花冠に祈りを*2
相変わらずのオーラ、そして素敵さ。
昔のときめきが甦りそうになったけれど、冷静になる。私は今、とんでもない格好でしたから。
四つん這いになっている私は、急いで状態を起こすとダナ様は笑っている。
「カデーレの力は使いこなせているみたいだな」
「……えぇ、でも今回は計算外ですの。庭園のお花が綺麗だと思っていましたら、コレですわ。こんなに咲かせてしまって、不敬罪になってしまいますか?」
「いや、大丈夫だ。面白いくらいに全ての薔薇が満開で綺麗だ。それよりも、また昔みたいにすり傷を作っているのか?」
ハッとして、自分の足元に視線を向けると、足のあちらこちらに血が出ていた。
私がなんて恥ずかしいのでしょうかと思い苦笑いすると、ダナ様は優しく手を貸して立ち上がらせてくれる。
「治癒魔法をかけよう。……昔出来なかったことを叶えさせてくれ」
ダナ様の笑顔に、私は苦笑いするしかなかった。
ダナ様に治癒魔法で足のすり傷を治してもらった後に、私は客室へと案内された。
王宮の侍女と、ヨクサク様が後ろに控えながら、私はダナ様の話を聞く。
ダナ様はソギ国との交易を進めて、ソギ国にある花の種が欲しいようだった。花の種を植えて育て咲いた花びらを使って薬が出来るとダナ様は説明してくれる。
「ソギ国の花とスペラザ王国の魔法を掛け合わせれば、治癒魔法に通じるような薬を開発する事が出来る。だが……ソギ国の国王と王妃は頷いてくれたのだが…………代わりに変な交換条件を出してきたんだ」
「交換条件ですか?」
侍女が用意して下さったレモングラスのハーブティーに蜂蜜を多めに入れて、かき混ぜる。
ダナ様は真剣な顔をして、頷いた。
「ソギ国の国王が甥の教育に手をやいているそうだ。甥だし跡継ぎではないらしいが、公爵家の人間なのに素行が悪く手に負えないらしい。国王は甥の事で頭が一杯らしく、一人教育係を寄越すのならば交易に応じても構わないと」
「ソギ国の王家の問題ですのに、他国の助けを貸りますの?」
「……あぁ、私も最初はまさかと思っていたが、直接話をした時、かなり悩んでいるようだった。甥っ子は十八にもなるのだが、全く常識知らずの馬鹿者だとすら言っている。ソギ国とは花の種を我が国へと輸入したい。こちらでも花に強い人間を派遣したいと思っているんだ」
「それで、私なのですね」
私は考えが見えて来たと思った。カデーレの私は、料理や花と相性が良い。愛を持って、接することができれば、花も庭園の花みたいに成長させることもできる。私に適任だと判断されたのですね、と思った。
「あぁ、無理に…………とは言わないが、力をかりたい。君は侯爵令嬢だけあって、とても優秀だ。少し手を焼くかもしれないが、教えるのは得意じゃないかと思っている」
私は少し悩んだ。でも、このような光栄な任務を今まで任されたことがあっただろうか。以前の私ならば、請け負えなかった筈。ダナ様からの推薦も多少はあるだろうけれども、私は喜んで受けるべきだわ。
「やらせていただきますわ。カデーレとして、しっかりと」
私がお伝えすると、ダナ様はそうかと微笑んでくれる。
護衛従者であるヨクサク様は相変わらずのんびりと構えていた。
「ありがとう」
「いぇ。それよりも、ダナ様。……フィオレ嬢はお元気で?」
「あぁ、元気だよ。お腹の子も同じようにな」
「それは良いですわね。どちらが産まれても、楽しみですわね」
身重のフィオレ嬢は今、妊娠八ヶ月になる。私は昔は、カイル王子と同じ黒髪を持つ、フィオレ嬢が大嫌いでしたけれど、レナのおかげであの後は和解した。でも、手紙をやり取りする程ではない。私も私で、そっと距離を取らせてもらっていた。
「リース」
「はい」
ダナ様が穏やかな表情のまま、真剣な声色になる。
この空気、少し苦手ですわ……と思ったけれど、一人でないのが安心する。
「君は……? 結婚は?」
「まだですわ。私はまだまだやることがありますの」
「そうか…………」
ダナ様はそれ以上は何も言わなかった。まぁ、元婚約者同士の間柄で、これ以上の深い話をするのはナンセンスでしょうからね。
でも、私、結婚はしないと決めたんですのよ。この話はロゼッタ以外には話しませんが、私はこれからもずっと一人でいいと思っておりますの。
「ちなみに、ソギ国の国王陛下の甥っ子さんは何と言うお名前ですか?」
「ルーチェ・フォン・ソギ公爵だ」
***
数週間後、私はロゼッタと準備を済ませ、トランクと大きめの鞄をひとつでソギ国へとやって来た。
国境を越えると、国のあちらこちらに花が咲き乱れている。四月の終わりの暖かい季節もあるだろう。ソギ国は様々な花が名産だと聞いていましたが、流石ですわ。綺麗ですわね……。おっと、落ち着いていかないと、私はまた花咲令嬢になってしまいますわ。気を引き締めて行きましょ。
「綺麗な国ですね、お嬢様」
「えぇ、本当に。気を引き締めていかなくては、花を満開にさせてしまうわ」
「カデーレの力も困った部分がありますね」
「ふふ、でもこの前のスペラザの庭園は無意識的な反応で、ほとんどは意識すれば抑えられるのよ」
スペラザ王国の王家はそれだけ私にとっては緊張する場所でもあったのでしょうね。
あの後、ロゼッタの所へダナ様と行ったら、ロゼッタはあまりの遅さに不安だった上に、私がダナ様と一緒に歩いて来た事に卒倒しそうでした。
私的にはロゼッタが心配するほどではありませんでしたが、動揺は少しはしていましたの。
『リース』
帰りに声をかけられて、振り向くとダナ様は変わらぬ態度で私に声をかけた。
『君を傷つけたが…………私は、いつでも君の幸せを願っている。……君は幸せになっていいんだ』
私は何も言わずに、そっと、微笑み挨拶をして帰って行った。あの時は正直、ロゼッタがいてくれて良かった。相変わらずお優しいダナ様は本当狡いですわね。優しくなどしなければ、幾らでもすっきり出来ますのに。
まぁ、未練などはもうありませんが、昔の感情が呼び戻されるかとドキリとしましたわ。
そして。
ダナ様は私が結婚しないと決めているのを、わかっていると思いました。
君はもう、あの時起こしてしまった聖水の事件を気にしなくて良いと、佇まいから言われた気がした。
でもね、ダナ様。
私はもう、誰かを傷つけたくないのです。
他の者に良心を傾ける事で、私のして来た事が消える訳ではありませんが……私が誰かと一緒になって、幸せになるだなんて、もう良いのでは? と思うのです。
また、誰かに拒否された時、私自身がどうにかしてしまうのではないかと思ってしまう。
レナとの約束は、幸せになる事。
私自身、ロゼッタと行動を共にしながら幸せな日々を過ごしています。
ですから、このままで良い………………
ダナ様にハッキリとはお伝え出来ませんでしたけれど。
誰かの幸せを見送る方が良いのです。
「お嬢様、あちらですわ」
ロゼッタはお城がある方を指差した。柔らかいベージュカラーの石畳みに薄いサーモンピンクのお城が建っている。私はロゼッタと顔を合わせて、頷き、城内へと歩いて行った。
「初めまして、お初にお目にかかります。リース・ベイビーブレス・レナ・ティルトと申します。こちらは私の侍女で、ロゼッタ・クラウンです。どうぞ宜しくお願い致します」
城内にある広場に案内され、私はソギ国の国王陛下と王妃陛下に謁見する。白地の絨毯が真っ直ぐに伸びた先には、丈夫そうな木で出来た大きな椅子があり、国王陛下が座っている。ダナ様のお父様であり、スペラザ王国の国王陛下とは違って、ソギ国の国王陛下はとても雰囲気が温和で弱々しくも感じられる。
かと言いつつも、叩いたら倒れそうな訳ではなくて、細身でしなやかな……賢い国王……という印象。
方や王妃陛下も、スタイリッシュな雰囲気で、派手ではなく美しいけれども、あえてシンプルなスタイルやメイクにしているように見えた。こちらも頭がキレそうですわね。
素敵だわ…………と思っていると、王妃陛下から感動される。
「まぁっ…………! こんな遠くまで来て頂き、ありがとうございます。でも、教育係がこんな美人さんだなんて!! 私まで嬉しくなってしまうわ」
見た目の賢さイメージとは少し違って、とてもフランクな言い回しをする方ですわね。
「ありがとうございます。それで……ルーチェ公爵は? どちらに……??」
「甥は今外出していてな、全く何処に遊びに行っているものか…………盗みを働いて来たら、ただではおけん」
「国王陛下ご夫妻とは、ご一緒にお住まいなのですか?」
甥っ子と聞いていたので、別城かと思っていた。でも、一緒に住んでいる…………ならば、これは事情がありそうだと思った。聞き返そうと思っていると、丁度よく本人が慌ただしく帰宅してきた。バタバタと音を立てたと思っていると、何部屋か先にある扉が物凄い音で開く。蹴り飛ばしたみたいですわね。
「ルーチェ!!!! 来なさい!!!! お客様だ!!」
国王陛下が高音の良い声で叫んだ。私はまったりと構えていましたら、右手向かい側から殺気を感じる。ロゼッタと共にふと見つめると、ブロンドヘアをしなやかに靡かせてルーチェ公爵がやって来る。
まぁ、美少年……。瞳はエメラルドのような綺麗なグリーン。鼻も高く、色白で…………男性な美男子ではないですか。どことなく、髪色からロベルお兄様を思い出した。
「何だよっ…………!!!!!!」
膨れ面で、彼は国王陛下の前に仁王立ちで立ちはだかる。私は驚きながらも、どこか冷静に、あぁこんな魚がスペラザ王国の海にいましたわねーーーーと思ってしまいましたわ。
「お客様だ。今日から、お前をしっかりと躾けて下さる、リース・ベイビーブレス・レナ・ティルト侯爵令嬢とお付きの方だ」
「はぁっ?! 躾け? またおかしな人間連れてきがやって
…………!!!! 何人連れて来ようが、俺は俺なんだよ!!」
「ルーチェっ、ティルト侯爵令嬢の前で失礼ですわ!」
何人連れて来ようが…………ということは、これまでも数人は解雇されて来たのだなと思った。これは難しい任務ですわね。
ずっと無表情でいたので、殺気立ったルーチェ公爵に私は貴族らしい、他所行きの笑顔を向けた。
ルーチェ公爵は驚いて、顔を少し真っ赤にする。
おやおや、可愛らしいところもあるじゃありませんか。
まだ教育し直せますわね。
「ルーチェ、何度も言うが、お前は公爵家の人間なのだから少しは弁えろ。お前の両親にも示しがつかない。少しは改めよ」
「うるせーなぁっ!! 示しがつかないんだったら、とっとと出て行ってやるよ!!」
喧嘩が始まりそうだったので、私は一言伝える。
「あら、ルーチェ公爵に出て行かれましたら、私の仕事が無くなってしまいますから困ります。どうか私を助けるつもりでお付き合い下さい」
「………………フンッ」
ルーチェ公爵は気に食わなくなったのか、そのまま部屋に戻って行ってしまった。
王妃陛下は苦笑いし、国王陛下は頭を抱えた。
初対面はそんな感じでした。
次の日から、早速ルーチェ様へのご指導が始まった。
***
「何度言ったらわかっていただけるのですか?! これは私の仕事です。ですから、お聞き頂けないと非常に困ります」
「出来ないものは出来ない!!!! どうして俺が挨拶の練習などしなくてはいけないんだ!!!! 十八にもなるんだぞ!!!!!!」
「でしたら、こちらの学問書を解いて下さいませ。どのくらい学力があるのか確認致します」
「い・や・だ!!!!」
あぁああぁ。くっそ腹立ちますわね。
あれも嫌、これも嫌。この方、本当にあの国王陛下夫妻の甥っ子ですか? 良いのは顔だけで、本当に何も言う事をお聞きになりませんのね。殴りたいわ。
いぇ、スペラザ王国からの任務ですから、何が何でも耐えなければ………………
「では、庭に出て剣術を受けましょうか? 私、そんなに得意ではありませんが、武術は習っておりましたので……」
「は? やる訳ないじゃん」
……………………耐えなくては。
「では、……何を致しますか? そろそろ何かして頂かないと、本当に困ります」
ロゼッタが茶を用意している間、二人きりの広い部屋で私とルーチェ様は問答していた。このアマ……いいえ、このお方、本当にどうしようもないわがまま貴族。
私だってこうではありませんでしたわ。
私が真剣な顔をしていると、ルーチェ様が私の顔を凝視してから一瞬下を見たかと思うと、おもむろに私の胸を鷲掴みした。
「ひゃっ!!!!!!」
私は思わず、驚きルーチェ様の肩に両手を当てて突き飛ばした。
「やっぱ、初対面の時から、あんたデカイな〜って思ったけど本当デカいね! そこだけは良いじゃん!」
グッと親指を私に向けて立てるルーチェ様に、ふわりと頭上から本が落ちてきた。
「痛って!!!!」
戻ってきたロゼッタが、魔法で鉄拳を降らしたのだと思った。私は胸を両手で隠しながら、ルーチェ様を見る。
「お嬢様に変なチョッカイはおやめくださいませ!」
「ロゼッタ、ありがとう〜……」
怖い顔をしたロゼッタが、ルーチェ様を睨みつける。
ルーチェ様はなんて事ないような素振りだ。
「チッ! 少しくらいいいじゃんか、コミュニケーションじゃん。美人なんだから、触られ慣れてるだろー?」
「慣れていません!!」
金切り声に近い声色で叫んでしまった。
私は大きなため息をついて、一旦椅子に座った。
「少し休憩致しましょうか」
ロゼッタに紙袋を、と伝えるとロゼッタは紙袋を用意して紅茶が入ったティーカップの隣りに、クッキーを添える。
私が作ったジャムクッキーだった。
ルーチェ様は何も言わずに、ジャムクッキーをほいっと自分の口に放り投げる。
ばりぼりと噛んで黙っていたけれど、何かに気づく顔をした。
「このクッキー、どこの店の? すごいうまい」
「これは……」
私が言おうとする前に、ロゼッタがいち早く答えた。
「リースお嬢様の手作りですわ」
「えっ?! これ、アンタが作ったの?」
「えぇ、そうですが…………」
「マジで最高に上手いよ!! もう一個ちょうだい!!」
ルーチェ様はほんの少しだけ、少年のような表情をされてから手を差し伸べる。
私は久しぶりにこんな風にお菓子を求められたわ……と思いました。
レナが私だった頃は、沢山の人にお菓子を売っていましたが、完全に私自身に戻ってからはお菓子をバザーや商売以外で作ることは少なくなりましたから。
ロゼッタが美味しいと言ってくれることはあっても、それ以外には。
久しぶりに、心に陽だまりが照らされた気がしました。
でも、私はこれだ! と思ってルーチェ様を試すことにしましたの。
「あ〜このクッキーはひとつは特別サービスでしたが、もうひとつは〜お勉強する方でないと、あげられないのですわ〜」
「はぁ?! つべこべ言っていないで、寄越せよ!! もうひとつ!!!!」
「お勉強されたら、あげます」
「いやだ」
「では、クッキーはナシです」
「それもいやだ」
「では、勉強するしかないですね!」
「………………!!!!」
この勝負、私が勝ったと思いました。ルーチェ様は渋々、やるよと小さく呟き、お茶を飲まれた後に勉強をはじめてくれました。