二人の距離4
「まぁ、お詳しいんですね」
私は口を隠したまま、作り笑いをすると、彼はいかにもな言い草でドヤってくる。
「えぇ。僕も同じ学園に通っています。貴女は以前から優秀でよく知っていましたよ」
「まぁ、そうですか」
「良かったら、外で一緒にお話ししませんか? 貴女と一度お話ししてみたいと思っていたんです」
つかつかと靴を鳴らして、彼は近づいて来る。う、うわぁ……私、どうしてだか無理だわ、この人…………。
そんな心の底から来る、自分に湧き上がる拒否のサインを感じ取りながらも、マークス卿の方を見る。彼は沢山のご令嬢に囲まれながら、私に気づいた。両手を上にあげながらも、コッソリ魔法を飛ばす。
近づいて来る赤茶の足が止まったままになった。赤茶が一生懸命に足を動かそうとしている。私は笑顔を見せて、赤茶に確認した。
「お名前をお伺いしても宜しいかしら?」
にこにこと笑って名前を聞いた。
足を動かそうと懸命になりながら、少しイライラしながら赤茶は言う。
「キル・フェ・ボン侯爵だ」
「ボン侯爵ですね。……申し訳ないのですが、あまり知らない男性と話をしないようにと言われておりますの。ごめんなさいね」
私は適当な事を言って、赤茶の前を立ち去る。魔法に気がついて、赤茶は歯を食いしばっていたけれど、私はマークス卿を見つめて笑顔のアイコンタクトを取る。マークス卿がニヤリと微笑して、赤茶の魔法を解いた。
私はそのまま外に出て行った。やっぱり、私には社交界はまだ早いような気がした。馬車の中でマークス卿を待っていよう、と思った。
「お前…………っ!!!! ふざけんなよ!!!!」
ハッとして、後ろを振り向くと赤茶が私をものすごい勢いで追いかけて来た。顔が怒りに満ちて、今にも食ってかかりそうだった。
扉が閉まると、まわりは誰もいない。まずいわっ。
「まぁっ!? どうなさったの?!!」
そう言いながらも、階段を急ぎ足で降りて行く。
早々と追いつかれた私は、階段下の入り口付近で赤茶に強く腕を掴まれた。
「ふざけんな!! 貴族の成り上がりのクセに、気取ってんじゃねえよ!!!! 元平民がっ!!」
「痛……っ!!」
「お前の噂は知ってるぜ、元々は超貧乏な平民だったんじゃねえか。あぁ、爵位は卒業後に継承するから、今も実質平民か? 平民のクセに、俺を、貴族の知り合い使って馬鹿にしやがって…………!! 生意気なんだよっ…………!!!!」
赤茶が拳を振りかざす。……顔は怒りに満ちている。その表情から、思い出した。この人多分、学園で有名な権力主義で荒っぽい貴族と有名なボン侯爵だわ!! まずい相手に捕まってしまったわっ……マークス卿はいないし、こんな時どうしたらいいのかしら?!
焦っていると、両腕を掴まれて引きずられそうになる。この人、力が強いっ…………!!!!
ものすごい力にヒールが滑って引き寄せられ、髪の毛を掴まれた。私は必死に抵抗した。
「何するの……っ?!」
「お前みたいな馬鹿に力で教えてやるんだよ、外に出ろ…………!!!!」
外に連れて行かれ、人気のない方へと引っ張られて行く。
まずいっ……!! どうにか、しないとっ!!
「叫んでみろよ、初めての社交界で悪く目立っちまうよなぁ!!!!」
ニヒルの如く笑う赤茶に、激しい怒りが湧いた。もう、怒った!! でも、本当に最初の社交界だから、平民上がりの私は余計な事は出来ないっ。どうしよう……
赤茶に突き飛ばされ、膝をついてしまった。どうしてこんなことに……と思った。激しい後悔と切なさ混じりの悲しみが打ち寄せて来る。
涙が出てくる寸前で、人が現れた。
「随分と失礼なことをするのですね」
すぐ隣に目を向けると、ノエルさんが赤茶の手を取って険しい顔をしていた。
私はノエルさんがいることに、驚きを隠せない。周りが光輝いていたので魔法陣で飛んで来たのだろう。とても嬉しかった。
「ノエル……さんっ……!」
いつもと違って、今日は金色の髪を軽く後ろに流して、より綺麗な海色の目を主張している。カッコもいつもと違って、まるでおとぎ話に出てくる騎士みたいだった。白い首が詰まった式服っぽい服に、黄色いサッシュがついていた。よく見ると、下も白い。かしこまったカッコだわ。
ノエルさんは私を起き上がらせる。
「何だお前、ミニマムが!! 邪魔するなよ!!」
赤茶がノエルさんに身長のことを言う。
私はムッとして、赤茶を睨みつけた。
「貴方よりは小さいかもしれないけれど、この人はとても紳士的な人よっ!!!!」
「は? 男のくせに小さいとか恥ずかしいことだろ、やっぱ、お前って平民上がりだな」
「確かに私が小さいことは認めます。……ですが、平民上がりとはどう言った意味でしょうか?」
少しずつ、ノエルさんの声色が穏やかなまま、変化している。ノエルさんがかなり怒っているのは、長い付き合いからか、わかった。口調はそのままに、でも激しい怒りのオーラを感じる。私も怖く感じた。
「そのままの意味だ、こいつは俺を馬鹿にするようなことをした。スペラザ貴族の、魔法なんか使って!!」
「ほう? 魔法とは、このような魔法でしたか?」
ノエルさんが、暗い夜空の下で指をパチンと弾くと、赤茶の体がふわりと浮き上がり、近くに植えられていた木へと張り付けられる。赤茶は手足を木の輪みたいな物で固定されて、身動きが取れない。
更に手をパンパンとはらって、叩きながらノエルさんは赤茶に近づく。
もがく赤茶は叫んで、ジタバタするが木の輪は取れない。
「お前…………っ!! スペラザの人間だなっ!! 魔法を使うなんて、卑怯だぞっ!!!!」
「……卑怯? 私には、貴方のように弱い者に暴力を振るおうとする方がよっぽど卑怯だと思いますが?」
笑いながら、体を浮かせてノエルさんが赤茶に短剣を向ける。私は慌てて近づいた。
「お前!! 俺を脅そうって言うのか?! 我が家の、ボン侯爵家が許さないぞ!!!!」
「ノエルさん……!!」
「いいえ? ……これは正しい教育です。悪いことをしたら、躾なけばいけません。生憎、ノエミ嬢には社交界へ行かなくても、相応しい相手はいますから、ご安心ください。今日のこと、学園には丁重に報告させて頂きます」
「…………っ!!!!」
赤茶が屈辱的な顔をした。思い切り、短剣を顔のスレスレに打ち付けると、ノエルさんはそのままにして去って行く。
「……あ、その魔法は三時間後には解けますから大丈夫です。社交界の皆さまには見られてしまうかもしれませんが、これは教育ですから、仕方ありませんよね? ……そうそう。ボン侯爵家でしたかね? 聞いたことありませんが、時々お会いする場合には宜しくお願いします。私、スペラザ王国出身のノエル・ディル・サヴァラン侯爵です。私も侯爵家の人間でしてね。領地と資金は貴方の家柄以上にありますがね」
ノエルさんは私の肩を掴んで、颯爽と去って行く。と、思ったかと思っていたら、紙に言葉を書いて、シュッと投げたかと思うと紙を消してしまう。
「マークス卿に貴女を迎えに来て、連れて帰ると連絡します」
「魔法って本当に便利ね、でも……あの人にあんなにしてしまって、ノエルさん大丈夫?」
「……良いんです、貴女に酷いことをしようとした罪です。…………それに……私は自分を抑えられなかった」
「……ノエル……さ……」
言い終わらないかのうちに、ギュッと彼が魔法で浮かび上がりながら、私を抱きしめた。
「無事で良かった……お怪我はありませんか?」
私は首を振って戸惑いながらも、嬉しくなって、腕をまわす。
「…………魔法を使わなければ、貴女より大きくなれませんね」
「心がとっても大きいから、大丈夫よ」
「本当は……あの者を殺してしまいそうでした。ノエミ嬢の美しさは、私だけのものにしてしまいたい。狂いそうで……」
私が顔が熱くなるのがわかった。でも、ギュッと抱きしめていたノエルさんは、魔法を解いて離れて手を伸ばす。
「帰りましょう」
ノエルさんは手をくるりとまわして、馬車を大きくした。
私は涙ぐみながら彼の手を取って、笑顔で着いて行く。
彼のエスコートで馬車に乗って、隣同士に座る。
「ねぇ、ノエルさん。……どこに外出していたの?」
「実家に…………帰っていました……」
私は驚いて、ノエルさんの顔を目を見開いて確認した。
ノエルさんにとって、サラヴァン家は、地獄のような場所だとお兄ちゃんが言っていたからだ。
「実家って……大丈夫だったの?! 何か怖い思いはしなかった?!」
「…………地獄ではありましたが、それでも、どうしても手に入れたくなってしまったんです。下げたくもない頭を老いた両親に下げていたら、ノエミ嬢の社交界デビューにかぶさってしまいました」
「……? 頭を下げて……?」
「家族の爵位を私にも引き継がせてくれと、頼みました」
「……どうして?」
そこまで私が聞くと、ノエルさんは私の方をしっかり見て、これでもかと言うくらい穏やかな笑顔で笑う。
「貴女を手放せなくなってしまって…………」
恥ずかしい表情をして、彼が見てくる。私は何が起きたのか、理解するのに少し時間がかかった。嬉しくて、胸の高鳴りが理解に邪魔している。そうこうしているうちに、ノエルさんが笑う。
「ずっと、従者でいるつもりでした。……身長も気にしてましたし、小さい方が従者ならこまわりがききます。……でも、貴族に戻りたいと願ってしまった。美しく成長された貴女の隣に並びたいと、私は…………地獄を経験してまでも、思ってしまって」
「それは………………つまり…………」
「貴女よりも小さい私で、すみません。学園を卒業したら、私とお付き合いして頂けますか? ノエミ嬢が好きなんです」
ノエルさんが、私の頬に手を触れた。嫌な気持ちがひとつも浮かばない。むしろ、自分の為にそこまで骨を折ってくれたんだと思うと、嬉しさで涙が出てしまう。
涙声で返事をするつもりはなかったのに、いつもの私になってしまった。
「私もぉ……大好きぃっ。ノエルさんが…………大好きっ。…………貴方はずっど……初めて会った時から、私の王子様なのっ。……貴方が何でも教えてくれたから、今の私があるっ………………今の私がこうして自信持って歩けるのよっ」
「また、泣かせてしまいましたね。すみません……」
親指でノエルさんが私の涙を拭いたあと、ハンカチを取り出して目を優しく拭いて、ついでに鼻チーンもさせてくれた。あぁ、こんな失態ってどうかしているわ…………
「綺麗にしたのに、こんなに泣いちゃったらブサイクだわぁっ……でも、嬉しい……今日ノエルさんがいなくて辛かったぁっ!! もう会えないかと思ったのぉっ!!!!」
ノエルさんは、にこにこといつも通り穏やかに笑っている。もうっ笑い事じゃないわっ!!!!
「いいえ、いつでも綺麗です。ノエミ嬢は美しくなられました。……誰にも見せたくないくらい。今日は申し訳ありませんでした。でも、間に合って本当に良かった。本当に綺麗ですよ」
いつになく、優しい言葉が胸をときめかせる。涙が落ち着いてから、ノエルさんを見つめた。
「これからも教えて下さい。恋人として……素敵なお姫様になる為に…………」
「えぇ。まずは泣き虫を治さなくてはいけませんね」
ノエルさんは微笑む。教えて欲しい。貴方が教えてくれたから、今がある。あの頃リースが敷いてくれたチャンスという道を、ノエルさんが私の手を取って全て教えてくれた。これからも、その先も教えてほしい。だって……貴方は海色の綺麗な目をした、おとぎ話に出てくる王子様そのものだったから。貴方が私にとっての王子様だった。
「ひとつだけ、気付きました。背が低くてもノエミ嬢より大きくなる方法が」
「魔法で浮くの?」
私が聞くと、ノエルさんはおもむろに両膝を馬車の座席について、立ち上がり、私の頬に両手をかける。座ったままなら、少しだけ彼のが高くなる、ということかと思う。
唇に顔が向かって来ると思い、目を閉じる。
ノエルさんの唇が触れると、素敵過ぎて、甘いアイスクリームを食べた感覚になった。お互いの身長なんかどうでも良くなって、抱きしめ合う。
「本当だわ、これなら良いわね」
「今は、まだここまでです……」
顔を少々赤くしている彼を見て、私は笑った。ギュッと抱きつくと、またノエルさんは恥ずかしそうにする。
「ノエミ嬢……!! 貴女が成長されて、どんなに私が堪えていたかわかりますか? だから、これ以上はもうダ…………
言葉の途中で私はチュッとノエルさんにキスすると、ノエルさんは座席から崩れ落ちそうになる。私は慌てて、ノエルさんを支えた。
ぷっと、お互いに笑うと私達はお互いに抱きつきながら、暫く笑っていた。
身長なんて、本当、どうでも良くなるのね。
リース、私、元気でやってるわよ。
窓から空を見上げて、にこりと笑ってみた。生きているか分からない、貴女へと届くように。
fin.
ノエミあんどノエル話はこれで終わりです。
スピンオフはさらりと書こうと思っていましたが、
なんか変なシメになってしまいましたー。
ただの身長差を書きたかっただけなんですが、さらっとなつもりが4部構成に(涙)
次頑張ります。(;ω;)
次は、リースのお話です。
良ければ、お付き合いください。