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悪役令嬢の私を探して  作者: アトリエユッコ
スピンオフシリーズ
155/161

花冠に祈りを*1

「お姉さん、ひとつ下さい」


 かための丸パンに指を差した少年は、痩せていて、見るからに栄養が足りていないのがよくわかった。

 (わたくし)は紙袋に入れて、そっと少年に渡す。少年はにこっと満面の笑みをして教会へと走って行った。



「ありがとう、ミスティルト嬢。でも、いいの? こんなに美味しいパンやお菓子を教会の子供達に配って下さるなんて」



「えぇ、いいのですわ。たくさんもらった幸せを、他の人へと還元しなくては良い暮らしが出来ませんもの」


 私の言葉に、シスターは感心する。ロゼッタに私は視線を移すと、彼女も私と同じ思いをしてくれているみたいだった。微かにロゼッタが微笑み頷く。全てを配り終えた後、私とロゼッタは片付けをしっかりして、教会のシスター達に挨拶をして帰った。



 路地を歩いていると、絵を描いている男性のご老人を見つけた。ちらりとさりげなく覗き見をすると、教会の絵を描いている。古びた帽子を深くかぶり、髭と髪の毛でどんな目をした人なのかわかりませんでしたわ。画材が地べたに置いてあったので、そこにしなやかにお金を置いて行く。ご老人はお気付きになったみたいで、ぺこりと私に向かってお辞儀をしてくれましたわ。



 ……これくらい、どうってことないのですわ。

 もっとしなくてはいけません。


 私がしてきたことは……許されることではなかったのだから。




 一時的にお世話になっている宿泊所に着いたので、私は荷物を下ろすとロゼッタが私の上着を脱がせてくれた。


「ありがとう」


「いいえ、リースお嬢様」



 手を洗ってから、ベッドへと座り込む。ここは普通の宿泊所だけど、この部屋には最低限のものしかなかった。


「今夜のお夕食はどうなさいますか?」


 ロゼッタはいつもと同じように確認してくる。笑顔で、私は答えた。



「私が作りますわ。昨日はパンとスープだったけれど、今日はパスタにでもしようかしら?」


「良いですね、お嬢様のお料理は何でも美味しいです」


「貴女、褒め過ぎよ」



 私はまたロゼッタに微笑むと、ロゼッタも応えるように笑ってくれる。


「カデーレは料理しなくっちゃね」


 ふふふ、と私は笑った。〝カデーレ〟。スペラザ王国に住んでいる九割の人間は血として当たり前に魔法が使える。だけど、それにふくまれない残りの一割には、全く魔法が使えないノーマルと、極小数存在するカデーレという種族がいた。それが私だった。


 自分がカデーレと知るまでは、魔法が使えない自分は役立たずだと思っていた。厳格な父親を中心に、私は幼い頃から厳しく躾けられてきたから。



 魔法が使えないのを払拭するため、無我夢中で様々なことに打ち込んだ。魔法以外では成果が出ていましたわ。でも、私の渦巻く劣等感は消えることなく、心の底にずっとこびりついたままだった。



 そんな時。


 私はひょんなことから、スペラザ王国で大切にされているラクアティアレントという聖水に落ちてしまった。


 そして、私はあの子に自分の体を明け渡した。


 紆余曲折あって、私は自分の体を取り戻し、もう一人の私も旅立っていった。もう一人の私が、天国へと行ったのか、はたまた元々の自分の肉体へと戻ったのかは、わかりません。ですが、私はあの子が肉体へと戻って、きっと葵様と幸せに宜しくやっていると信じています。



 私達それぞれに幸せになりましょう。

 お互いに交わした約束。


 きっと、あの子が……レナが想像している幸せと、私の現在の幸せは意味が違うかもしれない。でも、私は遥かに昔よりもとても幸せだ。


 それに……ロゼッタもいますものね。


 葵様もカイル王子として転移していたけれど、元の肉体へと戻った後。私は本物のカイルと話をした。戸惑いながらも、カイル王子は私と話してくれた。



『幼い頃交わした約束、あの頃の相手はダナ様ではなく、貴方だったんですね』


 驚きながらも、少し間を置いてから彼は頷いた。私は何かを言い出そうとしたカイル王子のその前に、言葉をかける。




『貴方が今誰を想っているかは私は存じ上げていますから、お気になさらずに。…………でも、ただ……これだけは言わせて下さい。貴方の言葉に救われました。あの頃、私がもう少し大人だったら……貴方を受け止められたかもしれないのに。……私はなんて無知だったのかしら。ずっと真実を隠させてしまって、ごめんなさい』



 (カイル)を困らせてしまったようで、私の言葉にしばし黙っていた。でも、間を空けてから話してくれた。



『…………もう一人の僕からの手紙を読んでわかったよ。僕こそ、話せなくてごめん』


 ただ、ポツリと小さく言葉を漏らして、彼が私を見つめる。そして、こうも話してくれた。


『形は変わってしまったけれど……あの頃想っていたのは、本当だから。リースは僕にとって、棘のない薔薇の花だったから』



『えぇ、もうわかっているわ。ありがとうございます』



 カイル王子はまた少し戸惑う表情を見せながらも、私に微笑んでくれた。少し話した後、お互い別々道を行こう、という答えになった。私は王家に二度も婚約を破棄するのが不安材料だったけれど……カイル王子が何とかするよ、と話してくれましたわ。



『リース』


『何でしょうか?』



『僕は……違う人を想っているけれど、今の君はとてもあの頃の良さが戻って来ている気がするよ』




 カイル王子の一言に、私はただ、そう。とお伝えして、微笑んだ。魔法が使えないという劣等感は、カイル王子に対しても感じた事があった。彼は平民と国王の子。それだけでも他の人よりも特別なのに、特別な黒い髪色。ずば抜けた才能。存在の全てが才能に見えていた。純血が全て、というティルト家の教育の下、私は自然とカイル王子とも距離を取って行った。けれど、彼に対して羨ましい気持ちは変わらなかった。




 本当に私は無知過ぎた。羨望するなど、もっての外だわ。優しくならなければいけなかった。他人の境遇に対する配慮に欠けるなどと、上流貴族に相応しくない。令嬢としても恥。…………家を出て行く彼の背中を見つめながら、少しでも、自分の胸の内を、本当の思いを、素直に話すことが出来ていたら。こんな哀しい思いにはならなかったでしょうか。と、悔やまずにはいられませんでしたわ。



 ………………また、かつての傲慢な自分に戻りそうだったけれど、ロゼッタが傍にいてくれて。何より、レナとの約束があったから、私は折れずに来られました。



 ですが、誰かを傷つけてきた事実は消えない。





 カデーレとわかったのは幸運だったけれど、それまでに傷つけた人達が沢山いる。



 私はこの事を、これからもずっと抱えながら、生きねば。





 パスタを捏ねて、茹でる。別で、さらりと玉ねぎとアスパラガスと加工肉とあえて塩胡椒で味付け。透明な白と薄いグリーンの合わせに、私は楽しくなって笑ってしまう。


 ほわーんと私の両手が光って、パワーが食べ物へと輝いていくのがわかった。


 これが、カデーレの力。


 地味ですけれども、何か自分にあって良かったと今では思える。愛情込めて料理をすると、生きている気持ちになる。


 作って、食べて、作って、食べて。


 私の力は、生きる力を生み出すような気がしていたから。




 ロゼッタと小さなテーブルに向き合いながら、食事を出来ることにお祈りを捧げて、パスタと簡単なスープを頂いた。


「お嬢様、美味しいです」


「良かったわ」


 いつものパンが売れて良かったとか、教会のシスターが穏やかな人でしたとか、他愛ない話をしながら、私達が食事を取る。ふと、ロゼッタの胸ポケットの辺りが光り輝く。私はボーッと無心で見つめると、ロゼッタは芯の通った表情に変わり、何かあると察知して、急いで胸ポケットから小さなポストを出した。

 これはロゼッタとスペラザ王国を繋ぐ、唯一の魔法道具。

 私達の戸籍はまだスペラザに存在している。滅多に無いけれど、国からの通達がある場合は、今のように光りで教えてくれる。


 珍しいわね、何かあったのかしら……。


 まぁ、ロゼッタともなれば、ティルト家で私の専属侍女ですが、どこに出しても恥ずかしくないほどの素晴らしいレベルの侍女ですからね。国から何か頼まれることもあるでしょう。



 彼女はそっと脇に小さなポストを置くとーーーーロゼッタは魔法が使えますーーーー三回人差し指を回す。彼女の指先から肘までの大きさくらいのポストに魔法で変わる。……ロゼッタはポストを開けてみると、王家の紋章が付いた封筒が入っていた。

 ロゼッタはゆっくりと丁寧に手に引き寄せると、差し出し人を読んで少し顔が険しくなった。


 業務的に無表情で封を開け、内容を読む。

 暫く黙っていたので、私は確認した。



「ロゼッタ? お手紙の内容は何でしたの?」


「お嬢様」


「何?」



「……ダナ王太子殿下から、リースお嬢様にどうしてもお願いがあると、書いてあります。…………」



 ダナ様……が? 


 あぁ、ちなみにダナ様というのは、私の最初の婚約者でカイル王子の兄。義兄ですが。私の長い長い初恋のお相手。


 今はフィオレ嬢と宜しくやっている筈が、私に頼み……とは?



 ロゼッタが、顔を曇らせて私を見つめた。



「お嬢様、どうなされますか……?」



「内容によりますわね」


 私があまりにもあっさりとしていたのだろう。ロゼッタは強張っていた顔を一気に萎んだ紙袋のようにさせた。



「読んで下さる?」


「……はい。ダナ王太子殿下が言うには、新しい事業を始めるそうです。スペラザ王国の技術で……ではなく、少し離れた国と交易して始めたいそうです。…………ソギ国で。その件でリースお嬢様にお願いしたい任務があると」


「ソギ国と言ったら、この国の隣りですわね。何を始める気なのかしら…………?」



 ふうむ、と私は握りしめた手を口に添えて考えた。まだ王権はダナ様のお父様、国王陛下に実権はあるけれど、ダナ様も近年は要所で政権に関わっている。ソギ国との交易、ならば、ソギ国でしか手に入らない技術と魔法で固められたスペラザ王国の技術を使って、事業を始めたいのでしょうね。



「……ですが、どうしてリースお嬢様なのでしょう? 他に適任はいくらでもいらっしゃると思います。私は、リースお嬢様がまた傷ついてしまうのが、心配です」



 ロゼッタは手紙を握りしめながら、張り詰めている。ロゼッタは私に対しては、やや過保護ですわね。心配でお先真っ暗な顔をしていたので、私はハーブティーを一口飲んでから答える。



「大丈夫よ、ロゼッタ。国からの通達とあれば、丁重に対処しなくてはいけませんわ。ちゃんと話を聞かなくては」



「ですが…………」


「もう、あれから八年も経つのよ? ……それに、ダナ様にはフィオレ嬢と三人目のお子様がもうすぐ産まれるでしょう? 私も大人になりましたから、大丈夫よ」


「……でも、私はお嬢様が心配です」


 ロゼッタは今度は困った顔をする。全てに対して冷静沈着かつ優秀な侍女なのに、私に関してはコレだもの。私って、貴女に大切にされているわね。



「貴女がいるから、私は大丈夫よ。ダナ様に連絡を取って下さい。済み次第、王家に伺いましょう」







 ***



 そのような訳で、私はスペラザ王国へと向かうことになった。

 ダナ様にロゼッタが手紙で連絡を取ると、ご丁寧にスペラザ王国まで来航するのに、魔法陣使用許可証が送られて来た。こういう所はダナ様は変わっていませんわね、と思いつつ、私とロゼッタは準備をした。ロゼッタが魔法陣を呼び出すと、私達の周りがワインレッドの光りに輝き出し、強い風が吹く。そのまま飲み込まれた、と思うと、次の瞬間にはスペラザ王国へと来ていた。




「着いたのね」


「えぇ、お嬢様にお供します」


 ロゼッタは他所行きのボルドーカラーワンピースに、同系色の小さな帽子を斜めに被っている。とてもよく似合っているわ、と思う。

 私はロゼッタに荷物を渡した。



「大丈夫よ。ここからは、私だけで行ってきます」


「お嬢様……!!」


「大丈夫、大切な任務なら、一人で話を聞かなくてはならないわ」


「ですが」



「ロゼッタ」



 私はロゼッタの目をじっと見つめると、ロゼッタは私の気持ちがわかったようで、一歩下がる。敬礼をしながら、私に言った。


「……わかりました。私はこちらでお待ちしています。どうか、何かあれば必ずロゼッタをお呼び下さいませ」



「ありがとう。敬礼は良いのよ。私はいつでも貴女を頼っているわ」



 ロゼッタと別れて、私は王宮へと歩いて行く。正直、侍女付きで行くのが筋だと思う。ですけれども、ロゼッタにこれ以上心配はかけたくなかった。それに、ダナ様と会って不安になった時に誰かに顔を見られたくなかったから。


 ごめんなさいね、ロゼッタ……。


 私は心の中で一礼してから、王宮に入って行く。

 …………が。


 私とした事が、久しぶりの王宮なせいか、造りが少し変わったのか。迷ってしまった。


 庭園を歩いても、歩いても、入り口に辿り着かない。



 季節は四月、暖かくなっては来ている。穏やかな陽当たりに、庭園には薔薇の花や季節の花が咲き誇っていた。

 薔薇の花はカイル王子の亡くなられたお義母様をイメージした花なのよね、カサブランカはダナ様のお母様……女王陛下をイメージしていて…………などと、能天気な事を考えていた。

 私はフリル付きブラウスに、淡いピンク色のスカートで活歩する。

 綺麗だわ…………と思っていると、私はカデーレの力を発揮してしまったらしく、キラキラと薔薇の花が元気な顔をして伸びて来てしまった。

 植物にも効くカデーレの力は、たまにこんな風に活気を与えて、成長させてしまう時もある。


 慌てていると、薔薇のアーチがあちらこちらに出来てしまい、通り道は屈んで通らないといけなくなってしまった。



 し、仕方ないわ。


 ……このまま、行きましょう。



 体を屈ませて、四つん這いになって小さな子がハイハイするように歩いて進んだ。育ってしまった薔薇の花の棘が足や腕に引っ掛かって、痛くなった。

 こんなに花が育ってしまった。これ、不敬になるかしら? とりあえず、ゴールはどちら? とハイハイしていると、アーチをくぐり抜けた先にダナ様が立っていた。



「あ…………」



 私は焦っていると、ダナ様は前よりも大人びた顔をして笑った。


「リース、久しぶり」




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