスお兄様に頼んで変身できる魔法グッズを作成していただきましたわ!!」


 どどん! と私はルーチェ様に小さな手のひらサイズの水薬を見せる。ルーチェ様は顔を訝しげにさせながら、薬を見つめた。私はさらりと、ロゼッタに小瓶を渡す。



「何ソレ、すっごい怪しいんですけど」



「大丈夫ですわ! マークスお兄様は、スペラザ王国でもとーっても有能なお方なんですのよ! 開発に勤しんでいまして、魔法グッズもすぐ作れます!!」


「…………いや、そうじゃなくて」



 ルーチェ様はロゼッタから一度小瓶を受け取って、覗く。

 変な顔をして、もう一度ロゼッタに小瓶を渡した。


「こちらは非公式でリースお嬢様の一番上のお兄様、マークス侯爵に作って頂いたものです。長時間変身魔法というのは基本的に難しいですが、マークス侯爵でしたら、たやすく作れます。これを飲んで頂ければ、有名なルーチェ様であってもバレずに変装が可能です」



「……ロゼッタまで、自分がヤバイこと言っているのは理解してる?」


「私はお嬢様の侍女ですから、これくらいでは許容範囲です」


 さらりとしたロゼッタの言い回しに、ルーチェ様は少し呆れてため息をついた。



「どうしますか?」


 私が確認すると、ルーチェ様は暫くは指を顎先につけて足を組んで考える。

 でも、少しの間が空いた後に言った。



「それ、使えば、俺ってわからないで本当の両親に会えるんだな?」


「えぇ」


「わかった。使う」



 私とロゼッタは顔を見合わせてから、両手を合わせた。決行は明後日となった。国王陛下には課外授業をする、という名目で外出するのを許可してもらいましたわ。


 当日、ロゼッタが小さな馬車のおもちゃを持って来た。マークスお兄様に頼んで、護符も送ってもらったようでした。

 庭に出てから、馬車を大きくすると、ルーチェ様は目を丸くしていた。



 そのまま中に入って、大きくなった馬車に座る。

 慣れて来たルーチェ様は外の景色を見ていた。


 私はロゼッタに声をかける。



「ロゼッタ、ありがとうございます」


「いいえ、お嬢様。久しぶりに魔法を使えて良かったです」



「……でも、疲れてはいないかしら? 大丈夫?」



 ロゼッタはノーマルではないため、魔法は使えるけれど私に合わせて魔法を頻繁には使わない。高度な魔法の連続に疲れていないか、私は心配だった。しかし、ロゼッタは目を輝かせながら、私に伝える。



「私はお嬢様が嬉しそうなのが何よりの喜びです。久しぶりに楽しそうなお嬢様を見て、私も頑張らなければと思いました。もし、……私を心配して下さっているのでしたら、お嬢様のお菓子をまた食べたいです」


「…………ロゼッタ。ありがとう。そう言って頂けて嬉しいわ。いつでも、貴女には世話になっているもの。何でも作るわ」


 ルーチェ様はチラッとこちらに視線を向けたと思っていたけれど、すぐに元の景色へと目を戻してしまった。




 馬車で四十分くらい走ると、私達はルーチェ様の育った地域にたどり着いた。

 ロゼッタから変装の小瓶を受け取って、私とルーチェ様は中身を飲み干す。飲み干したルーチェ様がベロを大きく出して、酷い顔をした。



「ゔぇえええええええっ何だこれっ!!!!」


 今回の変装用水薬はまだ味に改良途中なので、味が特徴的でした。

 どんな味かは……この小説をしっかりと読んで想像して下さいませ。



「マークスお兄様に、もう少し薬剤感を抜いた方が良いかもしれないとお伝えしなければですわね……」


「何であんた、これ飲んで平気にしていられるんだっ……!! うげぇええ」


「お嬢様は優秀ですから、こんな事では動じません」




 ルーチェ様がはぁーっとため息を吐く。そうこうしているうちに、魔法が効いてきて体に変化が起きていた。


「くっ…………!」


 ルーチェ様は体が痺れるように熱くなったのか、喉元を押さえる。私はルーチェ様のもう一方の手を掴む。抵抗しようとする彼を手を握り阻止した。

 みるみる私達は姿が変わっていく。……私は黒髪の肩までのセミロングに茶色い目の女性に変身し、ルーチェ様も同じように黒髪の短髪で目が茶色い男性へと変わっていく。


 ルーチェ様は馬車の窓を見ると、ハッとして自分の顔を触っていた。


「感動されているのは良いのですが、行きますよ」



 私はルーチェ様に声をかけて引っ張って行く。


 ロゼッタは馬車内で待っている事になった。

 外に出ると、やはり植物があちこちに綺麗に植えられてられいる。ブーケ国にも似ているけれど、スペラザにも、ほんの少しだけ似たような、足し合わせた地域、という印象をを受けた。

 私はルーチェ様の手を握りながら、借りた家を探す。



「リース! 手! 握んなくても歩けるよ!!」


 私はルーチェ様に言われて、ハッと後ろを振り向いた。先導するつもりで、私は必死に手を引いていた事に気付く。ルーチェ様は顔を紅くして、恥ずかしそうにしていた。



「申し訳ございません、つい……案内しようと」


「地元なんだから、迷わないよ」


「そうでしたわね……」



 私は笑って誤魔化すと、斜め前に借りた家を見つけた。石壁にライトグリーンの屋根。私は鍵を取り出して、歩いて行く。ルーチェ様も慌てて着いて来た。


 中は至って普通の家。


 必要最低限の家具と、机と椅子しかない。


 ルーチェ様は不思議な顔をする。



「…………ここは?」


「ルーチェ様がご両親の様子を見る為に、一時的に貸りました。お菓子を作る事も出来ますし、少し長めに借りましたので、ルーチェ様が一人で来て、ご両親の様子を見るのも可能です」


「……何でそこまで……? あんたン家がいくら裕福だからって、赤の他人である俺にここまでする事ないのに……」



 ふふっと私は笑う。


 ルーチェ様が言葉を無くして、また顔を紅らめる。




 私は……良いのですよ。

 沢山の人を傷つけて来ました。

 その過去が取り消せる訳ではありません。


 ですが、私は両親の事で傷つく人を放っておけないのです。



 かつて、私も傷ついていたから。




「ティルト家はこんな家ひとつ、長めに借りても潰れませんからご安心ください。……それよりも、用意し準備ができたら、すぐに行きましょう」


「…………準備?」


「クッキーを焼きますよ」




 私はこの地域の人達に〝クッキーを売りに来た者〟の振りをして歩こうと提案した。何にもないよりは、何かをしに来た人を演出する事が出来る。

 ルーチェ様の本当のご両親が現れなければ、ご自宅まで売りに行っても良いと思った。


「だけど、俺クッキーなんて作れないよ」


「私が教えて差し上げますわ! 大丈夫です、ルーチェ様は飲み込みが早いお方ですもの」


「うーーーーん……」


 頭を傾げるルーチェ様を派手に無視して、私は自分で持って来た鞄を開けた。紙袋を出して、薄い綺麗な布で包まれている物をいくつも出す。



「安心して下さいまし、私が生地までは作って来ましたので、後は型抜きだけですわ」


「何だー、それなら俺にも出来そうだな」



 ルーチェ様はホッと安心した表情になる。私はまた別に紙袋を出して、いくつかクッキー型を出した。ルーチェ様は型を手に取りながら、チラチラと見つめた。


 そのまま私はキッチンに立って、エプロンを付ける。ルーチェ様にも渡すと、ルーチェ様は型をテーブルに置いて、エプロンを付けた。



 私が生地をテーブルの上に広げて、伸ばした。ルーチェ様は指示通り型抜きをする。温めていたオーブンに第一軍を入れて焼く。何度も繰り返しながら、最後の生地を焼きに入れる。出来上がりを待っている間、手持ち無沙汰になったルーチェ様が訊ねて来た。



「なぁ、リース」


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